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8.ツキミソウ

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作者:しょうきち

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 新年度が始まり、愛、詩織、公人の三人はそれぞれの道を歩み始めていた。
 愛は二流企業の新人研修を終え、少しずつ仕事を覚えはじめてきたところである。詩織は一流大学で早速キャンパスクイーンとして名を馳せ、公人は翌年の再受験に向け、必死で勉強を続けていた。
 そして、およそ半年が過ぎていた。
 金曜の夜、同僚や先輩からの食事の誘いを断り、かといってまっすぐ帰宅するでもなく、愛の足はある場所へと向けられていた。
「……愛ちゃん……」
「えへへ……。来ちゃいました……」
 愛が向かっていたのは、高見公人が独り暮らしをしているアパートである。
 『公人が大学に合格するまで会わない』というあの日結んだ約束を、愛は早速反故にしていた。それどころか、ここ一月ほどは週の 半分程を公人の部屋で過ごしている。

「公人さん……」
 愛は公人の部屋に入るなり、出迎えた公人の胸に顔を埋めていた。体格差があるため抱き合うと自然とこうした形になる。公人の匂いを胸一杯に吸い込むと共に、今日一日分の自身の体臭をマーキングするように刷り込んでゆく。
 愛は背伸びして公人の唇をチュッチュと吸うと、ジーンズの上から股間に指を這わせた。
 公人が呼吸を荒げる。ジーンズの膨らみがムクムクと大きくなってゆく。愛はうっとりした目でジーンズのファスナーに手を掛け、静かに下げていった。
 勃起したペニスが露になった。熱気を孕んだ雄臭が鼻孔をくすぐる。それを胸一杯に吸い込むと、胸の奥が早鐘を打つ。公人の匂いが体の内側にまで染み込んでくるようであった。
 愛は小さな手を巧みに使い、五指をシャフトに絡めていった。
「あああっ……、凄いです……」
 赤黒く輝く公人のペニスがじわりと熱い。それを扱く手の動きは最初は小さくゆっくりとしたものだったが、公人と愛、双方の興奮の高まりと呼応するように、次第に大きく、強くなっていった。
「め、愛ちゃん……、もっと強くして……もっと……」
「も、もっと強く……ですか? い、痛くないの?」
「大丈夫だから……、もっと強く……さ」
 ジーンズからその殆どを露出させた公人のペニスははち切れそうな程にそそり立ち、先端から我慢汁を迸らせていた。それが愛の指先を濡らす。愛は公人の反応を確かめながら、その液体を潤滑油代わりにして上下に扱いていった。
「はあっ、はぁーっ……愛ちゃん……」
 公人が切なげに眉根を寄せる。
「えへへ……公人さん、可愛いです。女の子みたい」
「ふぅ、はぁぁ……。愛ちゃんこそ、随分エッチになったよね。高校の頃とはまるで別人みたいだ」
「そんなの……公人さんのせいです……」
 公人は何か意を決したように息を飲むと、愛の後頭部に手を置き、そっと引き寄せてきた。下腹部の更に下に目線をやり、気まずげな表情を見せていた。
「愛ちゃん……。その、い、いいかな?」
「こ、公人さん……。そ、それって……」
「だ、駄目かな……?」
 愛は耳の裏まで顔を真っ赤にさせると、目を瞑って小さく頷いた。公人に促されるまま、跪いてゆっくりと公人の股間に顔を近づけていく。
「公人さんが、して欲しいなら……」
 実を言うと愛はいつかこの行為をする日が来るのを期待し、女性向けAVや過激な記事が売りのファッション誌で予習を重ねていた。
 だが、見るのとやるのでは大違いであった。
 愛の眼前に、屹立したペニスがそびえ立っている。これを触ったり膣内に挿入したことはあってもここまで目の前で見たことはなく、こうして鼻息がかかる程の距離で見るのは初めてである。
 それは固く、野太く、赤黒く脈打っており、禍々しい程の存在感を放っている。見つめている内に、ヒーターで炙られているように顔全体が熱くなっているのが分かった。
 髪を掻き分け、先端にキスをする。それと同時にペニスがピクンと跳ねた。舌を突き出し、亀頭の裏側やカリの部分を恐る恐る舐めとってゆく。
 不思議な感触だった。
 感触は柔らかいのに芯地が通っているような硬さで、触れた舌を押し返してくる。体温より熱い筈が無いのに、触れた愛の粘膜をトロトロに溶かすように熱してゆく。
「んむぅ……んんんっ……」
 意を決し、唾液で濡れた口唇をOの字に広げ、亀頭を口腔内に納めてゆく。口呼吸ができなくなり、自然と鼻息が荒くなる。目を閉じ、ゆっくりと唇をスライドさせてゆく。太く、長い肉の棒は愛の小さな口では頬張りきることができず、竿を3分の2程まで含んだところで先端が喉奥まで到達し、これ以上呑み込む事が出来なくなった。
「んっ……、こふっ、こほっ……」
「だ、大丈夫?」
 愛は答えず、一瞬だけ上目遣いで見上げ、公人と目線を交わすと再び口腔奉仕に戻った。大丈夫と言いたかったが、口内でムクムクと膨張を続けるペニスに圧倒されて、それどころではなくなった。
