私は、藤崎詩織。
都内のきらめき高校に通う、普通の女のコよ。
いきなりだけど、いますごく緊張してる。人生で一番というぐらい心臓がドキドキ。
今日は、私のはじめてのコンサートの日なの。
この日のために、たくさん練習してきた成果を見せないと。
「詩織、表情が堅いよ。リラックス。リハーサル通りに歌えばいいから」
「は、はい」
ステージ裏で、マネージャーに話しかけられて、余計に緊張しちゃった。
(深呼吸、深呼吸……)
スタッフの合図でステージに飛び出す。
衣装は、私のイメージカラーの赤いアイドルドレス。腰のところに大きなリボンがあって、短いスカートがヒラヒラしてるわ。あと、トレードマークのヘアバンドね。
マイクを片手にステージの中央に立って、スポットライトを浴びる。デビューシングルの『もっと!モット!ときめき』を熱唱した。
恋する女のコの気持ちを歌詞にした、とってもステキな曲なの。私もすごく気に入っている。
ステップを踏んで、歌の合間にアイドルスマイルを振りまく。
会場はファンの人たちでぎっしり。
といっても、200人ぐらいの小さな会場だけど。
ペンライトが星みたいにキラキラと輝いてて、すごい熱気。ときどき、私の名前を呼ぶ声が飛んでる。
みんな、私のために来てくれたと思ったら感動しちゃった。
もっと大きなステージで歌えるように頑張らなくちゃ!
「みんな、私のはじめてのコンサートに来てくれて本当にありがとう! これからも、応援をよろしくね!」
最後に、手を振って、お辞儀をした。
みんな盛大な拍手をしてくれて、思わず涙ぐんじゃった。
「お疲れ。歌もダンスも、すごくよかった。ファンも大盛り上がり。100点満点の出来だ」
控室の椅子に座って、用意してあったオレンジジュースを口にした。冷たくて美味しい。
マネージャーが、めずらしく褒めてくれたわ。
顔を見たら、うまくいったんだなって安心しちゃった。
「支えてくれたスタッフのおかげです。緊張して、歌いだしをミスしないか不安だったの」
「すこしミスがあるほうが、愛嬌があって人気が出る。新人賞を目指して、これからジャンジャン仕事を取るぞ」
「はい。私も、がんばります」
「来週のスケジュールだけど――」
マネージャーは手帳を開いて、スケジュールを確認してた。
(ひさしぶりに、学校でみんなと会えそうね)
私が、アイドルとしてデビューしたのは、1か月前。
半年前、街で買い物をしているときに、いまの芸能事務所にスカウトされたの。
小さい頃からスカウトはよくあったけど、全部断っていたわ。
勉強と部活が忙しかったのもあるし、芸能界は競争がとてもはげしいでしょ。私より可愛い女のコがたくさんいるわよ。自分がアイドルとして通用するはずがないと思っていたの。
だから、今回も断るつもりだったの。
でも、事務所の社長さんに「ビジュアルも歌唱力も申し分ない。君なら絶対にアイドルとして成功する」と熱心に説得されて、事務所に入ることを決めた。
やっぱり、テレビ画面で、お姫様みたいなドレスを着て歌っている姿を見ると、女のコは憧れちゃう。
それに大好きな歌で、大勢の人を幸せに出来たら、とてもステキなことでしょ。
事務所は、清純派路線で大々的に売り出すみたい。
夢は、新人賞と武道館でのコンサート。ライバルは多いけど、私も、やるからにはトップアイドルを目指すつもりなの。
芸能界に入っておどろいたのは、関わってる人の多さと、覚えることがたくさんある。
放課後は、毎日、ダンスレッスン・ボイストレーニング・演技レッスン。ほかに業界特有の挨拶や言葉づかいまで。
アイドルはイメージが命だから、そういうマナーや所作もとても大事なの。どこでだれが見てるかわからないし、スキャンダルは命取り。
たとえばお辞儀でも、両手を膝において、ちゃんと腰を曲げて頭を下げるの。
マネージャーは「この1年が勝負だ」って口を酸っぱくしていってる。
毎年、新人がたくさんデビューするでしょ。売れないと、あっというまに忘れられるのが、アイドルの辛いところよ。
スタッフもメイクさんとか衣装さんとか、たくさんの大人の人がサポートしてくれてる。
いまは、厳しいレッスンに加えて、打ち合わせ、雑誌の取材、写真撮影、あいさつ回りまで。
毎日が学校と事務所の往復で、帰るのはいつも夜遅くになるわ。
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