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16.EP3―⑦ ~三者三様の思い~

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作者:しょうきち

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 一方その頃、きらめき高校。
 きらめき高校野球部一同は、引退した三年生も含めて殆ど全員が部室に集まり、固唾を飲んでテレビ画面を凝視していた。
 本年度のプロ野球ドラフト会議の中継を、各々がその眼に焼き付けるためである。
 このような番組、普段は気にも止めない、雲の上の野球人のみが関わることを許されるイベントであり、観るにしてもそれは純粋なファン目線で、話題の有望株が指名されるかされないか、指名されるとしたらそれは何位かを賭けたりして一喜一憂する、そんなイベントである。
 だがこの日、いや、この年のこの日だけは違った。
 きらめき高校野球部一同がこうしてテレビ画面を血走った眼で観ている理由は、過去にも、そして未来にあっても恐らくあり得ないであろう、プロからの一位指名を期待される不世出の球児が彼らの同輩としてそこに座っているからである。
 市川守。きらめき高校野球部、不動のエースピッチャーである。一年の夏から活躍を期待されながらも甲子園には縁が無かったところではあるが、最速162km/hのストレートに正確なコントロールを持ち、スタミナも素晴らしく、超スローボール『ハエ止まり』を初めとした多彩な変化球は他の選手の追随を許さない。練習試合も含めると、2試合連続完全試合や234イニング連続無失点といった超絶的な記録も保持している。これ程の逸材とあっては、甲子園に出ていない事もむしろ肩の消耗が抑えられているという評価を得ている。元々本人もプロ指向という事もあって、少なくとも指名は確実と言われていた。後は何位で指名されるか、それが市川を含めた関係者、そして野球部員一同の関心を集めるところであった。
 テレビ画面を見ると、各球団の監督が有名ホテルの一堂に会し、間もなくドラフト指名が行われようとしていた。そのような中、渦中の人である市川は、野球部員中で、唯一この場にいない人間に思いを馳せていた。
(マネージャー…………。いや、虹野さん……。今、何処にいるんだよ……)

 一年半ほど前の話である。
 きらめき高校野球部エース・市川はスランプに苦しんでいた。ライバルである超星高校の田中にどうしても勝てないのである。田中は気は優しくて力持ちを体現したような木訥な男ではあるが、こと野球の勝負ともなれば勝負の鬼へと変身し、高校野球史上最高、打率七割五分とも云われる打棒を見せていた。市川も負けじと、超高校級と言われる才能に胡座をかくこと無く、これまでもずっと努力を重ねてきたが、対田中に限っては直球だろうが曲げようが落とそうが打たれてしまうのである。
  なんとしてもライバルに勝ちたい一心から思い悩み、市川は練習終了後、独り神社で秘密特訓にいそしんでいた。
 市川は木と木の間に引っかけたネットに向かって、独り黙々と投げ込みを続けていた。
 これでもコントロールは自信のある方である。ストライクゾーンを模した枠の、四隅付近へボールは次々と吸い込まれてゆく。しかし市川の心中は晴れなかった。想定しているライバル打者、超星高校の田中は丁寧にアウトローを突いた150km/hを平然と打ち返してくるのだ。特にランナーが溜まっている時や、一打サヨナラの場面にはめっぽう強く、何度もあと一歩のところで煮え湯を飲まされてきたのである。
 そのような男に勝たんとするがため、市川は新たな変化球の習得に勤しんでいた。しかし、カーブもフォークもスライダーも、他のどのような変化球をもってしても、これならいけると確信が持てるようなイメージ・レベルには程遠いものであった。
「ぬぅ……おおおっ!」
 そんな苛立ちを胸に、目一杯の力を込めてストレートを放る。だが、力んだせいかコントロールが乱れ、ボールはネット内ではなくネットを掛けてある樹の幹へとぶつかった。
