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11.EP3―② ~STAY AT HOME~

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作者:しょうきち

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 未緒と別れた沙希は、今日も西池袋にあるシンの自宅を訪れていた。
 あのラブホテルでの一夜からおよそ一月半。正式にシンと交際を始めた沙希は、大体週の半分くらいはこうして逢瀬を重ねている。
 喫茶店で駄弁ったり、夜の繁華街で遊んで回ったり、映画を見に行ったりと過ごし方は様々だったが、いずれにせよ最終的にはセックスが始まる。ラブホテルにもよく行ったりしたが、最近はシンの自宅ですることが多い。
 肉体関係を重ねていくことによってもたらされる快楽物質の過剰分泌が、沙希をこの危険な恋愛にどっぷりとのめり込ませていた。
 近頃は精神的にもシンへの依存を深めている。
 寝ても覚めてもセックスの事が、オルガスムスの余韻が頭から離れなくなっていた。
 どうしても体の疼きが我慢出来なくなり、シンに連絡を取り、学校をサボって平日の朝から会いに行くこともあった。どうせ三年二学期の高校生活などは半ば自由登校のようなものである。ここ最近は学校を早退したりサボったりする事も珍しくない。
 セックスの回数を重ねるうちに、挿入やピストン運動にも慣れていた。以前は重苦しいものだった結合感が、女として求められる悦びに変わってゆき、肌と肌を密着させて 一つになって蕩けてゆくことに例えようもない程の満足感を覚えていた。
 
「ンッ……それで、大事な親友の未緒ちゃんとギクシャクしちゃって……。普段は内気な子で、アッ……あの子があんなに怒ったの、知り合ってから初めてなの。 んっ、や……やっぱり女子の友情って、進路が違うと自然消滅しちゃうのかな……? ンンッ……」
「フゥッ、フゥッ、こんなに優しい沙希ちゃんにそんな酷い事言うなんて、全く録でもない娘だね。きっと親友だと思ってたのは沙希ちゃんの方だけで、向こうは上辺だけの付き合いだと思ってるに違いないよ。エリートコースを邁進する予定のこの私が下々の者と付き合ってやってるのに、ってね。一流大学へ行くような才女なんだろ? そんな秀才様なんてさ、皆どこか他人を下に見てるもんだよ。オゥッ……」
 沙希はシンの腰の上に背中を向けて跨がり、その身体は固く屹立する男根によって深々と串刺しにされていた。所謂後背騎乗位の体位である。背後から両手首を掴まれており、体重は全てシンに預けた格好となっている。
 連日身体を重ねてゆく中で色々な体位を試したが、最もシンのペニスが膣奥深くまで届く体位がこれだった。
 蜜部から止めどなく粘液が漏れ出し、結合部からはクチュクチュと卑猥な音が響く。
