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作:クマ紳士連絡
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2018/04/27
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ー4月15日ー


「あ、ねえねえ。小崎くん」
「え?」
呼ばれて後ろを振り向けば、僕と同じ位に背の低い女の子が立っていた。
同じクラスの高校一年生、柚原さんだ。
「どうしたの、柚原さん?」
左右にくくった髪の毛が元気良く揺れる。クリクリとした大きな瞳が、こちらを見つめていた。
「今日も音楽室に行くでありますか? もし行くなら、1つお願いしたいのでありますよ〜」
畏まった物言いに聞こえるが、柚原さんはいつもこうだ。
何でもお父さんの影響らしいが……。
「行くよ。僕下手くそだから、たくさん練習しないと……」
本当は部活にも入りたいけど、僕の下手くそなピアノじゃ迷惑が掛かる。
それに両親からも、学業を優先しろと言われ部活に入る事は禁止されてる。
塾に行く前の、ほんの僅かな時間だけの練習。
今はお遊びレベルだけど、絶対父さん達を納得させるとこまで続けるんだ!
「それでは、お願いしたいであります! タマお姉ちゃんに、今日はよっち達に誘われたから先に帰るって伝えて欲しいであります!」
ビシッと敬礼してくる柚原さん。
僕は、タマお姉ちゃん? と聞き返すが、柚原さんは言うだけ言って、さっさと場を離れてしまった。
……な、なんだ? どういうこと?
クラスメイトの柚原さんは、いつも明るく天真爛漫を絵に描いたような人だ。
僕が一人でピアノ練習している所をたまたま見られてしまい、毎日練習している事も笑顔で応援してくれている。
ーー良い子なんだけど……時々無邪気すぎて、よく分からなくなるんだよなぁ。
首を捻って考える。タマお姉ちゃんとは誰なのか?
音楽室まで移動しながら、僕の頭はそれだけでいっぱいになってしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あれ?」

ピアノの音だ。音楽室に近いて来たからか、僅かに音が漏れ聞こえる。
……すごい上手な人だ。音の中に聞き手を魅了する演奏を心掛けた演奏者のモノ。僕なんかのピアノとは、遥かにレベルが違う。
音楽室に着いたが、演奏の邪魔をしたくなくて……ガラス窓から中を覗き見た。
ーー綺麗な人だ。誰だろうか、あの人は。
ピアノの前に座っていたのは、女性だった。
特徴的な赤い髪が腰まで流れ、白魚のような指が鍵盤の前で踊る。
目を閉じてピアノを引く姿はとても美しく、楽しそうだった。
心なしか表情も柔らかく、聞き手へと感情を込めて演奏をしているようだ。
……誰かに向けて引いてるのかな? でも誰も……あっ!
優しい音色が響く中、音楽室の教卓の所で眠り掛けている男子がいた。
こくり、こくりと頭が船を漕ぎ、夢の世界へと旅立とうとしていた。
……この演奏を聞いて、寝るなんて! 信じられない!
僕なら、ずっと聞いていられる音色だ。聴き惚れてしまう音色の前に、僕は知らない内に興奮していた。
気付けば半身を乗り出し、ガラス戸にピタリと顔を密着させ中を覗き込んでいた。
「あっ!?」
ピアノに集中していたはずの女性と目が合った。
優しいタッチで、聴くものを魅了して離さない音が止み、学生服を来た女性が鍵盤を閉じて立ち上がる。
……背高、足長!? 絶対先輩だ、この人。
見た目で判断してしまったが、落ち着いた佇まい。物腰柔らかな姿に見惚れる。こちらへ近いて来る女性から逃げられずにいると、
「……あなた、そんな所で何をしてるの?」
音楽室のドアを開けた女性が、こちらを見下ろして訊ねて来た。
身長は僕の方が頭一つ分小さい。
同じ高校1年の柚原このみさんと、殆ど背が変わらず、見た目高校生には見えないとよく言われる。
「す、すみません。僕、いつもココでピアノの練習してて……その、あまりに綺麗な音色だったので……」
覗いてました、とは言えず口篭る。
何か言い訳を、と考えていると、
「そうだったの、ごめんなさい。掃除をしてたんだけど、ピアノを使ってしまったわ」
少し屈んで目線を合わせてくれた女性は、柔らかい笑みを見せてくれた。
掃除をしていた、と言う事はやはり先輩なのだろう。今日の音楽室の掃除当番は2年生だったはずだ。
僕が先輩の返事に困っていると、
「でも、今日は譲ってくれる? もう少し休ませてあげたいの」
先輩は両手を合わせて、お願いと口にした。
先輩の視線は、音楽室の教卓で寝ている男子生徒に向けられている。
静かに寝息を立てて休んでいるようで、幸せそうな寝顔だった。
