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3.童卒の代償

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作者:しょうきち

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      1

 およそ一時間後。
 好雄はビル内の一室で拘束されていた。
 両腕を後ろ手に縛られ、殺風景な物置部屋で正座させられている。
 脇腹や顎先がズキズキと痛む。
 全身をガタガタと震えさせ、生きた心地さえもしなかった。

      2

 渾身の射精━━初体験を果たし終えた後、ベッド上でビクン、ビクンと全身を痙攣させながらすすり泣くユミを尻目に、好雄はローションを手早くタオルで拭きとって服を着ると、逃げるようにプレイルームを後にしていた。
 だが、店を出ようとした瞬間。
「なんだよっ!? 一体何だって言うんだっ!?」
「いいから来いっ!」
 敷居を跨ぐその刹那、突然黒スーツの男に後ろから肩を掴まれ、事務所の奥へと連れ込まれた。先程の店員と同じ黒スーツではあるが、首から上は傷だらけのスキンヘッドで、どう見ても普通の会社員などやれそうもない風貌である。
「が……はぁあっ!?」
 中の部屋に押し込まれ、扉をカチャリと閉めると同時に、みぞおちに強かなボティブローが突き刺さっていた。もんどり打って倒れると顎先に、腹に、顔面に革靴の踵や爪先が嫌というほど浴びせられた。
 男はうつ伏せに倒れた好雄の髪を掴み、首だけを引き上げて言った。
「どうしてこうなったか、分かってんだろ。兄さんよぉ、随分派手にお楽しみだったみたいじゃないか……!」
「ぐぅ……ううっ?」
 相対したスキンヘッドの男は、異様なくらい鋭い目をしており、その瞳は感情らしきものを全くを感じさせないものがあった。鷹か鷲か、猛禽類を彷彿とさせる雰囲気を纏っていた。
「困るなぁ……。ルールと節度を守って遊んでくれないとなぁ……。この『本番行為は罰金50万円』って張り紙、目に入らなかったかい? それとも、ちゃんと説明されなかったのか? ……ぁあっ、どうなんだっ!」
「そ、そんな説明なんてっ……」
「じゃあオメェが言わなかったって言うのかっ! オオッ!?」
 傍らに立つもう一人の男━━先程受付に立っていた方の男である。が、直立不動でびくんと震えた。
「い、いえ……! 間違いなくっ、確かに説明しましたっ!」
 店員の男は恐怖に震えているように見えた。
「ほぉーお、そうか。じゃあ、兄ちゃんがちゃんと聞いてなかったって事か。そうなると責任はあんたに有るっていう事だなァ……」
「ひ、ひいっ……」
 恐怖のあまり歯の根が噛み合わず、意思とは無関係にカチカチと歯を鳴らしていた。手足は鉛のように重く、リノリウムの床の冷たさだけが感じられる。
「こ……殺さなひでっ……!」
 あまりの恐怖に全身が震えだした。先程精液をどっぷりと出し終えたばかりでなければ、失禁すらしてしまっていたかもしれない。
「……殺しゃしねえよ」
「えっ?」
「とりあえず、そこに正座しろ。そんでもって財布出せ。携帯番号控えて、免許証の写し、顔写真撮って、それから罰金とユミへの慰謝料で合計100万だ。きっちりツメる。まさか払えねえなんて言える余地があると思うなよ……!」
 とりあえず命が助かった事に安堵するも、震えが止まることはなかった。男の声は、地の底から響いてくるのではないかと思えるほどにドスの効いたものだった。
 ウエストポーチをまさぐられ、嫌も応もなく財布を奪われた。中身を無遠慮に探られる。
「お前、免許持ってないのか? 最近の若いのって、クルマも乗らねえのにいっちょまえに女は抱きたがるんだな」
「め、免許は……まだ、ないっす……」
「店長。彼、まだ高校生ですよ。ポーチに生徒手帳が入ってってました。私立きらめき高校、だそうで」
 店員の男が横からひょいと口を挟む。
「おいおい、まだ未成年だってのか……。ガキはガキらしく同級生とセーシュンごっこでもしてろっての……」
「店長……、ニュースでやってましたよ。今年の4月から18歳が成人扱いになるそうですが……。あー、もう誕生日迎えてますね」
「ふーっ。まったく……世も末だな、こりゃ。仕方ねえなあ、高校に通報だなぁ」
「わーっ、待っ……待ってくれえっ! そ、それだけは許してくれっ! 学校にバレたら退学になっちまうっ!」
「ほぉーお、それなら親だな。親に電話だ。子の不始末は親の不始末ってな。バカ息子の不始末、きっちりカタをつけさせるぞ」
「まっ……そ、それも勘弁してくれっ! 勘当されちまうっ! た、頼む、いや……お願いしますっ! お願いしますっ!」
 好雄は恥も外聞もなく叫んでいた。
「はぁ? 親にも学校にも知らせるなって言うのか?」
「お、お願いだぁ……! 金なら、金なら何とかして作るっ、いや……、作りますからっ……!」
「そうは言っても、どうせ金のアテなんて無いだろう?」
「う……」
「そうだ、お前、姉か妹はいるか? お前、そこそこ悪くない顔してるしなあ、金が無いなら、代わりに働いてもらうしかないなあ」
「なっ……頼むっ! それだけは……」
「おお。って事は、いるんだな?」
「な……!」
 墓穴を掘ってしまった。 妹は、優美だけはこんな情けないトラブルに巻き込むわけにはいかない。
「じゃあどうするって言うんだ? 学校へは 知らせない、親へも秘密、きょうだいも売れない? ……無い無い尽くしで笑えてくるぜ」
「バ、バイトします……。何年かかっても……」 
「何年もかかられちゃ困るんだよ!」
 店長は怒声をあげた。
「お前が払わなきゃいけない金は100万だ。すぐ払えるっていうならともかく、払いきるまでに時間がかかるって言うなら利子ってやつがかかる。もし返すまでに一年かかるっていうなら合計120万払ってもらう。それが社会のルールっていう奴だ。わかるか? それができないのなら……」
 男は親指を自身に向け、首をカッ切る仕草を見せた。つまり、殺━━。
 好雄はビクビク震えながらウンウンと頷いた。あまりの恐怖で、今すぐ声を上げて泣き出してしまいそうでった。
「ばっ、はっ、働かせてくださいっ! ここでっ! んな、何でもやりますっ!」
「ハァ……? おまえ、バカか? ここを皿洗いすれば食い逃げを許してもらえる飯屋かなにかと勘違いしてるのか? そんな事ができるわけないだろう。大体、男手は足りてるんだよ」
 店長と呼ばれた男が拳を振り上げる。
 殴られる!
 そう思って身構え、反射的に目を固く瞑ったが、予想された痛みはなかった。恐る恐る目を開けると、受付の男が間に入り拳を食い止めていた。
「店長、ここは私に任せてくださいよ。きっちり稼がせて、取り立てますから」
「おめえ、正気か? こんな坊やにどうやって……。まあ、いいや。お前に任せた。その代わり、切り取れなかったり飛んだりされたら、お前の給料からさっ引くぞ、いいな?」
「うっ……まあ、わかりましたよ」
「……俺は帰る。あとは頼んだぞ」
 そう言って店長と呼ばれたスキンヘッドの男は部屋を後にしていった。
 なんだか分からないが、少なくとも命は助かったということらしい。

