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8.EP2―④ ~タニマチの仕事~

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作者:しょうきち

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 夜の東京都心。
 シンの駆るバイクは、環状八号線を流すように走り続けていた。ちらほらと見える街灯やマンションの光が、次々と後方へと流れては消えてゆく。
 後部シート上にはヘルメットを目深に被せられた沙希の姿があった。未だ意識を取り戻しておらず、身をだらんとシンの背に預けている。バイクからずり落ちないようにライダー直結型のタンデムベルトで体を固定していた。
 目覚めるまでは適当に流して風に当たらせておき、起きたら家の近くまで連れて行って下ろすか、タクシー代を握らせるなりして帰らせる。シンはそういった腹積もりであった。
(ふっ……懲りねぇなぁ、あの人も……)
 高樹に呼び出され再びマンションへ駆けつけた時、白目を剥いて痙攣していた沙希を前に、シンは不謹慎にも苦笑していた。今回のように連れ込んだ女の後始末を任される事は、これが初めてではない。

 シンから見た高樹は、高校の一年先輩であり、野球部のキャプテンであり、甲子園出場の立役者でもあり、プロ野球のスター選手である誇らしい先輩であり、更に今は雇い主でもある。とはいっても色々あって今や腐れ縁と言っても良い間柄である。
 シンと高樹の出身校は、北関東の片田舎にある私立高校である。東京までは片道二時間半。大した娯楽もない環境で、推薦又はセレクションで集められた野球エリート達が、全寮制の環境で年がら年中野球に打ち込んでいた。
 そんな中、高校時代から既にスター選手の名を欲しいがままにしていた高樹は、ファンの女子をかどかわす事も一度や二度ではなかった。プロ注目選手である高樹は、影で某球団からの栄養費と称する多額の裏金を受け取っているために尋常ではない程に羽振りがよく、自室は野卑たスポーツ推薦の高校生とは思えぬほどお洒落に演出されており、週末になると時折そこへ女子を連れ込んでいた。
 しかも生来の飽きっぽさからか、何度か抱いた女は途端に興味を失う事が多く、『よぉし、この女はくれてやるっ。お前らの好きにしろッ!』等と言って後輩達に輪姦させてくれたりもする話のわかる先輩だったりもしたのである。シンはそれで童貞を捨てていた。
 そんな高樹が卒業した後は、シンの世代になった野球部はすっかり弱体化してしまっていた。そんな野球部を尻目に、一年遅れて高校を卒業したシンは野球をすっぱりと諦めていた。辛く苦しいだけの野球などには見切りをつけ、兎に角何一山当てたい、そんな思いから一人上京していた。
 東京で一山当てる志を持てど、何をするでもなくブラブラと日々を無為に過ごす中、シンはたまたま出会い、意気投合したマサと共にミュージシャンを目指していた。しかし所詮は付け焼き刃の音楽活動ということもあり、全く芽が出ずに燻り、やがて困窮から様々な仕事を転々としていた。
 高樹と再会したのはそんな時期である。
 音楽活動はそこそこに、ホストや風俗スカウト、キャバクラのボーイといった夜の仕事を転々としながら生計を立てていた。そして偶々シンがボーイを勤めていたキャバクラへやって来たのが、既にプロ野球でスター選手への階段を上り始めていた高樹であった。
 取り巻きを連れ、女達を侍らせる豪放磊落な姿は、高校当時の面影を残しているようでもあり、プロの世界に揉まれ一際スケールアップしていたようにも見えた。
 対する自分はというと、この有様である。
 最早向こうも自分の事は覚えていまい。そのように思っていた。
 しかしそんな高樹に、高校時代と変わらぬ気さくさで声を掛けたのが高樹であった。
 同時に自身の勤めるキャバクラのオーナーが、実は高樹のタニマチをしている事を知らされた。
 この偶然の再会、そして上司に当たるタニマチの男の推薦を受けたことがきっかけで、シンは高樹の個人エージェントの様な仕事を始める事となった。主だった仕事はグリーニーの個人輸入や、高樹主催のセックス・パーティへ参加する女集めなどである。
 改めて高樹と親しく付き合うようになって、シンは高校時代ですら見ることの叶わなかった高樹の一面を、まじまじと見せつけられる事となった。
 豪放磊落でありながら決して驕ることなく真摯に野球に取り組んでいたように見えていた高樹であるが、その実態は、臆病で繊細な一人の青年であった。
 プロのマウンドに立つことはいつだって怖くて怖くてしょうがないし、打たれたらと思うと気が気ではない。単に打たれたらマウンドから下ろされるとかチームが負けるといった話だけではなく、自身のクビがかかっているためだ。
 高樹よりも才能がありそうに見え、実績も十分でありながら戦力外通知を食らった緒先輩方を何人も見てきた。
 次に肩を叩かれるのは自分かもしれない。
 その恐怖とプレッシャーは、身一つ素寒貧、失うものの無い身分であるシンから見ても察するに余りあるものがある。
 
