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作:kazushi
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2018/04/17
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 物陰で観察していた俺の目の前で、駅前の特大クリスマスツリーの傍らに並んでいた男女(ふたり)の顔が近づいていく。まるで、キスしようとしてるみたいに。
 それを見た瞬間、思わず飛び出しかけた俺だったが、「――って!」壁の出っ張りの部分に引っ掛かって無様に転んでしまう。呻きながらどうにか起き上がると、そんな俺を見つめる二つの視線の気配が。
 恐る恐るそちらに視線を向けてみると、並んでいた男女が同じ姿勢でこっちを見ていた。そして、チェックのマフラーがよく似合っている黒髪ロングの美女――水原が慌てたように声を張り上げてくる。
「あ、あなたっ! ここでなにを……!?」
「いっ、今キスを……」
 目にしたままの事実を告げると、水原は一瞬だけ目を泳がせるが、すぐにいつもの『あんたなに言ってんの?』モードになって、
「はっ、キス!? 私と海(うみ)くんが……!? あ、あれよ。ピアス直してもらってただけよ」
「だ、だってそいつは悪人で。恋人の水原を騙そうと……っ!」
「恋人!? なに言ってんの?」
「ちづるちゃん……知り合い?」
「えっ? あ、いや、この人は同じ大学の人で……」
 それまで彼女の隣で大人しくしていたイケメン――黒のコートとベレー帽が似合いすぎるのが実にムカつく――が割り込んできたのに、ちょっとキョドった感じで水原がしどろもどろに説明し出す。のを見て、俺は腹立ちのあまり声を張り上げてしまう。
 そりゃ俺は単なるレンカノのお客でたまたまアパートの部屋が隣で大学も一緒なだけのフツメンだよ。海くん? みたいに水原の隣に並んでも美男美女カップルに見えやしねーよ。そんなの解ってるけど、だからこそごまかされるのは我慢ならないんだよ――っ!
「彼氏じゃなかったらなんなんだよ!? 今日イブだぞ! そんなイケメンとデートなんておかしいだろ! 第一夜食のシチューがどうこうって……」
「なっ。あなた、どこから。……あれは……その」
 まずいところを突かれたのか、水原の態度が更に慌てたものに変わる。そんな彼女とは対照的にひどくのんびりとした調子で海くんが口を開いた。

