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1.望まぬ再会

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作者:しょうきち

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 厚生労働省によると過労死基準となる月当たりの残業時間は、1ヶ月当たり80時間と定められているのだという(『脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準について』(厚生労働省通達)より)。
 これは、月に概ね20日程度働く労働者として換算すると、毎日平均4時間程度の残業に相当しており、残業時間と併せ1日12時間勤務が続いている状態ということになる。
 定時が9時ー5時とすると、仕事を終える事が出来る時間は夜の9時頃という事になる。そこから帰路に就くと帰宅は10時といったところか。
 それ以上の残業は労働者の『健康で文化的な』生活に悪影響を及ぼすというのが、お上からのオタッシというわけだ。
「じゃあ、何で過労死ラインを越えてる俺の給料は手取り20もいかねぇんだよ。クソがぁッ!」
 週刊紙の過労死特集の記事を見ながら、高見公人は駅のホームでひとりごちていた。怒りのあまり石ころを蹴飛ばすと、非常停止ベルの柱へぶつかり線路へと転がり落ちていった。
 公人が東京都内にある私立きらめき高校を卒業して、早7年の月日が過ぎていた。
 たゆまぬ努力の結果、公人は高校卒業の日にきらめき高校の校庭にある『伝説の樹』の下で、見事幼い頃からの想い人である藤崎詩織と愛を確めあう事に成功した。しかし、今となってはその瞬間が人生のピークであったのかもしれない。
 公人は高校卒業後も詩織と共に過ごしたい一心で猛勉強を重ね、その結果、詩織と共に一流大学合格を果たした。しかし、無理に無理を重ね、人生において発揮できるエネルギー総量を高校生活の中で使い果たしてしまった為であろうか。その先の人生は精彩を欠くものであったと云わざるを得ない。
 日本国における他の多くの学生もそうであるのだが、一般的な大学生は勉強をしない。それは、多大なストレスとなる大学受験から解放された反動であったり、何もかもが自由な大学という環境がそうさせていたり、『何を勉強してきたか』よりも『何々大学を出たか』、『サークルやバイトは何をしていたか』しか聞かれる事のない日本国内の主要な企業における人事採用システムがそうなっている事に原因がある。しかし、それらを一緒くたにまとめて『自己責任』という美辞麗句で括っているのが、昔から変わらぬ日本という国なのである。
 公人も例に漏れず、一流大学へ入学しただけで満足してしまい、その後の4年間は新たな目標を抱く事も無く遊び呆けて過ごしていた。高校で人生の一大目標を果たしてしまった反動か、それこそ他の一流大生よりも更に輪をかけてである。
 幸いにも要所要所で甲斐甲斐しく世話を焼く恋人の詩織の支援もあって、辛うじて落第は免れていた。しかし、不運なことに就職活動のタイミングと世界的な金融不況とが重なってしまっていた。
 大学ブランドさえあれば余裕で一流企業へ就職出来ると高をくくっていた、公人の甘い展望は無残にも打ち砕かれていた。
 不景気による逆風の下、就活を舐めきって臨んでいた公人は、一流大生でありながらも数多くのお祈りメールを受け取る結果となった。最終的に、辛うじて引っ掛かった二流企業へと入社していた。
 一方の詩織は、抜かりなき人生設計のもとで、中央官庁へ主席で合格していた。
 誰が言ったか、人生における時の流れを実時間ではなく体感時間で見ていくと、なんと19歳ごろが人生全体における中間地点なのだという。この言説の根拠は定かではないが、少なくともそれ程までに人生全体のスパンにおける10代までの時間は濃密なものであり、そして大人になって以降の時間はあっという間に過ぎ去っていくという事実に異論を挟む人間は、あまり多くないのではないか。
 そして、これもまた良く言われる事であるが、就職してからの時の流れはそれまでの人生とは比べ物にならない程早く流れていく。
 公人が大学を卒業、就職してからの月日の流れもその例に漏れず、あっという間に3年間が経過していた。
 二流企業とはいえ経営は安定しており、一昔前のようなリストラの嵐が吹き荒れるといった事は今のところ無いものの、この不景気のためか残業時間が際限無く長くなってゆく一方、給料は据え置きである。
 「あの一流大学を出ておきながら……」等と揶揄されるようなボンクラ社員ぶりを演じながらも、石の上にもなんとやらである。公人もやっとぼちぼち仕事に慣れてきたかというところであった。
 公人と詩織は、互いの激務のために逢える時間が減ってはいたものの交際は今尚続いていた。
 しかし、所得格差と共に社会的ステータスにおいてもじわじわと互いの溝は年々深まっていた。
 上昇志向の強い詩織は、入省3年目を迎え、公人の反対を押し切り更なるステップ・アップのために国費留学制度を利用し、英国はスタンフォード大学へと旅立っていた。
 そのため、ここ半年は詩織と顔を会わせていない。更には時差もあって電話で話したのも既に一月以上前であった。
 メールは定期的に送っているが、忙しいのか返事もまばらである。
(あいつ、向こうで別の男でも作ってんじゃないだろうな……)
 疲れのあまり脳がパンクしかかっていると、 そのような不穏な妄想が頭をよぎる。詩織がそのような不誠実な事をする女で無いことは百も承知であったが、 高校時代より『きらめき高校のスーパーヒロイン』『ラスボス』等と称される程美人で聡明な詩織である。どこにいても、何をしていても詩織に招き寄せられる男性は多い。
