作者:ブルー
都内、きらめき高校は自由な校風の進学校で、とりわけ個性的な美少女が多いことで知られている。
敷地にはモダンなデザインをした校舎に各種施設が立ち並び、部活動も盛んでインターハイに出場するクラブも数多い。
校庭には伝説の樹と呼ばれる古い大木があり、夏になると青々とした葉を揺らしている。
梅雨入り前の6月――。
朝、母親に叩き起こされて登校した高見公人(たかみ・なおと)は、教室の一角にクラスメイトが集まっているのを見つけた。
中心の席には、公人のよく知った女子生徒のあかるい横顔がある。
「おい、好雄」
荷物を机に押し込むと、同じクラスの早乙女好雄に声をかけた。
オレンジ色の髪をヘアスプレーでキメた髪型。好雄はクラスのお調子者だ。ノリが軽く女子のことならなんでも知っている。公人も日ごろから気になる女子についてアドバイスをもらっている。
「騒がしいけどなんかあったのか?」
公人は目くばせをしながらたずねた。
「おまえ、知らないのか?」
「なんのことだ?」
「これだよ、これ」
好雄は持っていた雑誌を机に置いた。
「今週号のヤンメモ?」
近くのコンビニでも売っている普通のマンガ雑誌だ。
人気作家による連載と若手アイドルの水着グラビアが売りになっている。
「いいから見てみろよ」
「ニヤニヤして気持ち悪い奴だな」
雑誌を開いた公人は目の錯覚かと思って見直した。
「あれ? 詩織だろ」
さらさらのストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。巻頭グラビアのページに制服姿の詩織が載っている。
詩織は公人と家が隣で幼なじみの少女だ。愛くるしい瞳をした、アニメのヒロインを思わせる大人っぽさとあどけなさが同居したような顔立ち。きらめき高校の女子の制服は空色をしたセーラー服で、大きな黄色いリボンが特徴になっている。身長158センチで、均整の取れたスタイルをした詩織が着ると清楚さが一層際立つ。
学生鞄を提げて、青空をバックにすまし顔で写っている写真の横には『ミスヤングメモリアル2021・グランプリ、清純派スーパー美少女! 藤崎詩織』と書かれている。
他にも教室で机に向かって勉強をしている姿や、公園でブランコに座っている写真がある。
「すごいだろ? 全国の美少女の中から読者投票で詩織ちゃんがナンバーワンに選ばれたんだからな」
「詩織のやつ、いつの間に応募してたんだ」
「ちがうのよ」
新人声優のような透き通った声がした。
見上げると、グラビアそのままの本人が立っていた。
「詩織」
「おはよう、公人。それに好雄くん。二人とも聞こえてたわよ」
「いいのかよ、あっちは」
「うん。質問攻めから逃げてきたの」
「見たぞ、これ」
「だから、誤解なのよ」
「隠すことないのに水臭いな。マンガ雑誌の美少女コンテストでグランプリだろ」
「誰かが私の写真を勝手に送って応募してたのよ」
「マジ? 詩織がこういうのに応募するのはおかしいと思ったけどさ」
「編集者の人がいきなり押しかけてきて、その時に何枚か撮影したの。賞なんて取れるはずないって思ってたから放っておいたんだけど。急に連絡が来て驚いちゃった」
「いよいよ芸能界デビューか? マネージャーが必要なら声をかけてくれよな」
「公人までからかわないでよ。私がそういうのに興味がないのは知ってるでしょ。とっくに辞退したわよ。雑誌の差し替えが間に合わないから今回だけ載せてくれって頼まれたの」
「辞退しちゃったの、詩織ちゃん!?」
好雄が唐突に大声を出した。
「びっくりした」と、詩織。
「せっかくのチャンスなのにもったいないよ」
「有名人になりたいとも思わないし。私はいまのままで十分よ」
「詩織ちゃんならすぐにトップアイドルになれるよ」
「うふふ。ありがとう、好雄くん」
「なんだ、好雄は詩織にアイドルになってほしかったのか」
「あたりまえだろ。知り合いが人気アイドルになれば自慢じゃん」
「はは~ん。さては、詩織の写真を送った犯人は好雄だな」
「そうなの、好雄くん?」
「ち、ちがうよ、詩織ちゃん」
好雄はあわてた様子で否定した。
「もう済んだことだからべつにいいけど」
「ほっ」
「そういうわけだから、公人もみんなに説明しておいてね」
「オッケー。まかせとけよ。なんてたって詩織の幼なじみだからな」
「ふふっ。たよりにしてるわね」
親しみのある笑みを浮かべる。
かすかなフローラルな香りを残して詩織は自分の席へと戻っていった。
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