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1.デート

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作者:ブルー

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 青空が広がった、平日の午後3時すぎ――。
 会社を早退した私はタクシーできらめき駅へと向かった。

 商業施設のビルに囲まれた街並み。大型ビジョンでは最新映画のCMが流れ、夏の装いをした人であふれている。
 タクシーを降りると私は駅のトイレへと直行した。
 個室に入って、茶色のニット帽をかぶってサングラスをして、口元には大きなマスクをした。
 着替えた服などの荷物をコインロッカーに預ける。
 週末ということもあり、駅はどこも利用客でいっぱいだ。
 正面改札口を出てすぐの広場には、目つきの悪いコアラの形をしたモニュメントがあり、待ち合わせスポットとしてよく利用されている。
 夏を思わせる日射しの中、私だけコート姿で立った。
 周りはスマホを片手におしゃべりをしている若者ばかりだ。
 とくに学校帰りの学生が多い。電車に乗って家に帰るか、これから友人らと街に遊びにくりだすのだろう。
 時折、駅の利用客が私のことをチラリと横目で見て足早に通り過ぎる。
 私は腕時計をチラっと見た。
(そろそろ時間だな)
 私はある人物と待ち合わせをしていた。
 朝からそわそわして仕事もほとんど手につかなかった。
 こんなに落ち着かない気持ちになったのはいつ以来だろう。

「はじめまして……〇〇さんですか?」
 聞き慣れた、涼し気な声に私はビクッとした。
 恐る恐る振り返る。
 すぐ目の前には、両手で学生鞄を提げた制服姿の詩織が立っていた。
(本当に来たのか、詩織)
 私だけ時間が止まったように固まってしまった。
 なにを隠そう、詩織は私の娘だ。
 背中まで伸ばした、さらさらのストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。愛くるしい瞳が目を惹く、大人っぽさとあどけなさが同居したような顔立ちをしている。身長は158センチ。スラリとした均整の取れたスタイルで、胸元に黄色いリボンのある空色のセーラー服がとてもよく似合っている。
 詩織が笑うと春の花が咲いたように周りが明るくなる。親バカといわれればそれまでだが、まるで青春映画に出てくるヒロインのような清楚さと可憐さを兼ね備えた容姿をしていて、正統派美少女という言葉がぴったりだ。よくここまで健康に成長してくれたと感謝せずにはいられない。
 いまはきらめき高校に通っていて17歳の2年生になる。
「あの、ちがいます?」
 私を見て、詩織がキョトンとした顔をしていた。
 そういう仕草もいちいち可憐で美しい。
 目の前の人物が私だとはまったく気づいていない様子だ。
「駅前のコアラ像に4時って約束でしたよね?」
 そよ風にストレートの髪がやわらかになびいて、かすかにフローラルな香りが漂う。
 前髪が長い眉にふわりとかかった愛くるしい瞳で瞬きをしている。
「えっ、ああ……時間ぴったりだよ、”詩織ちゃん”」
「よかった。反応がないから人違いかと思いました」
「ハハハ。ちょっと日射しにあてられたかな」
「今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ」
 初対面を装いながら内心正体がバレないかとヒヤヒヤした。
(これだけ変装すれば絶対に私だとわからないだろ)
 普段はごく平凡な父親として接している。
 娘をちゃんづけで呼んだりしない。
 年頃になると父親のことを臭いだの洗濯物は別にしてほしいなどという娘もいるみたいだが、我が家ではそんなことはまったくない。
 会社に行くときはスーツ姿だし、声は小型のマイクを使ってボイスチェンジャーで変えている。完全に不審者の格好だが背に腹はかえられない。
「もしかして待っててくれました?」
「私もさっき着いたところだよ」
「天気予報だと午後から雨が降るかもってなってたけど、晴れてよかった」
「……今日は夕方までデートしてくれるんだよね?」
「そのつもりだけど。いまからどうします?」
「とりあえず移動しようか。ここは人が多いし」
 周りの男たちがチラチラとこちらを見ていた。
 詩織のことが気になっている様子だ。
 親としては鼻高々でもあり心配でもある。娘に悪い虫がつかないかいつも心配してきた。
「私も学校の友達に見られるとまずいし」
「詩織ちゃんは行きたい場所ある?」
「うーん……私はべつに」
「いつもどんなところに行ってるのかな」
「カラオケとかファミレスとか。車でドライブに誘われたり」
(ドライブデートだと!)
 私はムカッとした。
 どこのどいつだ、未成年の娘をドライブに誘った男は。もし知っていたら絶対に反対していた。
「……おじさんの行きたい場所でもいい?」
「門限があるので……あんまり遅くなるのは」
 部活の練習などで遅くなる場合の除いて、18時までに帰宅するように言ってある。
 これまで門限を破ったことは一度もない。
 親に心配をかけることのない、本当にいい子だ。
「心配しなくても時間は守るよ」
「それなら……」
「荷物を持ってあげる」
「ううん。平気です」
 駅前広場を後にする。
 交通量の多い交差点を渡り、おしゃれなショップやカフェの立ち並んだ通りを詩織と歩いた。
 途中、ゲームセンターでプリクラを撮った。
 まるで本当にデートしている気分だ。
 いい年齢をした大人たちがお金を払ってでもJKとデートしたがる気持ちがわかる。
 常識的に考えて、こんなことが許されるわけがない。
 この場で正体をバラして、注意するべきなのは頭ではわかっていた。
 だが、私の中で生まれた邪念をどうしても振り払うことができない。
 むしろ、詩織と会うまえより大きく膨らんでいる。