「むふぅっ、むふぅん……」
 口中がペニスでいっぱいに埋め尽くされていた。
 性行為を知らなかった高校時代であれば、このようなものは見るだけで卒倒していたに違いない。
 しかし今の愛は、既に何も知らない少女ではない。
 愛はペニスを口に含みつつ、目線だけを上に上げた。公人と目が合う。歓喜と欲望、それらが入り交じった赤い顔をくしゃくしゃに歪めている。
(公人さん……嬉しい……)
 はじめてのフェラチオ。うまく出来るか不安だったが、これほどまでに興奮してくれている。心根に込み上げてくるものがあり、無性に嬉しくなった。もっと気持ち良くなってほしい。愛は首を上下に振りつつ、音を立てて強烈にペニスを吸い上げた。
「んんっ……んんんんっ……」
「ウァァ愛ちゃんっ、気持ちよすぎるよっ!」
 淫らな音が二人きりの室内に響いていた。
 息をはずませ、口内にたっぷりと唾液を溜め、それをペニスにまぶすようにして吸い上げる。顔を上下に振る度に、吸引の音が漏れ出る。
「んんっ……」
 そこで愛はペニスを口から吐き出した。「ここまでしておいて、どうして?」と言いたげな顔で公人が見つめてくる。
(大丈夫です、公人さん。もっと良くしてあげるから……)
 戸惑う公人と一瞬だけ目線を交わすと、ウインクし、唾液でヌルヌルになった肉棒に指を這わせていった。もう片方の手でトランクスを太股辺りまで下ろして睾丸を引き出した。睾丸を口に含み、優しく吸い上げてゆく。
「おほぉ……」
 公人が思わず呻き声を上げる。
 愛は右の睾丸をすっぽりと口に含むと、レロレロとそれを舌先で転がした。その間も唾液にまみれた肉茎をもう片方の手で休まず扱き続ける。片方の睾丸が唾液でヌルヌルなったら、今度はもう片方を口一杯に含んだ。睾丸から竿の付け根にかけてキュウン、キュウウンと収縮している。今正に精液が作られ、発射の瞬間を待つ陰茎へと充填されようとしていた。
 公人の反応は次第に切羽詰まったものとなっていた。ガニ股で陰部を丸出しに露出させながら、ガクガクと手足を震わせて突っ張らせている。
 それを見た愛は、舌から迎えるようにして再び亀頭を口に含むと、目一杯唾液を分泌させ、その唾液ごと男根全体をしゃぶりあげていった。リズムに乗って頭部を前後させながら、上目使いで公人の顔を見上げる。
「あああ、ダメだっ。もうイキそうだっ!」
 公人は顔を真っ赤に歪めている。男根は限界近くまで膨張し、間も無く熱い脈動を刻み始めそうな気配。
 愛の後頭部に両手を添えていた公人が、愛の頭をぐいと引き離そうとしてきた。愛は抗議の目線を上に向け、男根をしゃぶったまま首を小さく左右に振った。そしてそのまま先端を舌先でチロチロと刺激する。
「いっ……いいのかい……? このまま出してっ!?」
 愛は応えず、その代わりに更に深くペニスを呑み込んだ。カリのくびれを唇の内側でキュッと締め付け、その中で舌を使って縦横無尽に刺激を加えてゆく。
「うああっ、イクうっ!」
「んっん!? んんんんん~っ!」
 公人が全身を痙攣させた。く程無くして愛の口中には、大量の精液が噴射されていた。
 ビクンビクンと痙攣するペニスの先端からは生暖かくネバつく液体が止めどなく吹き出し、口腔内を満たしてゆく。愛は眉根を寄せ、喉を鳴らしてそれを飲み干していく。苦くて喉奥に絡まってむせそうになったが、頬をへこませて口をすぼめ、ふうふうと鼻を鳴らして吸い立てる。
 やがて痙攣が収まった。放出され切らずに尿道に残った分もできる限り吸引し、放出が収まったのを確認すると、愛はペニスから唇を引き抜いていった。まだ舌の上には飲み干しきれない白液が残っていた。
「あ……め、め、愛ちゃん……まさか、飲んじゃったの?」
「んっ……、んぐっ……。はぁ……はぁ……、こほっ、えへへ……」
 愛は綺麗な舌をペロリと見せた。
「全部、飲んじゃいました」
 公人の目が驚愕に見開かれていた。女性誌のフェラチオ特集では基本的に精液はティッシュやハンカチに吐き出すものと書いてあったが、特別な彼への愛情表現のために、求められたら飲んであげましょうとも書かれていた。
 愛は最初から全部飲み干すつもりだった。
 それには切実な理由がある。
 公人の望むことであれば何をされても構わなかった。そして彼にとって一番の、特別な女になりたい。それが愛にとっての全てだった。
 その甲斐あってか、こうして他の誰にも見せないようなギラついた表情を間近で見ることが出来る。
「はぁ、はぁ……。愛ちゃん……、感激だよ………。全部飲んでくれるなんて……」
「公人さんのために、頑張っちゃいました」
 愛ははにかんだ笑顔で答えた。目頭がジーンと熱く潤んでいた。頬を染め、何かを期待するようにトロンとした目で公人を見つめ返す。
「あの、それで……」
「うん。それじゃ、一緒にシャワー浴びよっか」
「はい……!」
 愛と公人は、狭いバスルームに一緒に入っていった。お互いの身体を洗いっこした後、ベッドに移りたっぷりとセックスを楽しんだ。

