作者:しょうきち
「あたし達、いつまでこのままなのかな……」
リューネ=ゾルダークは自室で一人ごちていた。
想いを馳せる対象は、想い人であるマサキ=アンドーの事である。
きっかけは、思い返せばマサキの発したほんの些細な『可愛い』という一言であった。
マサキはからすれば、ゴツい髭面の強面オヤジであるビアン=ゾルダークの娘を名乗る少女が思っていたよりも美少女であった。ただそれだけの、何の気もない一言であった。
忙しい父の男手一つで育てられ、幼少期より機動兵器のパイロットになるべく猛特訓漬けの生活を送っており、腕力や運動神経なら兎も角、同年代の男性に女として誉められる経験には慣れていないリューネ(父・ビアンはそれこそ目に入れても痛くない程溺愛していたが、父が娘に向けるそれとは違い、同年代の異性からこのような事を言われたのは初めてであった)はおだてに滅法弱いのであった。
そんな中マサキと出会い、始めは父の敵としてつけ狙ったものの、一度敗北した後は持ち前の快活さもあってすぐに和解した。
そしてそれだけではなく、マサキから投げ掛けられたその言葉を聞いた瞬間、リューネは血が沸き立ち、胸が震え、恋に落ちた事を自覚した。理屈ではなかった。
以来マサキを追いかけ続け、遂には地上人召喚事件によって地底世界ラ・ギアスを訪問したことを切っ掛けとして、地上世界における生活一切(ラ・ギアスに一緒に召喚された愛機であるヴァルシオーネを除いて)を捨て去りマサキの住むラ・ギアスに移住した。
思い込んだら一直線である。我ながら単純だな、とは思う。
あれこれ深く考えるより、何事も直感に身を任せた方がずっと上手くいく。それはこれまでのリューネの人生で得られた確かな経験則であり、迫りくる異星人から地球を守るため、地球圏の力を結集するために世界征服するという極端な手段に走った父、ビアン・ゾルダークを反面教師とした結果でもある。
だからリューネは、マサキに対する恋のアプローチも駆け引きや押し引きといった変化球の類を一切使わず、兎に角押せ押せの直球一直線であった。事あるごとにマサキに対し好き好き超大好きと口に出していたし、よりどストレートに『結婚してっ!』と伝えた事さえもある。(その時はマサキの貯金額がセニアの作成した投資プログラムによっていつの間にか増え続けており、なんと総額にして7億クレジットに達している事が判明した時であり、マサキからの答えはイエスでもノーでもなく、ただただ金に目が眩んでいると呆れられるのみであった。流石に後から、先走り過ぎた事を若干後悔した。あくまで若干、ではあるが)
兎にも角にもそんなリューネの猛プッシュが多少なりとも実を結び、マサキの側もある程度は憎からず想ってくれている為であろうか、しばしば二人きりで買い物に出掛けたり(リューネから誘えばではあるが)、更に最近ではマサキから自室の合鍵を預けられたりする程度の関係性にはなっていた(尤も、これはリューネによって自室の鍵を力ずくで破壊される事が何度も相次いだため『合鍵やるからもうブッ壊すのは勘弁してくれ』との意味合いもあったが)。
近頃はリューネなりにアプローチの成果が実ってきた、と感じる瞬間もある。
つい先程の事である。リューネはマサキの自室にミニホームシアターを持ちより、二人で一緒に時代劇映画を見ていた。昔の作品のリマスター版である。(一時期使用していた合体攻撃『十八番参会名古屋暫』に次ぐ、新たな合体攻撃のヒントにしたい、という名目で、リューネが熱烈に誘った)
画面上では、往年の名優である壮年の男が鋭い眼光で辺りを見渡しながら、手にした刀を下段に構えている。
次の瞬間、暗闇の中、前後から日本刀を持った刺客が迫り来る。男は裂帛の気合と共に手にした刀を逆袈裟に切り上げ、正面の刺客を一刀に切り伏せると、返す刀で反対側から迫る刺客を退ける。振り下ろした刀を再び下段に構えながら、ギロリと鋭い眼光で辺りを見渡していた。
「おお~っ。昔の時代劇なんて大して見たこともなかったけどよ、こうして観ると最近のドラマじゃあ中々見れねえ迫力があるよな。体幹がこう……一本筋が通ってるって言うのかな。お前やミオがハマる理由も分かる気が……ん、リューネ? どうした? ちゃんと観てんのか?」