 濡れているのは結合部だけでは無かった。既に時刻は夕方6時を回っている。すっかり日が落ちるのが早くなったこの季節、外は涼しさを通り越して冷え冷えとした風が吹いていた。しかし、まるでサウナにいるかのように肌はほのかな桜色に上気し、全身の細胞からはじっとりと熱い汗が吹き出ている。
「んぁハァンっ!」
 時折シンが腰を浮かせて真上に突き上げると、唯一自由に動かせる首がビクンと反り返り、えもいわれぬ快美感が脳天から爪先まで走り抜け、自然といやらしい艶声が漏れる。
 既に何度も何度も繋がった間柄ということもあって、ある程度余裕が生まれている。エクスタシーに昇りつめる事を急ぐ激しいだけのセックスではなく、こうした会話をしながらのゆっくりと落ち着いたセックスをする事も珍しくなくなっていた。
「あの子は……んっ、そんな子じゃ無いの。私が……私が悪いの。あぁんっ!」
「おぉっ……オッ…… 沙希ちゃん、優しいんだね。その娘……大事なお友達の未緒ちゃんにさ、どうしても謝らなきゃって思ってるのかい?」
「んぁアッ……! そ、そうなのォ。彼女を……未緒ちゃんの事、傷つけちゃったのは私の方だから……。でも、もう、どうしたらいいのか分からなくて……。何を言っても心が離れて行っちゃいそうで、次会って話すのがっ、あぁ、どうしようもなく怖いの……。ふあぁんっ! 」
「ふぅ……ふぅっ、沙希ちゃん……。そういう事なら、一つアドバイスがあるよっ」
「んあっ……、そ、それ……教えてッ! お願いっ!」
「その前に、体位を変えるよ。そろそろフィニッシュだ。沙希ちゃん、こっち向いて」
「はぁっ……んんっ……」
 沙希は息も絶え絶えになりながらも、男根を咥え込んだまま百八十度体勢を入れ換え、騎乗位の体勢となった。続いてシンが身体を起こし、沙希は両膝を布団に下ろした。対面座位の体位である。
「んんっ……あああっ……」
 額をコツンとぶつけ、シンの首に両腕を絡めた。密着感が高まり、性器が擦れる肉ずれの音がどんどん粘っこいものになっていく。
 シンの手は沙希のヒップを鷲掴みにしている。そのまま汗ばむ身体を引き寄せられた。シンの繰り出す注挿に合わせ、リズミカルに腰を振るう。
「あっあっあっ、ダメっ……!」
 沙希は強かに身を捩った。腰の動きを自身の意思で止められなくなってきている。何度か経験している絶頂、その半歩手前まで到達しているサインであった。
「あううっ、ダメっ、ううううっ。わたし、イッちゃうっ、イッちゃうのっ!」
 顎をシンの鎖骨に乗せ、頬を首筋にすりすりと擦り付ける。両手でシンの頭を掴み、髪の中に指を絡めて掻き毟った。
「あぁ……いいぜ、我慢なんてするなよっ。イケよ、イッちゃえよ。沙希ちゃんっ!」
「ああああっ、はああああーっ!」
 ビクン、ビクンと腰が跳ねる。同時にシンが怒濤の連打を放ってきた。迸る白濁が泡立つ膣内に流し込まれてゆくのを感じ、沙希の意識は白い奔流に流されていった。