 言い訳するようであるが、最初から三人でした約束を破るつもりだった訳ではない。
 初めは偶然であった。
 五月の中程、新人研修を終えて本格的に働き始めた愛は、今日もくたくたになって帰宅するところであった。
(はぁ……疲れたよう……。どうして決められた時間に毎日出社するだけのことが、こんなに大変なんだろう……)
 勤め先は都内で自宅から乗り換えありのドアトゥードアーで30分程の距離である。親や学校の薦めもあってあまり遠くなりすぎない職場を選んだつもりだったが、このところ愛は激烈な疲労感に見舞われていた。
 慣れない仕事、新たな人間関係、朝夕の満員電車、そして残業━━家と学校、狭い交遊範囲の中18年間過ごしてきた愛にとって、いきなり大人の世界に放り込まれる社会人生活は何もかもが新鮮であったが、それ以上に多大な困難に満ち溢れていた。
 この日も退社時間は22時を超えていた。
 これでも課内の先輩社員たちはまだ殆どが残業中で、愛は一人だけ早上がりをさせてもらっているような立場である。
 やっている業務はお茶くみにコピーとり、データ打ちと単純なものばかりであるが、あまり要領がよい方ではない愛はなかなか思い通りに仕事を覚えられずにいた。
 上司やお局OLにこってりと叱られ、帰る頃にはいつもふらふらになっている愛にとって、唯一の楽しみは通勤経路の途中駅で下車し、終電間際までほんの少しの時間、まだ見ぬ町並みを歩いて見て楽しむことであった。
 そんな中、愛は見てしまった。
(あ、あれはひょっとして、公人……さん?) 
 そこは始めて下車した駅であった。夜の町を歩く愛は、車道を挟んだ向かい側の道路に見覚えのある人影を見つけていた。
 暗がりの中であったが、一目で公人だと分かった。
 あの卒業式の日以来である。髪が伸び、少し痩せたように見えた。
 いけないと思いつつも、愛は密かに公人の後をつけていき、遂には公人が住むアパートを突き止めていた。
 それから毎晩、愛は帰り際には必ず公人のアパート前へ立ち寄るようになった。密かに家のそばまで足を運び、遠くから窓越しに公人を見つめる。それだけで満足であった。
 だが、一つを得ればもう一つ、更に一つと欲しくなり、欲望に際限が無いのが人間の性である。
 いつものように公人のアパートにやって来た愛は、その日は部屋に電気がついていないことに気がついた。
(あれ、公人さん、出掛けてる? この時間はまだ勉強しているはずなのに……?)
 玄関そばまで来ても部屋内に人の気配が感じられず、今日は諦めて帰ろうと踵を返そうとすると、 そこには丁度公人がいた。
「ありゃ、ひょっとして美樹原さん?」
「~~っ!?」
「ど、どうしたっ!? おい、おいっ! 美樹原さん、美樹原さーんっ!?」
 見ているだけで満足するつもりだった。
 決して公人に会うつもりは無かった。
 だが、出会ってしまった。
 愛は驚きのあまり過呼吸になり、その場で卒倒していた。

「はっ!?」
「だ、大丈夫? 美樹原さん……」
 気づけば愛は公人の部屋の中にいた。
 目の前では公人が心配そうな顔で見つめてきていた。
「あ……な、な、公人さん!? えっ? わ、わたし……」
「美樹原さん、大丈夫? あ、ここね、俺の住んでるアパート。今さ、一人暮らししてんだよね」
 愛は心の中で、『し、知ってます……』と一人ごちた。公人が続けた。
「ふふ、前にもこんなことあったよな。あのときは倒れた俺を、美樹原さんが介抱してくれたんだっけ。それで……」
 そこまで公人が言ったところで、二人の間に奇妙な沈黙が流れた。嫌が応にもその時あったことを、お互い思い出さざるを得ないからだ。
「お、おほん。えーと、美樹原さん、ところでどうしてこんなところに? ここ、結構俺らの地元から離れてるよな?」
 愛は焦った。まさかたままた見かけた公人事を尾行してアパートの前までやってきたなどと言えるわけがない。まして近頃はほとんど毎日ここに来ているなどと。ほとんど女ストーカーである。
「え、ええと……じ、実は私も、通勤に便利だから最近独り暮らしを始めて……。実家と職場の間くらいでちょうどいい物件が見つかったんです。そ、それで、まだこの辺り慣れてなくて土地勘が無くて、ちょっと迷いこんじゃったったんです。そしたら公人さんがいて、私……びっくりしちゃいました……」
「へえ、そうなんだ。奇遇なこともあるもんだね」
「そ、それじゃ、公人さんっ。さ、さよならっ!」
「あっ、愛ちゃんっ!」
 愛は顔を真っ赤にさせながら、公人の家を脱兎の勢いで飛び出していた。
 愛はとっさに嘘をついてしまっていた。 
(どうしてあんなこといっちゃったんだろう……。あんなすぐバレそうな嘘を……)
 ものの勢いでついた嘘であった。
 しかしその嘘は、愛の心中に一つの決心を産み出していた。

