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1.放課後の教室

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 都内、私立きらめき高校。
 校庭のはずれにある、一本の古い大木が青々とした葉を繁らせる。
 太い幹に寄りそうようにして制服姿の女子生徒が立ち、風になびく髪を片手で押さえる。
 正面には思い詰めた顔つきの男子がいる。

「藤崎さん、手紙を読んでくれた?」
「いちおう」
「俺の彼女になってください」
「……ごめんなさい」
 詩織は丁寧にお辞儀をした。
「秒殺! 他に好きな男が?」
「そうじゃなくて、いまは誰ともつき合うつもりはないんです」
「そんなぁ」
「私、教室にもどりますね」
 がっくりとうなだれた男子をその場に残して、詩織は制服のスカートをひるがえし校舎へと向かう。

 2年A組の教室にもどった詩織は自分の席で下校の準備をはじめる。
 教科書にノート、筆記用具などを学生鞄につめる。
「あわてて教室を出ていったけど、どこいってたの」
 軽いノリの口調で、同じクラスの朝日奈夕子がやって来た。
 オレンジ色の髪にシャギーをかけて、薄いメイクをした陽気な顔つき。
 流行に敏感で勉強よりもおしゃべりが大好き。交友関係が広く男子ともよく遊びにいっている。
 いわゆるギャル系で、優等生の詩織とは対極の女子生徒といえる。
「所用で呼び出されてて」
「あー、わかった。男子の告白をフリにいったんだ」
「ちがうわ。そんなんじゃないのよ」
「またとぼけちゃって。今週だけで何人目? いいなあ、詩織はモテモテで」
「夕子ちゃんだって男子に人気あるでしょ」
「あたしは遊びに行く相手。本命はいつだって詩織じゃん。なんてたって、学校のアイドル様だし」
「もう、からかわらないでちょうだい」
 同性の夕子にはやし立てられ、照れくさそうにはにかむ。
 詩織は透明感のあるビジュアルで男子に大人気の女子生徒だ。
 さらさらのストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。前髪が軽く眉にかかり、大人っぽさの中にあどけなさを残した愛らしい顔立ち。身長は158センチ。細見だが手足のスラリとした均整の取れたスタイルをしている。
 きらめき高校の制服は、胸元に黄色いリボンが飾られた空色のセーラー服とひざ丈のプリーツスカートで、詩織が着ると清純さがいっそう際立つ。
 夕子もレベルはかなり高い方だが、正統派美少女の詩織と並ぶとかすんでしまう。

「それで今日の相手はだれ?」
「そういうのはプライバシーだから」
「いいじゃん。ここだけの話」
「……バスケ部の3年生の」
「やば。もしかして下級生の女子に人気の?」
「よく知らないの」
「もったいなぁ。あたしなら速攻OKサインどころかラブホに直行なのに」
「バカいわないで。それに私、ああいういかにもっていう男子は苦手だわ」
「あいかわらずガードが堅いっていうかお子様っていうか。ラスボスっぷりね」
「なにそれ」
「知らないの? 男子たちがつけたあだ名。入学以来、だれにも攻略されてないでしょ」
「人をゲームみたいに。べつにそんなつもりじゃないのよ。ただ、恋愛はまだ早いかなって」
「出た! 詩織のぶりっ子! 男子は弱いのよねえ、それに」
「また。怒るわよ」
「あー、怒った顔も可愛いって、私にいわせるつもり?」
「夕子ちゃんにはまいっちゃうわ」
 打ち解けて笑う。
 詩織は普段、男子とあまりしゃべらないので、こうして自然に話すのはクラスの女子ぐらいだ。
 中でも夕子とはよくおしゃべりをする。
 1年生の頃は共通の話題がすくなく挨拶を交わす程度だったが、2年に進級してから夕子の方から詩織に積極的に話しかけてくるようになった。
「話は変わるけどこのあと暇?」
「今日は部活も休みだし、時間はあるけど。マックにでも行く?」
 詩織は吹奏楽部に所属している。
 練習のない日には仲のいい友人とファーストフード店に寄って、ポテトをつまみながら学校のだれとだれがつき合いはじめたとか、ついにエッチを済ませたとか女子トークに花を咲かせる。
 そうやって充実した高校生活を満喫している。
「ちょっと会わせたい人がいるの」
「だれかしら?」
「年齢は40歳ぐらいで私の知り合いなんだけど、詩織の写真を見せたらどうしても紹介してほしいって頼まれてて」
「えっ、私の写真を見せたの?」
「ごっめーん。学校で一番の美人を教えろ教えろしつこくてさ」
「困るわ、相談もなしに」
「とにかくその人が詩織が来てくれたら5000円くれるって。いまごろ駅前のカラオケボックスで待ってるわ」
「それってもしかして……」
 詩織は細い眉を下げて心配そうな顔をする。
 最近、女子高生の間ではパパ活が流行っている。
 詩織の周りでもバイト感覚で大人の男性とデートをしている女子がいるともっぱらの噂だ。
 その中に夕子の名前があることを耳にしたことがある。
 きらめき高校は進学校なので、当然校則違反だ。
「あ、心配しなくても全然そういうんじゃないの。見た感じも怖くないし、ごく普通のどこにでもいるおじさんよ」
「だとしても、知らない人と会うのはちょっと」
「おねがーーい。じつはもう紹介料をもらちゃったの」
「なにをしてるのよ」
「だってさ、頼まれたら断れない性格だし。今日だけ、あたしの顔を立てると思って」
「……そういわれても」
「このあいだ新しいフルートが欲しいって話してたでしょ」
「なぁに、いきなり。よくおぼえてるわね」
 吹奏楽部ではフルートを担当している。
 すこしまえに手入れをしようとして床に落として以来、音色の響きが悪い。
 詩織が愛用しているメーカーの製品は、安いものでも20万円はするので気軽に親にねだるわけにもいかない。
 このままだと来月の発表会でうまく演奏できるか不安だ。
「ああいう楽器ってすごく高いんでしょ」
「まあ、それなりに」
「だったらちょうどいいじゃん。ファミレスで働くよりいいバイトでしょ。会うだけで5000円もらえるのよ」
「でも、もし学校にバレたら」
「二人しかいないんだし、バレっこないわよ。もしかしてまた真面目ぶりっ子?」
 夕子のおちょくるような言い方に詩織はすこしだけカチンと来た。
「そんなことないわよ。人と会うぐらい」
「ふふっ、そうこなくちゃ」
「……変なことがあったらすぐに帰るわよ」
 夕子にうまく言いくるめられた気がするが、会って話をするだけなら校則違反にはならないはずだと考えた。
「決まり。むこうに連絡を入れておくわね」
 夕子がパチンと指を鳴らした。

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