イラスト・小説投稿サイト
登録者数: 56
today: 767
total: 2239086
lion
作品閲覧
23
作:クマ紳士連絡
create
2018/12/09
today
1
total
1079
good
8
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24

「ここからは少し歩くよ。目的地まで、もう少しだ」

手を握りあったまま駅の外へ出ると、夜風が気持ち良かった。

寒さももちろんあるが、電車内の人混みは息苦しく感じたからだ。

「……手、ずっと繋ぐんですか……?」

環ちゃんは私と繋いでいる手を見ながら、辺りに視線をさ迷わせた。

まばらにだが、私達に目を向ける者も少なくない。

今日のために髭を剃り、身嗜みもきちんとしたつもりだったが、やはり中肉中背の40近いオヤジと制服を着ていないとはいえ学生の子が一緒に居たら目立つか。

加えて手を繋いでいれば、怪しまれて当然だろう。

親子に見えるヤツがいたら、おそらくそいつはよっぽど目が悪いか、頭が悪いかのどちらかだ。

「……目立つのも駄目だしね、仕方ない……手を離そう」

私は名残惜しくも、彼女の暖かな柔らかい手を離す。

環ちゃんは、ホッとしたように肩を下ろした。

その反応に、少し腹が立ってしまう。

嫌々なのは分かっていたが、もう少しこちらに気を使って欲しいものだ。

私は、彼女の今日の相手なのだから。

しかし、改めて考えると私達の関係はなんなのか。

ご主人、客、色々当てはまるが、彼女のファンと言えば、そうなのだが……命令出来る立場でもある。

「環ちゃん、君は私達利用者の事をどう捉えているんだい?」

横に並び立つ彼女に問いかければ、彼女はきつく口を引き結んだ。

苦々しい口調で、ハッキリと答えを吐き出す。

「憎む相手です。私の身体を道具か何かだと思ってる。絶対に、許さない」

言いながら、彼女は鋭い視線を私に向ける。

つり上がった瞳は、確かに憎悪に溢れていた。

憎む相手と言うのは嘘ではなく、本心だろう。許さないと言った口調からは断固たる意思も見え、復讐でも考えているのだろうか。

「じゃあ、なぜ言いなりなんだい? なぜあのサイトの予定通り、君は従っている?」

私は彼女に問いながら、近くの駅前ベンチへ座り込む。彼女も隣に座るよう言えば、渋々と私の隣に座る。

「……命令だからです」

振り絞った声だった。嫌悪感を隠さない顔で、苦々しく、言葉を吐き出していた。

「やっぱり、君は脅迫されているのかい?」

あのサイトの掲示板には、様々な憶測が飛び交っていた。普段の環ちゃんは、強気で胸を張って歩く姉御肌の女性。

文武両道に優れ、家事もお手の物。日の打ち所のない女性だった。引いて言えば、彼女の手の速さ、暴力的な面は見えていたらしいが……それは彼女が身を守るためにしていた行動らしい。