 愛はとっさについた嘘を真にするため、親に無理を言って独り暮らしを始めることにした。
 動き出した愛の行動は素早かった。週末には物件探しに不動産屋へと足を運んでいた。
 幸いというべきか、公人のアパートから見て道路を挟んだ向かいに、ちょうど空き部屋のあるワンルームマンションが見つかった。夏のボーナス(雀の涙のようななけなしの額であったが)は全額敷金・礼金に充てた。
 引っ越しはスピーディに終わらせた。あまり化粧っ気もなく、荷物もほとんどなかったのでスムーズに済んだ。
 道を挟んでではあるものの、これで晴れて公人と『お隣さん』同士となれたという事実に、愛の心は弾んだ。そして、これまでにも増して会いたい気持ちに歯止めをかけることが出来なくなった。

  引っ越し完了後の週末。
「あ、あの、公人さん。近くまで……来ちゃいました……。あの、暑いので、少し涼ませてもらってもいいですか……? このままじゃ私、熱中症になりそう……」
「う、うん……」
 そう言って愛は公人の部屋を訪問していた。何をするでもなく、ほんの短い時間涼み、少し話して帰る。それだけであった。

 だが、その翌週。
「あ、あの……公人さん。先週涼ませてもらったお礼です……。これ、スポーツドリンクと栄養ドリンクの差し入れです。公人さんも、受験勉強頑張ってくださいね」
「ど、どうも。美樹原さん」
 といった調子で愛は公人の部屋を訪問していた。

 更にその翌週。
「独り暮らし、大変ですよね? よろしければこれ、差し入れです……。あ、気にしないでください。親からの仕送りの余り物ですし、うち、狭くてもう置ききれないので」
「あ、ありがとね。美樹原さん」
 今度は食料や生活用品の差し入れである。勿論親からの差し入れなどではなく、公人の部屋へ入り浸るための方便であった。最低限の生活費以外、給料のほとんどはこのように公人に逢う方便のためだけに使っていた。
 そのまた翌週は手料理を差し入れ、更にまた翌週は食材を買い込みその場で手料理を披露するなど、次第にエスカレートしていった。

 愛と公人が再開して三ヶ月目、丁度愛が19歳の誕生日を迎えた日のこと。
 今日も愛は公人のために手料理を振る舞っていた。メニューはご飯、鯖の味噌煮、味噌汁。なんて事はないメニューであるが、結構自信作である。 公人が「うまい、うまい」と言いながらかき込んでくれたのを見たときには小躍りしたい気分になった。
 だが、狙いはそれだけではなかった。愛はこっそり公人の皿に隠し味を仕込んでいた。通販で買った海外製の精力サプリを粉々に砕いた粉末である。
 食事の後片付けをしていた最中、愛はふと背後に気配を感じた。振り返る間も無く、公人に背後から抱きすくめられていた。尻には硬いものが押し付けられていた。
「め……愛ちゃん……。俺、何だか君の事……」
「公人……さん……!」
 愛は首だけで振り返ると、公人の唇に自身の唇を重ねた。
「私……今日が誕生日なんです。公人さん、誕生日プレゼント……、ください……」
 それが呼び水となった。
 どちらから誘うでもなく、自然とベッドへと移動していた。
 何となくそろそろこうなるような予感がしており、ブラウスの下には勝負下着を着けていた。普段履きのバーゲンの均一で買ったようなよれよれのベージュの上下ではなく、外国製の5000円以上する総レースのパールピンクのランジェリーである。
 あいにくささやかな努力の結晶であるその下着はすぐに脱がされたが、人生二度目の男性器受け入れは、そんな事がどうでも良くなる位に気持ち良かった。はじめての時よりも、ずっとである。
 愛は公人にしがみつき、総身をのけぞらせて歓喜の涙を流していた。
 達する瞬間などはもう頭の中が真っ白になり、身体中の肉という肉が痙攣を起こし、公人の背中に爪を突き立てながら我を忘れて高音階の叫び声を上げていた。避妊具越しに膣内に吐き出された男の精はマグマのように煮えたぎっていた。いつまでもこの熱さを感じていたかった。
 終わった後はもう指一本動かすこともできず、結局朝までひとつのベッドで眠った。最高の誕生日であった。

 それからというもの、愛はますます公人にのめりこんでいった。
 まず、部屋を訪問する頻度が増えた。
 これまでは週末のみだったところが、平日も二日に一回は公人の部屋を訪れるようになっていた。取り留めのない事を話したり、手料理を作ったり部屋の掃除をしたりして過ごす。公人の部屋が男の一人暮らしとは思えない程綺麗になってゆくのと反比例するように、愛の部屋はあまり帰らないこともあって惨憺たる有様となっていた。
 セックスはする時もあればしない時もある。だが、求められたら必ず全力で応えた。
 いつしか公人の部屋には、愛が使うマグカップや歯ブラシが部屋に常備されるまでになっていた。ほとんど半同棲である。