 跳ね返ったボールが、明後日の方向へ転々と転がってゆく。転がっていったその先には、きらめき高校野球部マネージャー、虹野沙希が居たのであった。
「あ…………!」
「マ、マネージャー!?」
「ご……ごめん。市川くん、邪魔するつもりは無かったんだけど……」
 

「はい、差し入れよ」
「……ありがとう。マネージャー」
 二人は神社の境内にある石段に腰かけていた。沙希が市川に手渡したのは、差入れのスポーツドリンクである。
「ううっ……!」
 プルタブを開け、一息に飲み干した市川が突如として呻き声をあげた。目を瞑り頭を垂れ、大きな身体をふるふると震わせる。
「ど、どうしたの、市川くん!?」
「キ……」
「えっ……?」
「キ、キンキンに冷えてやがるっ! あぁ、ありがてえっ! ぐっ……溶けそうだっ。犯罪的だ……、美味すぎる。悪魔的な美味さだっ……!」
 そう言いながら、市川は手に持った缶をベコベコと握り潰した。沙希は一瞬呆気にとられたものの、すぐにニヤリとすると、自身の持っていた飲みかけのスポーツドリンクを手渡した。
「今日は特別よ。おかわりもいいわ。ウフフ……しっかり飲んでね」
「えっ……。でも、これはマネージャーの飲みかけじゃないか……? いいのか、間接キスだぞ?」
「遠慮しないで。しっかり飲んでね。毒なんて入ってないから」
「う……うまい! うまい! うまいっ……!」
「……フフッ、随分美味しそうに飲むのね。あ、一応ついでに言っておくけど、これ以上は焼き鳥もポテチも出てこないわよ。ましてビール━━飲酒なんて絶対に駄目だからね。私たち、甲子園に行くんだから。あ、ギャンブルも絶対駄目よ?」
「う……」
 二人は顔を見合わせた。ネタをネタでやり返され、市川は悪戯がバレた子供のような複雑な表情で沙希を見つめていた。対する沙希は『してやったり』と言いたげなドヤ顔で市川を見つめ返す。
「……ぷっ!」
「あはははははっ!」
 見つめ合いながらも、二人は同時に大口を開けて笑い合っていた。
「それにしてもマネージャーさ、よくこういうの知ってるよな。結構漫画とか読むのか? それに、結構ノリいいんだな。こういうバカみたいなのってさ、男子の専売特許って感じだからさ」
「部員一人一人の趣味嗜好を把握するのも、マネージャーの仕事だからね。市川くんってさ、堅物そうな顔して漫画結構読むんだよね? 部室の掃除をしたときに、全部読ませてもらったわ」
「フッ、みんなお見通しって訳か……」
「ところで市川くん」
「ん、何だよ」
「こういう夜の秘密特訓、やるなとは言わないわ。でもね、闇雲に力むのはダメよ。あなたはみんなのエースなのよ。肩やら肘やら、オーバーワークで壊れちゃったら元も子もないのよ?」
「それは……勿論分かってるさ。でもな、今のままじゃダメなんだよ。自分を追い込んで……この特訓から何かを掴まないと……。俺は自分自身に納得できないんだ。アイツに━━超星高校の田中に、どうしても勝ちたいんだ。それさえ叶うなら、甲子園への切符だってくれてやってもいいっ! あれは夏祭りだ」
「いや、甲子園出場はみんなの目標だし、捨ててほしくはないんだけど……」
「と、とにかく頼む、マネージャー……、虹野さん。チームに迷惑は掛けない。だからこの秘密特訓の事は、胸の内にしまっておいて見逃してくれないか?」
 それだけ言うと、市川は沙希に深々と頭を下げた。
「い、市川くん……。頭を上げてっ! それなら、分かったわ。いいわ。その代わり、私にも手伝わせて?」
 沙希は市川の手を取り、その上からギュッと両手を握り締めた。小さな手から感じられる温かな体温に、市川はドキリとした。
「あ……、ありがとう。虹野さん……!」
「じゃあ、早速なんだけど……」
「な、何だよ?」
 沙希は肩にかけていたスポーツバッグをゴソゴソとまさぐり始めた。そして、中から取り出したのはキャッチャーミットとキャッチャーマスクであった。右手にミット、左手にマスクを抱えながら沙希が言う。
「誰もいないネットに投げ込むなんて、味気ないでしょう? 私が受けてあげるから、市川くん、投げてみてよ」
「そ、そんな事言ったって……。虹野さん、と、捕れるのかよ……?」
「大丈夫っ! 根性があれば、何でも出来るわっ! それに捕手目線で見た方が、投げるときのクセとかフォームの乱れとか、何か気付く事もあるかもしれないわっ!」
