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2.EP1―② ~原宿のふたり~

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作者:しょうきち

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 あの試合から一週間が過ぎていた。
 きらめき高校は終業式を終え、既に夏休みへと入っている。
「はい沙希ちゃん、持ってきたよ。この間は残念だったねぇ」
「うーん、あそこでもっと早く私が気付いていたらなァ……」
「あれはしょうがなかったのよ。監督もエースの市川くんも誰も気付けなかったんだもの。むしろよく最初に沙希ちゃんが気付いたよ」
「スコアブックを付けてた事もあるんだけれど、何となく違和感を感じたのは超星の田中選手の表情ね。アウトになったのに残念そうな顔もしてなかったから」
「まあ、もし甲子園に出場してたら、沙希ちゃん凄い事になってたかもねぇ……。異名がグレード・アップして『野球部のアイドル』改め『甲子園のアイドル』とか『甲子園の女神』とか……。いや、もっとシンプルに『勝利の女神』とか……」
「やだぁ、未緒ちゃん。私、そんな事になっても困るよぉ……」
 ここは原宿にあるタピオカドリンク店。女子高生が2人、タピオカミルクティーを飲みながら、テーブルで向かい合っておしゃべりをしている。
 一方はあと一歩のところで甲子園を逃した後悔の念が未だ消えない虹野沙希。もう一方の、先程2人分のドリンクを持ってテーブルへやって来たのは、沙希の親友である大きな眼鏡が特徴の同級生、如月未緒である。
 夏休みに入って尚も気が抜けたようにぼうっと過ごす沙希を見かね、この日は未緒の方から誘い原宿へ遊びに出掛けていた。
 特段何かをしたいという目的があった訳では無い。気晴らしに女子二人で原宿でも歩いてみようかという話になった。新しく出来たクレープ店に入ったり、新作のCDをチェックしたり、水と緑に囲まれた代々木公園をのんびり散歩したり、のんびりと夏休みを謳歌していた。
 そして、沙希と未緒の二人は近頃世間で人気のタピオカドリンク店へ来てみたところである。
「でも、そろそろ元気出しなよ沙希ちゃん。高校最後の夏休みなんだし」
「勝ってれば、今頃は甲子園に向けて猛練習してるトコだったんだけどなぁ……」
「甲子園だけが野球じゃないよ。市川くんは日ハムが今度のドラフトで指名するらしいし、他のみんなも大学やノンプロで野球を続けるつもりだそうじゃない?」
「そうなんだけどねぇ……」
 沙希はカップを手に取り、ストローに息を吹き込んだ。ミルクティーの水面にブクブクと泡が立つ。
 未緒の言うとおり、高校生活最後の夏休みである。ある者は海へ繰り出し、ある者は街へ繰り出し、またある者は受験勉強へ邁進し、それぞれが高校生活最後の夏を謳歌する。そうした中、沙希が失意にまみれた毎日を過ごしている理由は、この大会が高校最後の大会であった為だけではない。
 少子化や不景気の影響が大きく、往時程の勢いを失っているとはいえ、まだまだ日本国内においては野球が最も人気なスポーツである事に変わりは無く、現代にあっては高校卒業以後も野球を続けていくための環境は多様なものがある。プロであれ大学であれ実業団であれ、怪我が無く、本人のやる気があれば、ではあるが。
 しかしこれはあくまで、選手にとっての話である。
 高校卒業後の進路に料理専門学校を予定している沙希にとっては、この夏の大会が、人生においてマネージャーとして野球に関わる事の出来る最後のチャンスなのであった。
 尚、専門学校に野球部は無い。
 高校卒業までの期間はまだまた残り8ヶ月間もある。
 これまでは甲子園出場を目指し、野球部員達と一体となって努力の限りを尽くしてきた沙希である。急に訪れた目標や熱くなれる物の無い日常は、ひどく退屈なものであった。
 大学受験組とは違い、これまで部活に傾けてきたエネルギーを受験勉強へ向けるといった事も無い。沙希は熱血、魂、ド根性といったものを向ける先を失った事により、燃え尽き症候群となっていたのである。
 未緒はそんな沙希の事は承知の上で、見かねて何かの気分転換になればと思い、こうして原宿に連れ出したのであった。
 未緒自身は一流大学志望の受験生であり、今は追い込みをかけねばならない時期でもあったが、これには自身のストレス解消という側面もあった。
「ほ、ホラ沙希ちゃん、外見て外、流石原宿。沢山人が歩いてるね? あ、スッゴいイケメン。花の女子高生なんだもの、女の子らしく彼氏作ってパアッと遊んでみるのもいいんじゃない?」
「彼氏ねぇ。恋愛……かぁ」
「沙希ちゃんは男子の間でとっても人気なんだし、その気さえあれば彼氏の一人や二人くらいいつでもできるよ」
「え~、そうかなぁ。でも私、告白とかされたことなんて一度も無いし。まして付き合うなんて……」
 沙希は窓の外を歩くV系の男性を眺めながら、ドリンクが殆ど空になったカップからタピオカをズズズと啜った。

