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12.EP3―③ ~後輩との邂逅~

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作者:しょうきち

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 シンからのアドバイスに従い、今後受験シーズンが終わるまで未緒とはなるべく顔を合わせないよう一時は誓った沙希であったが、その決意は早くも揺らいでいた。
 未緒の方から何か言いに来たら?
 たまたま近くで顔を合わせてしまったら?
 きっと心の準備が出来ていないまま、未緒とは改めて話す事になるのだろうし、互いに言葉が止められなくなるのだろう。
 そもそも毎日同じ学校に通っている筈の相手を避ける等、沙希自身の性に合わないのではないだろうか? なにも悪い事をした訳でもないのに何故避ける必要があるのか。しかし話してみた結果、何らかのボタンの掛け違いから未緒との関係に徹底的な亀裂が走ったら?
 そのような思考の袋小路に陥り、沙希は悩みに悩み抜いていた。
 しかし、結局は真正面から当たってみるのが一番である。シンには悪いが、やっぱり向こうから来る前に、未緒に謝りに、直接話しに行こうとの結論に達した。
 だが、未緒の姿は校内を探して回ったがどこにも無かった。教室にも、図書室にも、保健室にもである。聞けば体調を崩し、学校を休んでいるとのことであった。
 ならば改めて話そうと翌日、翌々日と待ち続けたが、待てど待てども学校に未緒が姿を現す事は無かった。
(未緒ちゃん……!)
 流石に未緒の事が心配になり、沙希は携帯電話を手に取っていた。お見舞いのメールを送ろうと、メッセージアプリを起動する。しかし、いざ送信ボタンを押そうか押すまいかというところで躊躇していた。
(二人でいるときは、他愛の無い事だって何時間でも話してられるのに……。どうして言葉が浮かんでこないんだろう……)
 沙希は、「大丈夫?」とか「お大事に」といった素っ気ない一言を送信メッセージ欄に書いては消して、書いては消してを繰り返していた。こんな言葉より先に、先日の事を謝る方が先であろうか。どうしても、未緒に掛ける言葉が上手く浮かんでこないのである。まるで言語機能を司る脳の一部分だけが麻痺してしまったかのようであった。

