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4.MAJOR級のトレーニング

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作者:しょうきち

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「そういう訳で、 これから宜しく頼むよ。虹野さん」
「本当に来てくれたのね。ありがとう。公人くん!」
 ここはきらめき高校、野球部の部室。
 肘の状態に問題が無い事を確認出来た事で、晴れて正式に入部届けを提出することになった公人であった。
  部室のドアを開いた瞬間、まるでそうなる事が分かっていたかのように、満面の笑みの沙希が公人を出迎えた。
「ところで、部員集めの調子はどうなの?あんまり上手くいっていないって聞いたけど」
「その事なんだけど、正直芳しくないわね……。今の野球部員は私とあなたの二人だけなのよ。他にも何人か、声を掛けようとしている人はいるんだけど ……」
「やっぱり、そうなんだ…、」
 そのように語る沙希は、沈痛な面持ちであった。
「4月には沢山新入部員が居たんだけど、大会が始まる頃にはみんな居なくなっちゃったのよ……」
「その人達は、どうして辞めちゃったの?」
「お、おほん、それはね……」
 沙希が、ばつが悪そうに説明するところによると、この四ヶ月間、本気で甲子園を目指すべく、部員達は尋常ではないハード・トレーニングに励んでいた。
 しかし、その代償として、1・2年生達は軒並み練習についてこれず、一人、二人と辞めてゆき、遂には誰も残らなかったのだという。
 結果として辛うじて猛練習に耐え抜いた三年生で、甲子園まであと一歩というところまで来ることが出来たのである。
 その是非を問うことまでは、公人には出来なかった。
「いずれにせよ、まずは部員を9人集めないとね。もうすぐ夏休みが始まるから、そうなったら誘おうにも人が居なくなっちゃうからね。勧誘、俺も手伝うよ」
「いえ、公人くんは大事なエース候補よ。秋はすぐにやって来るわ。これからみっちり、私の考えたトレーニング・メニューを消化してもらうわ」
 そう言って、沙希は一冊のノートを差し出した。
「げぇっ、 す、凄い……」
 沙希に手渡されたノートを一読した公人は驚愕した。
 ノートの冒頭には野球選手として、そしてピッチャーとしての心構えが書かれており、ピッチングにおける基本動作や、食事や怪我のケアに至るまで綿密に、それでいて読む人を飽きさせないよう、沙希の手書きによるイラスト付きでびっしりと解説されているのだ。
 数ページパラパラと斜め読みしたけで、沙希が尋常ではない情熱を持ってこのノートを書き上げていた事が分かる。
「今後はこの、私の作ったトレーニング・ノートを元に練習を進めていくわ。公人くんも日頃、何か気付いた事があったら、色々書き足していってね」
「に、虹野さんはこういうノートを普段から作っているの?」
「ええ。これまで四ヶ月間の野球部の練習を見ていて、気付いた事、思った事を日々まとめて、土井垣キャプテンをはじめとした部の皆へのアドバイスを色々書き留めている内に、このくらいの量になったわね。尤も、これで全部という訳じゃあないんだけど……」
 改めて公人は、この虹野沙希という女の献身性、そして野球にかける情熱に戦慄を覚えた。
「と、ところで、せめてもう一人くらい入部してくれそうな人はいないの? 筋トレや走り込みは兎も角、 どうしてもボールを使ったピッチングやバッティングは、一人じゃ出来ないよ」
「その事なんだけど、もう一人だけ、私の誘いに応じてくれた人がいるわ。しばらくはその人と組んで、練習をしてもらいたいの」
「へ、そうなの?」
「ええ。公人くんもよく知っている人よ。もうそろそろ来る筈なんだけど……」
 その時、部室のドアがガチャリと開いた。
(まさか、アイツが……?)
「イよぉ、お二人さん。邪魔したかな?」
「好雄!? 何故ここに?」
 扉を開けて部室に入って来たのは、早乙女好雄であった。
「来てくれたのね。ありがとう、好雄くん。貴方は確か、 中学の野球部ではずっと不動の一番センターをやっていたのよね?」
「へへ、よく知ってるな、その通りだぜ。外野が本職だけど、ポジションは一通り何処でもOKだ」
「なんだ、好雄。お前も野球部やってたクチだったのか」
「へへ、 毎年三回戦がいいトコのレヴェルだったけどな。 それに、ここに来れば虹野さんと毎日一緒にいられるからな。ムフフ」
「いい意気ね、好雄くん。貴方にはこの、私の作ったトレーニング・メニューを始めて貰うわ。」
「どれどれ……、ぎええええっ!」
 沙希が手渡したノートをパラパラとめくった好雄は、早速呻き声を上げた。
「ああ、好雄。凄いだろ。虹野さんのノート」
「い、いや、それはそうなんだけど、そうじゃねえよ」
「どういう事?」
「ここだよ、ここ」
  好雄が指差したのほ、毎日のルーティン・ トレーニング・メニューの項である。
 公人がチラリと覗き込むと、そこには
『朝 ジョギング 10キロ』
『朝 穴堀り』
『昼食後 靴下で立ちっぱなし』
『夕方 腕立て伏せ、腹筋、スクワットを合計1000回』
『ランニング30キロ、仕上げにストレッチ、クールダウン』etc.……
 などと、超絶にハードなトレーニング・メニューが書かれていた。
「あ、朝から晩までほとんど体力トレばっかりじゃねーか! じ、冗談じゃねーぞ、 大体穴堀りって何だよ !? 俺達を殺す気か!?」
「何言ってるんだよ、好雄。俺も中学の頃は、流石にここまではないけど、大体この7~8割掛けくらいの量は毎日こなしてたぞ」
「マジかよ!?」
「そうよ、好雄くん。因みにこのトレーニング・メニューは、とある甲子園常連の、何度も優勝している超強豪高校の練習メニューを元に作った内容よ。このくらいこなせないと、甲子園なんて夢のまた夢よ!」
「俺か? 俺がおかしいのか!?」
「ま、少しずつ慣れてくるよ。頑張っていこうぜ、好雄」
「何……だと……!?」
「後、公人くんのピッチング練習のために、好雄くんはキャッチャーを練習していてほしいの。専門じゃないけれど、ごめんね。明日から、練習は皆で頑張ろう! 勿論、私も一緒に走るわね」
 沙希は一点の曇りも無い、眩しい笑顔でそう二人に告げた。
(俺、そういえば、キャッチャーだけは経験無いや……)
 好雄は魂の抜けた表情で、そんなことをぼんやりと考えていた。

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