      3

「大丈夫? 怪我は無いかい?」
「は、はひ……。大丈夫す……。あっ……」
 固い床に正座させられていたのと、あまりの恐怖による緊張ですぐには立ち上がれなかった。
「さ、さっきの……。あ……ありがとう……、ございまふ……」
「痛かったかい? 足、崩していいよ。店長、切れたら怖いからね。これにこりたら、マセた遊びはもう少し大人になってからにするんだね」
「……すんません」
「規則だから、生徒手帳はちょっと預からせてもらうよ」
「は、はい……」
 店員の男は、携帯のカメラで生徒手帳の個人情報ページを撮影した。
「いいかい? ここは女の子と一緒に楽しんで、スッキリして帰るためのお店だ。でもね、だからと言ってなんでもしていい訳じゃないんだ。女の子だって人間だからね」
「はぁ……」
 店員の男は好雄の前に立つと、その場にどっかと座った。
「ほら、返すよ」
「は、はい……」
 生徒手帳を返された。手帳と共に、一枚の紙を渡されていた。〈ヒヤシンス〉の店名ロゴの下には上田と書いてあった。そのまた下には電話番号とメールアドレスが書いてある。
「これは……?」
「名刺。持っといて。早乙女くん、だっけか。罰金支払いの代わりに、これからきみには仕事をしてもらうから。何かあったらここに書いてある電話かメールに連絡入れること。いいね?」
「は、はい……」
「ところで聞きたいんだけど、どうしてその若さで風俗に来ようなんて思ったんだい? 普通に同級生の彼女でも作ってヤらせてもらえばいいだろ。きらめき高校って言ったら、女子はみんな美少女揃いで有名な学校じゃないか」
「そ、そんな事言ったって……。俺、早く童貞捨てたくて、高校入って以来頑張ってきたんスけど、どうしてもモテなくて……。女とヤりたくてヤりたくてしょうがなくて、このままじゃおかしくなりそうだって思ったんす。それで居ても立ってもいられなくなって……」
「あぁ、わかるよ。若い頃って、そういうのあるよな」
「わ、分かりますか?」
「同じ男じゃないか。勿論だ。そういうお客さんのためにこういう商売をしている訳だからね」
「う、うう……。すんません」
「でも、見所あるよ。早乙女くん」
「ど、どういう事っすか……?」
「今時はね、特に若い世代では君みたいなヤりたくてしょうがない男はむしろ少数派なくらいなんだよ。いや、皆ヤりたい筈なのに、行動に移せる男が減ったというのが正確かな? ニュースなんか見てるとよく聞くだろ? 若者の草食化だとか、セックス離れだとか。デートしたって下手に女の子に手を出したりしたら、後から痴漢だレイプだって訴えられちゃうんだから、そりゃ男からしたらたまったもんじゃないよね」
「は、はぁ……。そうっすね」
「でも女の子って、実はみんな陰でヤることヤってるんだよね。あいつらは女子同士の見栄の張り合いが全てさ。学歴、容姿、男のグレード、持ってるブランド品、親の職業、果ては住んでる家の階の高さまで、ありとあらゆる要素で正解の無いマウント合戦してなきゃ気がすまない、それが女って生き物さ。頭空っぽで自分で考えたり判断したりは出来ないから、『処女は恥ずかしい』って風潮が生まれたら、美人もブスも皆右へ倣えだ。クソみたいなヤリチンがあの子もその子も処女をかっさらっていくんだよ」
「そ、そういうもんなんすか……!?」
「ここに来るまで、この界隈を歩いてる女の子を見なかったかい? 信じられないくらい綺麗な女の子が普通に歩いてるって思わなかっただろ? 勿論ここら辺を歩いてるって事はまず間違いなくその子はプロ、つまり風俗嬢って事さ。昔なんかと違ってね、今の時代は若い女の子がカジュアルに風俗でバイトするなんて事は珍しくないんだ。勿論家族や彼氏には内緒でね。若い女の子っていうのは化粧品に始まって、分不相応なブランド品、おしゃれなレストランに海外旅行、どうやったって生きていくだけで金がかかるからね。今時は彼氏なんて生まれてこの方出来たこともないのに初体験が風俗店なんてザラさ」
