作者:メルト
「はい、それじゃあ読み切りの原稿確かに受け取りました」
「ははは、ありがとうございます。これで、ようやく眠れる」
原稿の確認をした澤田からのOKサインを聞き、ソファーの背もたれに背中を付け崩れる和樹。
「大丈夫? 今日何日目なの?」
「今日で、三日目です……さすがに、一週間で原稿20枚は辛かったです」
「……その、ごめんなさいね! 円田先生が急病で穴埋めする漫画が足りなくて……」
そのくたびれた様子を見て、申し訳なさそうにする澤田を見た和樹は、疲れた身体を起こし澤田に答えた。
「珍しいですね。澤田さんなら、代理用の原稿のストックをいくつも用意していそうなのに?」
「代理用の原稿が無いわけじゃないのよ!ただ、ページ数が少なかったり、ちょっと多かったりでちょうど良いのが無かったのよ」
澤田は、原稿をしまうと持ってきた紙袋の中から一冊の雑誌を取り戻して机の上に置いた。
「これって……」
「来期、うちの雑誌の作品が二タイトルもアニメ化するのは知っているでしょ、再来期にもう一つアニメ化するうえに、『斬撃の吸血鬼』の映画化が決定したのよ」
「近頃、凄いですねコミックZの掲載作品のアニメ化」
「…でもね!これの急遽決定で雑誌の構成を変えることになってね、うちの会社はこれのせいで全雑誌が引っ掻き回されて大変なのよ」
目の前に置かれた雑誌の情報に、目を輝かせる和樹につい愚痴をこぼしてしまった澤田は愚痴をこぼしながら言う。
「円田先生は、今期作品がアニメ化して忙ししくてね、しばらくの間はページ数を減らしているのよ」
「え、アニメ化しているなら普通はページ数増やすんじゃ……」
「BDーBOXのパッケージアート、購入特典のグッズのイラスト5種、ソーシャルゲームの新キャラと監修に描きおろしイラスト数点等などとてもじゃないけどいつものページ数
こなすのは不可能なのよ」
聞いているだけで、大変だと思うような仕事量の数々にさらに追加があると言われ自分がやるわけじゃないのにクラクラしてくる和樹。そして、なんで原稿を削ってまでそんなことをさせるのかという疑問が彼の頭の中に浮かび始めた。
「確かに、ページ数減らされるのは痛いけど、その分こっちにもメリットがあるのよ」
「メリット?」
「そう、読者プレゼントとか、ラジオやイベントで特集してもらったり、雑誌限定のアイテムコードをプレゼントとかね」
「確かに。俺も見ているアニメのソシャゲのプレゼントコード欲しくて普段読まない雑誌とか買ったことあります」
自分の行動を思い出し、理由に納得する和樹はパラパラとコミックZをめくり始めた。
「……っ」
そして、しばらくページをめくっていた和樹の指が止まった事に気づいた澤田は、手元のコミックZのページを上から覗き込むと一人の少女のグラビアが載っていた。
『現役コスプレイヤー、魅惑的なFカップの谷間、コスプレ&水着満載』と書かれたページに載っているのは数ヵ月前まで和樹を心配してよく顔を出していた和樹の同級生
高瀬瑞希だった。
「……彼女ね、元々コスプレイヤーとして知名度も出ていたところに『斬撃の吸血鬼』のイメージグラビアにでたせいでさらに人気が出ちゃったのよ」
「ええ、あのグラビアが出た直後のこみパで瑞希に群がるカメラマン達が凄いことになりましたから」
「南から聞いたわ。しばらくの間出こみぱに入り禁止になっちゃったんだって彼女?」
「はい、おまけに大学でも瑞希に付きまとう奴とかが増えちゃって……」
その時の様子を思い出したのか、げんなりとする和樹の様子に罪悪感を覚える澤田。元々、澤田や長瀬が彼女や芳賀に頼んだのは漫画家に描いてもらう各作品のヒロイン
の参考ポーズだった。参考ポーズでイラストを描いてもらっている間に別のアイドルやモデルに同じポーズをしてもらい撮りなおし、イラスト&グラビアを両方載せることで
写真を使うのを半分に減らすという作戦だった。人望のある編集長の澤田の頼みという事もあり、連載作家達は、その依頼を快く引き受けてくれ雑誌に穴を開けるという事態は
なんとか防げたがちょっとした手違いが起こってしまった。
「描いた漫画家の人達が大半が高瀬さんの写真を気に入ってイラストを描いたせいで、雑誌構成を任せた子がグラビアモデルを彼女だと思ってしまったのよ」
「え、でも普通は気づくはずじゃ」
「それが、運悪く構成した編集がコスプレヤーのおっかけで、高瀬さんの事を知っていたのよ。それで『おっ、これピーチのMIZUKIじゃん!この娘もついにグラドルデビューか』
って思い込んじゃったのよ……」
「……ああ、なるほど。中途半端に知識があったせいによる思い込みの失敗ですか」
人は、時々自分本位の知識や思考で物事を勝手に考えることがある。しかもそれが世間の常識だと勝手に思い込み間違っている事すらも正論だと大声で発言し多くの迷惑を与えることがある。