 そう言って沙希は、マスクとミットを装着し、今しがた市川が投げ込みを続けていたネットの前にしゃがみこんだ。足首を立て、内股にぺたりと座り込む、中々に堂に入った構えである。そして、ミットを着けた左手を市川に向かって向けた。
「さあ、準備はいい? まずはストレートからよっ!」
「に、虹野さん……、本気かよ……」
「大丈夫よ、心配しないでっ! その代わり、ちゃんとミットに向かって投げてねッ! 市川くんの事、信じてるからっ!」
  軽く握った拳を、掌の捕球面にボスンボスンと打ち付けながら沙希が言う。そうまで言われては信頼に応えない訳にはいかなかった。市川はワインドアップ・モーションで大きく体をふりかぶり、沙希へと第一球を投じた。
「あっ! い、いかんっ!」
 ボールが指から離れると同時に、市川が声をあげていた。当初は女子である沙希相手に対し150km/hを超える本気のストレートを投じる事は流石に憚られたため、ある程度球威を抑えて投げるつもりであった。しかし、沙希の姿に見とれてしまったためか、思ったより指がかかり過ぎてしまい、意に反してかなり本気に近い球威となってしまったためである。
「虹野さんっ! 無理するなッ、避けろッ!」
 市川が叫んだ。だが無情にも放たれたボールは構える沙希の元へと唸りを上げて突き進んでゆく。沙希は避ける気配などおくびにも出さずに左手を突き出していた。
 ドシィ! 夜の神社に、乾いた捕球音が綺麗に響き渡った。高校野球最高峰とも言われる球威に押されて尻餅をつかされていたものの、沙希は後逸する事もなく、硬球をミットの中央で捕らえていたのである。
 ボールを市川に返球した沙希は、グラブを外し、手のひらにふうふうと息を吹き掛けだ。掌はたったの一球を受けただけにも関わらず、赤くジンジンと腫れ上がっていた。
 痛そうである。それもそのはず、きらめき高校入学当初は市川の本気のストレートを捕れる者がおらず、捕手探しに難儀した程である。選手ですらない女子マネージャーである沙希が捕球できたのは、それ自体驚愕に値する。彼女のモットーである、根性の為せる技であろうか。
「つぅ、痛たたた……。市川くーん、ナイスボールよっ! この調子でもう二、三球、ストレートいってみようっ!」
「マ、マジかよっ……!」
 市川は乾いた笑みを浮かべると、再びワインドアップ・モーションで振りかぶり、二球目を投じた。先程は見事に市川の豪速球を受け止めていた沙希であったが、何年も野球経験のある男子ですら音を上げる球を何球も捕り続けては、遠くない内に細腕が折れてしまうであろう。市川はスナップを効かせ、今度の投球は直球と同じ直線軌道を描きながらも100kmにも満たないような球速となるよう、細心の注意を払って投げたのである。
「ん……あっ!?」
 先ほど見事なキャッチングを披露した沙希であったが、意外な事に今度のスローボールはグラブに綺麗に納める事が出来ず、二度三度とファンブルして、ミットを上から叩きつけるようにしてやっとの事で完全捕球に至っていた。
「お、おいおい、大丈夫か? 何で150km/hオーバーを綺麗に捕球しといて、こんな軽い球を取り損なうんだよ?」
「んんん……、市川くん……」
 沙希はボールを捕らえた際の俯いた格好のままである。
「な、何だよ? どこか痛めでもしたのか?」
 沙希はしゃがみ込んでボールを抱えたままふるふる震えていたかと思うと、目を輝かせて元気よく立ち上がった。
「な、何だぁっ! どうした!?」
「市川くんっ! これよっ! この球だわっ!」
「えっ!? ど、どういう事だ?」
「新しい変化球のアイデアよっ! 曲げる、落とす、コースをつく、変化球はそれだけじゃないわ。奥行きを使うのよっ!」
「奥行き……? 緩急を使うってことか?」
「ええ。バッティングはタイミングって言うじゃない? より速く、より急角度で曲げる、それだけじゃあないのよ。私が取りこぼしたように、打ち気に逸ってるところにこんな風に遅い球を投げられたら、きっとタイミングを図り損なってまともにスイングなんて出来ない筈よっ!」
「成程ね……。何かが見えた気がするよ。よし、虹野さん……。俺、やってみるよ。この新球の習得目指して、特訓だ!」