 ああでもない、こうでもないと思案に暮れながら校内をとぼとぼと歩く沙希。時刻は放課後。夕焼けが目に染みていた。
(ああ、もうこんな時間……。なんて送ったらいいのかな。『金曜あたり、お見舞いに行くわね?』う~ん、迷惑かな……。その頃にはもう快復して、学校来てるかもしれないし。いっそ電話で直接話せば。でも……)
 メッセージを書いては消し、書いては消す。送信アイコンに指をかけ、やっぱり違うと指を離す。そんな事を繰り返していた沙希の元に、後方から人影が迫っていた。
 その人影は、早足に沙希の元へ向かうと元気よく声を掛けてきた。
「虹野先輩っ!」
「えっ!?」
「お久しぶりですっ、虹野先輩っ!」
「みっ、みのりちゃん!?」
 声の主は一学年下の野球部女子マネージャー、秋穂みのりであった。背後から声を掛けられ、びっくりした拍子に送信アイコンを押下してしまっていたが、その事に気付いたのは暫く後のことであった。
 秋穂みのりとは昨年の春、彼女が女子マネージャーとして野球部に入部してきて以来の仲である。野球部マネージャーとして一学年先輩である沙希をよく慕い、公私共に、まるで姉妹のように仲良くしていた。
 休日は何度か一緒に買い物に出掛けた事もある。いつも着けているトレードマークの×字のヘアピンは、以前一緒にショッピングに出掛けた時に沙希が買ってあげたものである。
 最後の大会以降、沙希は野球部に顔を出すのをばったりと止めていたため、こうして顔を合わせるのはおよそ3ヶ月ぶりとなる。
「久しぶりね、みのりちゃん。秋大会、応援してたわよ。みのりちゃんも頑張ってたわね」
 みのり達の代に替わって臨んだ新チームによる秋大会は都大会ベスト8という結果であった。都大会準優勝という快挙を成した沙希たちの世代よりも順位を落としてしまったところではあるが、新チームの滑り出しとしては中々悪くない。正直なところ、戦力的には大分落ちている中、よく頑張ったものだと沙希は思っている。
 敗戦の際も優勝チームを延長まで苦しめての惜敗であり、来年の夏に向け、今後に期待が寄せられるところである。
「見ててくれてたんですね。ありがとうございますっ、虹野先輩!」
 そう言ってみのりは沙希の腕に自らの腕を絡ませた。昔からちょっと過剰気味なスキンシップを取る後輩である。
 後輩からのこうした過剰なスキンシップは野球部時代は常日頃から受けており、男社会の野球部にあってある種独特な、女同士の百合百合しい世界を作り上げていた。
 野球部を引退するまで彼氏はおろかデートしたことすらなかったのは、ひょっとすると周囲からそうした趣味の持ち主と思われていたためなのだろうか?
「そ、それで、わざわざ三年の教室まで急にどうしたの? 何かマネージャーの仕事で分からない事でもあった? 秋大会も終わって暫くオフシーズンだし、冬合宿もまだ先よね?」
「あ、違うんです。大会とかじゃなくて、えぇと、でも野球部絡みなんですけど、ちょっと毛色が違うっていうか……」
「えっ?」
「あの、先輩。今週末、ドラフト会議があるじゃないですか」
 ドラフト会議。一般的にそう呼ばれているこの会議は、新人プロ野球選手を獲得するために日本野球機構(NPB)が開催する会議であり、正式名称を新人選手選択会議と言う。
 各プロ野球チームの監督が一堂に会し、獲得したい選手を各チーム毎に指名していくこの会議は、次世代を担う新人がどの球団に入団するのか、複数球団から同一選手が指名された場合くじ引きが行われるが、それをどの監督が引き当てるのか、といった点が今後の球界の動向を予感させる、野球ファンの注目を集める毎年の風物詩となっており、テレビ中継も行われている。今年は今週末の金曜日に開催予定で、やはり例年どおり生中継が予定されていた。
「ええ、そうね。テレビ中継なら私も毎年見てるけど、何か特別な事でもあったかしら? みのりちゃんの好きな選手でも? あっ! ま、まさか?」
「流石虹野先輩っ。察しがいいですね。そう! 例年なら私達みたいな平凡ないちコーコーセーには大して関係ないテレビの向こう側のお話ですけど、今年は違います! うちの高校には我らがエース、市川先輩がいます。先輩ならきっとプロ指名は確実、いや、それどころか上位指名、ドラ1だってあり得ると思うんです」
「うん、うん……!」
 みのりの熱気が伝搬し、頷く沙希にも自然と熱が入る。市川のプロ入りについては、かつて秘密の個人練習を手伝っていた事もある沙希にとっても自分の事のように嬉しいものがある。野球部生活、最後の悲願と言ってもいい。
 この三年間、甲子園行きこそ逃し続けていたきらめき高校野球部であったが、プロ野球スカウトから見たエースピッチャー、市川の評価は何ら覆るものではなかった。
 ストレートはMax162km/h。スタミナ、コントロールも素晴らしく、変化球もスローカーブ、シュート、高速スライダー、SFF(スプリット・フィンガード・ファストボール)、そしてストレートに対して100km/h程の緩急差を与える超遅球、通称『ハエ止まり』と多彩であり、どの球も一級品のキレである。使い古された言葉でシンプルに形容するなら、超高校級といったところである。
 きらめき高校野球部のエースとしては比べるまでもないくらいぶっちぎりで歴代最高峰である。それどころか、全国レベル、高校野球史といった更に広い尺度で見てもその実力は屈指のものと言える。
 弱点と呼べそうな点は少なくとも目に見える範疇では特に無く、強いて言うならライバルである田中との勝負に拘り過ぎてしまうあたりが弱点と言えば弱点だが(田中を抑えたものの玄田や肝付といった他のバッターにしてやられ、煮え湯を飲まされる事がままあった)、その負けん気も含めプロ野球界からの評価は高い。
 中にはすぐにでも先発ローテーションの一角を任せたいと最高級の評価を下している球団もある程である。
 現在のプロ野球ドラフト制度においてはドラフト会議以前に野球連盟へプロ志望届を提出する必要があるが、当初よりプロ志向の強かった市川は既にそれを提出済みである。
 先日発売の『週刊ベイスボール』による高校生ドラフト特集記事では、専ら上位指名は確実との下馬評であった。
「それで、当日はいつもの練習はお休みにして、野球部の有志で集まってテレビ中継を見つつ、プロ入団を記念してささやかですけどパーティーを開こうと思ってるんです。二年以下の現役生だけじゃあなくて引退した三年生の皆さんにもお声掛けして回ってるんですよ」
「成程ね。うんうん。いい考えね。是非とも私も参加させてもらうわ」
「あ、ありがとうございますっ! 虹野先輩っ! そ、それで……、折り入ってお願いが……」
「なぁに? みのりちゃん」
「そのパーティーの中で、ささやかですけど手料理を振る舞おうと思ってるんです。あ、材料費とかは部費とカンパから出るんですけど、ちょっと私だけじゃ時間も人手も足りなくて……。もし出来ればなんですが、先輩にもご都合とかご予定とかあるのは重々承知してるんですけど、虹野先輩にもちょっとお力添えいただけたらなー、なんて……」
「なぁんだ、そんな事なら任せて。水臭いじゃない? 料理の事なら任せて。みのりちゃん」
「先輩……! ありがとうございますっ! 大好きですっ!」
「き、きゃあっ!? み、みのりちゃんっ、見てる! 皆見てる~っ!」
 まるでレズビアンカップルのようにひしりと抱き締められる。周囲からの生暖かい視線が痛かったが、沙希は不思議と何か懐かしいものを感じていた。

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