 大学の頃はサークルの先輩やゼミの教授から、就職してからは官僚組織の上役である課長や局長から、更には業務上付き合いの生じる政治家などから幾度となく、セクハラ紛いの行為を受けそうになっており、詩織はよく公人に愚痴をこぼしていた。
 例え強大な地位や権力を持ち、雄としての力に溢れた相手からの誘いがあったとしても、詩織は頑なに公人との関係を保ち続けてきた。交際を始めて7年間、幼い頃に出会ってから数えると20年超となる深い信頼関係が醸成されている為である。
「とはいえ、こればっかりはどうにもなんねぇよなぁ……」
 公人は下半身に目を落とす。俗に言う疲れマラという現象であった。元気の象徴と言われる事もあるが、人間とは不思議なもので、心身が安定している時よりも生命の危機に瀕した際の方が生命への欲求は強まり、下半身はより活発な活動を見せるものである。食べるに困らない先進国がどこも少子高齢化に瀕しているのに対し、生命の価値が著しく低い貧国である程出生率が高いという事実が、それを証明している。
 詩織と顔を合わせたのが半年前、まして手や顔などに触れたのはどれ程昔であろうか。なお、厳格な家庭で華よ蝶よと育てられ、何事においても完璧主義を貫く詩織の意向もあって、キスより先の肉体関係を結ぶことについては「結婚するまでダメよ」とお預けを喰らっていた。
 ストレスと共にムラムラと溜まる性欲。そして幾ばくかとはいえ先日夏のボーナスが出たところで、今は懐にそれなりの余裕がある。
 こんなとき公人の脳裏によぎるのは、むせかえるような淫靡な空気漂う、ネオンギラめく歓楽街の香り。即ち、後腐れ無き風俗遊びであった。
 つい先程は詩織の浮気を心配していた公人であったのだが、自身は不誠実でゲスの極みな事に女遊びで頭が一杯であった。
 高校時代、公人は詩織と結ばれる事を最終目的としながらも、詩織以外の数多くの女子とデートを繰り返し浮名を流してきた。後から詩織に聞いたところによると、高校時代はそんな公人を見て大層やきもきしていた様である。時にはヤキモチを焼く余り、公人と数回話した程度の女子をダシにして「公人が誰々を傷付けた」といった噂を流し公人の反応を伺っていたりもしていたのよ、と聞かされた事もある。
 このような話を後々になって聞かされ、公人は今更ながら、肝が冷える思いをすると共に、こうした人間関係の縺れを内心で「爆弾が爆発する」と呼んでいた。
 溜まっているからといって別の女などに手を出したりしては、高校時代のように爆弾が爆発する。一発でバレて、詩織を傷付けたと噂になってしまうことが火を見るより明らかである。
 女子ネットワークを舐めてはいけない。それが高校時代に得た人生最大の教訓であった。
 そこで社会人になり、ある程度自由に使える金も増えてきた頃から覚え始めた遊びが、煩わしい人間関係を気にする必要無く欲望を吐き出せる、風俗通いであった。
「今日はどの店に行こうかな……。巨乳系かな、JK系のイメクラもいいな……」
 いつもと帰宅ルートを変え、風俗街に降り立った公人は今夜の遊びに入る店を物色していた。特に遊ぶ店も嬢も決めていない。普段から贔屓にしている常連の店といったものも無い。
 予約電話の通話履歴やポイントカード等から詩織に感づかれるリスクは万が一にも避けなければならないし、また、その日その時の一期一会を楽しむのが公人にとっての風俗遊びのポリシーであった。
 結果、リック・ドムやボストロールの様な、とんでもない地雷嬢に当たる事も枚挙に暇がなかったが、公人はそういったアクシデントも含め、風俗遊びを楽しんでいた。根っからの女好きであるためである。
 煙草と吐瀉物香る路地を抜けていくと、公人へ声を掛ける男がいた。ワイヤレスヘッドセットを頭に装着しており、一目でキャッチなのだと分かる。
「お兄さん、お兄さん。今日はどういった店をお探しで? キャバクラ、ヌキアリ、何でもありますよ」
「あー、間に合ってますんで」
「そんな事言わずに、さあさあ」
「ヘイヘイ。またね。……よし、今夜はこの店にするか」
 しつこく絡んでくる慇懃なキャッチを避けつつ、この日の公人が選んだのは、『巨乳JK専門店 さらってMy heart』という店舗型ファッションヘルスであった。
 店舗は雑居ビルの地下にあった。店名を型取ったチープな刺繍が施されたのれんを潜り、地下へと続く階段を下りて行く。奥へ進んで行くと、壁面には片手で目線を隠し、もう片方の手でセーラー服の裾をぐいとズリ上げて乳房を露出した淫売JKのポラロイド写真が、一枚一枚処狭しと貼り付けられていた。言うまでもなくこの店に所属する風俗嬢たちである。どの嬢もチャーミングで、顔のレベルといいスタイルの良さといい、今時の雨後の筍のように乱立する下手なアイドルと比べてもまるで遜色がない。素晴らしい時代になったものである。

 不景気になると、風俗嬢のレベルが一段向上すると言われている。現代にあっては昔よりも女性一般の化粧品の品質や技術が向上していることや、食生活の変化による平均バストサイズの上昇といった、景気に依らない要因もある。しかし近年は更に昔よりも高学歴で教養もあり気立てが良く、性的テクニックに関して研究熱心でサービス旺盛な風俗嬢の割合が、明らかに増えていた。
 失われた30年と呼ばれる、出口の見えない恒常化した不景気が蔓延する現代社会。不景気のため就職活動に失敗し、一時の糊口を凌ぐためと言いながらも、そのままずっぷりと風俗業界に染まっていくケースも多い。こうして競争過多となった風景業界は、風俗嬢の平均的ルックスのレベル向上もさることながら、低価格化やサービスのインフレーションが進んでいく。コンビニ業界のようなものである。
 一説によると国内において風俗産業に従事する女性はおよそ30万人程なのだという。これらの風俗嬢が概ね20~30代なのだとすると、約20人に1人程度が風俗嬢であるということを意味している。
 一学年が8クラス、学年人数が約320人であるきらめき高校であれば、クラスに1人、学年で8人程の女子が風俗嬢として働いている計算になるのである!