 ・
 ・
 はじまりは、リビングに詩織がスマホを置きっぱなしで忘れていったことだった。
 高校入学のお祝いにスマホデビューしたのだが、知らないうちに最新機種に変わっていた。
 娘のプライバシーに干渉するのは良くないとわかっていても、つい知りたくなるのが親心というものだ。
 ロックを解除してみるとなんの変哲もない物ばかりだったが、あるSNSに詩織の裏垢(?)を見つけてしまった。

 その通信履歴に目を通して愕然とした。
 詩織が不特定の男性たちと怪しいやりとりをしていた。
 中でもAとの連絡がとび抜けて多かった。金銭を思わせる数字を提示してデートに誘ったり、いかがわしい写真を要求しているメッセージがいくつもあった。
 それに対して詩織ははじめは軽く受け流していたが、しだいに断りづらくなったのかデートの日時を指定したり、Aの要求通りに制服姿でスカートをたくしあげた写真を添付していた。
 それだけでも私にとって衝撃的な事件だ。
 Aは「可愛いよっ!」や「もっとサービスできるよね?」などと、あつかましい返答していた。
 当然のようにAの要求はどんどんとエスカレートして、詩織の露出度も高くなった。
 極めつけは、先月の日付でAが添付した写真だった。
 制服姿をした詩織の顔をドアップに写して、両目をつむって口を開けて小さな舌を伸ばしたところに、大量の精液がドロリと降り注いでいた。
 いわゆる口内射精の場面だ。
 私は目を疑った。悪質な合成写真ではないかと思ったほどだ。
 Aのメッセージによると詩織がフェラをしたのは、それがはじめてではない感じだった。

 その時の心境は言葉では言い表せない。
 全身の血が引いて、スマホを持つ手が震えた。
 降ってわいた詩織のパパ活疑惑。いまどきの女子高生の間で流行っているとは耳にしていたが、うちの娘には無関係な話だと気にさえしていなかった。
 詩織はとても真面目な女の子だ。
 学校では模範的な生徒として、先生方からの評判もすこぶる良い。学校のパンフレットにイメージモデルとして載っているほどだ。
 これまで親の手がかかることは一切なかった。
 父の日になると、毎年感謝の手紙とともに肩たたき券をプレゼントしてくれる。
 高校生になってもずっと……。
 最近とくに悩んでいる様子はない。おこづかいだって毎月十分に渡している。
 なにひとつ不自由のない生活のはずだ。
 なのにどうして?? 詩織がパパ活をする理由が私には皆目見当がつかなかった。
 一人娘で甘やかしすぎたのがまずかったのだろうか……。

 次の日、私は別人になりすまして詩織にDMを送った。
 はじめは不審者扱いされたが、リストにあった朝日奈夕子ちゃんの紹介だと説明したら納得してくれた。
 朝日奈夕子ちゃんは詩織のクラスメイトだ。
 そうして今日デートをする約束を取り付けるのに成功したというわけだ。
 ・
 ・

 女子高生に人気のカフェでキャラメルフラペチーノを味わった後、路地を歩きながら高校生活について話をした。
「部活はなにしてるの?」「得意な教科はなに?」など、父親である私にとってわかりきっている情報ばかりだ。
 打ち解けた様子で詩織はなんでも話してくれた。
 クラスのグループチャットがあって、そこで数人の男子がふざけた投稿をして困っているなどの話題もあった
 最近の高校生はなんでもスマホで済ませるらしい。
 私の時代には考えられなかった話だ。
「あの、腕を組んでもいいですか?」
 詩織から私に腕を絡めてきた。
 肘に制服の胸を押し付けるようにしてピッタリと寄りそう。
 どうやらかなり気を許したらしい。
「い、いつもこんなふうに知らない人とデートしてるの?」
「うふふ。いい人そうだし、これはサービスです」
「2人きりになれる場所に行こうか?」
「えーっと、どうしようかな……」
 詩織はあいまいな返事をした。
 とても思わせぶりな態度だ。
 男が喜びそうなコツをよく掴んでいる。
(ここまで来たらしょうがない……予定通りに……)
 私は意を決して、ラブホテル街へと足を進めた。

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