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1.White afternoon

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作者:しょうきち

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     1

「あら、もうこんな時間……。今日はこのくらいにしておこうかしら……」
 夕日の差し込む時間帯。部屋の中には妙齢の美女がいた。
 手にした本のページを閉じ、机の端に置く。ただそれだけなのに、一枚の絵画になりそうな佇まいである。
 緩やかにウェーブしたロングヘアが、膝裏あたりまで伸びている。柔和な笑みは見る者総てを朗らかな気にさせ魅了する。
 「彼女が美人でなかったらば、地上で美人と呼ばれる者の8割はその定義から外れるであろう」とは自信も世間一般の評価においてはかなりの美人に位置付けられている、テュッティ・ノールバックの弁である。
 その女、ウェンディ・ラスム・イクナートはただ美しいだけの女ではない。
 神聖ラングラン王国が進める魔装機計画、その中でも計画の肝となる高位精霊の降臨術を編み出し、また中心的な機体であるサイバスターを初めとした幾つかの機体の設計を手掛けている、地底世界『ラ・ギアス』全土でも有数の練金学士なのであった。
 その才能、能力、業績は陳腐な表現を借りるならば、一言で言って『天才』である。
 それでいて女性らしい優しさや心配りにも長けており、更には可愛らしい小物集めが趣味といった少女的な部分も併せ持っている。
 そんな才色兼備を絵に描いたような彼女であるが、一つだけ悩みがある。

 この日は久々の休日であった。
 溜まった洗濯物と部屋の掃除を終わらせ、昼頃から読書を始めたウェンディは、時刻が既に夕方になり、部屋に差し込んでくる夕日を感じ、はじめて思っていた以上に時間が経過していたことを認識した。
「ふーっ、やだ。つい夢中になっちゃったわね……」
 ウェンディは火照ったような表情で、読み終えた本を机の端に重ねた。
 天才と呼ばれる人間には幾つか種類がある。ある問題にと直面したとき、本人にも説明できない、常人とは異なる思考回路によって独創的な解を導き出す者もいれば、人並外れた経験とたゆまぬ努力を重ねた結果、結果として余人には理解しがたい解に至る者もいる。後者は秀才と呼ぶのが正確かもしれないが、他人からすれば余人を持って代えがたい存在であることには変わり無い。
 どちらが優れているというものではないが、得られた知識や経験を理論化し、後世の人間へ伝えてゆく事が出来るのは大抵の場合後者の種類の天才である。
 そしてウェンディ・ラスム・イクナートは後者よりの人間である。ファンシーな小物集めなどの女性らしい趣味も持っているウェンディであるが、その本質は一流の練金学士らしく知識の求道者なのである。
 暇さえあれば新たな知識を求め含め様々なジャンルの本を読んでいる。最近は地上文化ブームの名残もあってか地上で執筆された本(のラングラン語翻訳版)を読んでいることが多い。
 この日は少し前に購入した地上の本を纏めて読もうとしていたのであった。読むスピードが早いため、様々なジャンルの本をまとめて読む。タイトルから少しでも興味を引いたものは片っ端から購入していた。
 だが、そこに誤算があった。
(こ、これ……みんなエッチな本だわ……。私、なんでこんな本買っちゃってたのかしら……?)
 『美容と健康』、『石鹸の国』、『紳士の美学』(いずれも神聖ラングラン王国共通語翻訳版)これらが今日、ウェンディが読もうとしていた本である。 中身は見ずに、タイトルと簡素な説明文のみ見て購入したものである。
 だがこれらは、地上の言語がラ・ギアスの言葉が自動翻訳にかけられる際に起こってしまった致命的バグの産物であった。
 端的に言うならば、これらは全て性風俗に関する本である。それぞれ『ファッションヘルス』『ソープランド』『メンズエステ』の写真入り解説本であり、平たく言えばエロ本であった。翻訳本ゆえに装丁は当たり障りの無い無地で、表紙はタイトルがポツンと書かれているだけの素っ気ないものである。
 ページを開いた瞬間、妖艶に微笑む裸の女がウェンディの目に飛び込んできた。
 その時点でひっくり返りそうになったが、ついつい好奇心に負けてページをめくった。
 乳房や口腔を巧みに使って男性器を愛撫し、悩ましい顔つきでそれを体内に納める。最後のページは顔面に大量の白濁液を浴び、恍惚とした表情で舌を突き出す女の顔が大写しとなった写真であった。
(わわっ……! す、凄いわ……。あ、あんなことまで……!)
 いけないとは思いつつも、頁の隅々までじっくり舐めるように見回していた。気づけば夕刻となっていた。
 まるで男子中学生のように、時間が過ぎるのも忘れこれらの本にのめり込んでしまっていた。
 ウェンディは29歳にして未だに処女であることを密かにコンプレックスに思っていた。
 学生時代からそのルックスに引かれて粉を掛けてくる男は数多くいたが、そう言う男は得てして自信過剰だったりどこかネジの外れた変人だったりする。そうした男を避け、魔装機の仕事に没頭している内に時は過ぎ、気づけば間も無く三十路が迫っている。男が欲しくないのかと言われると決してそんなことはないのだが。
 そんな想いだけが悶々と募り、かと言って周りからの評価は恋愛経験豊富な大人の女性といったもので恋愛相談などされることはあってもする相手などいない。
 ウェンディは最近、年齢制限つき恋愛シミュレーションゲームにも手を出している。
 麗しいルックスを周囲に見せつけていながら、中身は喪女一直線である。