 店舗や組織に所属せず個人売春や援助交際をしている女性、短期バイト感覚で一時働いてすぐに辞めたような、僅かでも風俗経験のある女性を含めていくと、この数字はもっと増えるのかもしれない。
 尤も、これは机上の計算であって、ホームページに在籍多数を唄っておきながら実際にはそれはダミーで、誰を呼んでも写真と違う著しくレベルの低い嬢が派遣されてくる非常に悪質な『振替店』の存在、国籍を偽って日本で風俗産業に従事しているケースや、男はヤクザ、女は売春婦になる事が当たり前であるような、一般社会と大きく分断された、階層の著しく低い集団といった様々な要素がこの数字を激しく歪めているともみられ、実際のところは分からないが。

 公人が階段を下りた先、薄暗いフロアに差し掛かると人1人が辛うじて入れるような狭いスペースに作られたカウンターがあった。カウンターの中では、スーツに蝶ネクタイ、ポマードで頭を固めた小太りな中年男性が狭苦しそうに一人で立っている。この店の受付である。
 その男は階段側からやって来る公人に気が付くと、慇懃な態度で頭を下げた。
「いらっしゃいませ。今日はご予約はございますかぁ?」
「いや、ないっす。今から入れる娘、いますか?」
「ハイ! 勿論です。ちなみにどんな娘をお探しで? 巨乳系、ロリ系、人妻系、色々揃えておりますね。ハイ、こちら、今から入れる娘のお写真」
 店員は、先程壁に貼ってあったものと同じポラロイド写真の内、数枚をカウンターに並べた。写真には更に女の子の名前、スリーサイズが書かれていた。
「今からですと……、この娘とこの娘がすぐ入れますね。こちらの娘は一時間待ちで」
 店員が差し出した写真の娘は三人とも似たようなボブ・カットの髪型をしており、それぞれ『ミナコ』、『アカリ』、『バンビ』という名前だった。
「うーん。どの娘も確かに可愛いけれど、何かこう、そそられるモノがないんだよね。イマイチ色気を感じないっていうか。他にいい娘はいないの?」
「お客様、他の娘となりますとと少々お時間が……あ、少々お待ちください」
 店員の後ろでは電話が鳴っていた。公人の応対を中断し、店員は受話器を手に取った。
「ハイ、『さらってMy heart』です。ご予約ですか? あ、ハイ、ハイ、ああ、そうですか……。分かりました。残念ですが、またのご予約をお待ちしています」
 受話器を置いた店員は、再び公人に向き直って言った。
「お客様ぁっ! 大ーっ変、ラッキーでございます。今しがた当店一番人気の女の子に急遽キャンセルが出て、一枠空きが出たところでございます。 大変人気の女の子につきまして、この機会を逃すと中々ご予約を取り辛い娘となっております。もし良かったらこの娘をお付けいたしますが、いかがなされますか?」
「じ、じゃあ、その娘で」
「ハイ、ありがとぉーございます。こちらがお写真になりまぁす」
 店員が提示した写真には、成程人気の出そうな目鼻立ちの整った美女が写し出されていた。勢いに押され、つい熟慮せずに決めてしまったところは否めなかったが、イチ押しするだけの人気嬢であることに偽りはなさそうである。
 例によって目線は手で隠されていたが、名前は『ユウカ』。年齢は20歳、スリーサイズはB90(Gカップ)W60H86。髪の長さは大体詩織と同程度のロングヘアーで、髪色はややくすんだ赤色、内側にハネたシャギーがかかっており、お堅い職業然とした印象を与える詩織とは、正反対の印象を受ける。
 息をするようにチンポを咥えてくれそうな、男遊びに慣れ切った雰囲気が堪らなかった。
 そして番号札を手渡され、待合室へと案内された。
 室内では素人援交もののAVがモニターに写し出されていた。映像の中では、セーラー服をはだけさせた成人女性がアンアンと喘ぎながら、禿げ上がった頭の中年男性のぶよぶよした腹の上に腰を沈め、白眼を剥いて両手でピース・サインを作っている。
 公人は、テーブル上に投げ捨てる様に置かれていた昭和プロ野球の懐古話とイチ押し風俗情報が紙面の半分を占める中高年向けゴシップ系週刊紙を読みつつ、呼び出しの声がかかる瞬間を待っていた。このひりつくようなドキドキ感が堪らない。これこそが風俗の醍醐味なのだ。

 待つこと十数分、遂に公人の持つ番号札が呼び出された。
 股間のポジションを修正しつつ、呼び出し元へ歩いて行く。プレイルームへと続くカーテンの前までやって来ると、店員が公人に注意事項を告げた。これは風俗店のお約束というモノである。
「お客様。プレイの前に注意事項がございます。本番行為、女の子が嫌がる行為、しつこく連絡先を聞く行為、スカウト行為、盗撮、盗聴行為、これらの禁止事項の違反が発覚した場合、罰金100万円を請求いたします。よろしいですか?」
「ヒヒっ、わかってますよ」
「それでは、お楽しみ下さい。ユウカさん入りまーす!」