 太股を伝わり、大量に注入された精液がドロリと流れ落ちていた。
「ん……」
 布団に突っ伏して眠りこけていた沙希が目を覚ました時、シンは煙草に火を着け、二本目の缶ビールのプルタブを開けているところであった。
「ああ……、起こしちゃったかな?」
「わたし、どのくらい寝てたの? 今……何時?」
  沙希は、眠い目を擦りながらむくりと体を起こした。
「今は……、さっき8時を過ぎたところかな。腹、空かないか? 何か出前でも取るよ」
「あっ、待って。冷蔵庫の中、見てもいい? 簡単なものでよかったら、何か作ってあげるから」
「そりゃあ構わないけど、大したものは入ってないぜ?」
「大丈夫よ。ちょっと待っててね」
 沙希はそう言うと冷蔵庫をおもむろに開いた。冷蔵庫の中はじゃがいも数個に玉ねぎ、卵、缶詰、ベーコン、幾ばくかの調味料、他は缶ビールが幾つも並んでいるのみ。典型的な男の独り暮らしといった内容物である。
「エプロン、借りるわね」
 沙希は裸にエプロンのみ羽織ると、冷蔵庫から幾つかの食材を取り出し、手際よく調理を始めた。

(フフ……懐かしいな。最後の大会以来かな) 
 こうして台所に立ち、他人の為に料理を作っていると、沙希の胸中には野球部マネージャー時代の思い出が蘇る。
 野球部マネージャーとして、沙希はよく大会当日や練習の合間や練習終了後などに部員達に手料理の差し入れを振る舞っていた。
 栄養バランスや味付けなど、部員一人一人の調子や好みに配慮して作られた料理は大人気で、いつしか男子たちの間では虹野さんのお弁当、略して『虹弁』などと呼ばれていた。
 そんな沙希であるが、他の部員達には秘密で、一人だけのために弁当を作っていた事がある。
 その相手は野球部のエースピッチャー、市川であった。
 一年前、夏の甲子園予選を控えた春頃のこと。市川は新たな変化球を習得するため、毎晩練習後の夜間に一人で神社の境内で秘密の個人練習を重ねていた。そこにたまたま沙希が通り掛かったのが始まりである。
 大会に向け、ライバルである超星高校・田中を何がなんでも打ち取るために根を詰めて無茶な練習を重ねる市川を、沙希はアイシングやフォームチェック、そして弁当の差し入れ等で献身的に支えた。雨の日も、風の日も、である。
  後にして思えば流石にいちマネージャーの領分を超えていたかな、と思うこともあったが、頑張る人を見ると、どうしても放っておけない性分である。
 気付けば1ヶ月、2ヶ月と二人だけの秘密の練習は続いていた。初めはマネージャーとしての義務感や親切心で始まった秘密特訓のサポートであったが、それが淡い恋心の萌芽に変わってゆくのに時間は掛からなかった。だが当時の沙希は、まだ自身の気持ちに自覚的になれる程大人の女になりきってはおらず、この気持ちを言葉にする事は遂になかった。
 努力の甲斐あって市川は新たな変化球である超スローボール、通称『ハエ止まり』の習得に成功した(副産物として、相手打者が直球狙いか変化球狙いかを見破る類い稀な洞察力と、手首の返し一つでこれらの球を投げ分けるという球種を読まれにくいリリースフォームを手に入れていた)。
 そして迎えた夏の甲子園予選。ライバルの超星高校・田中を四打席連続三振と完全に封じ込める事に成功はしたものの、きらめき高校野手陣の貧打と、前の打席までは絶不調であった超星高校・玄田の突然の満塁ホームランに泣かされ甲子園への切符を逃していた。
 エースとマネージャー、二人きりの秘密の特訓に唐突な終焉が訪れたのは、敗戦の翌日の事であった。
「これまでありがとう。もう夜練はやらない。明日からはもう来なくていい」
 ぶっきらぼうにそう告げられた。
 そしてこの秘密の個人練習の終了と共に、二人はだだのエースといちマネージャーに戻り、沙希と市川の間の淡い関係も自然と消滅を迎えていた。
 あくまで後になって思えばであるが、あれが沙希にとっての初恋であったのかもしれない。

