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7.ソフトボール

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作者:ブルー

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 うららかな陽気のグラウンドでは、2年生の男子と女子がそれぞれサッカーとソフトボールの試合をしていた。
 きらめき高校の女子の体操服は、校章がデザインされた体操シャツに、いまでは絶滅危惧種となったブルマだ。青に近い紺色で、伸縮性のあるポリエステル製の生地は表面に独特の光沢があり、ピチピチとした女子生徒の体を包むようにフィットしている。そのため女子にはすこぶる評判が悪いが男子にはかなり受けがいい。女子生徒によっては体操シャツの裾をブルマの内側に入れたり、出したりしている。

「おい、藤崎さんの番だぜ」
 誰ともない声に出番を終えて暇を持て余していた男子たちはソフトボールの試合に注目する。
 木陰で休んでいた公人もそちらを見た。
 グラウンドに引かれた白線。バッターボックスには、サイズの大きいヘルメットをかぶった詩織が真剣なまなざしでバットを構えている。
 ちなみに詩織は体操シャツをブルマに入れる派だ。
 グラウンドを取り囲むようにして体操着の女子が大勢集まって応援している。
 ベンチから「詩織、かっ飛ばせ―!」という声援が飛んだ。
「足なげー」
「他の女子と腰の位置がちがうな。あのケツのラインがたまんねえぜ」
「あれで彼氏がいないんだから謎だよな」
「1回でいいからやりてー」
「バーカ。相手にされるかよ。うちの学校のラスボスだぜ」
 これまで何万回と繰り返されてきた会話だ。
 詩織のビジュアルについて品評する男子の声があちらこちらから聞こえる。体育の時間は、同世代の女子のブルマ姿を拝める貴重な機会なのだ。

 マウンドのピッチャーが速球を投げる。
 詩織がバットを振ると、鈍い金属音を残してボールは青空に吸い込まれるように飛んだ。
 試合を見守っていたギャラリーから歓声があがる。
 打球は外野の頭を超えて転がり、次々とランナーが帰ってくる。
 逆転のランニングホームランになった。
「すげええ! 満塁ホームラン! あの細い体でよく打つな」
 男子たちも感心しきりだ。
 ホームベースを踏んだ詩織をクラスの女子が全員で迎えた。

