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7.こんなヒロインはいやだ

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 金曜日の放課後。
 青々とした街路樹沿いの通学路を詩織と並んで下校する。
「夏休みには泊まりで海水浴に行こうぜ」
「泊まりで?」
「来年は受験生だろ。お金ならバイトで貯めたのがあるしさ」
「そうね。すこしは夏らしいことをしておきたいわね」
「やったね!」
「水着どうしようかしら」
「買いにいくのつき合ってやるよ」
「そっちが目的だったりして」
「あー、はやく夏休みにならないかな」
 コンビニの前を通り過ぎる。
「藤崎」と呼ぶ声がして、詩織が足を止めた。
 両手で学生鞄を提げ、声がした方向を振り返る。
 駐車場に真っ赤なスポーツカーが停まっていた。
 流線形のフォルムをしたピカピカのボディ。跳ね馬のエンブレムが輝いている。
 運転席から若い男が降りてきた。
 Vネックの黒いシャツにベージュ色のチノパン。茶髪で首にはシルバーチェーンをして耳にはピアス。
 ぱっと見、日焼けをしたホスト風だ。
「茶羅島先輩」
 詩織がキョトンとしている。
「だれだ? 知り合いか?」
「ほら、テニス部の元キャプテンの。今年の3月に卒業した」
「あー、いつも詩織にちょっかいを出してたチャラ男か。いまはなにしてるんだ?」
「推薦でY大学に進学したの。えらいわよね」
「どうせ親のコネだろ」
「失礼ね。先輩に聞こえたらどうするの。大学ではテニスサークルに所属してるらしいわ」
「見たまんまだな」
 なんとなく思い出した。
 校内で見かけるたびにちがう女子を連れて歩いていた。たまに部活を見学にいくと、詩織に付きっ切りで指導をしていた。
 なのであまりいい印象はない。
 親が会社の社長で金持ちだったはずだ。
 元々チャラチャラしてたけど、大学生になって拍車がかかった気がする。
「おひさしぶりです」
「元気そうだな」
「こんなところでなにをしてるんですか」
「運転してて、たまたま見かけてさ。ドライブ日和だろ」
 軽いノリで詩織に話しかけている。
 隣にいる俺のことは眼中にないみたいだ。
(たまたまなわけないだろ。下校を待ち伏せしてたくせに)
 絶対にそうだ。
 コンビニは他にもたくさんある。都合よくこの場所の駐車場に停まっているわけがない。
「遠くからでも一目でわかった。他の女子とオーラがぜんぜんちがう」
「また。他の人にもいってそう」
「マジマジ。まえよりグッと大人っぽくなったじゃん」
「まだ半年も経ってませんよ」
「きびしー。なついその感じ」
「茶羅島先輩もあいかわらずですね」
「部活の調子どう? こいつで家まで送ってやるよ」
 チャラ男は自慢そうに真っ赤なスポーツカーのボンネットに手をやる。
「先輩の車ですか?」
「まあね」
「外車かしら。車はくわしくないけど、すごく高そう」
「眺めてないで乗れよ」
「……どうする、なおと?」
 詩織がチラリと隣の俺を見る。
(ずるいよなあ。こういう時だけ選択を俺にさせて)
 心の中で思った。
 相手はテニス部のOBで元部長だ。詩織が断ればなにかと角が立つ。
 部活の辛いところだ。
「どうするもなにも、この車は二人乗りだろ」
「そうなんだ。それだと、むりね」
「だれ? 同級生?」
 チャラ男が俺を見る。
「幼馴染で私の彼氏です」
 詩織がはっきりと伝えた。
 俺はよくいったぞと思った。
「藤崎の? いつ?」
「つい最近」
「マジか。藤崎をずっと狙ってたのに」
「先輩は恋人いないんですか」
「いい出会いがなくてさ」
「大学生は多そうなイメージだけど」
「まえにY大学の施設や授業内容について興味があるって話してただろ」
「あ、はい」
「受験対策とか予備校で聞けないような情報を教えてやるよ」
「でも、なおとが乗れないと……」
「ってさ。どうする、幼馴染くん。走って追いかけてきてもいいぜ」
 なんか言い方がイラっとする。
(拒んだら彼氏として器が小さいよな。志望校の話を聞けるのは詩織にとってプラスだし)
 かなり悩んだ。
 現役生から大学の話を直接聞けるのはとても貴重だ。
 もし受験のコツを教えてもらえば勉強の効率も上がる。
 それに相手は部活のOBだ。
 へんに断るのもおかしい気がした。
(家まで距離も近いし、問題ないか)
 デートをするわけではない。
 まだ明るいし、家まで送ってもらうだけならリスクはほとんどない。
「せっかくだし乗せてもらえよ。こういう車に乗る機会はめったにないだろ」
「いいの?」
「俺はゲームショップに寄って帰るからさ。大学の話を聞きたいだろ」
「わかったわ……なおとがそういうなら」
 詩織は残念そうな顔をしていた。
 もしかするとかわりに断ってほしかったのかもしれない。
 俺の根性のパラメータは50ぐらいだ。
「彼女想いのいい彼氏じゃん。乗るときに頭をぶつけないように気をつけろよ」
 チャラ男が助手席のドアを開ける。
 詩織はスカートを気にしながら乗り込む。
 俺を残して、赤いスポーツカーはコンビニの駐車場を走り去った。

