作者:しょうきち
1
文化祭から五ヶ月の月日が流れた。
今日はきらめき高校の卒業式だ。
高見公人は、三年間の思い出を噛み締めていた。
入学式、体育祭に修学旅行、そして文化祭……。
(色々あったけど、まあ楽しくやってこれたかな━━)
受験勉強の甲斐あって、この春からは詩織と共に一流大学に通うことが決まっている。今はほっとひと安心といったところだ。
そして━━。
今公人は、伝説の樹の下で藤崎詩織と対面している。高校三年間の最後を彩る、一世一代のイベントだ。
スポーツや勉強を頑張り、国内最難関クラスの一流大学を志したのも詩織に相応しい男になるためだ。いま、この瞬間のために高校生活を過ごしてきたと言っても過言ではない。
ずっと恋い焦がれてきた詩織と二人きりで対面している。それだけでも心臓が早鐘を打ち始める程だ。
それにしても━━。
この三年間、精々数センチ背が伸びたくらいで中身は中学の頃からまるで進歩していない自分と違い、詩織は随分と垢抜けたものだ。
特にここ半年の変化が顕著だ。
以前はほとんどノーメイクだったのが、このところ外では常にしっかりと化粧をしている。おかげで本来小顔であどけない顔が、別人のようにきりりと映える。
制服の着こなしも大人びたものだ。いつの間にかスカートは太股を大きく露出させた短いものを好むようになり、身長の半分ほどを占める美脚を際立たせている。
全体として、うまく言葉にできないが立ち居振舞いや私服センスなどがぐっと艶っぽくなった気がする。女の匂いをさせている、と言い換えてもいい。なんだか随分遠くまで来てしまったかのように思える。
だが、それも今日までだ。
きっと大学に入ったら、瞬く間にミスキャンパス候補になったりするに違いない。そんな詩織を彼女にして、キャンパス内を闊歩する━━。
周囲からの羨望の目が、今からありありと脳裏に浮かぶようだ。
「どうしたの? 変な顔でにやけちゃって」
詩織がきょとんとした目で見つめてくる。
(い、いけねえいけねえ……)
つい妄想に耽ってしまっていた。
「それで、なに……? 話って……」
公人は深呼吸した。いまここで、この瞬間にこれまでの人生すべてを賭けた告白をやってのけるのだと自らを奮い立たせた。
「し、詩織……。俺と、俺と付き合ってくれないか?」
「えっ……?」
「ずっと……ずっと前から好きだったんだ、詩織の事がっ! 幼馴染みの関係から、一歩先に進みたいんだ。大学からは、恋人同士になりたいんだよっ!」
「え、ええっ……!」
大きな瞳をぱちくりとさせているものの、その反応からは答えを伺い知ることはできない。
「ど、どうなんだよ……」
「う、ううん。ちょっとびっくりしちゃって」
「そ、その……。詩織の気持ち、教えてくれよ。やっぱり、俺なんかじゃダメか……?」
うつむくと、小さく首を横に振った。
「じ、じゃあ……!」
「嬉しいわ……」
「し、詩織……!」
「……気持ちはね」
「えっ」
「わたし、公人とは付き合えないわ……」
「な、なんでだよ!?」
「わたし、一流大学には進学しないわ。せっかく受かったけど……。だから公人と一緒にはいられないの」
「な、なんでだよ? たとえ大学が一緒じゃなくったっていいじゃないか。俺、詩織と一緒なら遠距離だってなんだっていいよ」
「ありがとう、公人。でもわたし、実は芸能事務所からスカウトされたの。この春からは、歌って踊って演技もするマルチアイドルを目指すのよ。だから公人とは一緒にいられないの。事務所からも交遊関係は厳しくチェックされるし、噂になったら恥ずかしいから……」
「し、詩織ぃ……」
「じゃあね公人。好きだって言ってくれたの、嬉しかったわ」
「そんなぁ……」
こうして公人の高校生活は幕を閉じた。
いったい何処で何を間違えたのだろう。
考えても考えても、答えが出ることはなかった。
一人残された校庭には、三月にしてはやけに冷たい風が吹いていた。
2
時計の針を少し戻す。
あの文化祭が終わって一ヶ月が経過した頃、きらめき高校には陰ながら大きな変化が訪れていた。
はじめは主に女子の間で、変化とはいってもほんの小さなものであった。
少しずつではあるが、ブランド物の鞄や靴を身に付ける者がちらほらと出始めたのが11月初旬のこと。クリスマスを迎える頃には、2,30万もするアクセサリーを当たり前のように身に付け、高校生の身でありながら一泊100万円近くする高級ホテルの甘い一夜を自慢げに話す女子まで出てくる程だった。
