「藤崎詩織ちゃん、はいりまーす」
「よろしくお願いします」
大勢の現場スタッフの人たちに迎えられて、挨拶をした。
場所は、都内の学校。今日は、スポーツドリンクのCM撮影なの。
はじめてのタイアップ商品で、マネージャーにも気合いを入れろっていわれてる。CMをきっかけにブレイクしたアイドルはたくさんいる。
だから、どの事務所も期待の新人を売ろうと、あの手この手で仕事を取ってくる。本人の実力以上に、事務所の営業力がモノをいうわけ。
「まず校庭を走って、その後でプールに飛び込むシーンを撮影だ。日が明るいうちが勝負だ」
監督さんが、絵コンテを使って最終確認してくれた。
打ち合わせで何回も聞いてたから、頭の中でイメージはできてる。
シチュエーションとしては、授業中に教室を飛び出して廊下を走り、グラウンドを全力疾走をして、プールに飛び込む。それから商品のスポーツドリンクを飲む流れね。疾走感と清涼感が大切。
カメラテストで、制服にカツラの格好をしたADさんが何往復も汗だくで走ってった。まだ肌寒いし、プールに飛び込むのも大変そう。乾かす時間と手間を考えたら、ほぼ一発勝負よね。
「準備はいい?」
「はい。大丈夫です」
「プールに飛び込むときに、顔をぶつけないように気を付けて。あと勢いをつけてジャンプ」
「がんばります」
飛び込みには自信ある。元水泳部だもの。
部活はたのしかったけど、芸能活動が忙しくて続けるのは難しい。それにアイドルは日焼けがNGでしょ。
「シーン3、テイク1。スタート!」
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朝早くからはじまって撮影が終わったのは夕方前。
監督さんやほかのスタッフさんと映像をチェック。カゼをひくといけないので、制服は着替えて髪はちゃんと乾かした。
「OKです」
監督さんのOKがでて、スタッフの人たちが拍手をしてくれた。
撮影は無事終わり。
クランクアップの花束をもらった。いい香り。
「躍動感のある青春映像が撮れた。これなら話題になることまちがいなしだ」
「ありがとうございます」
帰りはマネージャーに車で家まで送ってもらったの。
「お疲れさま。商品のイメージにピッタリだって、スポンサーの人も褒めてたよ」
「ほんとに。CMっていつから流れるんですか」
「来月から」
「ふーん。けっこう早いんだ」
「新曲も合わせて出すからね」
「新曲?」
「有名な作詞家に頼んでるから期待していいよ。こんどレコーディングがある」
「どんな曲かしら。完成が楽しみ」
「このあいだのが、グラビアがかなり評判がよくて、雑誌社のほうからぜひ特集を組ませてくれってたのまれた」
「グラビアの仕事ですか?」
「そう。場所は神奈川のプール。こんどは水着の撮影があるよ。遊んでケガとかアザを作らないように」
「水着?」
「スクール水着とビキニ。もしかして不満?」
「えっ?」
「詩織の顔に書いてある」
マネージャーさん、鋭い。
自分がわがままみたいで、ちょっと気まずい。
「そうじゃ、ないけど。水着の撮影は、はじめてだし、自信がなくて」
「アイドルはみんなしてるよ。水着グラビアは、とくに男性ファンが喜ぶ」
「うん……そうですよね」
テレビで活躍してる、人気アイドルの人たちも、新人の頃は水着グラビアをしてるの。
だから、しょうがないわよね。
いつかは、あるんだろうなってわかっていたし。事務所に入るときにも説明があった。
それまでに、運動をして体をすこし引き締めないと。
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