 プロ野球の試合。中継ぎ投手にとって、6、7、8回辺りは、最もプレッシャーがかかる時間帯である。
 肩を暖め、自身の調子を確認しながら投手コーチに指示された球数を投げ込んでゆく。
 ブルペンで一球一球を投げ込む度に、高樹の纏うピリピリした空気は鋭利さを増してゆく。
 試合展開によっては次の回からいくぞと声が掛かり、万感の準備の上で登板に望む事もあれば、先発が炎上してスクランブル登板を要求される事もあるし、結局お声がかからない事もままある。
 ベンチ入りする以上常に臨戦態勢をとっておくのは勿論の事だが、これが毎日ともなると前日試合や練習の疲れ、移動の疲れ、メンタル等々、必ずしも万全とはいかないのが人間であるが、それを表に出せば即肩叩きを受ける為、尾首にも出してはならない。結果心身万全の状態からはどんどん遠ざかってゆく。時には心も身体も準備など出来ていない中、カクテルライトの下に放り出され、ピッチング次第で何万人もの歓声を浴びる事もあれば、その逆にドームが割れんばかりの罵声を浴びる中投げ続けなくてはならない事もある。高校時代とは違い、シーズン中は年間143もの試合が行われている中、毎日こうしたプレッシャーと闘い続けることとなる。
 毎日毎日ブルペン横のベンチで吐きそうになっていた高樹に対し、ある日、チームメイトの外国人選手が一杯のコーヒーを勧めてきた。
 登板直前に何を……、と一度は断ったものの、いい笑顔で勧められたそれをなんの気なしに飲み干すと、高樹はそれまでの恐怖と緊張が嘘のように気迫溢れるピッチングを披露していた。結果、三人の打者を相手にし、その全てが三者三振であった。
 登板後、再び声を掛けてきたその外国人選手は、『ヘイ、タカギ。さっきお前に飲ませてやったのはコイツさ。プレッシャーに悩んでるようだが、コイツを一粒飲めば、そんな弱い気持ちにはサヨナラさ!』と、屈託の無い笑みを浮かべながらグリーニーを見せつけていた。
 いかにもな怪しい薬に高樹は訝しみ、悩んだ。しかし、結局翌日も登板の際、勧められるがままにその外国人の淹れたコーヒーを飲んでからマウンドへ向かっていった。既に一度グリーニーの力で勝利を手にしたという事実も高樹を後押しした。そして、この日も結果としては三者凡退の完璧なピッチングであった。其の更に翌日も、翌々日もである。気付けば殆ど毎日常用するようになっていった。
 そして、それまでは一軍と二軍を行ったり来たりしていた高樹は一軍へと定着するどころか、シーズンが終わる頃にはMVPの栄冠まで手にするに至ったのである。勿論その頃には、完全にグリーニーが手放せなくなっていた。
 グリーニーを勧めてきたその外国人選手はシーズン途中で解雇となり帰国したため、グリーニーの入手手段を失ってしまったものの、その魔性の力に溺れた高樹は、タニマチを介して引き続きグリーニーを調達させていたのであった。
 そして大きな飛躍を果たした高樹の周りには、同じような境遇の、つまり次代のレギュラー、ひいてはスター選手への道を虎視眈々と狙う若手選手が集まるようになっていった。
 自身を慕う若手選手が増えてくるに従って、高樹はやがて、その選手らへもグリーニーを勧めるようになっていった。グリーニーを服用するようになった選手らは、高樹と同様、キャッツ内でのポジションを磐石のものとしていった。