「ん、んんっ!? そ、そうよねやっぱ体感よね、体感」
「ちゃんと見てんのかよ。んったく。お前が誘ったんじゃねえか」
当初は本気で新たな合体攻撃のヒントにならないかとマサキを誘ったリューネであった。しかし、その内容は普段こうした時代劇を見ないマサキにとっては新鮮なものであるものの、リューネにとってはディスクが擦りきれる程見返した内容である。
この時リューネが上の空であった理由は、愛するマサキと暗がりの部屋で二人きり、肩を寄せ合っているという事実に今更ながら気付いた為であった。
最早時代劇の内容など頭に入っては来なかったが(より正確を期するなら、シーン毎のセリフすら諳じられる程何度も見返している内容であったため、見るまでもなく既に頭に入っていた)、頭の中はピンク色の恋愛脳でいっぱいいっぱいであった。
(マサキの唇……すぐ側にある……。キス、したい ……。ファーストキス……。今お願いしたら、してくれちゃったりとかするのかな? でも、二人きりだし勢い余ってそれ以上を求められちゃうかも? あー、濡れてきた……。やだ……あたしっ、エッチ!? でもでも、今って冷静に考えたら暗い部屋で男女が二人っきり、普通に考えたら大分ロマンティックなシチュエーションなんじゃないの? っていうかもう恋人? うわ、どうしよ……。ドキドキしてきた……。あー、やば、汗かいてきたかも。あたし、汗臭くないかな?)
「おい、どうした? 熱でもあんのか?」
長々と妄想に浸っていると、マサキが心配そうにリューネの瞳を覗き込んでいた。
「え!? あ、あぁ~……、キ、キ……」
「キ……?」
「き、キレのいい演技だったよね、今のっ!」
「そ、そうだな。腰が入ってるっていうのかな。それに眼光も鋭くてよ……」
(あ、ああ~っ、あたしのバカバカバカっ。何でこう日和っちゃうんだろ~っ!)
……と、こういった調子である。
リューネとマサキ。二人の仲を「こりゃ、まだまだ先が長いわねぇ」と評したのはミオ=サスガであったが、この場にはいない彼女の台詞が空耳で聞こえてきた気がして、頭上から降ってきた金だらいが脳天に直撃したような気分に見舞われた。
スリーサイズB87W59H88。17歳という年齢の割にグラマーな体型を普段からノーブラタンクトップ一枚というラフなスタイルで惜しげも無く見せ付けており、アメリカ人らしく普段の振る舞いや言動も色々とオープンなリューネであったが、肝心なところでは初心であった。
どうしても一戦……いや一線を越える勇気が絞り出せないのである。
事あるごとにマサキに対し腕を絡めて組んだり胸を押し付けたりとベタベタしてはいるものの、キス又はそれ以上をせがむのにはそれとは別種の勇気が要るのだ。
しかし、今日のリューネはいつもにも増して恋愛脳となっていた所為であろうか、暗がりの部屋の中、はたまた愛するマサキと二人きりというシチュエーションがそうさせたのであろうか、いつにもなく積極的である。今日こそ一線を超えるっ、となけなしの勇気を絞り、少しずつ、少しずつマサキの側へしなだれかかっていった。
「えーっと……、おほん。マーサキっ、なんかさ、暑く……なぁい?」
が、リューネが体重をかけようとした瞬間、マサキは腕時計を見つつずいと立ち上がった。もたれ掛かる先を失い、リューネは畳に頭から突っ伏していた。
「んがっ!?」
「うおっ、もうこんな時間かよっ? ん、何一人で倒れてんだ、リューネ? そろそろ寝ようぜ。続きはまた明日な?」
「ええ……ああ……? え、えーと……、あたし、もうちょっと観てたいっていうか……」
「んだよ、大して熱心に観てもいなかったクセによ。もう遅いんだからよ、後はまた今度観ようぜ?」
「えーと、その、もっと二人っきりで居たいっていうか……、なんなら一晩中一緒に居たいっていうか……」
「えっ、何か言ったか?」
「え、あ、い、いやあ、何でもないのっ。お休みっ、マサキっ! また明日ねっ!」
「お、おいっ!?」
リューネは逃げるように慌てて駆け出して行った。真っ赤になった顔を両手で覆っていた。
目も覆わんばかりの空回りっぷりである。
恐らく手元に鏡があれば、白い肌を真っ赤に染め、緊張と興奮に震えるお馬鹿なお転婆娘の顔が写し出されていたに違いない。