きらめき高校では、女子の間でもはや後戻りできない程に援助交際がブームと化していた。気づくものは気づく、気づかないものは最後までなにも知らない、そうした隠れブームといった様相である。
女子が変わると、それに引き寄せられるように男子も変わってゆく。
高三の二学期ともなると高校生活最後の思いで作りにあちらこちらでカップルが成立してゆくのは何も珍しい光景ではないが、ここきらめき高校では、その殆どが恋だとか告白だとかいったまだるっこしい儀式を経ない、金銭を介した肉体関係だけの交際であった。
狙いをつけた男子に一夜限りの買春を持ちかける女子、そして告白やその返事の代わりに金銭交渉をする男子━━。
放課後になるとそういった光景が散見された。中には朝日奈夕子のように、隠れて本格的に風俗バイトを始める者までいた。
これらすべての糸を裏で引いていたのが好雄である。
ちょっと背伸びしたブランド品を身に付けた女子を見つけては、褒めて褒めていい気分にさせてやる。目線の先にいる男子生徒が、お前のことを気にしてたぜと言ってやる。そうしておいて、もっともっとチヤホヤされたくないか? あいつに振り向いてもらいたくないかい? と煽るように聞いてやる。
不安げに目をきょろきょろさせるその子に、いいバイトがあるぜと持ちかける。心配ないって、同じ女子の━━夕子や未緒なんかもしてんだしさ、と誘いかける。
行く先は援交のあっせんだ。
一晩で懐に収まる何万円、ひいては何十万円もの大金は、容易に常識を破壊する。
数ヵ月も経つころには恋愛観は言うに及ばず、金銭感覚が完全に壊れた女の出来上がりだ。そのような女には待ってましたとばかりに、もっと沢山稼げる仕事を紹介してやる。
このように学校を舞台にした営業活動は思いの外好調で、好雄の懐に入ってくる上前も上々だ。
ほどなくして借金は完済した。
四六時中金のことだけを考えなくてはならない毎日にオサラバしたに見えた。
だが……。
「うごっ……!」
高校卒業を間近に控えた二月、好雄は顔面をしたたかに殴られていた。
場所は朝日奈家で、相手は夕子の父親であった。
あの文化祭の日、勢いに任せ夕子の膣内に射精してから四ヶ月。
彼女の腹は、既に便秘や肥満では誤魔化しきれない程ふくらみが目立ちはじめていた。
産むんだと言って聞かない夕子を前に、好雄は「これが年貢の納め時ってやつか……」とがっくりと肩を落とすと共に、責任を取る覚悟を決めた。
結果、流石に一発殴られはしたものの、逆に言えばそれだけで済み、あとは成人済みの二人で話し合って決めろと言われた。
「だから言ったでしょ、うちの親、放任主義なの。あははは」
とは夕子の弁だ。
大学への進学を諦め(とはいえ入学予定だったのは三流大学で、そもそも入る価値があったかは怪しいところだ)、働いて彼女を養う事を条件に籍を入れる事を許された。
高校を出た後は建設現場で働くこととなったが、安月給と単調な仕事に飽き飽きしてきたので、ほどなくして離職した。
無職となった好雄。その手にはAVプロダクションの求人票が握られていた。
3
一方、一流大学に入って半年。
公人は次第に大学へ通うモチベーションを失い始めていた。
大学生活を共にするはずだった幼馴染み、詩織の行方は杳として知れず、授業の無い日はサークルもバイトもせずにゲームかネットサーフィンで一日を潰す事が多くなり、次第に授業すらサボりがちになった。
おまけに、学部は違うものの同じく一流大学へと進学してきた如月未緒も、最近は大学へは来ていないらしい。
風の噂では、好雄にフラれたショックから自暴自棄になり、今ではデリバリーヘルスで働いているのだとか。
(如月さんもなあ……。あんなアホにそこまで入れ込まなくたって……)
デリヘルといえば、かつてきらめき高校で評判だった美少女たちの中には、真っ当な進路を外れ、今では性風俗店で働く子が何人もいるらしい。
例を挙げると、『きらめき高校の女王様』鏡魅羅などは五反田にあるSMクラブで働く、文字通りの女王様になっていた。なぜそんなことを知っているのかと言うと、先日、風俗専門誌で新鋭気鋭の人気嬢として特集が組まれていたのを見たからだ。ボンデージで鞭を構えた姿は、本職のモデル顔負けの凄艶な美しさであった。