「うん、応援してるわっ! それじゃあ私、市川くんに差し入れ持ってきてあげるわね。勿論、迷惑じゃなきゃ……だけど」
「に、虹野さん……。ありがとう」

 こうして、沙希と二人きりの夜の特訓が始まった。この特訓の結果生まれたのが、ストレートと同じ腕の振りで100km/h近い緩急差を持つ超スローボール、その名も『ハエ止まり』である。
 夜の神社。二人きりの特訓。そして自分のためだけに毎晩お弁当を差し入れてくれるとあって、市川は自然と沙希を異性として意識するようになっていた。
 誰にも打ち明ける事は無かったが、『新球を完成させて暁に、超星高校に勝利し、甲子園出場を果たす。そして、勝利の栄光を携え、沙希にこの想いを打ち明ける』そんな誓いを胸の内に立てていたのある。
 新球の威力は絶大で、直後に訪れた夏の大会では田中を四打席連続三振と完全に押さえ込んむことに成功した。しかしながらきらめき高校野球部の貧打が響いたためか、チームは惜しいところで惜敗した。
(勝負に勝ったとは云うけれど、試合に負けちまったのに告白ってのも、何処か格好つかないよな……)
 市川は沙希への想いについてはは胸の内にしまい込み、告白は一旦見送る事にした。甲子園出場のチャンスはまだある、自分の実力なら必ずそれをつかみ取ることができる、想いを打ち明けるのはその時でも遅くはない。そのように考えたためである。

 ━━そしてそれから、およそ一年の時が過ぎた。
 市川の目論見は外れ、秋の大会も先日行われた最後の夏の大会も、ギリギリの惜敗を喫する結果となったのである。甲子園への出場は、遂に叶うことはなかった。
「高校野球に悔い有り! 田中っ、次はプロで逢おうっ!」
 市川はそう言い残して球場を去った。
 男と男の勝負についてはきっぱりとした割り切りを見せ、田中とのプロでの再開を誓った市川であったが、男女関係にあってはそうはいかなかった。野球部員の誰よりも甲子園出場を熱望していた沙希を前に、敗戦投手である自分が素知らぬ顔で告白するような恥知らずな真似は男としてのプライドが許さなかった。
 だが、このまま手をこまねいていれば関係は何も進展することはなく卒業を迎えてしまうであろう。高校野球三年間でトロフィーめいた物を得ることが出来なかった自分が、何か一つ、勇気と誇りを持って彼女の前に立つ為の何かが欲しかったのである。
  幸い幾つかのプロ球団のスカウトからは評価の言葉を貰っている。見事ドラフト指名を受けられた暁には、自分を支えてくれたマネージャーへ感謝の言葉を述べるとともに、その流れで告白しよう。それが市川が考えていたプランであった。

「ああっ、もうっ、忙しいっ!」
 きらめき高校野球部マネージャー二年、秋穂みのりはドラフト指名の祝賀パーティ(予定)の準備のため、獅子奮迅の働きぶりを見せていた。本職のホテルウーマンもかくや、といった働きぶりである。何しろ会議室のセッティング、飲み物や料理の手配など、マネージャーである自分自身が動かないと何も進まないのである。人手が足りない部分は一年生を駆り出して準備に当たっていたが、それでも進捗は芳しくなかった。下級生は皆指示待ち人間だらけで、みのりが指揮しないと誰も何も働こうとしないためである。当初予定していた手料理は時間と人手の問題から早々に諦め、野球部部費から捻出したプール金を使ったケータリングサービスと宅配ピザで賄う事にした。沙希の手料理を期待していた部員達からは怨嗟の声が巻き起こっていたが、何とか宥めすかしていた。
「ふぅ……」
 何とか仕事が一段落といったところまで片付き、みのりはパイプ椅子に腰かけた。天を仰ぎ、溜息を漏らす。
 みのりは、そうした内心の苛立ちを心中でぐっと抑え込み、誰にも漏らすことはなかった。一年前は自分自身も似たようなものであったからである。そんなとき、決して焦らず忍耐強く、優しくマネージャーの仕事を教え見守っていてくれたのが、一年先輩の虹野沙希であった。こうして三年生が引退し、自身が最上級生となった今、彼女から受け継いできたものを、心意気を、下級生へと脈々と引き継いでゆく、それが自身に課せられた使命だと思った。
(先輩……、虹野先輩……。どうして来てくれないんですか……。いま、一体どこにいるんですか……。あのときは、快く来てくれるって言ってくれたじゃないですか……!)
