都内某所――。
明青学園にある体育館の一角には、今日も新体操部の練習を覗こうとする男子達で人だかりが出来ていた。
初夏を思わせる日よりで、授業が午前中で終わったこともありいつもより多い。
専用の練習場に散らばる色とりどりのレオタード姿。その中の1人、白と青色のレオタードを着た女子生徒がリボンを片手にフロアに進むと、男子達がざわめいた。
「南ちゃんが練習をはじめるぞ」
その声に少しでもいい場所を取ろうと押しのけ合う。
ふわりとしたセミロングの髪とあどけなさの残った整った顔立ち。前髪が軽くかかった瞳は、おとなしそうな外見に反して意思の強さを感じさせる。
浅倉南は明青学園のマドンナ的女子生徒だ。均整の取れたスタイルと可憐な容姿でミス明青の投票でも3年連続で選ばれている。元々野球部のマネージャーをしていたが、1年生の時にピンチヒッターとして都大会に出場して以来、新体操界のニューヒロインとして大活躍している。そのビジュアルで雑誌に取り上げられることも少なくない。
「今日も綺麗だな、南ちゃん」
男子達が口々に感嘆を漏らす中、南は音楽に合わせて練習をはじめた。
軽やかなステップで水面を跳ねるようにフロアでジャンプする。笑顔の南がリボンを使って弧を描くと男子達は魔法にかかったようにため息を漏らした。中には南のレオタード姿を写真に収めようとカメラを構える者もいた。
「お疲れさま、南」
練習を一通り終えてスポーツタオルで汗を拭いていると、同じ新体操部員の清水文子が隣にやって来た。
文子は南と同学年で、頭の後ろで髪を2つに短く束ねてそばかす顔をしている。手足が長くシュッとした南に対して、文子は標準的な体型をしている。
「今日もギャラリーがたくさんね」
「ほんと気が散るわ」
「まぁまぁ、それだけ南が人気がある証拠じゃない」
「まったく。文子ったら人ごとだと思って」
そう言いながら、南はさりげなくレオタードの後ろを両手の指先で引っ張って食い込みを直した。
チラリとギャラリーのほうを見る。
男子達が「おおおっ!」と歓声を上げている。
「あはは。南の食い込み写真すごい撮ってるわよ」
「やだなぁ」
「きっと南のレオタード姿を見て家でネタにしてるのよ」
「変なことを言わないで文子」
「とか言いつつ、悪い気はしてないんじゃない、南」
「はいはい」
「南は自分が可愛いことをよく知ってるしなぁ。それで男がいないなんて目の毒でしょ」
「南はまだ彼氏は早いし」
「でた、南のぶりっ子」
「もうっ」
「それより、南。この後ひま?」
「ひまと言えばひまだけど」
「帰りにマックに寄らない?」
「また?」
南はあきれた様子で文子を見た。
「太るわよ、文子」
「ギクッ!」
「ギクッ! じゃないわよ、まったく」
「そりゃー、私なんか南みたいにスタイル良くないけどさ」
「文子もちゃんと練習しなさいよ」
「相変わらず厳しいわねえ」
南はタオルで汗を拭きながらハイハイと聞き流した。
「あーあ。私も南みたいに可愛かったらモテるのになぁ」
「バカ言ってるとリボンで首を絞めるわよ」
「こわっ」
文子は舌を出しておどけた。
いつもそんなふうにしてふざけ合っている。南を新体操部にスカウトしたのも文子だ。
「そうだ。昨日、帰りにこんなのもらったんだけどさ」
「なに?」
南は文子に渡されたポケットティッシュを見た。
そこには【テレフォンクラブ 女性無料】の文字が書かれていた。
「……?」
「テレクラも知らないの、南」
「聞いたことはあるけど」
「エッチな男の人と出会えるらしいわよ。南も試してみたら?」
「南はいいわよ、そういうの」
「またまた。ほんとは興味あるくせに。こういうのは早いうちに経験しておいたほうがいいのよ」
「文子はマンガの読み過ぎよ」
「エッチってすごく気持ちいいらしいわよ。1回したら病みつきになるんだって」
「ほんとかなぁ」
「南もしてみればわかるわよ」
「うーん、でも、南は……」
「とりあえず遠慮しないで持ってなさいよ。まだたくさんあるんだからさ」
「ちょっと、文子っ」
半ば強引に譲られて、南はやれやれと言った様子でため息をついた。
「さっそく帰りにかけてみましょう。私がついててあげるからさ」
「なに言ってるのよ」
「どうせ暇なんでしょ。たまには南もストレス発散したほうがいいわよ。それにスリルがあって楽しいし」
「文子はかけたことあるの?」
「みんな、してるわよ。まだなのは南ぐらいじゃない」
「そうなんだ」
「決まりね! 危なそうな人なら逃げればいいんだしさ」
「まいったなぁ」
南はポリポリと頭を指でかいた。
「南に当たるラッキーな男の人ってどんな人かな? 楽しみ楽しみ」
ほとほと困り果てた様子の南。
文子はニコニコと人ごとのように笑っていた。

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