*********************

 家路をトボトボと歩いて帰る。
 遠征試合で負けた帰り道みたいな気分だ。
 部屋に入ると鞄をベッドに放り投げた。
 窓の向こうに詩織の部屋が見える。
 カーテンが閉じられたままで人の気配がなかった。
「パンクでもしたか。とっくに帰ってるはずなのに」
 コンビニから家まで5分とかからないはずだ。
 先に帰宅してないとおかしい。
 すぐに出かけたのなら部屋のカーテンが開いているはずだ。

 俺はスマホを取り出すとメッセージアプリで連絡を入れた。
>>いまどこ?
>>まだ帰ってない?
 しばらくすると詩織から返信があった。
<<先輩の車
>>どんだけ遠回り
>>家に送ってもらうんじゃないの?
<<このままドライブ行こうって
>>なんだよそれ
<<ごめんなさい
>>詩織が謝る必要ないだろ
<<そうだけど
>>どれぐらいで帰れそう?
<<たぶん夕方ぐらいには
>>夕方??
>>意味わからん
<<先輩のマンションに寄ることになったの
<<見せたい大学の資料があるみたい
>>マ?
>>詩織一人でマンションに行くのは危険だろ
<<心配しすぎよ
<<部活の先輩よ
>>詩織は警戒心が低すぎ
>>すぐに帰ったほうがいい
<<無理よ
<<いま高速道路だし
>>ガチ?
<<あっ……
>>どうした?
<<先輩が手を伸ばして、私の脚をさわってきたの……
>>殺す!!
<<なーんちゃって
<<おどろいた?
>>……冗談きついぜ
<<また後で連絡するわね

 一旦、詩織とのやり取りは終わった。
 俺はスマホを充電器に接続した。
 頭の中では、車を運転しながら空いた手で詩織の太腿を撫でるイメージが浮かんだ。
 詩織は笑っていたが、可能性としてありそうだ。
 チャラ男は女癖がかなり悪いので有名だった。
 テニス部の女子は、詩織以外全員あいつにヤラれたという噂だ。ついたあだ名がテニス部の処女キラー。卒業までにヤッた女子生徒の人数は1クラス分はあると、好雄が面白おかしく話していた。
 詩織だけがまったく相手にしていなかった……というより、ああいうチャラチャラした男は嫌いなので距離を取っていた。
 今日は学校帰りに不意打ちを食らったみたいなものだ。

*********************

「おそい……まだなのか」
 2時間はすぎた。
 窓の景色が夕焼け色に染まり、昼間の蒸し暑さがやわらぐ。
 近くの公園で遊んでいた小学生たちが家に帰りはじめている。
 車の音がするたびに立ち上がって窓の外を眺めた。
 詩織が帰って来る気配はない。
 何度もメッセージを送ったのに返事はなかった。
 既読はついているので読んでいるはずなのに。
 返事を返す暇がないのか、よくわからない。
 こんなことなら車で送ってもらうのを反対すればよかった。

