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1.こんな主人公はいやだ

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 俺は高見公人(たかみ・なおと)。
 都内のきらめき高校に通う二年生。ごく普通の男子生徒だ。

 六月、教室で下校の準備をしていた。
 窓の外には気持ちのいい空と街並みが広がり、グラウンドでは練習をはじめた運動部の姿がある。
「おつかれさま。今日も勉強がんばったわね」
 おなじクラスの詩織が俺の席にきた。
 詩織は俺の幼馴染だ。家が隣で、小中高とおなじとこに通っている。
 艶のあるストレートヘアにトレードマークのヘアバンド。おとなっぽさの中にあどけなさの残った整った顔立ちで、前髪が眉に軽くかかった愛くるしい瞳をしている。
 どこからともなくフルートの音色が聞こえてくるような雰囲気。黄色いリボンがあしらわれた空色のセーラー服が、詩織のためにデザインされたみたいにとてもよく似合っている。
 それを本人にいうと「まるで制服がかわいくて、私はたいしたことないみたいじゃない」ってすねる。
 ムッとして唇をとがらせたりして、そういう女の子らしい仕草も完璧だ。
 高校のアイドル的存在で、詩織といると男子からの敵意を感じる。

「テニス部も休みだし、帰りに駅前のミスドでも寄らない?」
 はじめは聞きまちがえと思った。
 詩織は澄んでいて落ち着いた声をしている。
「めずらしいな。詩織がさそってくるなんて」
「あら、私とじゃ不満?」
「俺がさそっても友だちに噂されるとはずかしいしって断られるだろ」」
「たまには幼馴染らしいことをしておいてあげないとね」
 両腕を体の後ろにして、やさしい微笑みを浮かべる。
 よく男子が詩織のことを天使のような美少女っていうけど、本当にそのとおりだと思う。
 怒らせるとかなり怖いけど。
「ノートと教科書を全部入れた?」
「入れた」
「明日は英語の課題があるわよ」
「わかってるよ。いちいち母親みたいだな」
「あー、なに、その態度。いつも私にノートを写させてくれって泣きついてくるのは、どこのだれかしら」
「俺が悪かったです」
「わかればよろしい。もっと感謝しなさい」
 いつも勉強を教えてもらっているので頭があがらない。
 詩織は字が綺麗なのでノートを写しやすい。
「ねえ、昼休憩に隣のクラスの美緒ちゃんと図書室にいたでしょ。たまたま見かけたんだけど」
「それがどうかしたの」
「ちょっと気になって。なにを話してたの?」
「図書委員の仕事について。新刊はどんな本がいいかとか。たいした話じゃないよ」
「ふ~ん……それだけ?」
「そうだよ」
「なんだかとても親しそうに見えたわ」
「普通だよ。作者について教えてもらったり、共通の話題があるから話しやすいのはあるかも」
「おとなしくてなんでもいうことを聞いてくれそうだし、男子はああいうタイプって好きそうよね。メガネっ子で」
「メガネは関係ないだろ」
「もしかしてデートにさそってたりして」
「映画を見にいったぐらいだよ、一回」
「初耳だわ。いつ?」
「このまえ」
「どうして私にだまってたの??」
 詩織が片手を机についた。
 目がすわって、声のトーンが変わる。
「べつに詩織に連絡する必要ないと思ってさ」
「あたりまえでしょ。なおとがだれとデートしても私には関係ないもの」
「あのさ……もしかしてやきもちを妬いてる?」
「ハア? どうして、私が」
「やたら聞いてくるし、怒ってるみたいだからさ」
「ぜんぜん怒ってないわよ!」
 そのわりに圧がすごい。
 なんでもソツなくこなして、学校の人気者だけにプライドが高い。
 単純に負けず嫌いなんだと思う。
 高校生になってもそういうところは昔と変わらない。
「詩織の好きなエンゼルフレンチをおごるからさ。機嫌なおせよ」
「そんなことでごまかされないわよ」
「だいたい詩織をデートにさそってもOKしてくれないのが悪いだろ」
「それとこれは話がべつよ」
「デートぐらい普通だと思うけどな。詩織はまじめっていうか子供だなぁ」
「なおとだけにはいわれたくないわ。私のどこが子供っていうのよ」
「いまどき小学生でももっと進んでるよ。最後まで経験したやつもクラスにいるのに」
「他人は他人よ。まだ高校生なんだし、学業が大切でしょ」
 優等生らしい理屈だ。
 ふと、詩織が教室の反対側を見た。
 つられてそっちを見る。
 廊下側、並べた机の上にすわって、ワイシャツに学生ズボンの男子二人がしゃべくっていた。