他にも、『運動部のアイドル』虹野さんは調理師専門学校に通う傍ら、池袋でメンズエステ嬢をしているのだという。巧妙に顔はモザイクで隠されていたが、風俗サイトで虹野さんとおぼしき風俗嬢の情報があった。それによると、基盤率100%のヤ○マンとして名を馳せていた。
「んっ……、なんだぁ……?」
風俗サイトを巡っていると、唐突に画面が動画サイトへと移った。知らず知らずのうちにポップアップ広告でも踏んでしまったのかと思い、慌ててブラウザバックしようとしたが、マウスに触れる人差し指がピタリと止まった。
その動画の出演者に、目が釘付けになっていたためである。
「し、詩織……!?」
背中ほどの長さのストレートヘアから、やや丸みをつけたボブカットへと髪型が変わっていたが、見間違える筈もない。間違いなくあの詩織だ。
トレードマークのヘアバンドにも見覚えがあった。間違いない。17歳の誕生日にプレゼントしたものだ。
「綺麗になったな……」
現実感のない光景を前に、とりあえずボンヤリとした感想が口をついた。
動画の中の詩織は砂浜の上で元気にはしゃいでいる。どうやらどこか南の島にいるようだ。麦わら帽子と黄色いパレオ付きビキニ。白い肌によく似合っている。
「藤崎詩織、19歳です。この間まで、女子高生やってました」
画面の中の詩織ははじけるような笑顔で自己紹介をしていた。察するにこれは、よくグラビアアイドルが出しているようなイメージDVDの冒頭シーンということらしい。
微妙にチープなBGMとともに、ビーチバレーで遊んだり砂いじりをして遊ぶシーンが流れていった。
画面が暗転し、『Debut!』とテロップが出てきた。この作品のタイトルらしい。
(詩織、グラドルになったのかぁ……。ま、今時は一線級の女優がグラビア出身だったり、 アルファベット三文字系のアイドルが水着姿で毎週どこかの雑誌の表紙を飾ってるなんてのもザラだし、そういうもんなのかもなぁ)
だが次の瞬間、そんな甘い考えは無惨にも打ち砕かれた。
「詩織ちゃん、そろそろ脱いでみよっか」
画面外から男の声がし、公人はゴクリと息を呑んだ。
にわかに心臓が早鐘を打ちはじめた。
どこかで聞いたことのある声のようにも思えたが、誰のものかは分からなかった。
画面の中では、詩織が頬をピンク色に染めていた。恥ずかしそうに身をよじりながら、黄色いビキニに指をかける。
詩織は器用にも乳房の中心を映さないようにしつつビキニの上を脱ぎ捨てた。隠すべき箇所は両手をクロスさせて覆っている。
「もうっ……」
画面の中の詩織は笑顔を崩さない。恥ずかしげにはにかんでいる。決して嫌がってる風ではなく、あくまで悪戯されて恥ずかしい、といった感じだ。
(いや、まさか……? ち、ちょっと着エロ系なのかな? そ、そうに違いない……)
嫌な予感は増大してゆく。
「ん……」
詩織は躊躇いながらもビキニの下も脱いだ。乳房と股間を手で隠しながら、上目使いでカメラを見上げた。
目線の先、カメラフレームの外から人影が現れた。
「お、おいっ!」
公人はディスプレイに向かって、思わず声を出してしまっていた。
フレームインしてきた人影は、見覚えのある男の背中だった。いままで影に隠れていた人間が、ついに姿を見せたのであった。
好雄だった。
派手な海パン姿で、記憶にあるそれよりも頬がこけ、ギラついた目付きをしていたが、間違いなくかつての悪友がそこに映っていた。
高校を出てから半年間、ほどなくして音信不通となっていた。どこでなにをしているのかと思ってはいたが、まさかこんなことを━━。
画面の中では、裸の詩織が好雄によって抱きしめられている。局部を隠していた手を取られ、好雄の腰や首へと回される。
詩織が顎をあげ、唇が重なる。詩織の方からキスを求めたように見えた。画面がフォーカスし、舌と舌を絡めあい、唾液をすすりあう姿がアップで映し出される。唾液が糸を引く、濃厚なディープキッスだ。ひとしきり続けると、好雄は詩織を足元にひざまずかせた。
詩織が見上げ、好雄が見下ろす格好だ。
二人は無言で視線を交わした。
やがて詩織が媚びるような上目使いでうなづき、好雄の腰に手を伸ばした。指をかけ、海パンをズリ下ろした。
画面の1/3程をモザイクが埋め尽くす。
勃起した男根が、詩織の目と鼻の先で猛々しく反り返っていた。
詩織の小さくて白い手が棒状のモザイクをそっと握りしめる。こすりあげながら、唇を割り広げ、ピンク色の舌を差し出す。
「う……嘘だろ……!」
