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1.全国高等学校野球選手権大会 東京都予選決勝戦

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作者:しょうきち

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 季節は初夏、7月下旬。
 灼熱のような熱気に包まれた、ここはきらめき市民球場。ここでは毎年、一枚しかない甲子園行きの切符を懸けて、球児たちが鎬を削り合う。
 そして今年も、またーー。

「ああっ、暑い暑い。何だってこんな暑い日に野球の応援なんかに来なくちゃいけないんだ? 熱中症になっちまうぜ」
 球場のレフト・スタンド席で愚痴るのは、きらめき高校一年の、高見公人である。
「そんなこと言わないの。グラウンドの上、特にマウンド上で頑張ってる選手の人たちは、40度を超えるような灼熱の中で頑張ってるんだから」
 そのように斜め向かいの席から公人を嗜めるのは、同級生にして幼馴染みの、藤崎詩織である。
「それに、あとひとつ勝てば甲子園に行けるっていう話じゃない? 野球部のみんな、すんごく頑張ってきた結果よ」
 きらめき高校は都内でも有数のマンモス校ではあったが、その野球部に関しては毎年一回戦突破が目標というレヴェルの弱小チームであった。
 しかし、今年は違った。
 今年の4月に入ってから、部員たちは目の色を変えて真摯に練習に取り組み、短期間の内にめきめきと実力をつけていた。
 また、今年に限っては組み合わせの妙か、 例年甲子園出場を争う有力校の大半が、 きらめき高校とは反対側のトーナメント表の山で潰しあってくれたのであった。
 こうした幸運もあり、 毎試合ギリギリではあったものの、きらめき高校野球部は創立以来初の決勝戦進出と相成り、この日、全校生徒による応援が実施されることとなったのだった。
「ほら、 この回も0点に抑えたわ。次の回、うちの高校の攻撃、始まるわよ」
「どうせすぐに終わるよ」
 ブツクサ言いながら、公人は立ち上がり応援に加わった。
 ここまで試合は、両チームのスコアボードに0の文字が並び続け、迎えるは8回裏。
  スコアの数字上ではきらめき高校と相手校とは互角ではあったが、ここまで相手校の12安打に対し、きらめき高校側は四球ふたつのノーヒット。自力の差は明らかであった。
 むしろ未だ0点であることが奇跡のような幸運でさえある。
 この回も、あれよあれよという間に二人が凡退に打ち取られていった。
 三人目のバッター、主将の四番・土井垣もあっという間にツーストライクまで追い込まれていた。
「ほら、詩織。この回ももう終わりさ。 ここまでよく持ったけど、次の回で失点、そのままゲームセットさ」
「そんなことないわよ。野球は9回裏ツー・アウトからっていうじゃない? まだ8回よ? ゲームが始まるのは、まだこれからよ」
「そんなのは、マンガやゲームの中だけ……」
 公人が言いかけた瞬間、その時であった。
 カキーン!
 乾いた音が球場に響き渡る。
 球場上空に風が吹いていたこともあってか、 弾き返されたボールは公人達のいるレフト・スタンドへとフワフワと流れていった。そのまま打球の行方は……。
「きゃっ」
「詩織、危ない!」
 空高く打ち上げられ、やもすれば詩織に直撃しそうな軌道を描いて飛んできた硬球を、公人は左手でしっかりと受け止めた。
「い、痛ぇーっ!」
「あ、ありがと。グローブもなしに硬球を受け止めるから。……大丈夫? ほら、コールドスプレーしてあげるから」
「いちちちち……。だから野球は嫌なんだよ!」
「でも、これで一点入ったわ。このまま守りきれば、甲子園よ、甲子園!」
「……いや、もうここまでだよ」
「もう、公人のバカっ! あなた、どっちの味方よ!? 私達はきらめき高校の応援に来てるのよ!」
「へーいへい、分かりましたよ。ほい、かっとばせー……」
「ふう……、まったくもう」
 その後の攻撃は、きらめき高生達による応援も実らず、凡退に終わった。

 運命の9回表が始まる。
 ここまで一人のエースで投げ抜いてきたきらめき高校は、毎試合ギリギリの勝利で勝ち上がって来ており、見た目以上にボロボロであった。エースの投じる球も、既に全快時のキレは失われ、根性で投げているような状況である。
 『この回を凌げば夢の甲子園が待っている!』 そのようなプレッシャーもあってか、なかなかストライクが入らない。
 あれよあれよという間に先頭打者から3人に立て続けに四球を出し、 状況は無死満塁。
 相手チームの東海大相撲高校は、毎年甲子園出場が期待される超強豪校であり、きらめき高校がここまで辛うじてギリギリの鍔迫り合いを演じている事自体が奇跡のようなものであった。
 打席に入るのは大相撲のエース、不知火。ここまで全ての試合を完封で勝ち抜いてきたプロ注目の超高校級エースであり、(因みに先程のホームランが本大会初の失点であった)打者としても一級品の実力を持つ男である。
 ここで、きらめき高校側のベンチからタイムが告げられた。
 誰もがピッチャー交代か?と見る中、伝令のためマウンドに走っていった、きらめき高校の女子マネージャーはピッチャーの右腕を握りしめ、力強く言った。
「勝負はここからよ。腕を思いっきり振って投げれば、絶対大丈夫よ!」
 最後に肩から背中の辺りをポンポンと叩き、マネージャーはベンチへ戻って行った。
「腕が……、軽い! イケる、行くぞっ」