「……ん……」
 事後、暫く経ってから愛は目を覚ました。
 傍らに置かれた公人のスマホがチカチカと光っている。メールかアプリか分からないが何かの通知が来ていたようである。
 時間感覚は大分怪しいが、カーテンの隙間から見える空模様から、大体夜明けまで1~2時間前であることが分かった。
 隣では公人がイビキをかいている。
 昨晩、公人は二回、いや、口中に出した分を合わせると計三回射精し、愛はその倍の回数オルガスムスに達した。周囲の床には丸めたティッシュや使用済みコンドームが散乱している。
 既にもう離れられない存在であると思える程に何度も身体を重ねている。これから先、他の男とこうなる事など考えられないし、きっと公人もそう思っている。そうに違いない。公人の生活の中で、別の女の痕跡など影も形もないからだ。
 しかし、愛は恐れていた。一人の女の存在をである。
 公人の心中、その奥底には幼馴染みの藤崎詩織がいる。愛にとっても親友であったが、公人との事はもちろん話してはいない。
 だが、浪人生である公人の志望校は、詩織の通う一流大学一本である。もし来年公人が見事一流大学に合格し、詩織と再開したら……。
 公人は詩織の方に惹かれていってしまうかもしれない。それだけは嫌だった。
 はじめて公人に抱かれた日、公人の口からは幼少期から詩織の事がずっと好きだったと聞いた。だが愛は、これだけ身体を重ねてなお、どうしても「今でもそうなの?」と聞くことが出来なかった。
 公人とは形が違うが、愛も中学の頃からずっと詩織の事が気になっていたのである。
 詩織はいつだって清く、正しく、美しい。
 単に美人というだけではなく、常に凛とした佇まいで周囲から羨望の目で見られているし、言っている事はいつだって正論だ。
 はっきり言って女としての魅力では勝負にならない。勝負の土俵にさえ立てていないだろう。廊下を一緒に歩いていると、いつだって男子の目線は詩織ばかりに集まり、愛の事は刺身のツマ程度にしか見てもらえない。
 そうした境遇をコンプレックスにさえ思わず、ただ何となく詩織のオマケ、引き立て役として過ごす日常を当たり前のものとして捉えていた。
 しかし、愛は変わった。恋によって。
 それは甘美な胸の高鳴りだけではなく、狂おしいまでの嫉妬心を心の奥底から引きずり出していた。
 幼馴染み、家が隣同士、同じ大学を志望、そして口では色々言いつつも、心の底ではお互いに想い合っている。そんな二人の間に入り込むのは容易ではない。好きになんてなるんじゃなかったと枕を濡らしたことも一度や二度ではない。
 だが、好きという気持ちは呪いにも似ていた。愛は自身の心中から沸き起こるこの気持ちに抗うことができなかった。
 今にして思えば、そんな気持ちの起こりは「詩織が好きだ」と聞いたあの瞬間である。愛の中で何かが弾けていた。
 人としての正しいあり方とか、親友を裏切ってはいけないといった倫理観。そういったものが愛の中でバラバラに崩れ落ちていた。
 公人を誰にも渡したくない。特に詩織には。悪魔に魂を売っても。
 尤も、そうした自身の心境の変化に自覚的になったのはあの再開の日、そして再び抱かれて以降のことである。
 公人の事を好きになればなるほど、気持ちを自分で抑制できなってゆく自分がいた。
 「好き?」と聞けば「好き」と応えるし、「愛してる?」と聞けば「愛してるよ」と応える。そんな関係に至れた事に、愛は心から幸福を感じていた。
 だが、ここまで公人と関係を深めて尚、拭い切れない不安感はいつも愛の心を覆っていた。

 公人の気持ちを確かめるため、愛は密かに一計を案じようと決めていた。
 愛の愛読する女性ファッション誌では、定期的にSEX特集が掲載されている。先月号のでは『中出し後の反応で分かる、彼の愛情度チェック』という特集記事が掲載されていた。
 わざとコンドームに穴を開け、事後の反応で彼のあなたへの本気度を測るという過激な内容である。ポイントはいくつかあり、「責任を取る気があるか」「産婦人科に一緒に来てくれるか」といった点などがあるが、要は「妊娠の可能性があるとき、女に対し誠実に向き合ってくれるのかどうか」という点を愛情のバロメータとして見るのである。
 公人の本心━━本当に愛の事を愛してくれているのか、それとも愛の事は詩織に逢えない期間限定のただのセフレと思っているのか。愛は避妊具に細工し、わざと膣内射精されることによって気持ちを確かめようとしていた。
 隣で寝転ぶ公人を横目に、愛はもぞもぞと布団を這い出した。
 愛は枕の向こうに置いてある箱からコンドーム入りのフィルムを取り出すと、中央に安全ピンを突き刺した。
(本当に、こんなことしていいのかな……。公人さんを騙すみたいな、こんな……。それに、もし本当に妊娠しちゃったら……、でも……)
 どんな手を使っても公人を手放したくない。捨てられたくない。そうした焦燥感がこのような突拍子もない行動を取らせていたのである。