 勢い良くカーテンを開けたその目前には、写真そのままの美女が手を振り待ち構えていた。パネマジ(パネル・マジックの略。写真と実物に大きな隔たりがあること)は見られない。あえて違いを挙げるとするなら、先程見せられたポラロイド写真は匂い立つような長年の風俗歴から醸し出されるような淫靡さ感じられたが、実物はむしろ若く見え、もっとノリの良さそうな、底抜けな明るさに溢れていたのである。
 着ている衣装は公人にとってよく見覚えのある、きらめき高校のセーラー服である。いや、そう見えたのは一目見た瞬間だけで、良く見ると、いや良く見なくてもそれは、実際のきらめき高生は絶対に着ないであろう程の別物であった。
 上着の丈は臍部が完全に露出するほど短く下乳が見えそうな程ローライズ化されている。更に生地はシースルー素材となっており、ほんのりと乳首が透けて見えている。
 わざと小さめのサイズを着用しているのか、胸元は隠し切れない肉毬とそれによって形造られる谷間を暴力的なまでに強調する格好となっている。
 また、JKらしさの象徴であるプリーツスカートは丈が膝上40センチ程の長さしかない、スカートの存在意義を疑うような短さの代物となっていた。太股は殆ど根本まで見えており、スカートの裾ががたなびく度に、ワイン・レッド色のパンティのレース部分がチラチラと顔を覗かせていた。
 公人は女体を上から下まで舐め回す様に視線を這わせると、ごくりと唾を飲み込んだ。その風俗嬢はそれを見て満足げに笑みを溢すと、ギャルっぽいキャピキャピした仕草で挨拶をした。
「こんにちはーっ。ユウカでーす。あっ……」
「ど、どうしたの?」
「い、いや、何でもないの。それじゃ、お部屋に行きましょ。暗いから階段、気をつけて」
 ユウカ嬢に手を引かれ、薄暗い廊下を進んでいく。
 公人は先程の嬢の反応に何か訝しげなものを感じていた。奥歯に何かが挟まっているような、何か思い出せそうで思い出せない、そんな感覚だ。しかし、赤地のパンティに包まれたフリフリと左右に揺れる形の良い尻を見ていると、そのような事はどうでも良くなっていた。

 案内された先のプレイルームは全面がピンクを基調とした壁面で、室内は備え付けの内線電話にベッドと三畳程のスペース、そして奥にシャワー・ルームがあるだけの簡素な作りであった。ゼロ年代に流行ったようなユーロ・ビート調の音楽が、エンドレスにけたたましく鳴っていた。
 そしてプレイルームの入口扉を閉めると、ユウカ嬢は公人の目をじっと見つめ、目をぱちくりとさせた。何か言いたそうに口をもごもごとさせる。
「あ、あのさ……」
「何……?」
「ね、気付かない?」
「な、何を?」
「公人くん……でしょ? きらめき高校の」
「え、どうして!? ま、まさか!?」
「ほら、忘れちゃった? それとも化粧とか髪型とかで分かんないかな? あたし、夕子よ、朝日奈夕子。久しぶりね。卒業式以来?」
「あ、朝日奈さん!?」
 後ろ髪を肩くらいまで持ち上げて、髪型を高校時代のようにして見せると、忘れかけていた記憶が甦る。髪型が当時と変わり、全体的に大分大人びてはいるものの、ユウカ嬢は紛れもなくきらめき高校時代の同級生、朝日奈夕子であった。図書室で一緒にカンニング・ペーパー作りにいそしんだ記憶が、つい昨日の事のような鮮やかさを持って公人の脳裏に甦る。
「でも、こんなところで出会うなんて……。全然気付かなかった。随分大人びて……。歳だって書いてあるのと違ったのに」

 因みに、風俗業界では言うまでもなく、より若く、より胸が大きく、そして腰回りの細い嬢の方が好まれる傾向があるため、ある程度の年齢やスリーサイズのサバ読みは常識的に行われている。ウエストサイズなどは特に顕著である。
 某大手下着メーカーによると、20代の日本人女性における平均スリーサイズは、バスト81.3センチ、ウエスト64.7センチ、ヒップ87.6センチなのだという。しかし、風俗嬢のプロフィールにおいては、ウエストサイズは大概58か59といった数字が並んでいることが多い。これは、58であれば大体60台の前半、59であれば、60台後半と思っておけばよいだろう。逆に57以下となるとウエストの細さをウリにした嬢であり、数値の正確さはともかくとして、実際にかなり腰回りが細い事が多い。そしてウエストサイズが60ともなれば、実際の値は70前後、60オーバーの数値ともなると、初めからそういった豊満性向の店で無い限りは70以上、下手をすれば80はあると思っていてよい。要は、人目見てわかる程のブーデーな女性が現れる事を覚悟しなくてはならない。
 しかし、この店においては誠実なことに、そういったサバ読みは行われていなかった。年齢は実年齢を掲載しているし、スリーサイズも、入店面接の際に実測した値を載せている。ただ、入店から何年たっても数値の更新が行われていないというだけである。年齢は5年前から20歳のままで通しており、更にブラジャーのカップはワンサイズ上になっており、今はHカップである。

