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9.赤い疾風のように

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作者:しょうきち

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 朝、きらめき高校。
 清川望という強力な助っ人を得たきらめき高校野球部ではあったが、試合を行うためには未だ部員数が足りない状況にあった。
 その望であるが、話し合いの結果、水泳部が休みである土日のみ野球部に参加することとなった(但し、水泳の大会が無い日に限る)。
 ということで、この日は正規の野球部員のみでトレーニングを行っていた。
 高見公人と早乙女好雄が現在行っているのは、朝練の一環、穴堀りトレーニングである。
「ふんっ! うりゃっ!」
「いやぁ、穴堀りってメニューを見たときはなんじゃこれはと思ったモンだけど、なかなかどうしてキツいトレーニングだな、これは」
「ああ、そうだな好雄。虹野さんが言うにはさ、 ケガをしない様、強い体を作るには、腕立てやダンベルみたいな局所的な運動だけじゃなくて、こういう複数部位を連動させるような運動がいいんだってさ」
「へえ、そうなのか。ところで、その虹野さんはどうしたんだ? 朝のロードワークの時はいたのに」
「あれ、聞いてなかったか? 用事があるから、今日は俺達だけでトレーニングしててってさ。……おい、お前、あからさまにやる気を無くすなよ」
「いやあ、折角虹野さんのいる野球部に入ったのに、なんにもムフフなイベントもないしさ」
「お前な……、こないだ皆で海に行ったばっかりだろ?」
「いやあ、ああいう肉体の限界を目指すヘル・オン・ザ・ビーチなイベントじゃあなくって、もっと楽しく明るいイベントは無いもんかね」
「ねえよ、そんなもん」
「チェッ、しょうがねぇな。……あれ、公人。今日って何日だっけ?」
「今日は8月1日だぞ、確か。何かあったっけ?」
「あ! 悪い。俺、今日は補修授業があるんだ。もう始まっちまうっ! 公人、悪いけど片付けはやっといてくれッ!」
「おいおい、頼むぜ好雄……」
 言うなり大型シャベルを放り出し、好雄は校舎へと一目散に駆け出していった。
 好雄の言う補修授業であるが、きらめき高校では、期末試験の点数が30点を下回ると赤点となり、夏休み中の補修授業への出席が義務付けられる。
 因みに、その補修授業をサボったり、補修後の追試で合格点が取れなかった者は、落第となってしまうのである。
 普段、食って寝て遊んでばかりで成績が絶賛低空飛行を続ける好雄は、幾つかの科目で赤点を取ってしまっていたのであった。
 公人自身もおつむの出来については好雄と大差無かったが、成績優秀な幼馴染みの藤崎詩織から、試験範囲のポイントを教えてもらった結果、何とか赤点は回避していた。
  高校生である以上、学業は何にも優先される。もしも春から野球部員をしており、見事甲子園出場と相成っていた場合、好雄は補修授業のために出場が出来なくなっていた可能性すらあったのだ。
 今なら笑い話で済むが、ともすると本気で笑いごとでなくなっていた可能性もあり、公人にとっても他人事と馬鹿にしてはいられないところであった。

「さて、やるか……」
 公人達のやっていた穴堀りトレーニングでは、人一人が入れる程度の深さの穴を掘るまでを目標ポイントとしている。
 堀り終えた後は再び穴を埋める必要がある。言うまでも無い事ではあるが、そのままにしておくと通行人の迷惑となるためだ。
 野球部では当初、このトレーニングを正門側の校庭で行っていたが、ある日穴を放置していた所為で先生からこっぴどく怒られた事があった。そのため、正門側の校庭でこのトレーニングをすることは出来なくなった。
 以降、穴堀りトレーニングは殆ど誰も通らないここ、裏門付近で行っていた。正門側より土が固く、結果としてよりハードなトレーニングとなっていた。
  片付けもそこそこに好雄が走り去って行ってしまったため、公人は自分で掘った分と好雄が掘った分の2つの穴を埋める必要があった。
「ひい、穴埋めも地味に大変だぜ」
 せっせと穴を埋めていると、公人の視界の端に、高速で移動する影が見えたような気がした。
 気のせいか、または野良犬か何かかと思い、気にも留めずに作業を進めていると、その影は、正に疾風怒濤、ショベルに足を掛け目線を下にやった一瞬の内に、公人の元まで接近してきたのであった。
 猛烈に突っ込んでくる人の気配を感じ、何事かと公人が見上げると、次の瞬間その影は、まだ塞いでいない穴に足をとられ、眼前で空中で一回転して派手に転んでいた。
 辺りに土煙が立ち込める。
「あたたたたぁ……、何でこんなところに穴が……。あーっ、補修に間に合わないよおっ!」
「な、なんだぁっ?」
 突っ込んで来た人影の正体は、きらめき高校の制服を着た女子であった。赤みがかったやや外にハネたセミロング・ボブの髪型、そのスカートは短めであった。
「わ、ごめん。ここ、人が通るなんて思わなくて……」
「ちょっと……、あ! もう遅刻しちゃう! 急がないと!」
 その女子は尻餅をついた体勢から、首と肩を支点に両足を起こして腰をくの字に曲げ、腰を伸ばす反動と共に勢いよく跳ね起きると、またもや目にも止まらぬ速さで駆けて行き、公人の目の前から一瞬で消えていった。
「何だったんだ……。夢でも見てたのかな……」
 公人の脳裏には、見事なネックスプリングを見せる際の丸見えになったルビー・ レッドのパンティと、プリンとした形のいいお尻が刻み込まれていた。