 そんな残念美女・ウェンディであるが、気になっている男性がいる。
 相手の名は、マサキ・アンドーという。魔装機計画により地上、日本国から召喚されてラ・ギアスへとやって来た少年で、ウェンディの最高傑作である魔装機神サイバスターの操者を務めている。
 マサキとはサイバスターの開発を通じて親しくなってゆき、そして成り行きから口移しでプラーナ補給━━平たく言えば、キスをしたこともある間柄である。
 それからというもの、ウェンディの心中におけるマサキは唯一無二といっていいほど大きな存在となっていた。
 だが、自分が大きな気持ちを向けているからといっても、相手も同様であるとは限らない。特に11歳もの、しかも女の方が年上という歳の差は、元々積極的な方ではないウェンディが飛び越えてゆくには随分と高い壁となっていた。
(マサキ……。私の事、本当はどう思ってるのかしら……?) 
 一人で休日を過ごしていると、そのような事を悶々と考えてしまう。
 貴重なオリハルコニウムで出来たペンダントをくれたり、疲れ気味の時はお姫様抱っこしてくれるなど、びっくりするほど優しいときもあれば、何年も放置されたり、ぶっきらぼうな振る舞いをされる事もある。
 マサキが誰にでも優しいのだけなのか、それとも本当に好意の矢印を向けてきてくれているのかについては自信が持てずにいた。
 そのような態度に、ウェンディの心は千々に乱れるのであった。