「ほ、本当なんすか……!? も、もしかして、ウチの高校の女子も……?」
「……ああ、そうさ。一昔前は援助交際、今の時代はバパ活って言うのかな。出会い系サイト、SNS、マッチングサイト……。今時はネットを通じて誰でもどこからでもそうした世界に繋がる事が出来る。きらめき高校の女子がパパ活やってるって噂もね、ウチの界隈では結構聞くよ」
「マ、マジっすか……!」
「ああ、マジさ。疑うんならもっと良くクラスメイトの女子を観察してみるといい。必ず何人かはプラダやヴィトンのバッグを持ってたり、ドルガバの靴を履いてたりする娘が居る筈さ。家が特別金持ちって訳でもないのにそういう何十万もするブランド品を持ってるって事はさ……どういう事か、分かるね?」
 好雄は息を呑んだ。
 上田の話は俄には信じがたい恐るべき内容であったが、真実味があった。言われてみれば思い当たる節がある。
「……とは言っても、正直そういう風潮はこっちとしては面白くないんだよね。素人にシマを荒らされると商売あがったりなんだ、こっちは。価格崩壊に繋がるし、何より女の子自身が危険だ。悪い病気なんかを貰ったり、タチの悪いストーカーやヤクザに捕まったりして、痛い目を見るまで自分のやってる事の愚かさに気づかないのさ。知ってるかい? 梅毒の患者数は毎年増え続けてるんだ。大正時代の遊郭の話なんかじゃないぞ、令和の話だ。つまりはそういう事さ。AV潰して仕事したつもりになってる、ポリコレポリコレ煩いお上は分かってないのさ。見たくないものに蓋をしたって、決して消えて無くなる事はなく地下に潜るだけだって事をね。だからそういう女の子にはパパ活なんてやめて、ちゃんとした店に所属してほしいんだよね。まともな店ならどこも定期的な性病検査をやってるし、おイタする客はきっちり捕まえる。今の君みたいにね。女の子にとってもその方が安全だし、知り合いとかにバレるリスクも減るからね」
「な、成程……」
「そこで、だ。早乙女くんにやって欲しい仕事なんだけど、街で見かけた女の子とか、なんならクラスメイトでもいい。そういう風俗に興味ありそうな子を見かけたらちゃんとした店に入って働いてもらうよう説得してほしいんだよね。これでも結構顔広いから、ウチの店━━ファッションヘルスに限らず、裸の仕事なら何でも紹介してやれるから。本番アリのソープや、顔出しOKのAV女優なんかってなったら、特別ボーナスも出るよ」
「つ、つまり仕事ってのは、風俗とかのスカウト業って事っすか。でも、俺なんかに務まるんすか……。俺、女の子に声かけても、いつもフラれてばっかりで……」

「まあまあ、これまでは女を知らなくて自信が無かったのかも知れないけど、今はもう名実共に大人なんだ。きっと世界が違って見えるはずさ。女っていうのは自身のある男に寄ってくるモンだからね」
「そ、そういうモンすか……」
「ああ、そういうモンさ。なんなら店に連れてくる前に味見しちゃってもいい。いや、むしろしてくれ。折角連れてきた女の子が使い物にならなかったら困るからね。な? やる気出てきたろ?」
「お……オッス……!」
「よし、それじゃあ契約だ。単価は……、で、ノルマは……」
 こうして好雄は、その身に負った不相応な借金の清算のため、風俗スカウトを目的としたナンパに精を出さねばならなくなったのである。

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