「ふーっ、セーフセーフ」
 きらめき高校、教室。
 公人との朝練を抜け出し、 好雄は補修を受けるべく、教室の席に着席していた。
 好雄はギリギリ遅刻しないように到着したつもりであったが、辺りを見回すに出席率は未だ半分といったところであった。
 生徒にとって退屈極まりない補修授業であるが、授業をする教師にとっても同じく退屈なものである。
 補修授業を受けるような生徒は元々授業意欲も低いから赤点になるのであって、それは補修に至っても変わるものではない。
 とはいえ、これをサボると最悪落第の危険性すらある。チャイムが鳴り出す頃には大半の補修対象生徒が集まって来ていた。
 チャイムが鳴り終わるとほぼ同時に、担当教師が扉を開け、教室へ入ってきた。
「皆集まってるかー? 出席を取るぞー」
 バインダーを片手に、プリントに記された名簿に目をやりながら、補修対象者の名前が順に読み上げられる。名前を告げられると、好雄もやる気の無い返事を返した。
 そして、男子分の出欠確認が終わり、女子分に入ろうかという時、それは起こった。
「朝日奈、朝日奈はおらんかーー?」
 女子の補修対象者の中で最も出席番号が若い(五十音順の為)、朝日奈夕子の名前が呼ばれたとき、ある筈の返答が無かったのである。
(あいつ……、サボりか? それともまーた寝坊か?)
 好雄の心配も無理なからぬ処である。補修授業対象者の女子、朝日奈夕子は、好雄と同じ中学の出身であった。
 好雄が気を揉んでいると、後ろの席から明るい声が上がった。
「はいはーい! 朝日奈夕子、ここにいまーす」
「朝日奈ー。返事は一度で宜しい。次の出席番号は……」
 この時、驚いたのは好雄である。
 先程まで後ろの席には誰の気配も無かった筈である。見れば、教室後方の窓が開いていた。夕子は此所から入って来たのであろうか? 因みにこの教室は二階である。
(夕子! お前、いつの間に!?)
(ちょっと遅刻しそうになっちゃったから、ショートカットしてきたのよ)
 夕子がひらひらと手を向けたのは、やはり教室後方の開かれた窓であった。
(ここは二階だぞ? どうやって入って来たんだよ?)
(あそこ、すぐ側に自転車置場があるでしょ? そこから、どっぴょーん……ってね?)
(音も無く……かよ! 相変わらず非常識な運動神経してるな……)
(それにしても裏口のアレ、超ムカつくっ! 何であんなトコで穴堀りなんかしてんのよ!)
(へ……、夕子、あそこを通ったのか? そりゃ野球部だ……。すまん)
(あれ、好雄、野球部入ってたんだっけ? ふ~ん。あんた、モテないからって中学でもう野球はこりごりだって言ってたのにね)
(ああ、運動部のアイドル虹野さんと、期待のエース候補様に誘われたからな……)
「こらっ! そこ、静かに!」
「へ~い」
「はいは~い」
 教師の叱責に、二人はやる気の無い返事を返した。

 この日の補修授業は、午前で終了であった。
 欠伸を噛み殺しながら、多くの生徒が帰路に就く。
 教室を去ろうとする好雄に、夕子が声を掛けた。
「ね、ね、好雄。これからヒマ? 良かったらこれから、あたしと遊びに行かない?」
「え~っ、お前とかよ。俺、野球部の練習あるんだけどなぁ」
「大丈夫だって、1日くらいブッチしても」
「うーん、そうだなぁ。ま、1日くらい良いかぁ……」
「それじゃ、決まりね」
「へーいへい。公人には悪いけど、メールしとくとするか……」

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