「しかたない。例の雑誌を見て時間をつぶすか」
 ベッドの下からB5サイズの雑誌を取り出して机の上に広げる。
 JK通信という女子高生専門のグラビア雑誌だ。
『K高校のアイドル美少女・ひと夏の思い出!!』という煽り文句とともに、制服姿の詩織がはにかんだ笑顔で髪をかきあげる仕草をしている。
 好雄がスタジオで撮影したグラビアだ。
 制服姿・体操服姿・下着姿。全部で8ページある。どれも清楚なビジュアルとエロさ満載だ。
 一番のお気に入りは、制服姿の詩織が悩まし気な表情でベッドに四つん這いになった写真だ。スカートがめくれて純白のパンティーに包まれた優美なヒップラインがばっちり見えて、高校生らしい健康的な色気をただよわせている。
 おかげで雑誌は飛ぶように売れて、あっというまに完売になったらしい。
 詩織のいやらしい姿が(本人は不本意だろうが)日本中の男たちのオカズになったわけだ。
 もしかしたらチャラ男はこのグラビアを見て声をかけに来たのかもしれない。
 詩織もいろいろと経験して感じやすくなっている点が気がかりだ。
 ・
 ・
 ・ 
「このグラビア、めちゃくちゃエロイよな」
「やだ。先輩もその雑誌を見たんですか」
「なあ、このページのポーズをしてくれよ」
「なんですか、急に」
「この通りたのむ。さっき脚をさわらせてくれただろ」
「あれは先輩が勝手に」
「とかいいつつ、感じてたよな」
「やぁん! 胸を揉まないでください」
「やば。写真より大きい。両手に収まりきらないぜ」
「先輩、怒りますよ!」
「怒った顔もかわいいじゃん。彼氏に内緒で5分だけ」
「もう……本当に5分だけですよ?」
 こんな展開で、制服のおっぱいを揉まれるセクハラを受けてるかもしれない。
 すごく胸騒ぎがした。

* * * * * *

 スマホの着信音が鳴った。
 画面に【詩織】と表示されている
 俺は急いで画面をタップした。
「もしもし、詩織?」
「なおと」
 詩織の声を聞いて、すこしホッとした。
「なにしてたんだよ。何度も連絡したのに」
「ごめんなさい。スマホを取られてて」
「いまどこだ?」
「先輩のマンションよ」
「とにかくすぐ戻ってこい」
「……それが、もうすこし時間がかかりそう」
「用事は済んだはずだろ」
「いまから大学式のストレッチを特別に教えてもらうの」
「大学式のストレッチ?」
「もうすぐ試合が近いでしょ。Y大学のテニスサークルだとみんなしてるらしいわ」
 話の流れが掴めてきた。
 学校帰りの詩織をマンションに誘って、甘いムードに持ち込むつもりだろう。
 はじめから計画を練っていた可能性大だ。
 OBの立場を利用していて手口がずるがしこい。
「いまはやめてください」
「どうした、詩織?」
「ちょっと先輩がふざけてて」
「チャラ男が近くにいるのか」
「う、うん……私のすぐ後ろに……(電話が終わるまでまって。あとでゆっくり相手をしますから)」
「なにかいったか」
「ちがうの、こっちの話よ……ンッ、んんーーー!!!!」
 電話越しに詩織が急にくぐもった声をあげた。
 まるで必死になにかを我慢している。
「詩織?? なにかあったのか?」
 俺はあわてて声をかけた。
 心臓がバクバクと音を立てる。
 とても良くないことが起きている気がする。
「んくっ……はぁはぁ……い、いきなりだからびっくりしただけよ」
 詩織の声が震えている。
 あきらかにさっきまでと様子がちがう。
 絶対に変だ。
「もしかしてチャラ男にセクハラされてるんじゃ」
「ンっ、あっ……へ、変な誤解しないで……普通のストレッチメニューよ」
「そのわりに呼吸がハアハアいってないか」
「直接はだめぇぇ……せめてゴムをつけ……できちゃう」
 糸を引くような詩織の声。
 電話越しにドキッとした。
 あえぎ声にかなり近い。
 奥の方から手の平を叩くような乾いた音が一定のリズムで聞こえてくる。
(なんだこの音は??)
 すごく気になる。
 パン! パン! と小気味いい音を響かせている。
「やぁんっ……やぁ……勝手に動いちゃだめぇ……抜いてぇ」
「詩織?」
「ご、ごめんなさい……あっ、な、なおと……んっ」
「体調が悪いのか。さっきから声がへんだぞ」
「へ、平気よ……はぁはぁ」
「熱でもあるんじゃないのか」
「足を伸ばしすぎて吊りそう……(静かにしてください。なおとにバレちゃう)」
 後半部分はよく聞き取れなかった。
 スマホのマイクの部分を手で押さえて、後ろに向かってしゃべっている感じだ。
 俺に聞かれたらマズイことでもあるのだろうか。
 状況はよくわからないが詩織はかなり動揺している。
「マンションの住所を教えてくれ。俺がそっちに迎えに行く」
「ほ、本当にだいじょうぶよ……これが終わったらすぐに帰るわ」
「俺になにか隠してないか、詩織」
「な、なおとの考えすぎ……なにもないわ……」
「足が吊ってるなら運動はやめたほうがいいだろ。苦しそうだし、辛そうな気が」
「はぁ、ンンーーー!!」
 まただ。
 また詩織が声を殺した。
 はじめはスローなテンポだった手の平を叩くような音がだんだんと早くなる。
 いまでははっきりと、パン! パン! パン! と連続で聞こえる。
 やわらかい何かに対して、勢いをつけて繰り返しぶつけるようだ。
 同時にグッチョングッチョン、ネチャネチャと水飴をかき混ぜるような音もしている。
「あんっ! すごい深いっ……こんなストレッチ生まれてはじめて!! お腹の奥まで直接響くのっ!!」
「お腹に響く?? やっぱり熱があるのか」
「ふぅん……ンン、はぁはぁ……先輩のが……私の…宮に当たってるぅ……」
「よく聞こえない。電波が悪いみたいだ」
「あん……先輩っ、ゆるしてぇ……はげしぃ」
「チャラ男がなにをしてる? くわしく説明してくれ」
「はぁはぁ……しびれ……頭が真っ白に……すごく気持ちいい……んっ、あっ……もうすぐ…キそう」
 詩織の色っぽい声に唾を飲み込む。
 ハラハラとして、俺まで息が苦しくなる。
(本当にストレッチを教わっているだけなのか??)
 机の上には、制服姿の詩織がベッドに四つん這いになった雑誌のページが開いている。
 もしかすると、電話に集中している詩織の背後に忍び寄り……腰を掴んで一気にズブリと‥……。
 相手は大学生のヤリチンだ。
 そのままズブズブと……。
 手汗がやばい。喉がカラカラで動悸が止まらない。
 もはや病気だ。
(すべて俺の妄想だ。現実にあるはずない。はげしい運動で呼吸が乱れてるだけだろ)
 自分で自分に言い聞かせる。
「浮…チ…ポ最高だろ。今日は思いっきり……てやるぜ」
 チャラ男の声だ。
 やはり肝心の部分が聞き取れない。
 通信状況が悪すぎる。
「ひぃ、はぁ、ぁぁーー……いけないわ……どうして気持…いいの……」
「やばい……藤崎の生マン……すげえ締ま……ンポがとろけそう」
(なにをいってるんだ?? ぜんぜん聞こえない)
 わかるのはチャラ男の鼻息の荒さだ。
 詩織はヒィヒィと喘いでいる。
 途中で通話がプツリと切れた。
 あわてて電話をかけ直したけど、二度とつながることはなかった。