      2

 丁度日没前後の時間帯、コンコンと部屋の扉をノックする音があった。
「ウェンディ、いるか? ちょっと聞きたい事があるんだけどよ」
(ま、マサキ……!)
 突然の訪問であった。ウェンディは驚きと嬉しさが入り交じった声色となった。
「あ、あら……マサキ、珍しいわね。どうしたの?」
「いや……ちょっとよ。最近サイバスターの調子がな……。研究室に行ったら、今日はオフだっていうからこっちにな。そ、その、迷惑だったか?」
「そっ、そんなこと無いわよ! 絶対ないわっ!」
「……」
「……」
 お互いの顔を見合い、目をぱちくりとさせる。
 ウェンディはだらしなく弛緩しそうになる頬を必死で吊り上げて、いつもの笑顔を作り上げた。
「そ……それで、どうしたの?」
「あ~、それで、相談なんだけどよ、ここんとこコスモノヴァの調子がな……。いやな、前みたいに壊れて打てねえって事はねえんだけど、どうもキレがいまいちっつうか、どうも、決めきれない事が最近多くってよ」
「ええ、分かったわ。今度見ておくわね。でもね、見てみないと確かなことは言えないけれど、故障ではないと思うわ。恐らく」
「ど、どういう事だよ?」
「サイバスターはね、あなたの心身のコンディション、つまりプラーナの高まり具合によって調子が上下することは知ってるわよね? つまり、あなたにとって満足いくパフォーマンスを発揮できていないということは、サイバスターじゃなくてあなたの中に不足があるということなのよ」
「う……。確かに、そうかもしれねえ……」
「大丈夫よ、マサキ。不安に思う必要なんてないわ」
「う、ウェンディ?」
 ウェンディはマサキの手を取り、きゅっと握りしめていた。
「大丈夫よ。あなたはサイフィスに選ばれた魔装機神操者なんだから。それは、このラ・ギアスに住む全ての人々の想いに認められたという事なのよ」
「そうは言っても、何て言うか、フワッとした概念って言うのか、あんまり実感が持てねえんだよな」
「じゃあ、こうしましょう。たとえ誰が何と言おうとも、精霊の事なんて無くっても、あなたの事は、いつだって、どんなときだって私が信じてるわ。世界がどうとか言われてもふわふわしててピンと来ないと思うけど、あなたとサイバスターを信じる想いは、少なくともここに一つは在るのよ。あなたを信じる私を信じて」
「ウェンディ……」
 しばらく無言で見つめあっていた。気恥ずかしさから、マサキは傍らに見えた本に手を伸ばした。
「え、えーっとよ、その、ウェンディ。ええと、難しそうな本読んでんな。一体なんの本読んでたんだ? 何々、紳士の美学?」
「ふ、ふぁっ!?」
「うわっ。急に噴き出すなよ。大丈夫か?」
 ウェンディは思わず素っ頓狂な声を上げていた。 先程読んで置いておいた本である。机の上に出しっぱなしになっていたのを忘れていた。ただしこれらは、表紙やタイトルからは一見分からないが、中身は男女が全裸で絡み合う写真が満載の成人向け書籍である。
「んっ?」
「あっ……そ、それ、それね。ちょっとした……え~と、け、健康体操っ! マッサージの本よ。プラーナを高めたりとか、そういう類いの。そうよ。いかがわしい本とかじゃないわまして年齢制限があるような本なんかじゃないわよ」
「な、なんだよ急に。ウェンディがそんな変な本読んだりなんてしてねえって事ぐらい分かってるぜ」
「え……、お、おほん。そ、そうよね。ええ……」
「と、ところでよ、さっきプラーナを高めるとか何とか言ってたよな。そういうのがあるならさ、俺にも教えてくれよ」
「えっ!? ええと、その、こ、これはちょっと難しいのよ。だからマサキにはちょっと……」
「んだよ。ケチだな」
「ケ、ケチっ!?」
「別に教えてくれたっていいだろ。減るもんじゃねえしよ。それとも、俺じゃあ出来やしないって思ってんのか? やってみる前から馬鹿にして、鷹を括ってやがるのか?」
「ち、違うわよ。こ、こ、これはね、二人で協力してやるマッサージなの。だからここで教えても意味がないのよ。ね、だからしょうがないの。そんな……私がマサキの事をバカになんてするわけないじゃない」
「なんだ、そういう事かよ。でも、丁度いいじゃねえか。今ここに二人いるんだしよ。やってみようぜ、ウェンディ」
(ああ……墓穴を掘っちゃったわ……! ど、どうしよう……!)
 マサキは真っ直ぐな目線を向けてきていた。これでは「やっぱり嘘だ」などとは言えない。言えばマサキに失望されてしまう。