彼女の身体目当ての連中も多かった為か、そうした行動も珍しくはなかったようだ。

だから、そんな彼女がサイトの利用者達の言いなりになるのは……あのサイトを運営している人物に脅されているからだ、と言うのが掲示板での全体の意見だった。

私も脅されているから、こんな事をしているのだと当然考えていたが……。

「……脅迫なんか、されてません。私の意思です」

視線を落とし、彼女は膝の上に置いた拳を握る。

「環ちゃん、自分の意思でサイトの連中に犯されてるって事になるよ」

言っている意味を分かっていないのかと確認するが、彼女はゆっくりと頷きを返した。

先ほどは憎む相手と言ったのに、犯されるのは自分の意思だと口にする彼女に戸惑う。

これは強がりなのかと考え、質問を変える。

「それは、誰の望みだい? 君が自分の身体を犯して欲しくて、サイトを作ったの?」

私の質問に彼女は、誰がッ!? と席を立ち掛けたが、悔しそうに口を引き結び、姿勢を直す。

「……あなたには関係、ありません」

ここまで話しておきながら、彼女は黙りを決め込むようだ。

これ以上話す事はないと、さらにはそっぽを向かれてしまう。

私は彼女に謝ろうと口を開きかけた。しかし、そんな時に、


「……あれ? タマ姉?」

「!?」

一人の学生が彼女を見て、愛称らしき名前を口にした。

その声に彼女はわかりやすいくらい動揺し、ゆっくりと声の方へ振り向いた。

「タカ……坊……」

彼女は名前を呼ぶだけで精一杯だったのか、絶句してしまう。

視線は色々な所をさ迷い、続く言葉を考えているようだったが、何も言葉に出来ないようだった。

「タマ姉、今日も向坂の寄り合いに呼ばれてるんでしょ? 最近学校でも殆ど会えないし、毎日帰って来るの遅いし……心配してたんだよ」

学生の男の子の方は、ベンチに座り込んだまま口を開かない彼女を心配しているようだった。

自然に彼女の側まで歩き、隣に並び立つと環ちゃんの名前をもう一度呼ぶ。

すると彼女は、急に我に帰ったように口を開き始める。

「そ、そうなの。この近くで一族の寄り合いがあってね。た、タカ坊は予備校の帰り?」

顔を上げた環ちゃんは、少しぎこちないながらも笑顔を作っていた。

彼女の表情を見て、学生の方も違和感を感じたのか、大丈夫?と彼女を心配する。

「なにが? 私は大丈夫よ。タカ坊のお姉ちゃん。タカ坊だけの、お姉ちゃんだから……私は、大丈夫」

笑顔を崩さないようにしている環ちゃんが、彼の言葉を否定する。

弱音を見せないよう、決意を固めているようだった。

彼はそんな環ちゃんの態度を不思議に思いながらも、それ以上の詮索をやめたようだ。

「タマ姉の言う通り、今予備校の帰りだよ。まったく、タマ姉がみっちり仕込むって言ったのに有無を言わさず、予備校に放り込むんだもんなぁ」

「ごめんね、タカ坊。本当は私が勉強を見てあげたいけど……い、一族の寄り合いが毎日あって、見てあげられそうにないの……ごめんなさい」

肩を竦めておちゃらけた態度を取った彼に、環ちゃんは本気で落ち込んでいた。

その姿を見て、今度は彼が慌てて否定する。

「や、ごめん! タマ姉が忙しいの知ってるからさ! ちょっと口から出ちゃっただけって言うか……その、ごめんタマ姉」

頭を下げて謝る彼に、環ちゃんは、小さな声で気にしないでとだけ口にする。

二人だけの会話に苛立ちを感じてしまうが、彼に向ける環ちゃんの表情は先ほどまでと違い、優しさも見えていた。

……これが、本来の彼女か。

「あの……もしかして向坂の人ですか?」

「ん?」

学生の彼は何を思ったか、私を向坂の人間だと勘違いしたらしい。

私はどうしたものかと考えていると、環ちゃんが慌てて私の前に立ち、彼に紹介し始めた。

「そ、そうなの! 向坂家の遠い親戚でね。さっき駅でばったり会って、折角だから一緒に行こうって」

苦しい言い訳にも聞こえるが、彼はあっさりと信じたようだった。

そうなんですねと、私に笑顔を向け、深々と頭を下げた。

「初めまして、河野貴明です。タマね……環さんとはお付き合いさせてもらってます」

まるで彼女の親に挨拶するような対応に、私の方が混乱する。

彼女の説明を全く疑いもしないのは、彼が鈍感だからか、はたまた環ちゃんを信じているのか……どちらにせよ、私は馬鹿な男だと、心の中でほくそ笑む。

「初めまして。環ちゃんにはお世話になっていてね。実は駅で会ったのも、彼女に会いたかったからなんだ」

私は笑顔でそう宣言し、彼女の隣に並び立つ。

さらには後ろ手に手を伸ばし、彼女の肩を抱き引き寄せた。

環ちゃんは慌てて目を白黒させていたが、当の本人はまるで分かっていないようだった。

「そうでしたか。まあ、タマ姉も一人で行くより親戚の大人の人と一緒の方が安心でしょうし……あ、でも、タマ姉なら痴漢の一人や二人、簡単に蹴散らすと思いますよ」

環ちゃんの彼氏は一人で笑い出した。彼女に対する絶対の信頼感は理解出来たが、ここまで来ると哀れとしか思えない。

さすがの環ちゃんも口を噤み、顔を逸らす。

先ほどまで電車内で、私に痴漢にあっていた環ちゃん。身体はすっかり火照っているはずだ。

「た、タカ坊、ごめんなさい。私達、もう行かなきゃ……」

環ちゃんが、そっと、私の身体に触れる。

手を組んだりはしなかったが、この場を離れたくて仕方ないのは見て取れた。

仕方なしに私は、彼女の肩から手を離す。

「あ、ごめん。大事な寄り合いだもんね。タマ姉、夜道に気をつけて。大丈夫だとは思うけどさ、やっぱり、タマ姉も女の子なんだから」

心配そうに語られた言葉に、環ちゃんは本当に嬉しそうに彼に笑みを向ける。

「ありがとう。大好きよ、タカ坊。愛してる」

微笑む環ちゃんを見て、彼もまた安心したように笑みを返していた。

私は目の前で繰り広げられる若いカップルのイチャイチャに、苛立つ心を抑えるのに必死だった。
クマ紳士
作品の感想はこちらにおねがいします
8
© 2014 pncr このサイト上にある画像・文章の複製・転載はご遠慮ください。問い合わせ
since 2003 aoikobeya