「あ、あの子は虹野沙希ちゃん」
「知っているのか、詩織?」
「野球部のマネージャーで、『運動部のアイドル』って呼ばれてる、有名な子よ。知らないの?」
「へえ……」
  沙希が運動部のアイドルと呼ばれている事は、その容姿や献身的な姿勢だけが理由ではなかった。
 4月に一年生の彼女が入部してからというもの、無気力な練習しかしてこなかったきらめき高校野球部員達は、目の色を変えて練習に取り組み始め、めきめきと力を付けていったのであった。
 中学時代も、その卓越したマネージメント能力で母校を地区大会優勝に導いたこともある、虹野沙希の名は、選手以上の存在感を放っていたのである。

 審判により、試合の再開がコールされた。
 球場全体が固唾を飲む中、運命の一球が投じられた。初球はカーブ。ストライク・ゾーンの低めギリギリに決まり、審判による力強い「ストライク」のコールが響き渡る。
 次の球はインハイへのストレート。これは僅かに外れてボール。
 次の球は、アウトローに放たれた、外に逃げるスライダー。 不知火の打ち気を誘う、見事な一球であったが、ギリギリのところでバットは止められた。

「ふうーっ」
 不知火は大きく息を吐いた。最悪、凡打によるトリプルプレーもあり得る場面である。
 幼い頃から超一流選手としてならしてきた男ではあっても、ここは多大なプレッシャーがかかる場面であることは間違いない。
 果たして追い詰め、追い詰められているのはどちらの側であろうか。
 カウントは2ボール1ストライク。投手心理としてはストライクが欲しい場面である。打者からしてもその事は自明であり、そこを痛打しに行くことが想定される。このようなカウントを、バッティング・カウントと呼ぶ。
 覚悟を決めて、 全力のストレートか投じられた。真ん中やや高めに投じられたその球を、不知火はフルスイングで迎え撃つ! 
 ガッ!
 やや鈍い音ながらも、打球はフラフラと大きく上空へ打ち上げられていった。
「ふーっ、これでワンナウト。これであと二人だ」
 ファースト・土井垣が捕球体制に入る。思いの外伸びていく打球に、一歩、二歩と後ずさる。
 だが、上空に飛んだ打球は、地表付近へと降りてくるにつれて思いもよらぬ伸びを見せた。
 地上では分かり辛いが、きらめき市民球場の上空では地上とは異なった風の流れがあり、打球を思いもよらぬ方向へと押し流してゆくのだ。
「ファースト、バックバック!」
「ああ~っ」
  ファースト後ろ辺りにフワフワと浮き上がった打球は、落ちてくるに従って強烈なスライスがかかり、無情にもファーストとライトの中間にポトリと落ちた。
「ああっ!」
 きらめき高校関係者達の、悲鳴めいた声が 球場に響き渡る。
 
 固唾を飲んで打球の行方を追っていた各ランナーは一斉に走り出し、三塁ランナーがまずホームイン、続いて二塁ランナーも三塁を蹴った。

 このままでは逆転だ! カバーに入ったライト・北が、本塁に向かってバックホームしようと振りかぶったところで、ベンチから沙希の大声が響き渡った。
「セカンドよぉっ! ホームは間に合わないわっ!」
 その声を聞き、バックホームを止めて、北はボールをセカンドに回した。確かに、一塁ランナーは出足が遅れていた。
 セカンドランナーはフォースアウトとなった。
 ここで状況はワンナウト一塁。
 再びベンチからは沙希の鼓舞する大声が響き渡る。
「さあ、勝負はここからよぉっ!ワンダンワンダァン」
 点は取られてしまったものの、満塁の大ピンチを越えた結果、ピッチャーにかかるプレッシャーはいい感じに抜けていた。
 次打者はあっさりとゲッツーに倒れ、この回は一点のビハインドで終了となった。