 沙希が台所に立って十数分後、ちゃぶ台の上には鯖じゃが(肉じゃがの肉を鯖缶で代用したもの)、だし巻き玉子、ジャーマンポテトにコーンスープといった料理が並んでいた。
「はい、どうぞ。有り合わせのものでちゃちゃっと作っただけだから、味の保証は出来ないけど……」
「おおっ……沙希ちゃん……。旨い、旨いよコレ! 本当にうちの冷蔵庫の残り物で作ったのか!? 信じられない。よっ、料理の天才っ! 嫁に欲しいくらいだよ」
「えっ……!? あっ、あの、沢山あるから、どんどん食べてね」
「ああ。将来沙希ちゃんの旦那になる男は幸せ者だな。こんなに美味い飯が毎日食えるんだ」
「ちょ……、や、やだ……もう」
 沙希は照れ臭そうにはにかんだ。
 料理くらいしか取り柄がない(あくまで沙希自身の自己評価においてであり、周りの人間は誰もそう思っていないが……)と自認する沙希ではあったが、これ程ストレートに真正面からの称賛を受けたのは初めての事であった。
 デートして、セックスして、一緒に眠り、そしてご飯を作ってあげる。これはまるで将来の夢として思い描いていたお嫁さんになったかのような生活ではないか。そのような考えが胸中に去来する。
「ええと……その、こほん。そ、そう言えば、さっき喋ってた仲直りのアドバイスっていうの、教えてくれない?」
 急に気恥ずかしくなり、沙希は強引に話題を変えた。
「あー、それか。ええとね、仲直りのコツってのはさ、時間を置くって事なのさ」
「時間を?」
「そうさ。いいかい、怒りってのはね、時に本心とは真逆のハチャメチャな内容を発露させてしまう程に、自分自身ではコントロールが難しくなったりもするもんだ。それは男の俺より、女の子の沙希ちゃんの方が分かるよな?」
 沙希は神妙な顔で頷いた。
 きらめき高校内では数多くの男女が、誰が好きとか嫌いとかといった恋バナに夢中になっており、中でもよく聞かされるのは、誰が誰を傷付けた、などといった黒い噂話である。
 野球部マネージャーの仕事で忙しかった沙希は、そうした噂話を「どうして知り合ったばかりで大して親しくなってもいない男子の悪い噂を流したりするのかしら」と、他人事のように思って聞いていた。しかし、大事な親友の未緒と大喧嘩をしてしまった今なら、その気持ちも少しは分かる気がする。
 大きな感情を向けている相手であるからこそ、ふとした切っ掛けでそれが反転したときには、後先考えずに傷付けてしまう事もあるのだ。そう、まるで爆弾が爆発するかのように。
「それに、怒りってのはコントロール出来ない程大きくなると、一旦静まっても些細な事でぶり返したりする事もあるんだ。感情には波ってのがあって、無理矢理下げても引っ張ったゴムが戻って来るように、必ずぶり返しがやってくる。だからそんなときは、大波が引くまでの間、暫く冷却期間を置くのが肝心なのさ。それも数日とか一週間程度じゃあなく、それだけ大きな亀裂が走ったなら、完全に怒りの記憶が薄れてくる位だ。『そんな事もあったわね、オホホ』って言われる位長い期間のクールダウンが必要なのさ。まあ、どっちにしても、向こうが受験勉強で忙しくて顔合わす事なんてそうそう無いだろうし、原因が受験のストレスにあるなら、試験が終わるまで、もしくは合格発表の時までは決して会わないように心掛けて、そっとしておいてあげるといい」
「ありがと……そうしてみる……」
「ああ。是非そうしてくれよ」
 シンは両腕を開き、こっちにおいで、とのジェスチャーを沙希に対して見せた。
 沙希はそれに応え、体を寄せて胸板に顔を埋め、背中に手を回してひしりと抱きついた。頭をポンポンと撫でられる。
「なあ沙希ちゃん。ところでよぉ、さっき言った事、俺さ、本気だぜ?」
「えっ……、さっき言った事って……?」
「嫁にしたいってこと」
「えっ……ええっ!?」
「勿論、まだ結婚なんて考えられないだろうし、早いって思うのは分かる。親だってまだ許してくれないだろ。だからさ、高校出たら、内緒で一緒に暮らさないか? 親には独り暮らししたいとか何とか言っとけばいいさ。つまり同棲だよ、同棲。沙希ちゃんの味噌汁、毎日飲ませてくれよ。それとも、俺の事嫌い?」
「シン君……!」
「フフッ、沙希ちゃんは良い子だね。よしよし」
 愛を囁かれ、胸をときめかせる沙希ではあったが、本当に心の底から彼を愛しているのかと問われたら、どこかで首を傾げている自分自身がいた。
 これまでそんな事を改めて考える事が出来ないくらい、いつだって二人きりの時間を過ごしていたという事もあるが、一度心を許した人間に対しては、最後の瞬間まで信じ抜く。沙希はそういった心構えを自身の信条にしていた。まして心どころか今のところ唯一の、親にも見せたことのない身体の一番恥ずかしいところをさらけ出した相手なのである。
 だから沙希は胸の奥底に湧いた微かな違和感を心のどこかで感じつつも、シンの事を愛し、信じ抜こうと努めていた。
 そのためであろうか。この時の沙希は、頬を歪めてほくそ笑むシンの表情に気付くことが出来なかったのである。

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