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1 サイパンへようこそ

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作者:kazushi

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 保養地や観光地として名高いサイパン。とは言え小さい島であるためその中心である国際空港もこぢんまりとしていて、その三分の一ほどを埋めている観光客の様子ものんびりしたものだった。人種も年齢層も雑多に入り交じっているその中に、一際存在感を発揮している日本人の若い女性の姿があった。
 年の頃は二十歳を越えたくらいか。腰まで伸びたライトブラウンの――緩いウェーブが掛かっている――長髪をツーサイドアップにして、両側とも赤いリボンでまとめている。サングラスを掛けているため目は見えないが、それでもその均整の取れた輪郭や鼻筋、唇の形からかなりの美形であることが窺えた。モデル顔負けのスレンダーな肢体を包んでいるのは、半袖の白シャツとその上から羽織ったダークブルーのジャケットにワインレッドのミニスカート、そして黒のニーソックス。そんなシンプルな装いも異国の地を堂々と歩く彼女が着ていれば、どんなドレスよりも輝いて見える。
 左手の腕時計をちらりと一瞥すると、彼女は大きめのスーツケースを引きずりながら入国ゲートを通り抜け、ロビーに出たところで左右を見回してみる。と、
「こちらです緒方さん。お待ちしておりました。お荷物の方、私がお持ちしますのでどうぞお預け下さい」
「……久しぶりね、弥生さん。お出迎えご苦労様。ああ、荷物は私に持たせてくれて全然構わないわよ。こういう機会あんまりなかったから、逆に新鮮で楽しいもの」
 横から掛けられた声に体ごと向き直ると、彼女――緒方理奈はサングラスを外しながら勝ち気な笑みを浮かべてみせる。その声の主――南国リゾートに似つかわしくないスーツ姿の黒髪ロングの美女は、理奈もよく知っている人物だった。
 篠塚弥生。森川由綺のマネージャーである彼女とは、理奈がまだ由綺と一緒の事務所にいた頃に浅からぬ親交があった。そんな彼女がこうして理奈の出迎え役になっているのは、今の理奈にはマネージャーがついていないからだった。
 ――そもそものきっかけは半年前のこと。理奈の兄であり、その一年前から事務所の社長となっていた緒方英二が逮捕された。複数あったその罪状はしかし、実のところどうでもよく。重要だったのは、その逮捕劇の真相が芸能界の黒幕(フィクサー)と呼ばれる誰かの機嫌を兄が損ねたこと――理奈にはそれがなんだったのか知る由もないが――によるものだった、ということだった。
 事務所そのものにはすぐに代わりの社長が立ったが、理奈に対する扱いはあっという間に酷いものになってしまう。兄のとばっちりで一部のネット民に叩かれた影響もあったのかもしれないが、仕事は即日すべてキャンセルの上マネージャーも即外されるなど、いっそ清々しいほどの干されぶりだった。
 それから半年、理奈も懸命に動いてはみたものの状況が改善することはなかった。或いは、フィクサーとやらの兄への怒りが彼女にまで向けられたからか。そんな状態だったからこそ、急過ぎるスケジュールとはいえ今回の写真集とIVの話は理奈にとってもありがたい話だったのだ。
 ……たとえそれが本来の緒方理奈には相応しくない過激なグラビア撮影であり、カメラマンが被写体喰いで有名な青山だと聞かされたとしても。