 運命の最終回が始まる。
 きらめき高校ナインは円陣を組んだ。 輪の中心になって檄を飛ばすのは、やはり虹野沙希である。
「さあっ、ここが最後の正念場よ!皆、頑張って!根性よ!」
「オオーっ!」
「ウォォーッ!」
 裂帛の気合と共にバットを強振するも、東海大相撲エース、不知火の投球は9回を迎え更なる冴え渡りを見せていた。
 あっという間に二人の打者を三振に切って取り、 ツーアウト。
 最後の打者も既にツー・ストライクへと追い込まれていた。
 そして不知火の右腕から、最後の一球が投じられた。

 ビュォッ
 
 投じられた球は、もはやプロ野球選手でも打てる者がいるのかというほどの、140キロを越える高速フォークである。バットは空しく空を切った。
 審判による、ストライク、そしてゲームセットがコールされようとした、その瞬間であった。
 ボールはキャッチャーのグラブをくぐり抜け、後方へトテトテと転がって行く。

「……振り逃げよォっ!!」
 怒号にも近い沙希の絶叫が響き渡る。
 慌ててランナーは一塁へと走る。
 更に慌てたのはキャッチャーである。
 ボールを、そして甲子園行きをすんでの処で取り逃すというプレッシャーは、想像するに余りある。
 ボールを拾おうとするも、汗で滑り再び取り落とした。
「落ち着けぇっ! ゆっくり投げろっ!!」
 チームの大黒柱、不知火が力強く吠える。
 その言葉にキャッチャーは冷静さをす取り戻し、丁寧に一塁へ送球した。タイミングはギリギリである。
「ウォーッ!」
 ランナーは頭から一塁に滑り込む。
 微妙なところであったが、審判はセーフをコールした。

 かくして状況は1-2のビハインド、ツーアウト一塁。
 辛うじて同点ランナーの出塁に成功し、一発が出れば、逆転サヨナラもあり得る場面である。
 次打者の北は、この試合中最悪とも言えるプレッシャーを感じていた。
 喉の奥がチリチリと乾き、一歩先が数万メートル先にすら感じられる。この暑さによる汗と熱気は肌から抜けて行き、寒気に歯の奥がガチガチと鳴り始めていた。
 目の前には流星が見える。
 大きな星がついたり消えたりしている。
 気付いたときには、眼前に地面が迫っていた。
 ……ドサッ。
「うあああっ」
「きゃああっ!」
「熱中症だっ! タンカ、タンカ!」
 すぐにスタッフが呼ばれ、北はタンカに乗せられて行った。
 その光景を、主将の土井垣は沈痛な面持ちで眺めていた。
 試合の進行のため、審判が代打を出すよう指示してくるものの、きらめき高校野球部はギリギリの人数で戦っていたのであった。このままでは試合の続行は不可能であり、きらめき高校の敗北が自動的に決定する。
「し、仕方ない。ギブアッ……」
「待ってください! 主将!」
 ここで主将・土井垣を静止したのは、マネージャーの虹野沙希であった。
「マネージャー、気持ちは解るが、もう部員が……」
「私が出ます!」
「に、虹野……、しかし!」
「きらめき高校、ハリーアップ」
 土井垣と沙希が問答していると、審判が早くするよう促す。高校野球のスケジュールは厳しいのだ。
「審判! 代打私! 虹野沙希が出ます!」
 球場に代打、虹野がコールされた。大きなどよめきが場内に広がる。
「硬式野球の試合に女子が出ていいのか!?」
「そもそもバット振れるのかァっ!?」
「危ないぞォっ!」
 野次であったり不安視するような声が、会場を埋め尽くす。
 ライトスタンドにいる公人も、不安げな目線をグラウンドに向けていた。
 公人はふと沸いた疑問を、詩織に尋ねた。
「な、なあ詩織。高校野球って女子も出ていいのか?」
「何言ってるの。あなた、早川あおいを知らないの?」
「誰それ?」
「何年か前の話よ。恋恋高校っていう、もと女子高でね、女子で初めて公式戦、そして甲子園に出場した女の子がいたのよ」
「へえ、そんな人がいたんだ。知らなかったよ」
「常識よ。全ての野球女子の憧れなんだから」
「虹野さんも、早川あおい二世を目指してるのかな」
「それはわからないけど、この場面、もしサヨナラを決めたら……」
「決めたら?」
「この試合のMVPは、虹野さんね」
「ああ、間違いないな」

