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1.新人アイドル

アクセス数: 1468

作者:ブルー

 開演時間をむかえたコンサートホールは、押し寄せた群衆の熱気にあふれかえっていた。
 そのすべてが若い男性ファンだ。団扇やペンライトなどの公式の応援グッズを持って立ち上がり、1枚3000円もするプリントTシャツを着て野太い声援をはりあげている。見目麗しい主役の登場が待ち遠しくて、まだかまだかとヒートアップしているのだ。

 派手なレーザー光線が点滅を繰り返しながら空中で交錯する。
 大量のスモークを滝のように吐き出すステージでは、レザーのダンスユニフォームを身にまとった女性ダンサーが横一列に並んで、流れるユーロビートのリズムに合わせてテンポ良く身をくねらせて踊っていた。
 パラパラとした手の動き。腕を振りながら左右に軽快なステップを踏む。腰をくねらせて太陽を描くように両腕を広げて動かし、クロスさせてかかげた。敬礼のようなポーズでためて、指でピストルの形を作って打つ。
 それを全員が一糸乱れぬ動きで繰り返す。

 会場全体で手拍子がはじまった。
 二列になったバックダンサーの編隊がリズムに合わせて手を叩きながら左右にわかれ、レーザー光線が収束する。
 それと同時にいくつものスポットライトがステージ中央に設置された階段を照らした。
 光をバックにシルエットが浮かびあがる。もうもうとしたスモークをかき分けるようにして1人の少女が姿をあらわした。
 いまをときめく清純派アイドル・藤崎詩織だ。
 キューティクルな赤い長い髪に、精巧なガラス細工のようにぱっちりとした愛らしい瞳。ややツンとして整った目鼻立ちは人目をひきつけるのに十分すぎるほど可憐で、大人びた美しさとともに彼女の自尊心の高さが見て取れる。スタイルも抜群で、すらりとした手足に少女らしいしなやかな肢体と非の打ち所がない。

 きらめき高校の制服を着て、片手を膝に当てたポーズのまま自信に満ちた表情でまっすぐに観客席を見下ろしている。堂々としたポージングだ。超満員の観衆を前にしても物怖じひとつしていないどころか挑発するような視線を投げかけている。

 詩織は現役の女子高生、都内のきらめき高校に通っている。ネットやアイドル雑誌ではいまもっとも勢いのあるアイドルと評判だ。

 デビューのきっかけはある雑誌でおこなわれた『学校のマドンナ』という美少女コンテストで、つまりはそれぞれの学校を代表する美少女の写真を全国規模で大々的に募集して、その中から真のナンバー1美少女を投票で決めてしまおうというある意味ありがちな企画コーナーに、学校の男子が詩織に無断で写真を投稿したことだった。
 そこで並み居る美少女たちを退け圧倒的得票数でグランプリを獲得した。

 それ以来ネットでは、あの可憐な美少女は誰なんだという噂が駆け巡るようになり、家には芸能事務所からのスカウトが殺到した。
 当初は芸能界にもアイドルになることにも興味がなかったこともあり、すべての申し出を断り続けていた詩織だが、匿名サイトに隠し撮りした画像と家の電話番号や住所など、詩織の個人情報を書き込む者まであらわれだし、さすがにそれらの状況を看過するわけにもいかず、さらに朝夕と毎日押しかけては玄関前に立ちふさがって、しつこく口説き文句を並べたてる事務所関係者を追い払うのにもおっくうになったのだ。
 しかたないので学校生活と学業に支障が出ない範囲でならという約束で、半ばしぶしぶにだがいまの事務所に所属することとなった。

 そうしてまたたく間に詩織の存在は世間に広まった。
 理知的で可憐な容姿のかもし出す清純なイメージが、清らかな美少女像に飢えていた大衆心理とクライアントとマニアックなオタク層にマッチしたのだ。
 近ごろではCMにドラマにと引っ張りだこで、街のいたるところには詩織を起用したポスターが貼られている。

 詩織はゆっくりと体を起こすとスカートを揺らしながら腰を動かしはじめた。

 一拍の空白があって「うおおおおおーーーー!!」という大歓声が起きた。まるでゲリラ豪雨のようだ。音源がかき消される。

 無理もない。ファンにすればまさに夢がかなった瞬間といえるだろう。
 詩織を一目見ようと入手困難なプラチナチケットを手に入れ駆けつけたのだ。なかにはネットオークションで高額な金額を支払ったファンまでいる。人気アイドル藤崎詩織のコンサートにはそれだけの値打ちがあるのだ。

 詩織はそんな男たちの興奮を全身に浴びてもなお、ツンとしたすまし顔で平然と受け流している。
 マイクを片手に満を持した足取りでゆっくりとステージの中央に進んだ。

「しーーーおりーーーーーーん!!」

 ファンの大合唱がさながら突風となって正面から詩織に吹きつける。赤い髪がはためいて、ほんとうに会場が震えた。

「みんな、わたしのコンサートにようこそ。
 こんなにたくさんの人がきてくれるなんて、はじまる前は心配で心配で夜も眠れませんでした。だから、ほんとうにうれしいの」

 白い歯を見せてはにかむと小さく手を振る。リハーサルでした動きと台詞だ。
 事務所側であらかじめあらゆるパターンを想定したテキストを作成していて、詩織はそのすべてを暗記している。あとはイヤホンの指示に従って行動するだけだ。