「ホテルはこちらになります。本日は移動でお疲れでしょうから、このままホテルに留まって身体を休めてください。本格的な撮影は明日からになりますので、そのつもりで」
 タクシーから先に降りて、理奈のスーツケースを先に下ろしながら弥生はそう説明する。
 空港からタクシーを使い十分ほどで着いたホテルは、超一流とまではいかないまでもそれなりに立派なもののようだった。どうやら思っていたよりはまともな仕事だったらしい。
「……弥生さん。由綺はもう先に入ってるんだっけ?」
「はい、二日前から。もう撮影も開始しています。……お会いになりますか?」
「ううん、いいわ。まずは部屋に荷物を置いて、こっちが落ち着いてからにするから。だから、弥生さんももう由綺のところに戻ってもいいわよ。今日はありがとう。おかげで助かったわ」
「いえ、それが私の仕事ですから。――それでは、失礼します」
 一礼をして立ち去る弥生を見送ると、理奈はそのまま自分に割り当てられた部屋へと向かう。弥生から渡されたカードキーで鍵を開けて、中に入ったところで唇を微かに綻ばせる。
 流石にスイートとまではいかないが、部屋のグレードで言えばエグゼクティブクラスではあるだろう(さらに言えば角部屋だ)。これで、少なくとも向こうに緒方理奈を軽んじるつもりはない、という態度が見て取れたのは正直嬉しかった。
(これで仕事の内容がまともなら良かったんだけど。流石にそれは今の私だと望み過ぎね……)
 喜びと落胆とを入り交じらせながら、ひとまずスーツケースを開けて荷物の整理を始める理奈。半時間もかからず作業を終わらせ、それから一通り部屋を見て回ったところで限界が来た。正直まだ落ち着いたとは言えないが、それよりも由綺に会いたい――会って話をしたいという思いの方が強いから、仕方ない。
 そう思って理奈が部屋を出たところで、ちょうど一つ開けた隣の部屋に入ろうとしていた由綺と行き合った。
「あ、理奈ちゃん。久しぶり、だね。……良かった。どんな感じかなってちょっと心配してたんだけど、いつもの理奈ちゃんと変わらないみたいだから」
「……久しぶりね、由綺。一応最初の頃は、これでも結構へこんでたのよ。これからどうなるのかってね。それでもこうやって一応仕事は来たわけだから、頑張らないとって思っただけよ。でも、心配してくれたのはありがと。……あなたも、思ったより元気そうで良かったわ」
 理奈を見て一瞬驚いて動きを止め、けれどすぐにほっとしたように笑いを向けてくる親友の姿に――理奈も安堵の笑みを浮かべる。
 森川由綺。腰まで伸ばした翠の黒髪とヘアバンドがトレードマークだった、緒方理奈と同い年で二年前までは同じ事務所に所属していた、理奈の最大のライバル且つ親友でもある超人気アイドル歌手。
 そんな彼女とは二年前、彼女の恋人だった藤井冬弥という一人の青年を取り合って、激しく火花を散らせたことがあった。スキャンダル寸前まで行った出来事だったが、冬弥が他にも複数の女性と関係を持っていたことが発覚、最終的には二人とも破局することになった。尚、余談ではあるがその後の冬弥については同じく関係を持った幼馴染みに刺されて死んだとか、ヤクザの女に手を出して海に沈められたとか不穏な噂が一時流れたが、破局以降一度も顔を見ていないので真相は定かではない。
 そんな諍いがあったにもかかわらず――否、むしろだからこそ理奈と由綺の友情は一層深いものになった。本来最大のライバルのはずなのに、一番の親友だと呼べるほどに。けれど、そんな由綺ともこの半年は連絡を取れていない。それは理奈が復帰活動に忙しかったからもあるけれど、由綺の方も同レベルのトラブルを抱えていたからだった――
「それで――喉の方はどうなの? 声は出せてるみたいだけど」
「あ、うん。喋る方は問題ないかな。……でも、歌の方はまだダメみたい。何度かレッスンしてみたけど、どうしても声出なくて」
 伏し目がちに答える由綺に、理奈もその表情を曇らせる。
 生の歌番組の途中で由綺の声が出なくなったのはやはり半年ほど前のこと。当然すぐに医者に診せたところ、喉にポリープのようなものができているらしい。その位置が悪くて、手術すれば声帯を傷つける可能性があるから手の出しようがなく――良性だから命の心配がないのは不幸中の幸いだったが――、薬で小さくしようとしているが成果は芳しくはないようだ。
「そっ……か。ゴメンね、由綺。私のケースは参考にならないし、頑張ってしか言えないわ」
 以前理奈も歌えなくなったことがあるが、それはお茶の中に洗剤を入れられたのが原因だから由綺の役には立てそうもない。そのことを詫びる理奈へ向けて、むしろ逆に彼女を励ますように柔らかく微笑むと、
「ううん、そう言ってくれるだけで充分だよ。他ならぬ理奈ちゃんがそう言ってくれるなら、私ももっと頑張れるし。……それに、もしかしたら代わりになるものも見つけられたかもだし」
 穏やかにそう答える由綺の表情に、理奈はふと違和感を覚えて小首を傾げた。
 理奈が由綺に対して持つ印象はおとなしくどこか幼さを感じさせるものだったが、今目の前にいる彼女は久しぶりに会ったからだろうか、どこか大人っぽく――艶めかしく見えてしまう。もしかしたらそれはただヘアバンドを付けてなかったり、着ている服の露出度がさりげなく上がっていたり、或いは撮影が終わってすぐのせいか上気した肌が紅潮しているから、だけなのかもしれないけれど。
「由綺、あなた――」
「ああ由綺、まだこんなところにいたんだ。いくら待ってても戻ってこないからどうしたのかと思ったよ。――っと、誰と話してるのかと思ったら理奈ちゃんだったか。成程、二人で話し込んでたから由綺ちゃんは戻って来れなかった、と。了解了解」
 その違和感の理由を確かめようと、理奈が話しかけたところで邪魔が入った。内心舌打ちしながら、邪魔者――四十がらみの中年男――を思わず睨みつける。
「久しぶりだね、理奈ちゃん。カメラマンの青山だけど、覚えてくれてるかな?」
「……ええ、ちゃんと覚えてます。お久しぶりですね、青山さん。確か三年振りだと思いますけど、その節は『色々と』お世話になりました」
 『色々と』を強調して挨拶すると、向こうもその意図がわかったのか苦笑いが返ってくる。
 邪魔者――青山とは言葉通り、三年前に写真集の仕事で一緒になったことがある。その際にセクハラを散々受けた――ただし一線を越えることは許さなかった――ことを皮肉っての発言だが、当の本人には蛙の面に小便らしい。この分では今回も間違いなく性的な悪戯をやってくることだろう。そう確信した理奈は、警戒のレベルを引き上げることにした。
「ははは、理奈ちゃんは相変わらずだね。ま、どういう運命の悪戯か今回もボクが撮らせてもらえることになったのでよろしくお願いするよ。前回よりも大人になったところをしっかり見せてもらうからね……色々な意味で、ね」
 そんな彼女に意味深な言葉を投げ掛けると、青山が今度は由綺の方に話しかける。それを止めようと動きかけたところに、彼の背後に控えていたメガネの男――こちらは三〇代後半に見える――が興奮したように話しかけてきた。
「緒方理奈ちゃんだよね。ああ、初めまして。今回IVの方を撮らせてもらう上村と言います。どうかよろしくね。ああでも、感激だなぁ。まさか本物の緒方理奈を撮らせてもらうことができるなんて。理奈ちゃんをデビューから見てた人間からすると、本当に驚天動地というか――」
 マシンガンのような男――上村だったか?――の勢いに押されて、言葉を挟むことすら難しい。困り果てながらちらりと由綺の方を見やると、少し離れた位置でなにやら青山と話し込んでいるのが見えた。――隣に弥生もいるにもかかわらず、青山の手が由綺の腰からお尻にかけてイヤらしく動き回っている光景も。
(ああもうやっぱり! 二日前から来てるから心配してたら案の定じゃないのよ!)
 その光景にキレた理奈は、上村のことを完全に頭から置き去りにすると、憤然と青山と由綺に迫る。
「ごめんなさい青山さん。由綺のこと借りますね!」
「ちょ、ちょっと待ってよ理奈ちゃん。今ボクが由綺ちゃんと話してるの見たら解るよね? いい写真集作るためにもちゃんとお互いのコミュニケーションが必要だから、こうやって親交を深め合ってるのを邪魔しないでくれるかな?」
「だったら一緒に撮るんだから、私と由綺にもコミュニケーションが必要ってことですよね? 青山さんには二日分のアドバンテージがあるわけだから、今は私の方を優先させてもらいますね。それじゃあ、失礼します」
 青山へ一気に言い放つと由綺の手を強引に取って、理奈は急いでその場から駆け出していく。「え? え? え?」と状況を把握できず彼女に引きずられるままの由綺に、思わず笑みをこぼしてしまいながら。
 とりあえず今は、青山の邪魔が入らない場所を探して、そこでゆっくりと由綺と話をしよう。この半年分の間に積もり積もったものもあることだし。そう思ってホテルをうろつきながら、彼女はふとした疑問に首を傾げてしまっていた。
 ――けれど、どうしてなんだろう?
 ここはホテルの中なのにブブブブブと虫の羽音のような、あるいはなにかが振動するような音が微かに、しかも付いてくるように聞こえてくるというのは。