 翌朝。
「ん……、んんっ!?」
 公人は下半身を包み込むような違和感と共に目を覚ました。パジャマとトランクスが膝下まで下ろされており、大事なところが暖かい濡れタオルで包まれているようにくすぐったいのである。
 違和感に戸惑いながら視線を下げていった先では、見慣れた姫カットの頭がもぞもぞと動いていた。
「め……愛、ちゃん……!?」
 愛は公人の股間に顔を埋め、赤黒くそびえ立つ朝勃ちを愛おしげに舐めしゃぶっていた。
 上目遣いで見上げながら、裏筋に舌を這わせてゆく。腹筋の窪みに沿って上から下へとソフトタッチでなぞってゆき、下腹部を撫でる。
 驚き、反射的に身を引こうとする公人を制し、愛はペニスに対し舌と唇による愛撫を加えていった。
「んんんんっ……」
 ゆっくりと唇をスライドさせると、朝一番のカウパー液がトロリと分泌されてゆく。
 公人は息を呑んだまま動けない。何か言いたげに唇を震わせつつも、出来たことは愛の後ろ髪を指で鋤くことだけだった。
 舌を差し出した。
 亀頭の裏筋から表面、一番敏感なカリのくびれ、ミミズのように血管が浮かび上がった棹を上から下まで隈無く舐めて、唾液の光沢を与えてゆく。
 鼻息をはずませてしゃぶり回していると、愛の興奮も高まっていった。
 勃起しきった男根をしゃぶればしゃぶる程、それが欲しくてたまらなくなり、両足の間が熱く疼く。したたった蜜が内腿から膝裏の辺りまでを濡らしており、それでもまだ後からこんこんと溢れてくる。
「公人さん……」
 公人の上にまたがった。息を呑み、太股をこすりあわせる。ヌルヌルになった陰茎の先端を掌で転がしながら、溢れる蜜と絡め合わせてゆく。
「公人さん……来て……お願い。ください……」
「め、愛……ちゃん……!」
 愛はベッドの端に手を伸ばし、素早く避妊具を取り出してクルクルと装着した。手に取ったのは夜明け前に仕込んでおいた例のものである。
「はぁ……、はぁあ……」
 愛はペニスの竿部分を手に取ると、その形状を確かめるように上下に撫で回した。女の身体についていないこの機関が愛おしかった。理屈ではない。舐めるのも触るのも、それと対をなす機関と結合させるのも好きだった。
 公人は真っ赤にさせた顔を歪め、息をはずませていた。そんな顔を見ていると胸が高鳴り、自身の表情も卑しく歪んでくるのを止められない。
「んんんっ……」
 愛はゆっくりと腰を落としていった。
 まずは亀頭だけを呑み込み、割れ目の入り口のみを使ってしゃぶりあげていく。
 したたる程に濡れた蜜壺が男根とこすれて卑猥な音を立てる。腰を落とし、結合を深めてゆくほどに男根の硬さが生々しく伝わってくる。
「……は……ぁっ……!」
  息が止まり、身体を大きく弾ませる。もう半分以上入っている。更に深く呑み込んだ。亀頭が一番敏感なところに当たる。蜜壺の奥にあるスポットに━━。
 すべてを呑み込むと、上体を起こしているのが辛くなった。吸い寄せられるように公人に覆い被さり、頭を掴みながら唇を重ねた。
 まだ腰は動かさず、抱き締めあって舌と唇だけを絡み合わせる。次第に昂ってゆく吐息と吐息をぶつけ合い、唾液と唾液を交換した。
「ふぅん……、むふうぅん……」
 口づけに熱がこもってゆくと、乳房を愛撫された。最初はソフトなタッチから始まり、次第に乳房を激しく揉みしだかれ、隆起に指を食い込ませるるようになった。求められているという実感が高まってゆき、愛の中の欲望も高まっていった。
 熱が籠り、お互いの身体が汗ばんできた。愛は眉根を寄せて息をはずませながら、腰をもぞもぞと動かし始めていた。両脚の間に訪れる刺激は耐えがたい程気持ちよく、我慢してはいられなかった。
 もっと深く呑み込みたいという衝動が、愛の上体を起こさせていた。一瞬、バランスを崩しそうになってしまい、公人が下から手を伸ばして愛の身体を支えた。両手の指と指を絡め合って手を繋いだ。そうやってバランスを取りながら、淫らに腰をくねらせる。
 公人は愛の腰振りのリズムに合いの手をいれるように、下から腰を送り込み続けている。