「あ、あたしだってそうよ。びっくりしたわ~。それより公人くん、藤崎さんと付き合ってるんじゃなかったの? 彼女潔癖だから、きっとこういう遊び、許してくんないわよ?」
「あ、朝日奈さんこそ、どうしてこんな仕事を? 親にはなんて言ってるの?」
「…………」
「…………」
「そ、それじゃ折角だし、始めよっか。もうお金払ってるんでしょ? ウフッ、元同級生がお店に来るなんて、初めてよ。イケない事してるみたいで、ドキドキするわねっ」
 気まずい沈黙の後、口火を切ったように喋り始めたユウカ嬢改め朝日奈夕子は、てきぱきと仕事の準備に取り掛かった。
 受話器を手に取り、受付にプレイ開始の連絡をした後、ベッド上に置かれたタイマーをセットする。そして、手際よく公人の服を脱がせていった。型崩れしないよう、ジャケットを丁寧にハンガーに掛ける。時折鼻の頭や唇の先がコツンと当たる程顔を近づけ、妖艶な笑みで微笑む。そして、淀みなくワイシャツのボタンを外していく。ネクタイやワイシャツも皺にならないよう、型を整えてハンガーで吊るす。その手慣れた様は、これまでに夕子が数多くの男性を相手にしてきたという事実を、嫌が応にも自覚させた。
 上半身の衣服を全て脱ぎ終わると、夕子がニッコリと微笑んで正面に立っていた。夕子はそのまま妖艶に目を細めると、公人と唇を合わせた。舌と舌とを絡ませ合い、卑猥な音を立てて唾液を交換する。
 高校時代の3年間は手を繋いだ事すら無かった公人と夕子の二人であったが、ここ風俗店で汚れた再開を果たしてからは、3分も経たずにこのような関係を結んでいた。
 二人の唇を通して出来た唾液のアーチを拭き取りながら、夕子が言った。
「んっ……ぷはっ。こうして見ると、公人クンもすっかりオトナって感じになったね。今は会社員? スーツ、似合ってるよ」
「朝日奈さんも、随分変わっ……あ、いや、綺麗になったよね。あ、お世辞じゃなくて、本当だよ」
「ウフフ、ありがとね。ま、色々あったのよ。イロイロね」
 夕子は公人の後ろに回ると、胸を押し付けながらベルトの留め金を外した。公人の背中では高校時代にはまだ無かった、暴力的なまでに巨大な肉鞠がグニュリと潰れていた。他の部分は高校時代から変わらぬスタイルを維持しながらも、バストサイズだけが当時より数段アップしている。パツンパツンの改造セーラー服からは、隠しきれない美巨乳が溢れそうになっていた。
 そして、スラックスのフックに手をかけると共に、夕子による股間への愛撫が始まっていた。
「う……、ああ……、朝日奈さん……」
 公人は股間の上で怪しく蠢く夕子の指に、自身の掌を重ねた。夕子はその手に自身の指を絡ませながら、尚も股間の愛撫を続けた。
「ふぅ……はぁ……ん。公人クン、随分溜めてきたみたいね。段々熱くなってきてるの、わかるわよ」
 夕子は公人の首筋から耳元にかけて、野性動物が縄張りを示すマーキングを施すような、痕が残る程の鋭く強いキスを繰り返した。そしてトランクスを勢い良くぐいとずり下げると、出口を求めて今にも暴れ狂いそうな赤黒い猛獣がピンと頭を覗かせた。
「うわぁ……、おっきい……。溜めて来たんだねェ……」
 夕子は思わず、興味津々な目でまじまじと公人の逸物を見つめた。
 その大きさは風俗歴が長く、数多くの男性器を扱いてきた夕子にとってさえもかなりの上位に位置する代物であった。
「ねぇ、コッチは公人くんが脱がせてよ。これ、レプリカで本物よりも簡単に脱げるから」
「う、うん」
 夕子の言葉に従い、正面に向き直る。
 肉棒の屹立した全裸の格好で、きらめき高校制服(あまり原型を止めていない改造品だが)を着た彼女と向き合うのは、校内で不純異性交遊をしているようなそこはかとない気恥ずかしさがあった。
 公人は息を呑み、セーラー服に手を伸ばした。
 まずはリボンタイに手をかける。軽く引っ張ると、シュルリと外れ床に落ちていった。次に中央を辛うじて繋ぎ止めるホックを外すと、そのままプルンとした生の乳房が露になった。やや色素の強めな乳首が、重力に逆らってツンと上を向いていた。ひどくイケない事をしている様な気がしてきて、心臓をハンマーで叩かれたように胸がキリリと傷んだ。
「ほら、折角だから。好きなだけ触ってよ」
 夕子は躊躇する公人の右手を引き込み、胸の谷間へと導いた。そして、腕を左右の乳房で挟み込んだ。ニュルニュルとした弾力のあるスライムに周囲を囲まれたような感触を受け、腕から力が抜けていく。
「フフ……気持ちいい? こーゆーこと、高校生の頃じゃ出来なかったもんね。それとも藤崎さん、昔の制服引っ張り出してヤらせてくれたりするの? いや、マジメなコだし、そういう事はしてくんないかな?」