「マサキ……本当にするの?」
「ああ、勿論だぜ」
「やっぱり途中で『や~めた』なんて言わない?」
「言うわけねえだろ」
「難しくても、途中で止めたりしない?」
「ああ。や~ってやるぜ。どうすればいいんだ?」
「マ、マサキ……!」
 後戻りは出来ない。ウェンディは息を呑んだ。
「そ、それじゃあ……、マサキ、そこのベッドに仰向けになってくれる?」
「お、おう。こうか?」
「目を瞑って」
「おう」
「始めるわね」
 ウェンディは仰向けで目を瞑るマサキに跨がり、馬乗りの姿勢となった。
「お、おい……?」
「まだダメよ。目、閉じてて……」
 ウェンディはマサキの上に跨がったまま、顔を近づけていった。唇が触れる数センチ手前━━鼻息さえ感じ取れる距離まで顔を近づけると、マサキが緊張し、興奮しているのが手に取るように分かった。
(こんなことになっちゃったのは、マサキのせいなんだから。少しくらい悪戯してもいいわよね。大体、マサキはいつも鈍感なんだから。少しでも女の気持ちを意識してもらわなくっちゃ)
 ウェンディは更に大胆に、ジャケット、そしてシャツの中に手を差し込み、胸板を撫でた。先程まで見ていたメンズサロンの本では、もっと過激なスキンシップを全裸で行っていた。服も脱いでいないし、キスさえもしていない。だからこれは性行為ではない━━ただのマッサージである、そう自分自身に言い聞かせながらマサキの身体をまさぐってゆく。
「ふぅ……、ふぅ……」
「お、おい……」
「マサキ、動かないでね。私のいう通りにしないと、だめ……なんだから……」
 ウェンディ自身、平静な気持ちを保っているのが難しかった。興奮している、と言ってもいい。それもこれも、マサキがどうしてもマッサージを教えてほしいなんて言ってきた所為だ。
「んっ……?」
 ウェンディの臀部あたりに、何かがぶつかる感触があった。はじめは枕か何かが転がっていたためかとも思ったが、それとは異なる固さをしており、何より無機物ではあり得ない熱を帯びていた。
「いや、その……急にこんな事になっちまったもんだから……よ」
「や、やだ……!」
 尻に触れていたそれの正体は、固くなったマサキの股間であった。
 腹の底に、じんわりとした熱気を感じた。
 ウェンディは勃起した男性器に触れるのは勿論はじめてである。苦悶の表情を浮かべるマサキは、何かを必死で堪えているようにも見えた。
「ね、ねえ、マサキ、大丈夫? こ、これ.…痛いの?」
 処女であるウェンディには、それが何を意味しているのか、頭では理解できても本質的な意味は理解できずにいた。
 だからなのか、ウェンディは盛り上がった箇所を無作法に撫でた。打ち身や裂傷のような患部を労るように優しく、である。
「う、うわあっ! や、やめっ、いや、あ、 あぐうっ!」
 堪らずマサキがうめき声を上げる。
「マ、マサキ!? どうしたのっ、苦しいの!? しっかりしてっ! 今、プラーナを補給してあげるから」
 ウェンディはマサキの口に自身の唇を重ねた。 勃起した股間をしなやかな指先で優しく愛撫され、ダメ押しとばかりに数年ぶりとなるキスを受けた結果、マサキの腰が激しく跳ね上がった。
「あぐっ……! くぅ……うあううっ……!」
 ウェンディの手の中では、何かがドクンドクンと脈打っていた。ズボンの先端にじわりと生臭い染みが広がってゆく。
 男を射精に導いたことなど生まれてこの方一度もないウェンディである。脳内にある膨大な机上の知識を総合して、それが精液であるという事に思い当たったときには後の祭りであった。
「あ……ま、マサキ……これって、せ、せ……その、あの……ご、ごめんなさい……」
 マサキは両目を前腕で覆っており、顔色を窺い知ることは出来なかったが、どんな顔をしているのかは判る。恐らく、殆ど泣きそうな顔をしている。
 気まずい沈黙が流れた。
 マサキは身動きせず、なにも言わない。
 沈黙に耐えられなくなり、ウェンディがぽつりとこぼした。
「あ、あの……マサキ……。パンツ、洗ってあげるから……」
「要らねえよっ!」
「あうっ! マサキっ!?」
「独りに……させてくれっ! 後生だっ! うわあぁぁああっ!」
 マサキは飛び起きると、ウェンディを突き飛ばして涙目で走り去っていった。部屋に一人残されたウェンディは、呆然としたままなにも言えず、その後ろ姿をただ見送っていた。

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