 サイズがぶかぶか気味なヘルメットを深々と被り、ネクストバッターズボックスで、沙希は素振りを行っていた。
「ハリーアップ!」
 審判が試合の進行を促す。
 沙希はごくりと息を呑み、バットを握り締め 、バッターボックスに立った。
 そして審判によるプレイボールのコールが告げられると、グラウンド内は再び緊張感で満たされた。
「フッ。最後の打者が女とはな。可哀想だが手加減はせんぞ」
 不知火は大きく振りかぶり、初級を投じた。アウトコースへのストレートだ。
 超高校級の速さを誇る不知火の投じる球に、沙希は全く動けずストライクがコールされた。
「フッ、反応もできんか」
 嘲るような 口調ではあったが、不知火守という男の辞書には一切の手加減なし。9回裏という土壇場に来て、球速は150キロを超えていた。
 二球目、真ん中高めのストレートに対し、沙希はフルスイングで迎え撃った。
 ガッ!
 ファウル・ボールはバックネットに吸い込まれていった。
「女が……、俺の直球を当てた……。しかも、フルスイングで?」
 この光景に最も驚いたのは、観客でも投手不知火でもなく、当てた沙希自身であった。
 バットを握り直し、鋭く不知火を見据えると共に、自らを鼓舞するように呟く。
「これまでずっと、みんなの試合を見てきた私には見える! ……いける、いけるわ。次は当ててみせるっ!」
 三球目。不知火の右腕から投じられたのは、速球ではなくスローカーブであった。沙希の事をただの女子マネージャーではなく、確かな敵と認識した証拠である。
「うっ……、えぇーい!」
 沙希は思い切り腕を伸ばし、辛うじてバットの先にボールを当てた。結果はファール。
 その後の不知火は、ストレート、スライダー、フォークと様々な変化球と速球を交え打ち取ろうとするも、沙希は悉くその球ををファールにしていた。
 そして迎えた15球目。カウントはフルカウントに達していた。
「はぁ、はぁ、根性なら負けないわ。次は必ず打ってみせるっ!」
 根性根性ド根性がモットーの沙希である。実は、追い込まれてからの粘り打ちは他のどの選手よりも得意としていたのである。
 不知火の投球に対し、沙希は直球と読んでバットを大きく振りかぶった。
 しかし、直球と全く変わらぬフォームから 放たれたその球は、球速にして80キロ程度の、超スローボールであった。
 これが不知火の決め球、通称「ハエ止まり」であり、この球とストレートを打者の打ち気を伺いつつ、全く同じフォームで投げ分けられる事が、不知火の最大の強みであった。
 完全にタイミングを外されたかに見えた、バッターボックス上の沙希ではあったが、腰、胸、肩、ヒザ、全身の関節をよじることによりギリギリまでバットを食い止めていた。
 女性ならではの関節の可動域の柔らかさと、彼女の根性がなし得た技術である。
 プロ野球の世界ではツイスト打法と呼ばれる高等技術である。
 そして秒数にしてコンマ数秒。 本来あるべきタイミングから大きく遅れて腰元まで到達したボールではあったが、沙希はそれを、目一杯のギリギリまで引き付けてバットを振り切った。
「う……ん、えぇーい!」
 カァン!
 見事、沙希のフルスイングはボールの芯を捉えた。
 猛烈なスイングの勢いで、ヘルメットが脱げて飛んでいった。
 ボールはセンター高くへと飛んで行く。

「なにィ!」
  クールな不知火が吠えた。
「センターっ、バックだ!」
 センターはバック走でボールを追いかける。
 やがて背中がフェンスに到達した。
「センター、五歩前だッ!」
 不知火からの指示が飛んだ。
 不知火が言うが早いか、フェンスを超えるかと見られた打球は、途中で勢いを失い、センターのグラブに吸い込まれていった。

「アウト! ゲームセット」
「くっ……、あと少し、あと少しだったのに……!」
 スイングの際に脱げたヘルメットは、足元でカラカラと転がっていた。
 沙希はバットを握り締めたまま、がっくりと腰を落として佇んでいた。

「っっああっ!」
「ああ、残念ね。あとひと伸びが足りなかったわね……。あら、フフッ……」
 がっくりと肩を落とす詩織であったが、あるものに気づき、笑みがこぼれた。
「なんだよ、詩織 」
「フフッ、その手」
 気づけば、公人の両拳は強く握り締められていたのであった。
 公人はバツが悪そうに両手を広げ、背に隠した。
「つい、熱くなっちゃった?」
「な、何でもねえよ」
「よかったわ。公人、野球が心から嫌いになった訳じゃなかったのね」
「そんなんじゃないって」
「はいはい、そういうことにしておいてあげるわ」
「さ、終わり終わり、帰ろうぜ。詩織」
「ごめんなさい、今日はメグと約束があるのよ……。それに、一緒に帰ったりして友達に噂されたりしたら恥ずかしいし……」
「チェッ、先約かよ」
「ごめんね。さよなら」
「しょうがない。一人で帰るか……」

 こうして、きらめき高校の熱き挑戦は終わった。
 だがこの物語は、この瞬間から始まる。
 この時はスタンドでダラダラと愚痴るだけであった男が、後に、美少女達とと共に甲子園を目指す物語を今はまだ、誰も知らない。

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