 一人は坊主頭で顔にニキビがあって、もう一人はメガネをして小太りな体型をしている。あまり見ない顔だ。ときどきこちらの様子をうかがっている。
 すでに大半の生徒は下校して、教室には俺と詩織の他に数人しかいなかった。
「あの二人、さっきからこっちを見てない?」
「たしかF組のやつらだろ。廊下で見かけたことがある」
「なにを話してるのかしら」
「おおかた詩織のことだろ。彼氏はいるのかなとか、スリーサイズはいくつかとか。男子は女子のことしか考えてないからな」
「なおとも?」
「俺はちがうよ」
「……いいことを思いついたわ」
 詩織は右手の指先を髪に当てた。
 悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 嫌な予感がした。
「なにをするつもりだ」
「なおとはここで見てて。さっき私がいったことが本当だって教えてあげる」
 体の向きを変えて、詩織は二人が腰をおろしている机に近づいた。

「ねえ、なにを話してるの?」と、詩織が声をかける。
「ふ、藤崎さん!?」
 いきなり詩織に話しかけられて、二人とも驚いている様子だ。
 向かって右側、坊主頭でニキビのある男子が「学校の女子についてだよ」と返事をした。
「そうそう」と、左側の小太りな男子が話を合わせる。
「私も混ぜてくれない」
「藤崎さんなら大歓迎だよ」
「よかった。ちょうど退屈してたの」
 詩織は二人のあいだにすわった。
 ベンチに並んですわるようにニキビ顔の男子と小太りの男子に挟まれている。
 二人ともデレデレだ。
 いつもは遠くから眺めることしかできないあこがれの女子生徒がすぐ隣にいるのだからラッキーだろう。
「二人はどこのクラス? A組じゃないでしょ」
「俺らはF組」
「F組の担任は古文の先生よね。女子のどういう話をしてたの?」
「どいつが女子に告ったとか。あと学校で一番かわいい女子はだれか」
「興味あるなあ。B組の沙希ちゃん? それとも魅羅ちゃんかしら」
「ダントツで藤崎さん! なあ、おい」
「当然じゃん。きらめき高校のアイドルだろ」
 小太りの男子がオーバーアクションで盛り上げる。
「みんなかわいいし人気があるでしょ。私なんか足元にもおよばないわ」
 とかいいつつ、詩織はまんざらでもない様子だ。
 他の女子との比較で、上だといわれたのが素直にうれしいらしい。
 男子にチヤホヤされてたのしくないわけがない。
「私のどういうところが魅力的かしら? 参考に教えて」
「やっぱ顔とスタイル! それに性格も。テレビに出てる芸能人より美人だよ」
「ふふっ。お世辞でもうれしい」
 たのしそうに男子二人としゃべっている。
 普段の教室では、詩織は仲の良い女子といる。
 あいつらもトークスキルが高そうだ。女子が喜びそうな話題を選んでいる。
「藤崎さんって彼氏いるの?」
「いないわよ」
「ヤバくない? いままで死ぬほど告られてきたでしょ」
 詩織に彼氏がいないのは、学校の七不思議のひとつに数えられている。
 きらめき高校には、卒業式の日にグラウンドにある大きな樹の下で告白すると永遠に結ばれるという伝説があり、ロマンチストの詩織はそれを信じている。
 なので、高校を卒業するまで恋人を作らないと決めているのだ。
「俺が彼氏に立候補しようかな」
 ニキビ顔の男子が体を密着して顔を近づける。
 セーラー服の胸元を覗き込むようにした。
 俺の場所から見ていてもわかる、目つきがすごくスケベだ。
 美味しい餌を目の前にした若い猿みたいな顔になっている。
「すごくいい匂い。石鹸の香りがする」
 顔を寄せて鼻をクンクンと動かしている。
 詩織の体からはいつも甘い香りがする。
 女子はみんないい香りがするけど、中でも詩織は特別だ。
 ほのかにラベンダーのような。ずっと嗅いでいたくなる。
「首筋に息がかかってくすぐったいわ」
「詩織ちゃんの髪って綺麗だよね。さらさらで。さわってみてもいい?」
「いいわよ」
 詩織はためらう様子もなく許可した。
(へんだぞ。詩織が髪にさわらせるなんて)
 休憩時間になると、こまめにブラッシングして手入れをかかさない。
 幼馴染の俺でもなかなかさわらせてもらえない。
 それぐらい詩織にとって髪は大事なパーツだ。
「しっとりとして、すごく繊細な髪だね」
「毎日の手入れはもちろんだけど、寝る前に海外製のヘアオイルをつかってるの」
「脚もスラリとして美脚だよね。モデルみたい」
 小太りの男子がスカートから伸びた詩織の脚に手を伸ばした。
 ほどよい肉づきをした太腿を触りだした。
(あいつ!! 詩織の太腿に手を!!)