 公人は余った手で後頭部の辺りをポリポリと掻いた。まさか7年も付き合っていながら結婚はおろか肉体関係にすら至っていないなどは言うのは何か情けないものがあり、公人はばつが悪い気分になった。
 そしてスカートのホックを外すと、スカートはストンと落ちた。夕子の身に付けているものは深紅のパンティ一枚のみとなった。
「朝日奈さん……」
「いーよ。最後も脱がせちゃって……。は、あンッ!」
 不意にパンティの内側への侵入を受け、夕子は思わず喘いだ。公人は手指をまさぐらせ、中指で茂みをかき分けてその奥へと伸ばしていった。陰毛は綺麗に整えられており、淫裂は柔らかくネトネトと湿っていた。
 続いて一気にパンティを引きずり下ろすと、そこからはツゥ……と切なげな糸が垂れていた。
「う……ん……やるわねぇ! ……ふふ、シャワー行こ? キレイにして、いっぱい気持ちイイこと、してあげる」
 夕子はチロリと舌を出して、自らの唇を舐め回して見せた。その様を見た公人は生唾を飲み込んだ。
 一般的な風俗店においては本格的に粘膜を擦り合わせる前に、シャワーを浴びる事が必須となっている。まず、客は嬢が手渡したイソジンで口をゆすぎ、口内を消毒する。そして、嬢のサポートの下、念入りに手足や股間をボディソープで洗っていくのだ。
 これは、まず第一に性病を始めとした感染症予防のために行われる。
 ここで教育が行き届いている優良店や、サービス精神の旺盛な嬢であれば、イソジンは事務的な手渡しではなく、口移しで口中へ注ぎ込んだりする。洗い方にしても、陰毛をたわしに見立てて全身を洗う『たわし洗い』、客の指を一本ずつ膣内へ購入する『壺洗い』といった高度なテクニックを駆使して全身を隈無く洗ったりもする。前戯以前のシャワーと侮るなかれ。ここには大きな差が出るのだ。
 風俗産業が供給過多となっている現代、やる気のない嬢や自らのルックスに胡座をかいている嬢は、シャワーなど適当でいいやと芋でも洗うかのような事務的なプレイに終始する。こういったサービスに愛情の感じられない嬢を裏返す(同じ客から2度目以降の指名を受けること)客はあまりおらず、結果として多くの指名を受ける人気嬢との差がついていき、自然と淘汰されていくこととなる。
 女は愛嬌とはよくいったものである。
 そして、朝日奈夕子の場合であるが、こういった行為にあまり抵抗が無いことの賜物か、それとも元々才能があったためか、高校時代あれほど勉強嫌いであった事がウソのように、こういった性的テクニックの数々を高いレベルで習得していた。
 夕子が得意としていたのは、泡立てたボディソープをたっぷりと尻にまぶし、客を背後に立たせ、背後に屹立している逸物を太股と股間で挟み込み、そのまま尻を八の字にグリングリンと縦横無尽にくねらせる事により性感を高めてゆくと共に、股の間から顔をもたげた亀頭を、細指にたっぷりとローションジェルを纏わせて尿道の中まで念入りに洗っていく洗い方であった。
 もちろん公人に対しても同様の洗い方を施していたのだが、今日の夕子の奉仕は普段よりも熱を帯びていた。それは、夕子自身も忘れかけていた想いが一因であったのかもしれない。
「公人くん……、あたしの事も洗ってェ……」
 夕子は公人の両手にたっぷりとボディソープの泡を出すと、自らの胸や女性器へと導いた。
「うわぁ……朝日奈さんのアソコ、凄い熱くなってる……。それに、ネトネトして、キュゥンと閉まって……凄い締め付けだ。乳首だってビンビンだ」
「公人クン……、ンムッ」
 夕子は首だけを公人に向け、チュルリと唇を吸った。舌が相手の唾液を求めて伸びてゆき、舌と舌が、互いを求めて締縄のように絡み付く。
「ア、アムゥン……」
 シャワールームの向こうでは、相も変わらずユーロ・ビートがジャカジャカと鳴っていたが、公人と夕子、二人の耳には互いの息遣い、そしてビチャビチャと下品に唾液を交換する音だけが聞こえていた。
 夕子の舌は、口中や唇だけではなく、頬や鎖骨、首筋や乳首といった様々な部位を舐め回していく。やがて、公人の耳たぶにチロチロと舌を這わせなから、夕子が囁いた。
「ハァ、ハァ……。そろそろ、ベッド行こっか」
 べっとりと付着したボディソープやローションを洗い流し、身体を拭いてシャワールームを出た後、タオル一枚を腰に巻き、公人はベッドに腰掛けていた。
 やがて夕子もベッドへとやって来た。先程の制服を改めて着直して。いや、胸元のホックは全開に、乳房をブルンと露出させ、スカートの下にはパンティを履かず、匂い立つような女性器が露になっていた。
 夕子はベッドの上、公人の横に腰掛けた。
「さ、プロの技、見せてあ・げ・る」