 硬く勃起した男根は蜜壺を深々と貫き、 突き上げると愛の一番気持ちいい箇所にガツンと当たる。当たる度に気の遠くなるような心地よさを覚えた。
「あ……あっ、……あ……!」
 腰を振っているうちに、愛の身体中の肉という肉が小刻みな痙攣を起こし始めた。見下ろすと、公人は目を細め、まぶしげに愛の事を見つめている。そんな目で見つめられるのが堪らなく嬉しくなった。
 好きなの。もっと見て。見て。
 愛はいつまでも見つめていて欲しいと思いながら、しつこい程に腰を振り立てていた。
「どうしたの? 朝から随分……」
 公人が不思議そうな目で見つめてくる。自分でも気付かない内に、頬に涙が伝っていた。
「やだ……」
 泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、赤くなった顔を背けた。繋いでいた手を離し、頬を拭う。
「は……恥ずかしいの……。気持ちよすぎて……。わたし、どんどんエッチになっちゃう……」
 愛が泣いてしまったのは、言葉通りの理由のみではなかった。恥ずかしさを覚えたためである。今、膣内では恐らくコンドームが破け、剥き出しになった亀頭が子宮をノックしている。それがあまりにも気持ちよかった事も事実ではあるが、そんな小細工を使って彼の心を繋ぎ止め、あまつさえ試そうとした自分が恥ずかしくなったためである。
 愛してくれている。未来はどうなるか分からないが、それだけで十分であった。この瞬間、只それだけの確かに感じられる事に身を任せてしまいたかった。
 公人が無言で上体を起こす。対面座位になって抱き締めてくれる。余計に涙がこぼれた。公人は頬を濡らした涙を舌で拭ってくれた。それから、愛の身体を仰向けに押し倒した。正常位になって、真上から見つめてくる。
「愛ちゃん……」
 唇を重ねられる。愛は自分から口を開いて舌を差し出した。積極的に舌を動かすと、公人かそれをやさしく吸ってくれる。
「そんなに気持ちよかったの?」
 愛はコクンと頷く。
 公人の腰が動き出す。硬くなった男根をゆっくりと抜き、入れ直してくる。浅瀬をかき混ぜられる。すると、男根が届かない奥の方が疼き始めた。公人は焦らない。浅瀬を穿ちながら、愛の乳房や尻肉を揉みしだいたり、乳首を吸い立てたりしてくる。
 愛は激しく息を弾ませ、身を捩った。「もっと突いて。奥まで欲しいの」と叫びたくなったが、出てくる言葉は途切れ途切れの淫らな喘ぎ声のみであった。自分から股間を動かし、腰を押しつけてさえいた。
「あっあっ……。ふぅ……ふぅう……あぁあっ!?」
 入口付近で焦らしに焦らした末に、公人が愛の望むものを与えてきた。衝撃に思わず、淫らな悲鳴が飛び出ていた。愛は半狂乱になり、公人にしがみつき、ちぎれんばかりに首を振った。公人の腰使いは、抜き差しはゆっくりでありながらも深く、強かに気持ちいいところを激烈にノックしてくる。
 公人の一打一打は情熱的だった。
 膣壁が捲れ上がるあまりの気持ちよさに涙が溢れてくる。
 公人の額からは汗が溢れ落ち、愛の頬を伝う涙と混ざりあっていた。愛の側も全身汗だくで、頬を伝う熱い液体が汗なのか涙なのか、公人のものなのか自分のものなのか最早分からなかった。
 公人が身を震わせる。射精の予感を感じた。愛は公人の身体にぎゅっとしがみついた。しがみつきながら下から腰を使った。
「愛ちゃん……もういくっ、出るっ……」
「ああああっ、 わたしもっ! 公人さん……。来てぇっ……!」
 愛は公人と身を重ね合わせ、泣きじゃくり、肉という肉をいやらしい程に痙攣させながらオルガズムスに達していた。栗色の髪を振り乱しながら絶叫していた。全身の細胞という細胞が発情し、興奮し、欲情しきっていた。そこから尚、公人がピストン運動のピッチを上げる。子宮をひしゃげさせる勢いで突き上げられ、中でドクンと男根が跳ねた。
「ふあぁぁぁあっ! 熱いっ、熱いのおっ!」
 身体のいちばん深いところで、煮えたぎるマグマが爆発したようであった。