「――やれやれ。あの様子だと、やっぱり理奈ちゃんには相当警戒されてるみたいだね。さて、どうしたものか」
 二人がどこかに行ってしまうのを見送ってから、青山は思案気にそう独りごちる。
 あの理奈の様子を見る限り、青山のいつものやり方だけで堕としきるのは厳しい――というよりもそれ以前の問題だ。あの完全拒否の鉄壁ガードぶりでは、下手に近づくのも逆効果にさえなりかねないのだから。
「……大丈夫です。ご主人様のこれを使えば緒方さんもすぐに素直になってくれますから。……『あの子』みたいに」
 そんな彼の隣へそっと歩み寄ると、いつもの無表情で弥生がそんな激励を口にする。その優美な指先で青山の股間を、ズボンの上から淫靡にあやしながら。
 由綺のマネージャーの予想外なはずの行動に、けれど青山は驚いた様子もなく平然と、
「ありがたいお言葉だけど、そうするためには『あの子』にはとことん頑張ってもらわないといけないな。……だから弥生も、後でちゃんと御褒美はあげるからできるだけ『あの子』を手伝ってあげてくれるかい?」
 ただお返しのように、その豊満な胸をカッターシャツの上から慣れた手つきで揉みしだく。と、かすかに動いた弥生の唇から、甘い吐息が静かにこぼれ落ちた。
 そしてそのまま二人は――上村も一応加えて――理奈と由綺の部屋に挟まれた部屋のドアを開けると、その中に入っていくのだった。

 2 “白水着×シャワーバトル=透け乳首(ヘア)”に続く

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