はじめまして。私は藤崎詩織。
都内のきらめき高校に通う、高校2年生。
いまから話すのは、まだネットもスマホもない時代の話。
半年前、学校帰りに声をかけられて芸能事務所にスカウトされたの。
勉強や部活でいそがしいし断るつもりだったんだけど、事務所の社長さんにどうしてもとお願いされて、学業優先を条件でOKしたわ。
テレビ画面で可愛いドレスを着て歌っている姿に憧れないといったらウソになるでしょ。それに大好きな歌で大勢の人を幸せに出来たら、とてもステキだもの。
事務所は、正統派(?)アイドルとして売り出すつもりみたい。
でも、芸能人は覚えることがたくさんあって、私が想像してたよりずっと大変。
歌やダンスに、歩き方から挨拶の仕方まで。学校が終わると事務所に電車で移動して、夜遅くまでレッスン漬けの毎日。
どこまで通用するかわからないけど、やるからにはトップアイドルを目指してるの。
そのために部活を辞めたし、学校のみんなも応援してくれてる。
夢は、満員の武道館でコンサートを開くことなの。
◇ ◇ ◇
舞台袖で深呼吸をする。
スタッフの合図で、マイクを手にステージに元気よく飛び出した。
衣装は、この日のために用意した赤いアイドルドレス。赤は私のイメージカラーなの。それとトレードマークのヘアバンドね。スカートがヒラヒラしてて、見るからにアイドルって感じ。
今日は、私にとって、記念すべきはじめてのコンサートなの。
場所は、デパートの屋上にある小さなステージだけど。さっきまでヒーローショーをしてた。
客席には、事務所の告知を聞きつけてきた熱心なアイドルファンと、残りは家族連れの買い物客ね。
会場がすごく遠くに見える。緊張で心臓が飛び出しそう。
「藤崎詩織です。今日は見に来てくれて、ありがとう。みんなの心に届くまで一生懸命に歌うので、ぜひ最後まで聞いてください」
客席に向かって挨拶をする。
イントロが流れて、軽くステップを踏んだ。
デビューシングルの『もっと!モット!ときめき』を熱唱した。
恋する女のコの気持ちを歌詞にした、とってもステキな曲なの。私もすごく気に入っている。
歌詞をまちがえないようにしないと。
レッスンで学んだ通り、笑顔でファンの一人一人に目線を送って合わせた。
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「おつかれ。はい、ジュース」
控室に戻ると、マネージャーが冷たいジュースを渡してくれた。
マネージャーは男の人なの。テキパキしてて、仕事が出来るタイプ。
「ありがとうございます」
「良かったよ、ステージ」
「緊張して、途中振り付けをまちがちゃった。どうしよう」
「すこしぐらいミスがあったほうが愛嬌があって人気が出る」
「次はもっとうまくできるように頑張らないと」
ステージに出るまでは、カチコチに緊張していたのがウソみたい。
自分でも信じられないぐらいすごく楽しかった。
会場のお客さんが私の歌を聞いてくれて、注目してくれて、いままで努力した成果が報われてる気がした。あの一体感は、他だと味わえないかも。
「客席のファンもすごく盛り上がっていた。詩織は天性のアイドルの素質がある」
「そうなのかなぁ……ぜんぜん自信ないけど」
「詩織はもっと自信を持った方がいい。ビジュアルも清楚な雰囲気も抜群。芸能界にも他にいない」
「マネージャーさんがいうのならそうなのかも」
タレントの仕事を管理するだけじゃなくて、モチベーションアップもマネージャーさんの仕事よね。
お世辞でもそういわれると、素直にうれしい。
「これからバンバン仕事を増やすぞ」
手帳を開いて、スケジュールを確認してた。
まだ手帳に書くほど仕事はないと思うけど。
「今週はコンサートの準備でいそがしかったし、学校のみんなとゆっくり話したい」
「来週はラジオに雑誌のインタビュー。それにグラビア撮影だな」
「マンガ雑誌?」
「ドキドキJK通信だよ。ちょっとマイナーなアイドル雑誌。知らない?」
「聞いたことない」
私、アイドル雑誌がどんなのかくわしくは知らないの。
女の子はそういう雑誌を買うことないでしょ。ファッション雑誌とか少女コミック。
ドキドキJK通信って、なんだか名前が怪しい?
「グラビアがメインの雑誌だよ。読者層は高めの」
「ふーん。そうなんだ」
「場所は都内のスタジオだから、事務所から車で送迎だ。あとで雑誌を見せてあげるよ」
「制服ですか」
「体操着にスクール水着もあるかな。定番コース」
「水着もあるんだ」
「もしかして嫌?」
「そういうわけじゃないけど……」
アイドルをやると決めた時から覚悟はしていたけど、いざ仕事が決まるとついに来た、という気持ち。
契約する時に事務所から説明があったし、いまさら嫌なんていえるわけない。
売れっ子の女優さんも、若い頃にはみんな水着になってる。アイドルと水着は切っても切れないもの。
これぐらいで躊躇してるようだと、人気アイドルになるのは絶対に無理。
「新人なんだし、いまは名前を売らないと。ファンを増やすチャンスだ」
「あ、はい。そうですよね……」
それをいわれると一番辛い。
新人は、とにかく知名度をアップさせることが大事なの。
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