超満員の熱気に包まれたコンサート会場。
夜空に輝く星々のように無数のペンライトが揺れる。
光の柱に照らされたステージ上では、赤いアイドル衣装を身にまとった藤崎詩織がマイクを片手にデビュー曲を熱唱している。
心に響く透明感のある歌声。
流れるメロディに合わせて、腰に両手を当てて水面を跳ねるようにステップを踏むと、スカートが羽根のように広がる。
観客席のあちこちから「しおりーーん!」と絶叫に近い歓声があがる。
「みんな、来てくれてありがとう。最後まで楽しんでいってね!」
明るい笑顔で手を振って応えた。
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都内、きらめき高校――。
2-Aの教室では、ひさしぶりに登校した詩織を中心にクラスメイトが集まって談笑している。
艶のあるストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。愛くるしい瞳が印象的な、咲きはじめた白百合のような整った顔立ち。きらめき高校の制服は胸に黄色いリボンの飾られた空色のセーラー服とひざ丈のプリーツスカートで、優等生の詩織が着ると清楚さをいっそう際立たせる。
高見公人(たかみ・なおと)は、自分の席からその様子を眺めていた。
「行かなくていいのか」
同じクラスの好雄がやって来た。
好雄はクラスのお調子者で情報ツウの男子だ。女子の情報ならなんでも知っている。
「邪魔しちゃ悪いだろ」
「みんな騒ぎすぎだよな。気持ちはわかるけど」
「ずっと休んでたからな」
「ドラマの撮影だったんだろ。クラスメイトがトップアイドルだぜ。大人気の! 街のいたるところに詩織ちゃんのポスターが貼ってある」
「あんまり芸能人扱いするなよ」
「どうしてだよ」
「学校ぐらい普通の高校生としてすごしたいだろ」
詩織が大手芸能事務所にスカウトされたのは高校一年の時だ。
半年間厳しいレッスンを受けてデビューした。
公人の心配をよそに抜群のビジュアルと歌唱力で瞬く間に人気アイドルの階段を駆け上った。
飲料水のCMに起用されて以来、TVで詩織を見ない日はない。
「成功するだろうとは思ってたけど、さすが詩織ちゃんだよな。お前も自慢だろ。幼馴染で」
「べつに。家が隣なだけだし」
「俺なら周りに自慢しまくるけどな」
「詩織は詩織だよ。芸能人だろうと一般人だろうと」
公人と詩織は家が隣同士で、物心がつく前から一緒に育ってきた。
詩織がアイドルになるのを悩んでいた時にも、一番に相談したのが公人だった。
控え目な性格で、歌うのが好きで周りの人を励ましたいと思っていて、公人の応援があったからこそ詩織はアイドル活動をする決断をした。
「それよりアレ見たか」
「あれ?」
「今週のどきメモ通信だよ」
好雄は発売されたばかりの美少女アイドル専門雑誌を取り出した。
巻頭グラビアとして、詩織の写真が大々的に掲載されている。
【話題の清純派アイドル・藤崎詩織(17)】という見出しとともに教室で制服姿の詩織がたたずんでいる。
『Q&Aのコーナー
Q.趣味はなに?
A.音楽鑑賞です。とくにクラシック音楽が好きです。
Q.恋人は?
A.いません
Q.男性のタイプは?
A.清潔感があって誠実な人。あと話してて面白い人。
Q.得意科目は?
A.英語と音楽です。
Q.休日はどんなことをしてる
A.友達とショッピングに行ったり、映画鑑賞。
Q.行ってみたい場所はどこ
A.海外(海の綺麗な場所)』
「制服もいいけど、お目当てはこっちだよな」
好雄が次のページを開く。
【真夏の恋人! 水着解禁!!】
青空の広がったプールサイドで、ピンクのビキニ姿をした詩織が片手で髪をかきあげる仕草をしている。
透き通るような白い肌に、手足のスラリとした大人びたプロポーション。胸はオレンジサイズで腰がキュッとくびれ、清純派でありながらグラビアアイドルとしても十分通用する。
「やばすぎだろ。けっこう胸でかいよな」
「本人が聞いたら殺されるぞ」
「しょうがないだろ。高校生男子の素直な感想なんだから」
「あのなー」
「このカット最高。犯罪モノのケツ。ギャップがありすぎ」
【彼女にしたいアイドル第1位! 天使のサービスショット!】
芝生の上で水着姿の詩織が四つんばいになったポーズをしている。あどけない顔つきに似合わない肉感のあるヒップライン。スケベな男なら思わずタッチしたくなる。
カメラ目線でアンニュイな表情を浮かべている。
他にも水着ショットが複数ある。
どれもアイドル雑誌でよく見かける、ごく普通のカットだ。
「なんかエロいよな。このビジュアルで彼氏がいないなんて奇跡だよな」
「芸能活動中は恋愛禁止なんだから当たり前だろ」
「あの噂って本当なのかな。ネットの掲示板にドラマで共演したイケメン俳優に食われてるって書いてあったぜ」
「5chの見過ぎだろ。っていうか、学校に持ってくるなよ」
公人はあっさりと否定する。
ふいに視線を感じて、そちらを見る。
詩織と目が合った気がした。
「ホームルームはじめるぞー」
担任の世原(せはら)が教室に入って来た。
たるんだ小太りの体型。安っぽいポロシャツにグレーのスラックス。
頭髪が後退して広がった額にゲジゲジ眉、腫れぼったい瞼をした細い目で、無愛想なウシガエルのような顔をしている。
四十過ぎの独身で社会科を教えている。
「やべ」
好雄はあわてて雑誌を隠した。
他のクラスメイトも蜘蛛の子を散らすようにして自分の席に戻る。
「おまえら、勉強に関係ない物を学校に持ってくるなよ。私物は没収だぞ」
世原が教壇に立つ。
名簿を見てだるそうに出席を取りはじめた。
「マジキモ。セッシーに名前呼ばれただけで寒気がする」
「目つきいやらしー。いつも女子の脚をジロジロ見てるし」
「あれでよく学校の教師してるわよ。顔からして性犯罪者じゃん」
ヒソヒソと悪口をいっている。
えこひいきが激しくお気に入りの生徒にだけ態度が変わると有名で、体に触れるなどセクハラ行為が目に余る。そのため女子の評判がすこぶる悪いのだ。
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