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13.Let us cling together

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作者:しょうきち

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 公人の持つピッチャーグラブと詩織の持つキャッチャーミットを交換し、今度は交代で詩織がピッチングを行う事となった。
 詩織のピッチングフォームは、 公人の速球主体のオーバースローと対になるような、七色の変化球を操るアンダースローである。
 詩織はボールを捏ねるように握り、その感触を確かめた。
「よし、いつでも来い。詩織!」
「いくわよ!  公人」
 詩織はゆっくりと、大きく左足を上げた。胸の辺りまで左足を引き上げるダイナミックなフォームは、まるでオーバースローの如き体の使い方である。
 詩織は左足を十分に引き上げ、そこから右足にウェートを乗せ、引き上げた左足を折り始めた。このような体の使い方をすると、背筋がピーンと伸びてバックスイングを大きくとることが出来る。
 そして、詩織は大きな胸の張りを作り、腕をいっぱいに伸ばし、公人へと渾身のストレートを投げ放った。
 その球筋は、アンダースロー特有の、低めから高めへ浮き上がる軌道を描く。そして、公人の持つグラブへと強烈な衝撃と共に収まった。
 返球した後、左手からグラブを外し、受けた左手をひらひらとさせながら公人が言った。
「うおぉ……、相変わらずの球威だな。腕は全く衰えてない」
「うふふ、 まだまだ行くわよ。次はカーブね」
「よし、どんどん来いよ。詩織」
 ミットの掌の部分をボスンとと叩き、公人が応えた。

 50球程を投げ、こめかみから流れる汗を拭いながら詩織が言った。
「ふぅ、公人。少し休憩にしましょうか。タオル借りるわね」
「ほい。投げるぞ」
「ありがと、公人」
「ところで詩織。お前、本当は俺が野球を辞めていた時も、ずっと一人で練習していたんじゃないのか? コントロールも変化球もキレッキレで、微塵も衰えてないどころか昔以上だ。本当に2年ぶりじゃあ、こうも強烈な球は投げられない筈だよ」
「……そうよ。私には、あなたの肘を壊した責任があるって思ってたから」
「どうしてさ。そりゃ変化球を教えて貰ったし、毎日投げ込みに付き合ってもらってたけど、俺が自ら望んだ事で、後悔なんてなかったよ」
「それでも、公人が野球を出来なくなったのに、私一人でチームに居続けるなんて出来なかったわ」

  高見公人と藤崎詩織は、家が隣同士の幼馴染みである。幼少の頃から仲良く遊んで育った二人であるが、両親から与えられたおもちゃの中で最も夢中になったのは、一対のマスコットバットとスポンジ製ボールからなる、子供用野球セットであった。
 やがて、近所の公園での毎日のキャッチボールを日課として育った二人は、小学校時代は共にリトルリーグの野球チームへ、中学では引き続きシニアリーグの野球チームへと入団していた。
  二人は共にピッチャー志望であったが、お互いの実力は拮抗しており、時に教え合い、時に競い合い、良きライバルとして共に実力を磨き合っていた。
 正統派の速球派で、やや荒れ気味なコントロールと球威で抑えるタイプの公人、正確無比なコントロールと七色の変化球で抑える詩織の二人は、やがてチームの柱となっていくであろう事を、誰もが疑っていなかった。
 そんな中、転機が訪れたのは中二の夏の事であった。
 長らくチームを支えてきた前監督が病に倒れ、 代行として新監督が着任したのである。
 新監督として着任した男は、前時代的なスパルタ野球でチームを統率した。周囲からは実力拮抗のダブルエースと目されていた公人と詩織であったが、監督の抜擢により、公人をチームの絶対エースとして、公人を中心に添えたチーム作りが行われるようになっていった。
 対する詩織の扱いはというと、新監督は「女が野球、ましてチームの顔たるエースなどけしらかん!」などと、前時代的な難癖を付けて詩織を冷遇した。
 詩織はピッチャーを辞めさせられ、それならばと公人の球を受けるキャッチャーへと転向した。性格的に細かい事によく気がつき、相手の気持ちを推し量る事に長けている詩織は、リードにバッティングにと非凡な才能を発揮した。
 しかしそこでも、詩織は冷遇を受けた。
 女子としては平均的な体格であり、ホームを死守するには心許ないとして、詩織は正捕手の座をも外されていた。
 このような明らかな冷遇を受けるものの、チームの為に、そして公人の為、チームの練習とは別に、近所の公園で毎日公人の自主連に付き合っていたのだった。
 だが、そこで悲劇が起きた。
 ある日の自主連中、肘に違和感を感じた公人は、詩織の勧めもあり、念のために病院へ行き精密検査を受けることになった。その病院が前述の上武医院であった。
 そしてヤブ医者・上武に「このままでは3ヶ月以内に壊れる」と自信満々に言い切られたのであった。
 その結果は、公人にとって俄には信じられるものではなかったが、ひとまず監督へその事を報告すると、返ってきた言葉は、
「それがどうした、ケガが怖かったら野球など辞めろ」
「投げて投げて投げ続ける事で肩肘は作られてゆくのだ。昔の大投手は皆そうだった」
「チームはどうなる? 多少肘が痛いからといって、お前を登板させない事などはあり得ない」
「ここで逃げず、打ち勝ってこそ真の漢になれるのだ」
 ……などといった、朝の番組のコメンテーターのような、公人の将来を全く考えないものであった。
 公人が監督の言葉に、引いてはこのような非常識が罷り通る野球界に対して絶望していくのに、それほど時間は掛からなかった。そして公人は無断で練習を休む事が多くなり、やがて逃げるようにして、公人はチームを退団した。
 それから二年。詩織と共にきらめき高校を受験し、見事合格した公人は、受験勉強から解放され、かと言って野球が出来るでもなく、余ったエネルギーの出し場を求めるかのように女の子へ声を掛けたり、デートしたりといった事に血道を上げていた。
 虹野沙希の誘いを受ける日までは、全く野球に触れてこなかったのは前述の通りである。