 教室での痴漢行為に俺は椅子から立ち上がった。
 詩織も驚いた様子でビクンと体を揺らした。
 両手でスカートの裾を押さえる。
 視線で、俺にその場を動くなと合図を送っている。
(なにを考えてるんだ、詩織は??)
 俺はだまって見守るしかなかった。
 ハラハラとする。
 この先、男子がどう動くか予測がつかない。
「色白だし肌もすべすべだね」
 小太りの男子はすっかり鼻の下を伸ばしている。
 詩織が嫌がらないのをいいことに太腿の全体をマッサージするようになでる。
 俺ですらさわったことがないのに!!
「ガードが堅いイメージだったのに今日はいつもと雰囲気がちがうね。藤崎さん、なにかあったの?」
 坊主頭にニキビ顔の男子がさらに接近する。
 いまにも詩織の首筋を舐めそうだ。
 人生最大のチャンスとばかりに距離の詰め方がえぐい。
「……べつのクラスの男子と話す機会がなかったから、たまには話してみたいなって」
「連絡先を交換してくれる? ID教えてよ」
 詩織はスマホを取り出した。
 あっさりと連絡先を教えていた。
「やったね! 藤崎さんのIDゲット!」
「他の人には教えないでね」
「たのまれても断るに決まってるじゃん。これからは俺らともっと仲良くしようよ」
「私も気軽に遊べる男子の友だちがほしいって思っていたところよ」
 詩織がチラリと俺を見た。
 完全に当てつけだ。
「藤崎さんって透明感があって、ほんと抜群にイケてるよね」
「うふふ。そういってもらえるとうれしいわ」
「男子について知らなそうだし、俺らがいろいろと教えてあげるよ。胸のサイズいくつ?」
「えっ!?」
「意外と大きいよね」
「ふ、普通よ」
「うそだー。たしかめてみていい?」
 詩織が返答に困っている。
 その隙にニキビ顔の男子は制服の胸にタッチした。
 片手でモミモミと揉みはじめた
「やっぱでかい!! Dカップはあるんじゃない!?」
(なにしてるんだ、あいつ!!)
 一気に頭が沸騰した。
 俺もうすうす大きいなとは思っていたけど絶対に口に出してこなかった。
 いったら絶対に殺される。
 それぐらい詩織の胸は成長がいちじるしい。
「あ、あん……だめよ」
 詩織の顔が赤くなる。
 身をよじるばかりで目立った抵抗はしない。
 むしろ相手のタッチに身をまかせている節がある。
「ハアハア、やわらけえー」
 鼻息がここまで聞こえそうだ。
 ニキビ顔の男子は制服のバストをモロに掴んでまさぐる。
「あっ、あん……」
「あれ、もしかして感じてる?」
「そんなわけ……」
「あこがれの藤崎さんの胸を揉めるなんて夢みたい」
「だめ……クラスメイトに見られる」
「平気平気。みんな気づいてないよ」
(どうしてたすけを呼ばないんだ??)