 夕子は公人の腰からタオルを剥ぎ取ると、痛い程に屹立する怒張をそっと掴むと、脚を広げて公人の上に跨がった。ペニスの根元を股の間で挟むと、先端は丁度夕子の臍辺りにピトリと当たっていた。ピンクサロン等でよく見られる、対面座位素股スタイルである。そして夕子は公人の両肩に掌を置き、やや上から見下ろす様に相対した。
「それじゃ、始めるね」
 夕子は俗にはちみつ容器と呼ばれる、 ローションの入った耐熱ボトルをベッド脇の用具棚から取り出すと、自身の鎖骨から乳房の辺りにツゥ……と流し掛けた。
 止めどなく流れていくローション・ジェルは、重力に従い、夕子の肉体を伝わってヌルリと溢れ落ちて行く。メロンのように張り出した乳房の先端からは、二筋の滝のようにローションが垂れていった。一方で、胸の谷間を通じて下へと流れていった分は下乳から肋骨、へそ回りを伝わり、スカートの隙間を潜り抜け、遮る布の無い性器を淫猥に湿らせててゆく。
「フフ……。ちょっと、ひんやりするから」
 自身の肢体の前面に、程よくローションを塗り満たした事を確認した夕子は、 公人の首筋に両腕を回し、密着感を強めてゆく。
「ん……」
 夕子は目を閉じ、公人に唇を重ねた。長い睫毛がツンと触れる。
 夕子の言葉通り、ローションが肌に触れる感触は少し冷たいものがあったが、情熱を帯びた二人の肉体が擦れ合う度に温かみが増してゆく。
 ローションによって滑り良く、舌で、指で、互いに様々な箇所を貪り合う二つの肉体は、ジュポジュポと淫猥な音を立て、一つに溶け合っていく。挿入はしていないものの、互いの性器を際限なく擦り付け合う事により、まるでセックスしているように性感が高まってゆく。公人の脳髄は極限の興奮と快楽に包まれていた。
「朝日奈さん……」
 公人は眼前に広がる乳房の山を、両手でムンズと掴んだ。手のひらに収まりきらない柔肉が、指の隙間から溢れた。柘榴色の乳首をグニュリとつまんでねぶり回すと、夕子は「アン……公人くん……」と切なげな声を上げた。
「もっと気持ちイイこと、してあげるね」
 夕子は公人の体から降りると、今度は公人の脚を開かせて正面に跪いた。その間も爆発しそうな程に血液が集められている剛直を右手で擦り続けている。そして、公人の逸物をうっとりと眺めていたかと思うと、微塵も躊躇いを見せずに一息に口中に含んでいった。
「あー……、んっ。んむぅっ、んっんっんんッ……」
「うあぁーっ! あ、朝日奈さん……」
「ろう? ひもひひーひゃな?(どう? 気持ちいいかな?)」
 夕子は更に、乳房の付け根の辺りから肉を寄せ集め、公人の剛直を根本から包み込んでいった。そして、亀頭の裏筋の辺りをレロンレロンと舐め上げてゆく。
 尿道に舌先を差し入れ、ヌチャヌチャと分泌される我慢汁を味わったり、ひょっとこのように口をすぼめてズゾゾゾと下品な音を出して吸い上げたりしていく度に、公人の性感は限界へと導かれていった。
「うああ朝日奈さん、も、もう出るっ!」
「んっ……んんっ……ひひほ、ひふれほらひひゃっへ(いいよ、何時でも出しちゃって)」
 夕子はストロークを上げ、フィニッシュに向けて猛然とピッチを速めていく。すると公人は経験したことが無い程の激烈な快美感を感じた。口端からは力が抜け、涎が垂れ落ちていった。夕子の後頭部に沿えていた両腕に、自身の意思とは無関係な過剰な力が入る。背骨が弓なりに軋み、脊椎がビクビクッと痙攣し、熱く、ネバつく白濁が夕子の口内に発射された。
「ん、んんーッ!」
 その量、濃さは共に夕子の想像以上であった。一息で吸い取り切れず、一部をティッシュに吐き出した後、残りを改めて吸い出すと共に、ウェットティッシュで丁寧に拭き取った。

 諸説あるが、一度の射精による消費カロリーは、100m走を全力疾走した時に匹敵するのだという。魂まで抜けるような激しい射精を終え、激しくビートを刻む心臓と、酸素を取り込む肺が通常通りの動きを取り戻すまで、数分の時を要した。
 やがて、公人の意識は靄が晴れたようにはっきりとしてきた。仰向けでベッドに寝転ぶその横では、精液の始末を終えた夕子が睫毛が触れそうな距離で添い寝していた。
「ウフ、どう? 気持ちよかった?」
「あ……無茶苦茶……、気持ち……よかった……です」
「ウフフ、良かった。……あ、でもコッチはまだちょっと出し足りないって感じかな?」
 夕子が目線を下げた先、赤黒い怒張は尚も天を突くが如く直立していた。夕子は一考した後、先端を掌で弄びながら公人の耳元に唇を触れさせると、聞こえるか聞こえないかという程の小さな声でそっと囁いた。
「ね、公人クン……エッチ……、しちゃおっか?」
「え!? でも、禁止だって……」
「大丈夫。言わなきゃバレないって」
  先程釘を刺されたばかりである。室内の端には、『本番は罰金100万円』との張り紙があった。
 尤もこれは殆どがただの脅し文句であり、一般的にあまり守ろうとする客はおらず、嬢もそれを承知のためにあまり抵抗なく挿入を許してしまっているケースも多い。
