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7.夕子

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 昼休憩時間。
 2-Aの教室では、男子がふざけたり、女子の小グループがおしゃべりをして騒がしさに包まれている。
 詩織は同じクラスの朝日奈夕子(あさひな・ゆうこ)と机を挟んで座っていた。
 夕子は明るい髪色をしたミディアムヘアにシャギーをかけ、細い眉に悪戯っぽい顔立ちをしている。ダンサーを思わせるスリムな体つきで、きらめき高校ではめずらしいギャル系の女子だ。テストはいつも赤点だらけだが流行に敏感で恋愛のエキスパートを自任している。いろいろな意味で詩織と対極の女子といえる。
 公人ではらちがあかないので、愛のことを夕子に相談することにしたのだ。
 詩織はこれまでのいきさつを順を追って説明した。
 夕子は下着が見えそうなほど短いスカートで足を組んで椅子に座り、興味津々といった表情で、うんうんとうなずいている。
 恋愛ネタが三度の飯よりも大好きなのだ。
「あの先輩もこりないわねー」
「夕子もそう思う? 私も困っちゃって」
「ヤルだけヤッて、飽きたらポイッだからね。あたしの知り合いにも泣かされた子がいるわよ」
「最低だわ。女の子の気持ちを考えていないのね」
「たいていの男はそうよ。まー、騙される方も悪いんだけどさ」
「いったいどこがいいのかしら」
「あっちがすごいんじゃない」
「あっち?」
「セックスしかないっしょ!」
「ちょっと、夕子。声が大きい」
 詩織は慌てた様子で周りを見た。
 クラスメイトに聞かれてないか心配したのだ。
「アハハ。顔が真っ赤よ」
「からかわないでよ、夕子」
「ごめーん。だって、面白いんだもん」
「もうっ」
「冗談抜きでエッチってすごいわよ」
「そんなに?」
「頭が真っ白になって、それまでの常識が一変しちゃうんだから。詩織っちも1回経験したらわかるわよ」
「高校生だし、私はそういうのはまだ早いと思うの……」
 言葉ではそういったが、詩織の記憶には部室で見た愛の淫らな姿がこびりついている。
 いつか自分もあんなふうになるのだろうかと考えると、怖い気持ちと同時にすこしだけ試してみたい気もする。
「まっ、いいけどさ。で、詩織っちはどうしたいわけ?」
「公人にも相談したけど、やっぱり別れさせるべきだと思うの……メグもわかってくれるはずよ」
「それなら簡単よ。手っ取り早い方法があるわ」
「本当? ぜひ教えてちょうだい」
 夕子は悪戯っぽい笑みを浮かべて、正面の詩織を指さした。
 詩織はキョトンとしている。
「詩織っちが先輩を取っちゃえばいいのよ」
「えっ?」
「もともと目当ては詩織っちだったわけでしょ」
「う、うん」
「だったら話が早いじゃん。モーションをかけたら一発で釣れるわよ。浮気現場を押さえれば、メグっちも目を覚ますっしょ」
「そんなうまくいくかしら……」
 詩織は不安を口にする。
 救うためとはいえ、親友の彼氏を誘惑することに道徳的な疑問を感じている。
「他にいい方法があるならべつだけど?」
「うーん……ないかも」
「心配しなくても、もしもの場合にはあたしがなんとかしてあげるわよ」
「夕子がそういうなら……具体的にはどうすればいいのかしら」
「簡単簡単。二人きりでいい雰囲気にすればいいのよ。男はすぐに下心を出すわよ。このあたしが言うんだから絶対まちがいなし!」
「……そうねぇ」
 徹頭徹尾、夕子は軽いノリの口調だ。当たって砕け散るタイプなので、本人はほとんどなにも考えていない。
 詩織はあまり乗り気ではない様子で返事をした。
「ま、やってみて損はないっしょ。じゃ、あたしは先生の呼び出しがあるんで行くね」
「あ、うん。ありがとうね、夕子」
「バイバーイ!」
 明るい調子の朝日奈夕子は後ろ向きで手を振って教室を出て行った。

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 放課後の校門前。
 下校する生徒たちに混じって、誰かを待つように花壇の前に詩織が一人でたたずんでいる。
 通り過ぎる男子たちは、夏のセーラー服姿で学生鞄を両手で提げている詩織のことを横目でながめて、その可憐な立ち姿にため息をもらしている。
 公人の姿を見つけて、詩織は駆け寄った。
「あっ、公人」
「詩織、どうしたの?」
「……家もお隣同士だし、たまには一緒に帰ろうと思って……」
 詩織は頬を染めて公人を見つめる。
「うん。いいよ」
「それじゃ、帰りましょう」
「めずらしいよな。詩織が俺のことを待っててくれるなんて」
「私と帰るの嫌? 誰かに見られるとはずかしい?」
「そんなわけないだろ。詩織と一緒に帰れるなんて光栄だよ。他の男子に恨まれそうだけどさ」
「うふふ。おおげさね」
(詩織、今日も可愛いなぁ)
 公人は隣を並んで歩く横顔を見て思った。
 幼なじみだからこそ、詩織が日に日に大人びて美しくなるのを実感する。
「どうしたの? 私の顔を見たりして」
「いや、なんでもない」
 公人は鼻の頭をかいてとぼけた。
「そうだ。詩織に連絡があったんだ」
「なぁに?」
「先輩がまたダブルデートをやろうってさ。同じメンツで。来週の土曜日あたり」
「なにそれ。私は聞いてないわよ」
「前回のお礼だってさ。商店街の福引でプールのチケットが当たったらしい」
「どうして公人にいうのよ。メグから私にいえばいいのに」
「さあ? 廊下でたまたま会ったからな」
「へんなの」
「俺はとくに予定ないけど、詩織はどうする?」
「プールかぁ」
 詩織にとって気がかりなのはクラブハウスでの出来事だ。
 すぐに隠れたので、バレていないはずだが。
「詩織が嫌なら断るけど」
「メグが行くのに、私が断れるわけないでしょ」
「じゃあ、きらめきプールの前に集合な」
「それまでに新しい水着を買わないと」
「詩織ならどんな水着でも似合うよ」
「ねぇ、幼なじみをおだてても何も出ないわよ」
「バレたか」
「暑いし、プールもいいかもしれないわね」
「先輩には俺が伝えとくよ」
「ええ、おねがいね」
 公人と詩織は、近づいてきた夏休みの予定などについて話しながら楽しく下校した。

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