「みんなは、わたしに会いたいって思ってくれてた? わたしはずーっとみんなに会いたいって思ってたよ」

 透き通った声で願いをこめるようにファンに語りかける。

「学校でも今日のことばかり考えてたの。あの話をしようとか、この歌のときはこんな衣装を着てこうやって踊ってみようとか。
 でも、ここに立ってみんなの顔を見たらぜーんぶ忘れちゃった、うふふ。
 今日はみんなに見てもらいたいと思って、いつも着ている学校の制服を着てみました。
 どう? 似合ってるかな?
 わたしはこの制服が大好きなんだけど……えー、だれー? そこで体操服のほうが良かったーなーーんて文句を言ってるのは? そういう男子は女子に嫌われるわよ」

 はにかんで、照れて、笑って、頬をふくらませて、トークもソツなくこなしている。

「今日のために勉強時間を削って練習しました。がんばって歌うので、みんなの勇気をわたしにください」

 レーザー光線が乱れ飛んで色とりどりのスポットライトが不規則に動き回る。
 歌いながら踊るとどうしてもスカートがめくれて女子高生らしい健康的な太股がチラリチラリと見えてしまう。
 目ざといシオリストがそんなお色気満点のサービスショットを見逃すはずもない。見えそうで見えない下半身に集中砲火を浴びせている。
 ステージでターンして、フワリとスカートが広がる。

(……恥ずかしい。やっぱり見られてる)

 平静を装っているが内心では戸惑っていた。押さえたくとも、それではせっかくのダンスが台無しになるときつく注意されている。
 ステージに近い最前列のファンにはスカートの中が見えているのではないか心配だった。

「あの、これだとちょっと短くないですか?」

 直前になって衣装を渡され、詩織はマネージャーに抗議をした。

「見えたら困ります」
「オバカさんネ。それが狙いなんじゃないノ」
「でも」
「ネエ、アイドルはファンを喜ばせてナンボ。ファンのドギモを抜く衣装を着せたいぐらいヨ」

 と一蹴された。
 どうしても納得がいかなかったが、たしかにファンのテンションの高さは詩織の予測を超えている。
 とくに最前列はVIPシートとなっていて、事務所にとって重要な顧客であるスポンサー企業の幹部クラスが陣取っているのだ。
 いまも鼻の下を伸ばしたスケベそうな顔で、下からのライトによって照らされた詩織の下半身やスカートの中を熱心に覗き込もうとしている。

(いやだわ。どうして男の人は私の体をいやらしい目で見るのかしら)

 それが詩織の本心だった。
 典型的な優等生でもあり、自分の体に注がれるいやらしい視線を毛嫌いしている。そういうショーアップマネージメントや芸能界特有の横のつながりを嫌悪しているのだが、かといって事務所の方針に従わないわけにもいかない。新人アイドルにとって事務所の命令は絶対なのだ。

(仕事は増える一方だし、事務所はわたしをお金を稼ぐロボットか何かと勘違いしてるんじゃないの)

 詩織自身はあくまでファンの夢を壊さないように、いまの清純なイメージを大切にしたいと考えている。
 しかし、事務所はといえば目先の利益ばかり追求して、詩織を金の成る木程度にしか考えていないふしがある。今日のコンサートだってそうだし、予定されている写真集、いま撮影しているドラマもそうだ。
 しかもこれがもっかの悩みの種で、なりものいりでヒロインに抜擢されたのまでは良かったのだが肝心の視聴率がふるわず、撮影が2日後に迫った今日になってようやくラストの脚本ができあがったというお粗末さなのだ。
 おかげで急遽このあとに台詞合わせの予定がブッキングされた。

(……だめよ、よけいなことを考えては。いまはコンサートに集中しないと)

 眉間に力をこめて邪念を振り払う。気を引き締めた。
 赤いキューティクルなストレートヘアとスカートを揺らし、センタースポットでバックダンサーの集団と一緒に踊った。
 スポットライトを浴びると詩織の雪白い肌はいっそう白さを増してまぶしく光り輝く。
 日本中の男性を魅了する清楚で明るい笑顔を振りまきながら、振り付けで教わったとおりにキュンとくびれた腰を静かに、だが確実にくねらせる。黄色いリボンスカーフの下では新鮮な果実のようにバストが弾んだ。

 ふたたび「しーーーおりーーーーーーーん!!」の大合唱。
 客席では歌と踊りに合わせて色とりどりのペンライトが右に左にと揺れている。
 それはあたかも都会の真ん中に宇宙が誕生して、そこで星が瞬いているようにも見えた。とても神秘的でとてもロマンチックな光景だ。
 こうして心から応援してくれる大勢のファンがいて、歌を通じて一体になることができる。詩織がアイドルになって良かったと実感できる数少ない瞬間だ。レッスンで辛いことがあってもまたみんなのために頑張ろうと思える。

 詩織は応援してくれるファンに向って感謝の気持ちをこめてとびきりのアイドルスマイルでウィンクした。両手で小さなハートマークを作って胸の前で動かす。

「この気持ちみんなに届いたかな? 今日は最後まで楽しみましょう!」

 曲の終わりでジャンプしてアイドルらしく可愛い決めポーズをした。
 仕掛け花火が盛大に打ち上がり、ファンのボルテージは一気に最高潮へと達した。

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