「あの時は、迂闊だったわ……。いくら『斬撃の吸血鬼』で忙しかったからと言って雑誌のチェックを怠ったばっかりに」
「あの後、大変でしたからね」
「ええ、思わぬ人気で高瀬さんへの問い合わせが凄いうえ、勝手に載せられた高瀬さんは怒鳴りこんでくるし……生きた心地がしなかったわ」
「あの時の瑞希の怒りは凄かったですから……」
編集部に抗議しに行くときに付き合わされた和樹は、怒れる瑞希を編集部のソファーの横で必死になだめていたことを思い出していた。
「長さん、瑞希に土下座して謝ってましたよね」
「ええ、『全ては自分の責任だ』と私や編集の子の事も含めて泥をかぶってくれたうえ、その後の事も全て責任取ると言った時はあの人を素直に凄いと思えたわ」
再び、二人は机の上に置かれた雑誌に視線を移し、再び話し始める。
「で、その責任というのが、この期間限定の専属グラビアモデル契約なのよ」
長瀬が瑞希へとった対応は、彼女を一年間のコミックZ専属グラビアモデルとしての契約させ、芸能事務所等のスカウトや過激なファンやストーカーへの対応を会社側が一手に引き受けるという体制を会社に承認させた。
「認めさせる条件として最低でも十回はグラビアを掲載させろって上層部に言われたから、長さん必死に瑞希さんを説得してましたよね」
ページを眺め、現在疎遠になっている瑞希の様子を確認する和樹。
「(うっわ、この水着とか凄いな。瑞希って胸も大きいけどお尻もこうやってみるとかなり大きい……)」
「こほん!」
ついつい無言で真剣にグラビアを眺める和樹は、澤田のわざとらいい咳にびっくりする和樹は、矛先をそらそうと話題を変え始めた。
「そういえば、瑞希って今高級マンションに住んでいるんですよね?」
「あら、どうして知っているの? 高瀬さんが高級マンションに住んでいる事?」
「瑞希がスマホを変える前に、一度だけ連絡が来たんですよ」
以前住んでいたマンションから引っ越した後に、何枚か写メやSNS等で、近況を報告して来たことを思い出し澤田に尋ねた。
「そうよ、うちの会社が購入した作家さんのカンヅメ用に確保した物件の一つに高瀬さんは引っ越したわ。あそこならセキュリティーしっかりしているし、住んでいる人達も
きちんとした方が多いから大丈夫よ」
澤田は、胸を張り断言をする。だが、和樹はその発言を聞きながら少し気になることを思い出す。
「(瑞希の奴、少しガードが緩いところがあるからな~。いくらセキュリティーがしっかりしていてもあいつの行動で問題が起きるって事も‥…心配し過ぎかな)」
だが和樹はまだ知らない。この時の危惧していた考えが当たっていた事に。
「……ったっくよう、なんでオレのようなイキのいい若者が昼間からワックスがけなんかしなくちゃいけないんだよ」
清掃会社の制服に身を包んだ男は、ワックスの付いたモップを適当に床に置き適当に動かしていた。
「ああ、金が欲しい。金があればこんなクソみたいなバイトしなくて済むのにな」
愚痴を呟きながら適当に掃除を行い、モップを階段のあるフロアへと向けていく。そして階段へと辿り着いた男はこれからめんどくさい階段の掃除を始めるのかと
かと思うと深いため息をついたそんな時だった。
「あっ、すいません」
「あ、まだ歩くんじゃねーよ……」
男の目の前には買い物袋を両手に持った瑞希の姿があった。
「あ、あのっ……この階段っていま使っちゃ駄目なんですか?」
「……あっ、いえ階段ならまだ掃除を始める前なので大丈夫です」
「そうなんですか、良かった」
男は、目の前にいる少女を見つめる、長い髪を右側にポニテ―ルで纏め、女らしいかわいさを残した愛らしい顔。
「(やべえ、まじででけえ!こんなエロそうな胸滅多にいねーよ)」
服の上から分かる大きさと形の良さを想像してしまう胸。
「わたし近頃、運動不足なんでちょっと階段を使って運動したいな……」
聞いてもないのに、なんで階段を使おうとしたのかを説明しようとする瑞希の身体に視線を送りながら床に倒れたモップを拾おうとするが、先に瑞希がモップを拾うために膝と腰を軽く曲げモップを拾う。
「(腰は、細いくせにムチムチとしたでけえケツしてやがる)」
「はい、どうぞ」
瑞希は、自分の身体にいやらしい視線を向けられていたことに気づかず、無防備な笑顔を男に向けながらモップを渡した。
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、失礼しますね。お仕事頑張ってくださいね」
そう言って、階段を登っていく瑞希を男は呆然と見送った。
「やべえ、ここの掃除するのがこれから楽しみになってきた……」
男は、これからここに来ることで瑞希に会えるかもしれないという事にワクワクしながら掃除を再開した。
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