******************

 待ち疲れて寝落ちしかけていた。
 車の音がして部屋の灯りがつく。
 窓のカーテンに詩織の影が映る。
 夜中の22時をすぎていた。
 俺はすぐに電話をかけた。
 影絵のように影が動いて、スマホを片手に電話に出た。
「詩織、無事だったか」
「なにが」
「なにがって、あいつに決まってるだろ」
「なんとか……いろいろ大変だったわ」
 よく知っている詩織の声だ。
 落ち着いていて、やや元気がない。
「スマホもつながらないし、心配しただろ」
「……あの後、すぐにマンションを出たのよ。タクシーがなかなか見つからなくて」
「それで帰りが遅くなったのか」
「なぁに? もしかして、私が浮気してるんじゃないかって疑ってたの?」
「そういうわけじゃないけど」
「がっかりしたわ」
「ごめん」
 なぜか知らないけど俺が謝る。
「電話の様子がおかしかっただろ」
「先輩にストレッチを教えてもらってたって説明したでしょ」
「だよな……声がエロくてすげえドキドキした。二人きりだし無理矢理いやらしいことをされたのかと思ってさ」
「……無理矢理はないかしら」
「OBだからって遠慮するなよ。嫌だってはっきりいったほうがいいぜ」
「次からはそのつもりよ。なおとと真逆ですごく強引」
「それを聞いて安心した。ざまあ見ろだな。詩織を狙って、見事に振られたわけだ」
「……そうね」
「優等生の詩織があんなチャラ男に簡単に体を許すわけないのにさ」
「……」
「聞いてるか?」
「う、うん……」
「そうだ、帰りに話してた海水浴の話だけどさ」
「ねえ、今日はすごく疲れてるの。早くシャワーを浴びたいし、続きはまた今度でいいかしら」
「?? わるい。気づかなくて。俺が一人で盛り上がってた」
「……気にしないで」
「また明日な」
「おやすみなさい、なおと」
 今日はめずらしく詩織の方から会話を打ち切った。いつもはもっと長電話するのに。
 それになんだか態度がそっけなかった。
(口数もすくなかったし、機嫌でも良くないのかな)
 スマホの画面を眺めながら、俺はあんまり深刻に考えなかった。

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