 しかしフィーリングが合わなかったり、嫌がる嬢に強要したりと特に悪質な客であれば、店に訴えられた挙げ句筋モノのおじさんが出張ることもある。これら全ては密室で起きているため、実態は誰にもわからないのだが。
「時々、超したくなっちゃうの……。誰にも云わないから、サ」
 そう言うと夕子は、脚を開き、公人を引き寄せて陰茎を女陰の入口まで導いた。ローションでヌルヌルになった2つの肉体が重なりあう。あと数センチ、ほんの少し体重をかけるとなんの抵抗もなく、性器と性器が結合するであろう、そんな距離で見つめ合う。
 互いの肺から絞り出される吐息は荒く、双方想いは言葉にせずとも伝わっていた。
(これは事故だ。事故なんだ)
 ほんの少し逡巡があったが、結局夕子の誘いに身を任せ、公人は少しずつ肉杭を突き立てていった。夕子はそれを見て満足げに妖艶な笑みをこぼし、公人の首の後ろに細腕を回した。自然と唇と唇が触れる。舌が絡み合い、唾液が混じり合う。
 夕子の発した『超~』という言葉遣いに、高校時代の郷愁が甦る。遅刻を笑って誤魔化す夕子。修学旅行のバスでカラオケを熱唱する夕子。テスト前日にカンペ作りに必死になっていた夕子。そして、そういったノスタルジィを風俗店という汚れた場所、汚れきった大人同士の肉欲で破壊し尽くす。そんな行為に、倒錯した興奮を覚えていた。
「ああ……公人くゥん……名前で呼んで! 今だけで良いの……」
「朝日奈さん……。……夕子……、夕子!」
 ゆっくりと、肉棒はズブズブと膣奥深くへと侵入してゆく。濡れそぼった入口のヒダヒダが、公人の肉棒にぴっちりと吸い付く。互いの性器をベットリと覆うローションが、愛情の無い肉欲だけの結合の潤滑油となっていた。
 そしていよいよ最奥まで到達しようかという、その時であった。
 突如として「ジリリリリリリ!」と、けたたましくベルが鳴った。
「えっ……? え……!?」
 公人が呆気に取られていると、夕子はそそくさと片付けの準備を始めていた。
「ざーんねん。時間みたいね」
「そんなあ……」
「ま、しゃーないわね。一応言っとくけど、あたし今日はこれでアガリなんで、延長は出来ないからね。ホラ、この部屋、自分で掃除しなくちゃなんないんだから。さっさと服着て、服」
 公人は不承不承、帰り支度を始めた。
 シャワーを浴び、再びスーツに着終えると、公人はプレイ・ルームを後にして出口へと向かった。地上へ向かう階段の傍らに、夕子が見送りに立っていた。
「朝、あ……、いや、『ユウカ』さん。今日はありがとね」
「ウフフ。今日は来てくれて、ありがとね。楽しかったわよ」
「今度また遊びに来るから、次の出勤日、教えてよ。今日の続き、次こそもう一度……」
 これまで持っていた風俗遊びのポリシーをかなぐり捨ててそこまで言いかけた時、夕子の人差し指が公人の唇を塞いでいた。
「ダ・メ・よ。あなたには立派な彼女がいるんだもの。もうこんなトコに来て、あの娘を泣かせちゃイケないわ」
「でも……」
「うーん……。あ、そうだ。コレ、あげるわね」
 夕子は懐からカードを取り出すと、手早く書き込みを加えて公人に手渡した。そこには、店のロゴや、『ユウカ』のスリーサイズ、電話番号やe-mail アドレスといったプロフィール内容が記載されていた。
「何コレ?」
「ん~、このお店の名刺。一応ね、渡すことになってるの。どうしても我慢出来ないならコッチにかけて。それじゃあね」
 多くの風俗店では、客との別れ際に嬢がメッセージ等を添えて名刺を差し出すサービスが行われている。嬢のプライベート・アドレスやLINEアカウントが記載されている事も多いが、基本的にこれらは店に管理された営業用のものである。しつこく店外デートを誘ったり根掘り葉掘りプライベートを聞き出そうとしてくるような痛客がいるが、多くの場合『アナタだけに教えるわ』等と言われ渡されるのは仕事用アドレスである。店によっては返信すらも男性店員がやっていたりする事もある。
 公人も勿論それを理解しているため、未練がましく尚も食い下がろうとした。
「あさ……、んんっ!」
 公人の唇を、夕子の唇が塞いだ。切なげに潤んだ瞳が『今日はもう帰って』と雄弁に語っていた。
「……そうだね。今日はありがとう」
 こうして公人は、大きな満足と、何処かほろ苦い気持ちを胸に『巨乳JK専門店 さらってMy heart』を後にしたのだった。
 しかし、後に気付くことになる。 先程貰った名刺の裏面には、『tel/e-mail :知ってるでしょ? 高校の頃と一緒だから。今度は店外で逢おうね(ハートマーク)』と書かれていることに。

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