「あの演奏を聞いて寝るなんて……僕だったら、いつまでも聞いていられるのに……」
口にしてから、ハッとする。考えていた思いがついつい口から出てしまった。先輩は一瞬破顔したが、すぐにクスクスと笑みを零した。
「ありがとう。でもね、私のピアノを聞いて、寝てくれるって事は……安心して休めるって事かよっぽど疲れてるかのどちらかだと思うの。私は、彼のあんな顔を見れただけで嬉しいわ」
そう言った先輩の顔は、本当に嬉しそうだった。
確かに人の感性は人それぞれ。ピアノの音を退屈だと感じて寝てしまう人も多い。
僕はこちらを疑ったのだが、先輩の考えは違った。
男子生徒への信頼がとても強く前面に出ていて、眩しい位だった。
……好き、なのかな? 先輩はあの人の事。
呑気に寝たまま、全く起きようとしない男子生徒に軽い嫉妬が芽生えた。
こんな羨ましい状況でも、まるで他人事のように呑気な態度だ。
「それで、許してくれる?」
「へ?」
こちらへと向き直った先輩に見つめられる。
驚きに目を何度か瞬きしていると、また笑われる。
「今日はピアノの練習、休んでくれないかなって。もう少ししたら起こすつもりだけど、もう放課後だし。アナタも帰った方が良いと思うわよ」
音楽室の壁時計を指差され、確認すればもうすぐ夕方だ。確かに、今日は無理そうだった。
「……分かりました。確かにこの時間からじゃ、たいして練習出来ませんし。今日は帰ります」
僕の言葉に先輩はすぐにありがとうと返事を返してくれた。
優しく微笑み掛けてくれるだけで胸がドキドキする。
だからなのか、僕は自分でも信じられない大胆な行動に出てしまった。
「か、代わりにですね!」
「ん?」
先輩はキョトンと、瞳を瞬きさせて軽い驚きを示した。
僕が取り引きじみた台詞を吐くとは考えていなかったのだろう。
かく言う僕自身も、言うつもりはなかった。
だけど、こんなに僕の理想に近いピアノ演奏を簡単に弾けて、人を思いやる心を持った理想の女性……先輩との接点を無くしてしまいたくなかった。
「ぼ、僕に、僕にッ! ピアノを教えてくれませんかッ!」
「え、と?」
先輩はますます困惑したようだ。可愛らしく小首を傾げ、軽く思案していた。
それはそうだろう。出会ったばかりの名も知らぬ男子にピアノを教えてくれと言われて、困らないわけがない。
……どうして言っちゃったんだろ? 先輩が困るに決まってるのに。
顔を見づらくて、俯きながら返事を待った。
「私、吹奏楽部とかには入ってないわよ?」
「構いません!」
先輩は僕が勘違いしていると考えたのか、そんな事を聞いてくる。
僕はその質問に反射的に答えた。
構わないって、と小さく呟く先輩は益々困ったようだが、顔を上げない僕に視線を送り……やがて、
「はぁ……仕方ないわね。時間の都合の付く時なら、教えてあげるわ」
「ほ、本当ですかッ!?」
ため息と共に吐かれた台詞に顔を上げる。
先輩は軽く頭を抑えていたが、苦笑していた。
教えると言ったら元気になるのね、と苦笑い。
僕は恥ずかしくて、後ろ頭をかいた。
「家では練習出来ないし、部活動に入るのも考えちゃうんです。僕みたいな下手くそが、って」
先輩は呆れるかもしれないけど、情けない自分の姿をさらけ出したかった。
「先輩のピアノを聞いて、本当に感動したんです! 僕にもこんなピアノが弾けたらって、だから……だから……」
「もういいわ。充分、伝わったから」
知らず、泣きそうになっていた。いや、涙が溜まっていたのだろう。
涙声になっていた僕を慰めるように、先輩が頭を撫でてくれていた。
「私なんかで良ければ、力になるわ。でもね、真剣にピアノをうまくなりたいなら、ちゃんと部活に入って教えてもらいなさい。先生方だって居るんだから、私なんかより頼りになるわ」
ね? と頭を撫でてくれながら、微笑み掛けてくれる先輩。
僕はすっかり見惚れてしまい、固まってしまった。
「向坂環。3年よ。春から転校して来たばかりだから、色々教えてくれると助かるわ」
僕の頭を撫でていた手を、今度はこちらに向ける。握手しようって事らしい。
向坂……環? もしかして、このみさんが言ってたタマお姉ちゃん?
「ぼ、僕の名前は小崎優です。1年です。あの、柚原このみさんを知ってますか?」
恐る恐る先輩の手を握ると、とても柔らかくて暖かった。
え? このみを知ってるの? と目を丸くした先輩に柚原さんからの伝言を伝えた。
向坂先輩は、ありがとう。助かったわとまた微笑み掛けてくれた。
僕はこんな優しい先輩と出会えた運命に、感謝で胸がいっぱいになった。
きっとこれからも先輩は、こんなに優しい笑顔を見せてくれるのだろう。
期待と不安でいっぱいの僕の胸は、信じられない位に高鳴っていた。
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