公人がつぶやくと同時に、詩織は先端部分を口に含んだ。舌を踊らせ、頬をすぼめ、見る見る間に呑み込んでいった。
「な……なんなんだよっ! これはっ! あいつ……、歌って踊って演技するマルチアイドルを目指すんじゃなかったのかよ!」
パニックになっている公人のことなど知る由もなく、画面の中の詩織は好雄の男根を咥えこんでゆく。鼻の下を伸ばし、目の下を紅潮させた下品な表情で目の前の肉棒をしゃぶりあげてゆく。
気づけば痛いくらいに勃起していた。半ば無意識のうちに、ズボンを下げてトランクスから男根を取り出し、握りしめていた。
フェラシーンの後は、砂の上に仰向けに寝転んだ好雄の上に詩織がまたがっていった。
発情しきった表情を見せる詩織は、和式トイレにしゃがみこむような格好で男根を股間ににあてがった。無論、好雄がそうさせていた。結合部を見せつけるように、画面上ではモザイクで覆われた箇所が大写しになっていた。
「あぁ……いやぁ……。こんなの、恥ずかしいわ……」
言いながらも、詩織は嬉しそうであった。
辱しめられる事が悦びに変わる━━女子なら誰にでも、そうした脳の機構が備わっているのかもしれない。
詩織が徐々に腰を落としてゆく。彼女の股間は赤茶けた陰毛に覆われており、モザイクはその下の結合部にのみかかっていた。
モザイクで覆われたその箇所だけが肌色でも陰毛の赤色でもない、粘膜のアーモンドピンク色であることがわかる。そこにモザイク処理された亀頭が埋まってゆく。
「ぁあっ……!」
白い喉を鳴らし、喜悦に歪んだ声をあげて男根を呑み込んでゆく。ずっぷりと腰を落としきると、詩織は自ら体を揺すりはじめた。
「あっ、あぁあっ……!」
艶やかな悲鳴と、ぱちゅん、ぱちゅんといった肉と肉を打ち付ける音だけが鳴り響いていた。元の顔が思いだせない程に顔を歪めに歪め、身体中の素肌を発情の汗にまみれさせていた。
気づけば公人は、猿のように男根を握りしめた右手を上下させていた。画面の中の彼女は、信じられないくらい淫らな表情で、よりにもよって好雄の男根でよがり狂っているというのに。
好雄が体位を変えた。
今度は詩織を砂浜に横たえさせ、正常位で繋がった。
興奮に顔を紅潮させつつも、口許に淫靡な笑みを浮かべて激しく打ち付けられるピストンを受け止めていた。ぱんぱんっといった乾いた音がピッチをあげて鳴り響き、髪を振り乱してよがり泣く。
「ち、ちくしょう……ちくしょう……!」
涙が視界を歪めつつも、男根をしごきたてる手を止めることはできなかった。
みじめだった。
(し、詩織っ……! うぐうぅぅぅ……!)
かつて人生をかけて愛し抜くと誓った女が、別の男に寝取られ、その姿を全世界に晒している。そんな様を見ながらする自慰は、男としてこの世でもっともみじめな振る舞いだろう。
それでもやめられない。
好雄の手によって詩織がよがればよがるほど、男根は熱くみなぎってゆき、熱い先走り汁を漏らす。
詩織の悲鳴、そのオクターブがひとつ上がった。オルガスムスへの階段を駆け上がっているようだ。
大きくストロークを打ち込むと、好雄は結合を解きフレームアウトした。後には素肌を汗と砂にまみれさせ、ぼっかりと脚を開げたまま肩で息をする詩織が残されている。
そうしていると、横から再び好雄がフレームインしてきた。詩織の目と鼻の先で男根をしごきたてる。その先端からはドピュッと白濁液が噴射され、顔から胸の辺りを汚してゆく。
最後のひとしずくを浴び終えると、詩織は息を絶え絶えにさせながら、上半身を起こしてペニスをしゃぶりあげていった。
口許に精液を溢しつつも、最後はカメラに向かってニッコリ。
動画はそこで終わっていた。
気づけば公人の手の中には熱い白濁が握りしめられていた。
みじめだった。
最低の気分だった。
しかし、漲りは一向に衰えを見せなかった。人生最大の━━やもすれば、伝説の樹の下で告白した時以上に興奮していたかもしれない。
公人はこの動画の詳しい情報を探した。悔しくても怒りに震えていても、調べずにいることなどできなかった。
どうやら今目にしたこれは、ショートバージョンのサンプル動画であるようだ。
公人は血が出るほど唇を噛み締めつつも、フルバージョンを見るべくAV通販サイトのURLをクリックした。
(了)
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