 みのりは焦燥感に駆られていた。沙希の携帯にメールを送ってはいるものの、返事はない。電話も同様である。
 人手不足などはこの際どうでもよかった。ただ敬愛する先輩と、最後となる大仕事を一緒にしたかった。そして、もうすぐきらめき高校を去っていく先輩が安心して卒業出来るよう、自身のことを認めてもらいたかったのである。
 そしてこの日、みのりが沙希にどうしても逢いたかった理由はもう一つある。
 それは、エース・市川と沙希の関係性に関することであった。部内の誰にも知らせず、二人きりで行われていた市川と沙希の秘密特訓であったが、陰ながら密かに二人の逢瀬を見守っていた人物がいた。それがみのりであった。
 野球部に止まらず、運動部に所属する男子の多くから絶大な人気を誇る沙希であったが、最も近くで沙希の事を想い続けてきたのは、やもすると同性であるみのりであったのかもしれない。
 きらめき高校に入学し、女子マネージャーとして野球部に入部して以来、みのりは沙希を見て、沙希のようになりたいと思ってマネージャー業務に励んでいた。沙希はみのりにとって、光そのものであった。沙希の行くところへは率先してついて回り、部室のロッカーも必ず沙希の隣をキープしていた。ちょっとストーカーみたいで気持ち悪いと思われるかも知れなかったが、でもしょうがないのである。
 そんなみのりであるため、沙希の周囲に言い寄ってくる男の気配を感じた際には陰ながら未然に排除していた。全ては沙希のためであり、憧れの沙希がそんじょそこらの男の毒牙にかけられるなど想像すらしたくなかった。
 ある日、みのりは練習が終わるとそそくさと早足に下校する沙希を見つけた。直感的にこれは何かあると思い、密かにその行き先へとついて行った。
  そこ━━きらめき高校の裏手にある神社で見たものは、一心不乱に新球習得のために投げ込みを繰り返すエース・市川と、その球の捕球に始まり、練習後の差し入れやマッサージなどを甲斐甲斐しく行う沙希の姿であった。
 みのりの心中に嫉妬の炎が沸き起こり、二人の間に割って入ろうとした。しかし、出来なかった。真剣に、只新球の習得と勝利のみを目指して投げ込みを繰り返す市川の汗と、それを甲斐甲斐しく献身的に支える沙希の姿に、何か美しいもの感じ、見とれてしまったからである。毎晩に渡って夜の秘密特訓が続いていたおよそ一月余りの間、みのりは欠かさず二人を物陰から見守っていた。
(虹野先輩っ……!)