 それが不思議でしかたなかった。
 いつもの詩織なら、男子の顔を引っぱたいて秒殺なのに。あと相手をさげすんだ視線で見つめる。
「藤崎さんって、どんな下着を身に着けてるの」
 太腿をさわっていた小太りの男子がスカートの淵に手を伸ばした。
 詩織は反射的に膝と膝とくっつけて閉じ合わせた。
 これ以上はダメだという意思表示だ。
 だが、力づくで膝をこじ開けられると、男子の手が奥に侵入した。
「あっ……いやぁ……」
 詩織の愛くるしい瞳が潤んだ。
 トローンとした表情で遠くを見つめる。
(もしかして、下着の上からアソコを触られたのか????)
 心臓がドクン! とした。
 絶対にそうだ。
 俺の位置からだと見えないけど、そうとしか思えない。
 いまや詩織は二人の男子にはさまれて制服の胸を揉まれ、スカートの奥を悪戯されている。
(ハアハア。なんだよ、このエロゲーみたいな状況は!? 絶対おかしいだろ!!)
 胸が締め付けられるような感覚。どんどん息苦しくなる。
 こんな気持ちははじめてだった。
 詩織をたすけたいという気持ちと、男子にエッチなことをされてて感じてるのか?? という疑問が頭の中でぐるぐる回って混乱した。
 いつのまにかズボンの中では痛いぐらい勃起していた。
「はい、おわり! そこまでよ!」
 とうとつに詩織がピシャリといった。
 男子たちの手をサッと払いのける。
 机を降りると、ニキビ顔と小太りの二人を残してこちらに戻ってきた。
 顔は微妙に上気したまま。
「なおと、帰りましょう」
「お、おう……」
 荷物を持って、詩織と教室を後にする。

 校門を出て、先を歩く詩織を追いかける。
 詩織は学生鞄を両手でさげている。
「さっきのはなんだったんだよ、詩織」
「見ててどう思った?」
「……すごくハラハラした。もし先生に見つかってたら注意じゃすまないだろ」
「大切な幼馴染が他の男子に体をさわられてるってドキドキした?」
 歩きながら詩織が横目で俺を見る。
 どことなくすっきりした表情に見えた。
 口もとにはわずかに笑みを浮かべている。まるで俺の動揺を見透かしているように。
「図星みたい」
「心配してあたりまえだろ。ああいうやつらはなにを考えてるかわからないし。もしケンカになったら二人相手に勝てるわけないだろ」
「なおとってほんと意気地なしね。これで私が子供じゃないって証明できたでしょ」
 まるで勝ち誇ったような口ぶりだ。
 それが目的だと、ようやくわかった。
「もしかして、そのためにあんなことをしたのか? 危険すぎるだろ」
「だって、なおとが他の女子のことをうれしそうに話すから聞いててすごく腹が立って」
「……気をつけろよ。そうでなくても詩織のことを狙ってる男子は多いのに」
「私もおどろいた。まさかスカートの奥まで手を入れられるとは思わなかったし。生まれてはじめて胸をさわられたわ。男子の手ってゴツゴツしてるのね」
「おいおい……。連絡先を教えて平気なのか」
「すぐにブロックするわよ」
「ひでえー」
「ふふふっ。おかしい」
 詩織が急にくすくすと笑い出した。
「なんだよ、一人で笑いだしたりして」
「思い出したらおかしくて。なおと、マンガみたいに絶望的な顔してたから」
「わ、わるかったな。からかうのもいいかげんにしろよ」
「でも、これでよくわかったわ。なおとは私のピンチを眺めて興奮する変態ね」
「なんだよそれ」
「いいのよ、隠さなくても。幼馴染なんだし、ぜーんぶわかってるわ」
「だから、ちがうって」
「ほら、ムキになった」
「ほんと性格悪いな、詩織は」
「クラスのみんなにはやさしいねっていわれてるのよ。それとドーナツの件を忘れないでね」
「ほんとチャッカリしてるな」
 口喧嘩で詩織に勝ったためしがない。
 いつも詩織が主で、俺が従の関係性だ。きらめき高校を受験したのも同じ高校に通いたいという目的だった。
 こうしてこの日はドーナツ店に向かった。

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