「シチューって台本のこと?」
「う、海くん!」「だ、台本!?」

 うん、ゴメン。意味全然わかんないや。
「――台本って、どういう!? 水原っ!?」
 意味が解らないまま勢いで食いついてみる。すると水原は躊躇するようにしばらく唸り声を上げ続けてから、
「…………っ! ……私、女優なの」
 諦めたように口を開いた。本当は言いたくないのだと言いたげに、口を尖らせながら続ける。
「とは言ってもまだ“駆け出し”。アクターズスクールにはお金もかかるし、演技の練習にもなるから“レンカノ”やってるの。海くんはそのスクールの同期で“役者仲間”。今日は買い物のついでに課題の“本読み”付き合って貰っただけ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! じゃあ、さっきのトイレでの電話は!? 水原の声がどうこうって!」
 いい声出せるようになったとか、スリーサイズ調べるとか、いくらなんでも怪しすぎだろ。そう思って喚き立てる俺に、当の本人がのほほんと言ってくる。
「え? ああ。あれは知り合いの演出家にちづるちゃんのことをオススメしてただけだよ」
(演出家!? オススメぇ!? 全部、俺の勘違い……っ!?)
 頭がパニックになる。もしそれが本当なら――本当なのだろう、おそらくは。だって水原が女優なんてハマり過ぎなくらいハマってるんだから――とんでもない恥さらしだと。ショックを受けてしまった俺は、思わず側のベンチにへたり込んでしまっていた。
 そんな俺に水原は首を二、三度横に振ると、呆れたように声を掛けてくる。
「……ったく。ほんとバカね。飛び出してくるとかありえない。勘違いだったらって考えなかったの?」
「だって聞いちまったんだ。あのイケメンが水原のこと……まるでモノみてぇに話してんのを。水原が悪い男に騙されてんのかもって思ったら、俺ほっとけなくて」
 気づいたら体が勝手に動いてしまっていた。ホント、バカみたいだ。彼氏でもないのにいちいち詮索して、勘違いしてひとりでショック受けて、正義感ぶってみたらただの勇み足ときた。ホント自分でも呆れるくらいのただのバカだ。あー、穴があったら入りてぇ。
 彼氏じゃねぇって言ってたけど、クリスマスに出掛けるなんてお互い悪くは思ってねぇってことだよな。やっぱりああいうのが水原と付き合うんだろうな。察しろよ俺。結局また俺みたいなのは一人ぼっちなんだよな……
「……まったくなにを言ってるのよ。本当の彼氏でもないのに。――はいっ」
 少し頬を赤く染めながら水原はぶつくさ文句を言って。それから――なにかを俺の前に突き出してきた。包装紙に包まれたそれを渡されるまま受け取って戸惑う俺に、中を確かめるよう指示を出しながら微妙な早口で水原が続けてくる。
「海くん今日しか空いてなかったし、男物選ぶのは男の人の意見とかあった方がいいでしょ?」
「スマホ、ケース……?」
 包装紙を破って中を確かめると、渡されたのはどうやらスマホケースらしい。驚いて顔を向けると、マフラーで口元を隠しながらつっけんどんに言ってくる水原。
「だってあなた下田でスマホ壊してからケースも付けずに使ってるし、そのままじゃカッコ悪いじゃないっ!」
「水原……」
「プ、プレゼントとかじゃないから。お詫び。そう、お詫びだからっ」
「……ううっ……」
 スマホケースを眺めてる内に、勝手に涙がこぼれてきた。ヤバイ、なんかテンションがおかしなことになってる。全然涙が止まらねぇんだけど。
「ちょっと、なに泣いてんのよ! プレゼントじゃないって言ってるでしょっ!」
「ごめん。でも、俺クリスマスに女の子から物貰ったのなんて、生まれて初めてでっ……!」
 クズでバカでどうしようもない俺の人生だけど、もしかしたら水原のおかげで少しは色づけてるんじゃないかって――そう思ったら本当に涙が止まらなくなって。俺はそれからしばらくの間泣き続けてしまったのだ。
 そして。
「……えっと、そのゴメンな水原。それに、ええと海くんも。こんな長い時間くだらないことに付き合わせちゃって。てゆーか、すっげぇ恥ずかしかったよな。ホント、ゴメン」
 ようやく落ち着いた俺は、泣きやむまで付き合ってくれた水原と海くんに深々と頭を下げる。ちなみに場所はへたり込んでいたベンチからは移動していたり。……いや、ほら。さすがに泣いてるところ周りの人に見られまくってたから、そのままそこに居座るのって恥ずかしいわけで。その辺りは水原も海くんも同じらしく、むしろ二人もさっさとその場からは離れたいようだった。
「ホント、めちゃくちゃ恥ずかしかったわよ。正直一度だけで勘弁して欲しいわ。いい、次はないから今度は泣くときは一人で泣きなさいよ。わかった?」
「まぁまぁちづるちゃん。彼だって悪気があってやったわけじゃないんだろうし。広い心で許してあげようよ」
 頬を膨らませてぶーぶー言ってくる水原を、海くんが優しく取りなしてくれる。ホント、こういうところもイケメンだよな。俺も見習わないと……って、それが簡単にできるんなら苦労もなにもないんだけどな。
 とりあえず、改めて二人に謝罪とお礼をしてから俺はアパートに帰ることにした。水原と海くんはこの後用事があるとかでまだここに残るそうだ。一瞬、水原と一緒の電車で帰れるかと期待してしまったけど、どうやら現実はそこまで甘くないらしい。
「えっと。それじゃ、俺はこんなところで先に失礼させてもらうんで。今日は色々と迷惑掛けてホント申しわけないッス。それと水原、スマホケースありがとな。ぜってー大事にするから」
「だから、別にプレゼントじゃないって言ってるでしょっ。いいかげん勘違いするのやめてよね。相変わらずバカなんだから。……せいぜい大事にしなさいよ」
 顔を背けながら、それでも最後にぽつりと言ってくる水原に思わず頬をにやつかせてしまいながら、俺は二人に背を向けて駅へと向かうのだった。
 その帰り道。京王線に乗りながら、俺の表情は弛みまくってしまっている。にまにまとスマホケースを見つめ続けるキモメンの姿に周りの乗客はドン引きだったけれど、そんなもの気にならないくらいに俺のテンションは上がりまくっていたのだ。
(水原はお詫びって言ってたけど、普通に考えたらプレゼントだよなこれ。でもってクリスマスに貰ったんだから、ク、クリスマスプレゼントって考えてもいいよな)
 人生で初めて女の子から貰ったクリスマスプレゼント。それもあの水原から貰えたというのが思いきり嬉しい。もちろんあいつとは婆ちゃんの前なら兎も角、それ以外ならただのレンカノの顧客でしかないのは解ってる。
 けど、今回のことでもしかしたら――? な気分が芽生えたのも事実だった。そう、もしかしたら水原といい感じになれるんじゃないかと。冷静に考えたら水原が俺に好意を持ってくれてるなんて、まだまだそんなわけがないのも解っているけど。それでも水原との距離が少しは近づいてるんじゃないかと、そう思うには充分すぎる今日の出来事(イベント)だった。
(あー、やばいなー。今日は久しぶりに水原で抜いてみようか。なにげにスタイルもすごくいいんだよな。あのおっぱい揉んでみたいな)
 温泉での浴衣姿はめちゃくちゃ色っぽかったし、伊豆で見た水着(ビキニ)も最高だった。どっちがいいかは迷うところだけど、水着の方が肌色成分多いから抜きやすいだろうか。いやでも浴衣のあの腰のラインとか胸元のチラ見せとかも捨てがたいし、どうすればいいのか?
(……って、別にどちらか片方に絞らなくても両方でヤればいいじゃん。どうせ水原をオカズにして一回で治まるはずもないんだし。うんうん、そうしよ。そう決めた)
 今夜の自家発電のオカズを決めると、吊り輪に掴まりながら俺は――楽しみのあまりに――にまにまとキモイ笑みを浮かべてしまうのだった。
 そして電車に揺られてる間に妄想は更に広がって、実際にセックスできたらなというところまで辿り着いてしまう。恋人になったらまずキスをして、キスをして、キスをして。そしてあの立派なおっぱいを揉みまくりたい。裸になってもらっておっぱいからオマンコからじっくり見まくって、それから思う存分触りまくって。そうして、できれば最後には水原のあの体で童貞を捨てられたら、と。股間をギンギンに膨らませてしまいながら、俺はひたすら妄想に耽ってしまうのだった。
 ――だから、俺は気づかなかった。
 その日、水原は結局アパートの隣の部屋に帰ってこなかったことに。
 後に残った水原と海くんの用事がなんだったのかということに。
 気づけなかったということに気づくことすらできなかったのだった。