 普段は少年の様な格好をして男達と一緒に大声を張り上げている沙希ではあるが、年頃の少女らしく、実のところ恋愛への興味は人一倍あった。
 沙希の好みのタイプは、野球部マネージャーらしくスポーツマンタイプの男性である。更に言うならばエリート的なタイプよりも、夢や目標を持ち、努力と根性を持って夢に向かって邁進する、そういった応援したくなるタイプの人間が一際好みであった。そうした人間を献身的に助けてゆく事が沙希にとって何よりの喜びであり、野球部マネージャーは天職であるともいえる。
 しかし、高校生活2年と4ヶ月、沙希はついぞ彼氏やら恋愛やらといったものに触れる機会は無かった。高校入学以来、平日は朝練に夜練、休日は練習試合と常に野球部に帯同しており遊んでいる時間など全く無かった為である。また、マネージャーである自分が野球部の誰かと付き合い、部内をギスギスした雰囲気に陥らせる事がどうしても憚られたという事情もある。
 尤も、沙希は預かり知らぬ事であったが、野球部内では『虹野マネージャーの処女を守る会』が有志の間で密かに結成されており、部員間において沙希には決して告白したり手を出したりはせず、部外から近づいて来る男がいれば集団圧力で全力で排除する、そういった取り組みが密かに成されていた。
 そして沙希の野球部引退と共に、この会は消滅していた。その為、沙希へ想いを寄せる男子生徒達は、今がチャンスと虎視眈々と機会を伺っているのだが、その事はまだ本人の預かり知るところではなかった。

「ここ、相席いいかい?」
 沙希達2人が止めどない話を続けていると、そこへ声を掛けてきた男がいた。肩口まで伸ばした金髪、首から下げたチョーカーにはシルバーアクセサリーが光る。痩せ形の長身で、ビジュアル系バンドのPVから出てきた様な容貌であった。
「あ……は、はい。どうぞどうぞ。ほら沙希ちゃん、こっち寄せて」
「え? あ、うん……」
 未だぼんやりと外を眺めていた沙希に代わり、未緒が答えた。突如イケメンに話しかけられた事により、少々舞い上がっていた。沙希もそれに従い、自分達のカップを窓側へ寄せた。
 沙希達が店に来たときにはまだ客入りもまばらだったため、四人掛けのテーブルに二人で座っていた。しかし、お昼時に差し掛かってきていた為か、いつの間にか店内は満席となっていたようである。
「悪いね、キミたち。おいシン、キュートな女の子に席空けてもらったぞ。こっちカップ持って来いよ!」
「マサ、慌てんなよ。今行くぜ」
 シンと呼ばれた男が、2人分のカップを持って沙希達のテーブルへとやって来た。その男は、アッシュブラウンの髪を逆立て、耳にはびっしりとピアスが付いていた。やはりビジュアル系ロッカーを思わせる容貌である。
「くぁぁ、日曜日の原宿って凄ェ混んでんのな。邪魔するよ。お嬢さん方」
(わぁぁ、もう一人も凄いイケメン……)
 未緒は突如現れた、まるでCDジャケットから抜け出て来たような二人組との相席に心踊らせていた。
 未緒は普段、周りから「四六時中図書室にいるんでしょ」と言われる程の本の虫である。あまりぐいぐいと前に出るタイプではなく、日頃他人からはあまり男女や恋愛の事などに興味は無いと思われがちである。しかし、その実かなりの面食いの耳年増で、恋愛への憧れは人一倍あった。
 特にハーレクイン・ロマンス系の恋愛小説を愛読しており、美形・長身・金持ちといった特徴を備えたオラオラ系の「白馬の王子様」に憧れる気持ちは誰よりも強い。
 羨望の眼差しを向けている未緒に対し、マサと呼ばれた男が言った。
「キミたちさ、外歩いてる俺らのこと、ジロジロ見てたでしょ?」 
「え……あ、やだ。すみません……」
「良いんだって良いんだって。ね、それよりさ、キミ達今ヒマ?  良かったら今日はこれから、オレ達と一緒に遊ばないかい?」
「えー、どうしよっかな?」
(ち、ちょっと、未緒ちゃん!? これナンパだよ、ナンパ!)
(大丈夫だって、ちょっと遊ぶだけだし、いい気分転換になるわよ。きっと)
(そんな事言ったって……)
「相談は終わりかい? んじゃあ、決まりな。ちょっと待ってて。お近づきの印に、ここの払いはオレに任せといてよ」
(ホラ、優しい人じゃない?)
(う~ん。そうなのかな……)
 マサがレジへ伝票を纏めて持って行き、四人でタピオカドリンク店を後にした。
 四人が向かったのは、竹下通りから少し外れた所にある小さなカラオケ屋である。
「ここ、小さいトコだけど、知り合いが経営してるから、多少ドンチャン騒ぎしても文句言われないんだ」
「わあ、隠れ家的お店って感じですね。楽しそう!」
 無邪気にはしゃぐ未緒であった。

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