「診断は誤診だったのかも知れないけど、あのヤクザ監督の元で野球を続けていたら、いつか本当に公人が壊れていたと思うわ」
「まあ、確かにそうかもな。でも、やっぱり詩織まで野球を辞めることはなかったよ。俺が居なかったら、幾らなんでも詩織がエースだよ」
「いえ、きっとどれだけ紅白戦や練習試合で抑えられても、『女がエースなど生意気だっ!』とか言われて公式試合には出してすらもらえなかったでしょうね。だから公人の事が無くても、私も遅かれ早かれチームを辞めていたと思うわ」
 詩織は目を細めて両目の周りに円を描き、指で口髭を作る素振りを見せ、中学時代の監督の物真似をしながら言った。
「ハハッ、似てるぜ詩織。確かにあのヤクザ監督の元じゃあ、そうなってたかもな」
「なんか、似てるって言われるのも癪なんだけど……」
「自分からやっといて、そりゃないぜ」
「ま、それもそうね。でも、あの時の公人、もう生きる屍みたいな感じで見るに耐えなかったのよ。だから私、一緒に頑張って、きらめき高校を受験しようって言ったのよ」
「それまで野球ばっかで勉強なんて全然してなかったからな。今はこうして高校生をやれている。感謝してるよ。詩織……」
「ん、どうしたの? 深刻な顔しちゃって」
「詩織、今からでも遅くない。俺と一緒に、甲子園を目指してみないか?」
「えっ……、私にも野球部に入ってくれって言うの?」
「ああ。その通りだ。さっきの動きを見て確信した。詩織のピッチングなら、絶対に通用するぜ」
「……その言葉、待ってたわ。実は私も、もしかしたら叶わないかもって思いつつも、いつかまた、あなたと野球をって……」
「詩織……!」
「公人……!」
 いつしか公人は、グラブ越しに詩織の両腕を握りしめていた。詩織もそんな公人の意を察したかのように目を閉じ……。

 ……詩織の目が見開かれ、握り返す両手に力が込められ、そして唇が開かれた。
「じゃあ、今日はこれから夜までピッチング練習の続きね。大体あなた、昔より球威はついたとはいってもコントロールが大分怪しくなってるわよ。フォーム見てあげるから、まずはシャドーピッチング1000回ね!」
「ヒエッ……! そうだった……。詩織は昔から、虹野さん以上のスパルタコーチだったんだった……!」

 二人の特訓は、日が沈み、ボールが見えなくなるまで続いた。

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