            §     §     §


「えっと。それじゃ、俺はこんなところで先に失礼させてもらうんで。今日は色々と迷惑掛けてホント申しわけないッス。それと水原、スマホケースありがとな。ぜってー大事にするから」
 そう言って駅に向かうバカ――和也を見送って、私はやれやれと大きな息をついた。
 まさかこんなところで会うなんて思わなかったし、私が海くんに騙されてると勘違いして慌てて飛び出してくるなんて、相変わらずトラブルメーカーで勘違いしやすい大バカだけど――私のことを本気で心配してくれたのは伝わってきたから、怒るに怒れないのが正直言って腹立たしかった。……少し嬉しいなんて思ってしまったことも含めてだけど。
「……ま、渡しに行く手間が省けたのはよしとするか。プレゼントプレゼント喧しい上にあそこまで泣きまくるのは、正直辞めて欲しかったけど……」
 あのバカのスマホに傷が入ったのは私のせいでもあるわけだから。その罪悪感に駆られてしまったからスマホケースをあげただけなのに、あそこまで喜ばれると正直心苦しいを通り越して引いてしまう。その反応のありえなさを考えれば、渡したのがまだ知り合いのいないところ――海くんは仕方ないので省いて――だったのは良かったと、そう言えるのかもしれなかった。
 だから、むしろ問題があるとすればあのバカに私が女優をやってるのがバレたことと、海くんの存在を知られたことなのかもしれない。……まぁどうにかやり過ごすことはできたから、後は余計なヘマをしないように気をつければいいだけのはず。
(普通ならそれでいいんだけど、あのバカの場合本当に予測もつかないことやってくれちゃうからなぁ。それこそ今日みたいに。大人しくしてくれたらいいんだけど……しばらくは警戒しておいた方がいいわよね、やっぱり)
 そんな風に和也を見送った姿勢のままぼんやりと考えに耽っていると、横に進み出てきた海くんが同じように和也が去った方向を見つめながら聞いてくる。
「いいのかい、あんな説明で。彼、後でショック受けて寝込むことにならなきゃいいけど」
「いいのよ、あれで。別に嘘はついてないもの」
 どこか同情するような彼の言葉に、私はあえて素っ気なく返した。
 そう、嘘はついてない。
 私が駆け出しの女優をやっていることも。海くんとはアクターズスクールで一緒だってことも。そこになにひとつ嘘はない。
 ただ、本当のことを全部は話していないだけだ。そう、たとえば――
「彼がそう信じたなら彼にとってそれが真実。そういうものでしょ」
 私がそう言って話を終わらせると、海くんは「ふぅん」と気のない相槌を打って、
「まぁちづるちゃんがそれでいいのなら、ボクが口を挟むようなことでもないから構わないんだけどね。……さてと、それじゃこれからどうしよっか。予定だといつものコースだけど、今日は食事だけでホテルはなしにする?」
 そっと伸ばしてきた左手で私のお尻をスカートの上から撫で回してくる。私はその手を払いのけることもせず、その感触をただ気持ちいいものとして受け入れて感じながら口を開いた。
「……だめ。今日逃したらどうせまた間空いちゃうんでしょ。そんなの我慢できないもの。だから、今日もいつもどおりにしましょ」
「……了解。ちづるちゃんがいいならそうしよう。――それでは、参りましょうかお姫様」
 気取った仕草で腕を差し出してくる彼に思わず口元を緩めてしまいながら、私はその腕を取るとそのまま自分の腕を絡ませる。それから、恋人繋ぎの形で手を繋いだ。


 そう、たとえば――私と海くんがとっくに男と女の関係になってることとか。
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