 特訓が佳境に入るにつれて、当初と比較して市川から沙希へと向けられる目線に何か熱いものが含まれていたことも敏感に感じ取っていた。悔しいがエースとマネージャー、お似合いの二人のように見えた。
 同姓の自分では、いつまでも『可愛い後輩』止まりであり、沙希の隣に立つことは出来ない。沙希にいつか彼氏が出来るならば、信頼、尊敬できるような男であって欲しい。そして、一高校生であるみのりの狭い交遊範囲の中にあっては、才能、人格、容姿どれをとっても市川を上回る男は存在していなかった。どっちがどっちにかは分からないが、もしも一方が告白し、二人が付き合うような事になった場合は祝福しよう、そのように心から思っていた。
 そう思って過ごしている内に、時間は過ぎて行き、みのりは二年生となった。二人の仲は端から見ている限りずっと相変わらずで、市川の挙動をよく注意して見ていると、時折目線の端々で沙希の姿を探しているのが分かる。それに対して、沙希はいつだって太陽のような笑顔で応えているのだ。『もうお前ら付き合っちゃえよ』という感じである。
 しかし、無情にも時は過ぎて行き、最後の夏の大会は何も起こること無く終了し、三年生である沙希と市川は野球部を引退した。
 プロ入りを目指す市川はちょくちょく野球部に顔を出して自主トレや後輩の指導に当たっていたが、沙希が野球部に顔を出すことは遂に無かった。
 野球部として全学年が集まることが出来る機会としては、これが最後である。みのりとしては出来ることなら、結果がどうあれ告白するなり何なりして、二人の気持ちに決着を付けて欲しかったのである。
 
「ワァーッ!」
「うおおおおっ、凄ェっ!」
 部室の方から、一際大きな歓声が聞こえた。みのりはパイプ椅子から立ち上がり、歓声の元へと向かった。
 部室に合流したみのりの目に入ってきたものは、テレビ画面に映る、各球団毎の第一巡指名選手の一覧であった。
「ええと……市川先輩は……、あ、あった! スゴい、一位指名ねっ!」
 北海道日本ハムグラディエーターズ。それが市川を一位指名した球団である。ハムとは肉の塩漬けの事ではなく、アマチュア無線家を意味している。近年の5G社会の到来を受け、無線通信技術メーカーとして一挙に躍進を遂げ、その勢いで球団オーナー会社となると共に北海道札幌市へと移転を果たしたチームである。
 後程聞いたところによると、実際のドラフト一位は12球団中、10球団が超星高校の田中を指名しており、その抽選から外れた球団が替わりの者を指名する、所謂『外れ一位』なのだという。それでもスポーツ名門校でもないきらめき高校からドラフト一位が出る事自体が空前絶後であり、市川にとっても名誉な結果である事には変わりはない。
 野球部一同はこの結果に沸き上がっていた。狭い部室の中で市川を胴上げしようとする者、早くも入団記者会見のリハーサルを始めようとする者、今のうちにサインを書いてもらおうとする者、様々である。
 しかし、みのりはそんな騒動の渦中にある市川の面持ちに一筋の影が射しているのを見逃さなかった。
(やっぱり市川先輩は、虹野先輩の事を……)

 きらめき高校野球部が市川のドラフト一位指名で盛り上がっていたその頃、同時刻。渋谷区神泉町のラブホテル『DOKIDOKI』の一室では━━。
「ウヒヒヒッ、ウォォ、オオッ! ハァ、ハァ……、本当にステキなオマ○コだね、沙希ちゃん。出しても出しても吸い付いて来るようだ」
「あふぅん……んんん、ああんっ、私……私っ……、もうっ!」
 岸川の最早何度目かも分からない射精が、沙希の秘奥に叩き付けられていた。逸物を挿入したままだというのに、白濁液が結合部から溢れ落ちていた。勃起が一回り膨らみ、息が詰まるほどの圧迫感で抑え付けられると、自身でも信じられない程の媚声が溢れ出してしまうのだ。焦げ付くような熱さに、思考も何もかもが奪い尽くされる。沙希は観念し、手足をぐったりと投げ出した。狂おしい程の快感が浮遊感をもたらし、星空煌めく空中へと沙希をいざなっていた。
「あっあっ、うアァん」
「そら、イクって言うんだ」
 それを口にするのは死ぬ程恥ずかしかった。だが、岸川の白濁が新たに秘奥の肉壁にどろりと打ち付けられ、次の瞬間、沙希は身体をビクンと跳ねさせるとともに「イク!」と叫んでいた。最早快楽を貪る事以外何も考える事が出来ず、無我夢中で岸川の背中に爪を立てる。
「ウヒヒヒッ、いいのか? そんなに私の……上級国民様のザーメンが美味しいのかっ!?」
「あああん……いいのっ! うあうぅ……沙希……またイッちゃうのっ!」
 横では夕子が小悪魔めいた笑みを浮かべ、心底楽しそうにカメラを回していた。
 ピンク色に染まった可憐な容貌をくしゃくしゃに歪め、四肢をしたたかによじり、それぞれのパーツを別々に痙攣させる。
 悪魔の蜘蛛の巣に捕まえられた少女は淫らな陶酔を浮かべ、生きたまま補食されるが如く、最低最悪のエクスタシーにその身を焦がすのであった。

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