 体育の授業が終わり、公人がグラウンドから校舎への通路を一人で歩いていると、ドン! と背中にぶつかる衝撃がする。
 よろけた公人が振り返る。
 体操着姿の詩織が悪戯っぽい表情をして立っていた。
「なんだ、詩織かよ」
「なんだはないでしょ」
「ダンプカーでもぶつかってきたのかと思ったぜ」
「ひっどーい。か弱い女子を捕まえて」
 詩織は両手を腰に当てて、ぷっくりと頬を膨らませた。
「へー、か弱い女子はどこにいるんだ」
 公人はわざとらしく周りを見回した。
「もう。ふざけてばっかり」
「悪かったな」
「ねえ、さっきの授業中、私のことを見てたでしょ、公人」
 詩織は公人を見つめながら片手で髪をかきあげる。
 ふふっと笑みをうかべた。
「さあな。詩織の自意識過剰じゃないか」
 素直に認めるのはしゃくなのでとぼける。
「ごまかしてもバレバレよ。ずーっと気づいてたんだから」
「性格悪いな、詩織は」
「やっぱり。何年幼なじみをしてると思うの」
「ナイスホームランだったな。新体操部より女子ソフトに入部したほうが良かったんじゃないか」
「あれはマグレよ。自分でびっくりしちゃった」
「マグレであんだけ飛ばせれば十分すごいだろ」
「公人が見ててくれたおかげかしら。公人がそばにいると、自然と力が出るのよ」
 詩織の言葉に公人は思わずドキッとする。
「お、俺も詩織が近くにいてくれるといつも以上に頑張ろうって思えるよ」
「なーんちゃって。ドキッとした?」
「……ほんと性格悪いな」
「うふふっ、さっきの仕返しよ」
 詩織はクスクスと笑っている。
 ちょうど他の生徒がいないので、周りの目を気にせずに話すことができるのだ。
「機嫌が良さそうだな、詩織。なんかいいことでもあったのか?」
「わかる? 練習でコーチに褒められたの」
「あの厳しい女コーチにか」
「ちょっと前までは毎日のようにダメだしされてたんだけど、演技の幅が広がって表現力に磨きがかかってきたっていわれたわ。これも好雄くんのおかげね」
「好雄の?」
 詩織の口から自然と好雄の名前が出たことに、公人はいままでと違った雰囲気を感じる。
「いってなかったかしら。好雄くんにアドバイスをもらってるのよ」
「あいつ、そんな詳しかったのか。ちょくちょく新体操部の練習を覗いてるみたいだけどさ」
「好雄くんって、しゃべってみるととても面白いのよ。私の知らないことをいっぱい知っているの。この間もTICTOCっていう動画サイトが女子高生の間で流行ってるって教えてもらったわ」
「詩織はそういうのにうといからな。好雄と仲がいいみたいだな」
「べつにいままでどおりよ」
「そのわりに毎日一緒に帰ってるだろ」
「あんな事件があったでしょ? 一人だと危ないし」
「あれから二週間か」
 下校途中の詩織が二人組の不良に襲われた事件から二週間が過ぎていた。犯人はまだ捕まっていない。警察も忙しくて学生のいざこざに人員を割く余裕はないわけだ。
 それ以来、放課後にはボディーガードがわりの好雄が家まで送っている。
「俺が一緒に帰ろうって誘っても、友達に噂されるとはずかしいとかいってたのにさ」
「しょうがないわよ。誰かさんが一人でさっさと帰っちゃったんだし」
「あれは――」
 先に帰った経緯を詩織に説明しようかと考えた。
 そうすると好雄との約束を破ることになる。いまさら蒸し返すのは格好悪い気がした。
「なあに、公人?」
 詩織が不思議そうにたずねる。
「……なんでもない」
 頭をかいて言葉を濁しながら体操着姿の詩織を足元から眺める。
「ちょっと! どこを見てるのよ」
 公人の視線に気づいた詩織が注意する。
「ごめん。詩織のブルマ姿がまぶしくて、つい」
「もう、あきれた。公人も私のブルマ姿に興味があるの?」
「も?」
「好雄くんがいってたわよ。健康な男子は女子のブルマ姿が大好物だって」
「あいつ、よけいな情報を」
「だめよ。あんまり女子の体をジロジロ見たら。女の子はそういう視線にとても敏感なのよ」
「ほんとごめん。目が勝手にさ」
「公人ったら子供みたい。そんなに見たいなら、幼なじみの私が写真をあげるのに」
「え、マジ!?」
 思わぬ展開に公人は耳を疑う。
 詩織は頬を染めて照れている。
「好雄くんが私の体操服姿の写真がどうしてもほしいって。公人もほしい?」
「ほしいに決まってるだろ。詩織がくれるならだけど」
「そう……わかったわ。帰ったらLIMEに送るわね。今回は特別よ」
「お、おう、サンキュ……その、好雄とよくLIMEしてるのか」
 公人の質問に詩織は少し間を置いた。
「……毎日、夜に好雄くんからメッセージがくるわ」
「勉強の邪魔だろ。他にも変な頼み事をして詩織を困らせたりしてないか」
「え……変なって……」
「無理にデートに誘うとか。厚かましいっていうか、他人の迷惑を考えないだろ」
「もしかして……好雄くんからなにか聞いたの?」
 急に詩織の声のトーンが変わった。
 心配そうな表情をして、公人の反応を探るように慎重に言葉を選んでいる。
「心配事でもあるのか?」
「べつにそういう意味じゃないのよ。私との会話を公人に話してないかなって思って」
「鬼調子にのってるぜ。彼氏でもないくせに詩織と待ち合わせしてるんだって自慢して、うぜーのなんの」
「そう……よかった」
 詩織はホッとする。
 もし秘密の写真のことを公人に知られていたらどうしようと心配していた。
「あいつとどんなことを話してるんだ?」
「普通の話題よ。学校のことやテレビのことや。たまに勉強を教えてあげているわ」
「それだけ?」
「もしかして、私のことを心配してくれてるの?」
 両手を体の後ろにした姿勢で、詩織が覗き込むようにして公人を見つめる。
「そりゃあ、まー、幼なじみだしさ」
「ありがとう、公人。すごくうれしいわ」
「もし困ってることがあればいつでも相談しろよ。俺がガツンといってやるからさ」
「うん……わかったわ」
 他の生徒が近づいてくる気配がする。
「……そろそろいかないと。次の授業がはじまっちゃう」
 更衣室のある校舎へ、詩織は小走りに去っていった。

 夜――。
 公人はソワソワしてスマホを何度もチェックしていた。
 スマホの通知音が鳴った。

<<さっき撮ったの。

 素っ気ないメッセージとともに1枚の写真がアップされる。
 自室の風景をバックに、黄色いヘアバンドの詩織が体操シャツにブルマ姿で正面を向いて、右手の指先で軽く髪をかきあげるようにして立っている。
 愛くるしい瞳でまっすぐにこちらを見つめて、すこしだけはにかんだ表情をしている。
 紺色のブルマから伸びた健康的な太腿が妙に色っぽい。
 ただそれだけ、なんの変哲もない写真だ。
 詩織が自分のためにブルマ姿の写真を撮ってくれたことに公人は感動した。
 まさか好雄の指示によるものだとは知る由もない。

>>すごくかわいいよ、写真。

<<ほんと?
<<うれしいわ。
<<公人のために頑張ったのよ。

>>詩織が自分で撮ってくれるなんてウソみたい。
>>宝物にするよ。

<<あのね、他の人に見せないでよ。

>>わかってる。

<<もう寝るわね、私。

 あっさりLIMEが終わる。
 詩織とゆっくり話せるのを期待していた公人は肩透かしを食らった気持ちだ。
 窓の外を眺める。
 2メートルと離れていない目と鼻の先に詩織の部屋の窓が見える。
 カーテンが閉め切られていて様子はわからないが、灯りはついたままだ。
 そこに本人がいると思うと、詩織との距離が縮まったような気がして公人はうれしさがこみあげてきた。

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