 絶頂に達した後は、しばらくの間公人と呼吸を合わせるようにして繋がったまま微睡んでいた。
 だがそんな中、愛は公人が上げた驚きの声によって現実に引き戻されていた。
「ど、どうしたの……。公人さん……?」
「ご、ごめん……。ごめん愛ちゃんっ! さっき使ったゴム、破れちまってたみたいで、なっ、膣内に……」
「あ……!」
 あまりの興奮に、そしてもたらされた多幸感によってすっかり失念していた。愛の膣から引き抜かれた公人のペニスは、竿の部分のみにはコンドームが巻き付いていたものの、その先端には本来ある筈のゴムの膨らみ、精液溜まりが無かった。コンドームの先端部分が完全に破けていたのである。安全ピンで開けた小さな穴は、膣中でこすれてゆく内に亀裂となって広がり、遂には亀頭が先端部分を突き破っていた。言うまでもないが、これでは避妊具として全く用を為していない。 
 ズル剥けの亀頭からはポタポタと精液が垂れており、膣の入口からは先程漏らし終えた白濁液がドロリと溢れ落ちていた。少なからぬ量が愛の膣内、それも自然に排出されない程深い箇所に留まっていた。
「ご、ごめん。愛ちゃん。おれ、おれ……。責任取るよ。取らせてくれよ。もしもの時は……いや、もしもなんて言うべきじゃないな。一緒に、一緒に考えていこう。ええと、だからさ……」
「うっ……あああっ……!」
 公人の顔が眩しくて直視できない。愛は両手で顔を覆いがっくりとうなだれ、ポロポロと涙を溢していた。
 この涙は歓喜の涙ではない。恥ずかしくなったためだ。穴があったら入りたいという感情である。
 公人の言葉からは、愛のため、男として今出来る事は何でもしてあげたいという誠意を感じた。それは良い。
 だが、そんな公人に対し、自分がした事は一体何だったのだろうか。公人の甲斐性につけこみ、肉体で篭絡し、女の武器を使い、それでも尚信じきれず、妊娠の可能性を盾に取った卑劣な罠を擁する。それがこれまで愛がしてきた事である。そんな汚れた卑劣な女が、これ程までに素敵な人に愛される資格があっていいのだろうか。愛の内心は忸怩たる思いでいっぱいであった。
「な、公人さん……」
「愛ちゃん……。まずは一緒に病院へ……」
「私たち、これで最後にしましょう……」
「えっ!? そ、そんな!? 確かに中出ししちゃったのは悪かったけど、俺、君のこと、真剣に……!」
「公人さん……ごめんなさい。ごめんなさい……。私が、私が悪いんです……!」
「な、何でだよ。訳が分からないよ。あんなに沢山……」
 そこまで言ったところで公人は押し黙っていた。その口から二の句が継がれる事はなかった。
「……公人、さん?」
 不審なものを感じ、愛はがっくりと項垂れていた頭を上げた。
「……!?」
 飛び込んできた光景に、愛は驚愕とともに目を見開いていた。公人が言葉を失った理由を一瞬で理解した。
「な、なんで……?」
「なんではこっちの台詞なんだけど……」
「し、詩織……」
 目線の先には女が立っていた。
 赤いセミロングにヘアバンド。紛れもなく藤崎詩織その人である。目を丸く見開き、信じられないものを見るような目でこちらを見ていた。
 愛はそれ以上声を出せなかった。公人も同様である。愛も公人も裸で、素肌を淫らな汗で濡れ光らせ、性器を晒している。ペニスからもヴァギナからも白濁した精液がポタリ、ポタリと溢れ落ちていた。
 いかに処女であろうと、初心であろうとも二人が何をしていたのかは一目瞭然である。
「お、おばさんから差し入れを持っていくように頼まれて、鍵が空いてたから入ってみたら……。こういう事だったのね」
 詩織はビニール袋をその場に取り落としていた。芋羊羹の包みが床に転がっている。その表情はこれ以上無いくらいに強張っていた。
「そういう関係だったのね……。二人とも」
「し、詩織……」
「触らないでっ!」
 公人が伸ばした手を詩織が強かに払った。その目には深い悲しみが刻まれており、唇をぎゅっと噛み締めていた。
「公人っ……」
 強張っていた詩織の表情が、ヒクヒクと痙攣し出した。怒りと悲しみが、どちらも臨界点を超えて制御出来なくなったようである。
 やがて大きくため息をつくと、氷のように冷めた瞳を二人に向けた。
「公人……。あなた、メールではあれだけ好きだとか逢いたいとか言っておきながらっ、裏ではメグとこんなこと……!」
「えっ……!?」
 今度は愛が驚愕の目線を公人に向けた。
 こうして公人の部屋を訪れ、抱かれている合間にも詩織との関係が続いていたという事なのだろうか。メールだけとは云え……。
「もう知らないわっ! 私、二度とこんなところに来ないから。もうメールもしてこないでっ。あなたと幼馴染みだって事が、こんなにも嫌になるなんて思わなかったわ。それじゃ、さよなら!」
「そ、そんなぁ~」
 詩織は大股で後ずさると、叩きつけるような勢いで玄関ドアを閉めて公人の部屋を去っていった。
「ま、待ってくれよっ、詩織っ!」
 公人は布団から跳ね起きると、 辺りに転がっていたトランクスとジーンズ、シャツをいそいそと着た。愛は裸のまま、今にも玄関に向かって走り出そうとする裾をぎゅっと掴んだ。
「な……公人さん? まさか、詩織ちゃんを追いかけるつもり?」
 公人は額に脂汗を浮かべながら、愛と玄関、双方を交互に見回した。
 愛は玄関の向こうへと目をやった。
 その向こう側には詩織かいる。
 今すぐ追いかけていけば追い付くことも不可能ではないだろう。だが、それは自分ではなく詩織が選ばれるということを意味する。ぎゅっと心臓が鷲掴みにされたような気がした。
 女子大生になった詩織は同じ女である愛から見てもファッションセンスが磨かれ、どこか凛々しい雰囲気を醸し出していた。気のせいかもしれないが、キラキラと輝いているようにも見えた。
 対する愛は毎日の仕事で見も心も磨り減らし、公人との逢瀬を唯一の生きる糧にしているような暮らしである。
 有り体に言えば、元よりあった女としての格差が、高校時代よりも更に広がっていたように感じられたのである。
 心のどこかで思っていた。こんな日がいつか来るのではないかと。
 公人がそんな詩織の元へ去ってしまう。それはある意味仕方の無い事のようにも思えたが、どうしても諦めきれない自分がいる。
「な、公人さん……、お願い……。ここにいて……」
 声はか細く、目には自然と涙が浮かんでいた。
 お願い、お願い。好きなの。行かないで。詩織ちゃんに負けないくらい、世界で一番大好きなの。
 しかし、それは声にならなかった。
 愛はもう一度祈るような気持ちで公人を見た。その目から逃れるように公人が目線を外した。何も言わず、押し黙っている。それが全てのように思えた。
「……ごめん」
 それだけ言うと公人は外へと駆け出していった。
「公人……さんっ……。うっ、ううっ……」

 部屋の中にはすすり泣く声が響き渡っていた。
 愛はいつまでも帰ってこない公人を、いつまでも独りで待ち続けていた。

(了)

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