 高樹がグリーニーを服用し始め、そしてそれが日常となり、やがて罪悪感が麻痺してくるようになった頃、身体にはとある副作用が表れるようになった。
 それは、幾ら射精すれども尽きることのない、異常な性欲である。
 プロ野球選手である以上女に不自由することは元より無かったが、一軍に定着し始めた頃から、周囲へ寄ってくる女のグレードが明らかに二つ三つは上がっていた。
 そんな選び放題の中から高樹が見初め、付き合っていた彼女は球団親会社であるテレビ局の年上女子アナであった。しかし、連日連夜行われるねちっこく、回数も激しさもどんどんエスカレートするセックスに、遂に彼女の方が耐えきれなくなり、別れを切り出されていた。
  傷心の高樹に暗闇の中からポンと肩を叩いてきたのが、高樹を甲斐甲斐しく支援するタニマチの男である。曰く『女なんて星の数ほどいますよ。何ならウチの店の娘、何人か見繕いましょうか? 何ならご友人もお誘いになって』と。
 こうして高樹、そして高樹を慕う若手選手達を交えた淫靡なセックス・パーティが定期的に開かれることとなったのである。
 パーティに参加する女は、タニマチの男が経営する店に勤務するキャバクラ嬢、風俗嬢やその伝手から集める事が大半であった。しかし、頭数が足りなかったりマンネリ化しがちな参加メンバーに変化を付けたい場合が生じる。そうした場合、シンにお鉢が回ってくる。
 常日頃からナンパやテレクラ等で知り合った素人女をキープしておいて、頃合いを見て『楽しい集まりがあるよ』と誘いかけるのである。野球などに興味がなくとも、大抵の女は有名人の開催するパーティに参加できると言うだけでホイホイ付いてくる。
 こうした女達に対しては、初めはこのパーティーが実際のところはヤリモクパーティーであることや、時折飲み物に余ったグリーニーが入れられているドラッグ・パーティーである事は決して言わない。しかし、新宿のタワーマンションという場所が作り出す非現実感、周りの逡巡することなくセックスへと移行する男女の醸し出す淫靡な空気感、プロ野球選手という有名人に求められるという高揚感、これらが渾然一体となってセックスへの垣根を取り払ってゆくのだ。
 事実、これまでこのパーティーに招かれた素人女子達は、お持ち帰りもしくはその場で身体を許す確率は100%であった。沙希も意識を失いさえしなければ、最終的に高樹に身体を許していたであろうことは間違いない。
 そしてシンはこのパーティの参加者斡旋の仕事を元に、更なる副業収入を得ていた。それは、薬とセックスで頭も股も緩くなった女を言葉巧みに言いくるめ、最終的には風俗の仕事を斡旋する女衒業である。
 一度こうした現実味の無い空間で、セックスとドラッグで理性を粉々にされた経験を持つ女は、貞操観念のハードルがぐっと低くなる。やがて風俗の仕事への抵抗感が薄れるのである。
 遊びで不特定多数の男と関係するなら、相手が一人でも二人でも何人でも大して変わらないじゃないか、といった思いが生じてくる。
 こうなるとあと一歩だ。
 悩む女の子の肩を叩き、「学校や仕事終わりに短時間ちょっと働くだけで、月に50万位余裕で稼げるよ」「ほら、見てごらん、このショーウィンドゥ。それだけお金があればバッグだって服だってアクセだって何でも買える。我慢する必要なんて無いんだ」等と甘い言葉を囁き、背中を押す事もあれば、パーティーに参加している、既に風俗業に従事している女に協力を請い「女同士、お友達になりましょ?」と近づかせ、少しずつ風俗の仕事へのハードルを取り払うよう促す事もある。
 シンにとっては、最近はこちらがより大口の収入源となっていた。
 ちなみに風俗スカウトへのバック料金は、概ね売上の一割が相場である。

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