そしてあまりに狼狽していたためか、ジーンズの尻ポケットから、携帯がポロリと落ちていた事に気付くことはなかった。
脱兎のように自室へと逃げ帰って来たリューネ。ベッド上に体育座りで座り込み、お気に入りのテディベア(トレーニング用を兼ねており、その重量は優に50kgを超える)に顔を埋め、ジタバタと懊悩していた。
リューネは暫くの間悩み悶えた。そして落ち着いて来たためか、その後はベッドに仰向けに寝転び、冒頭の様に一人ごちていたのである。
(あー、もう、何やってんだろ。チャンスだと思ったんだけどなぁ……)
確かに近頃のマサキとの仲はこれまでになくいい雰囲気な気はしている。険悪だった一時(我儘を言って地上に出てきた挙げ句、マサキの義妹のプレシアを危険に晒すという失態を犯した頃)などと比べれば尚更である。
だが、もう一線がどうしても越えられない。半ば冗談で流された感もあったが、結婚の意思さえも示し済みであるリューネには、まう切れるカードが無いのである。
この恋はある種、よく言えば膠着状態、悪く言えば放置プレイを受けている状態で留め置かれていた。
『恋愛は、付き合うか付き合わないかの時期が一番楽しい』と人は言うものの、好きな男と四六時中一緒に居て、夜二人っきりで過ごしていてすら何もないというのは流石にどうなんだという気もしてくる。
マサキの気持ちの本当のところが知りたくて堪らない。でも本当に知るのは怖い。
関係を進めたい。進めるのが怖い。
頭の中では互いに相反する考えが次々浮かんでは消えて行く。思考の袋小路に陥っていた。
「あーっ、考えるのやめやめっ! もう寝よっ!」
リューネは布団を被り、目を瞑った。
眠ろうとするリューネてあったが、そのまま暫く時間が経った。眠れないのである。
ドキドキが収まらない。
胸の内は熱く、それでいて頭が冴えて寝付けない。いつも進みそうでまるで進展を見せないマサキとの関係にヤキモキし、胸の内はチクチクと熱量を帯びた何かが転がっており、それでいて頭の中はグルグルと回っていた。
高まるヤキモキは神経をささくれだたせ、体のとある特定部位をムズムズとさせる。有り体に言えば、ムラムラしてくるのだ。
時折リューネにはこんな夜が訪れる事がある。そんな時にする事と言えば、ただ一つ。
「んん……ぁっ……」
タンクトップをまくり上げ、パンティを膝の辺りまで下ろす。下ろしたパンティからは性的に興奮している証である糸が引いていた。感触で分かってはいたものの、目の当たりにするとかえって意識し、更に愛液が溢れてくるような気さえするのである。
「はぁ……んんっ……」
唾液で濡らした指を乳房に持ってくる。最初は優しく撫でるように、やがて力を込めてギュムと乳首を潰す様に揉み上げる。
(この手が、マサキの手だったならな……)
いつか愛するマサキとこういった関係になる事を夢見て、リューネの指先に力が込められる。
想像上のマサキは、リューネを優しく抱き抱えると、普段まるで見せることの無いような積極さを見せ、リューネの性感帯を刺激してゆく。優しく腰をなぞりながら、両脚の間に指を這わす。
(リューネ……可愛いぜ……)
(ああっ……マサキ……、マサキっ!)
愛撫によって溢れた愛液がシーツをじんわりと濡らす。身体の中心、子宮の奥から燃え広がってゆく衝動に突き動かされるように、リューネは自然と腰を前後に動かしていた。
仰向けになり、硬くなったクリトリスに指を這わす。少しずつ指を動かしていくと、揺らめいていた官能の炎がやがて大火となり、リューネの凡てを焼き付くすように燃え盛ってゆく。
クリトリスをギュウと摘まみあげる。トロリとした愛液が指を濡らし、容赦の無い快感物質が、リューネの脳内に送り込まれた。
「あ……んあっ……!」
まだ異性の侵入を許した事の無い膣口に、中指を差し込む。既に愛液でヌルヌルとなったそこは、抵抗なく指を飲み込んでいった。
(いつか、こういう事してくれるのかな……)
リューネが思い浮かべるマサキは、膣内に挿入した指を更にもう少しだけ深く挿入させ、器用に第一関節だけを曲げた。
恥骨の辺りにあるそこは、他の場所より少しだけ窮屈で、ざらりとした感触であった。指をほんの少し動かすと、今まで感じた事の無い様な刺激が降りかかってくるのである。
「ああ……マサキ……。駄目っ……!」
心に思い浮かべるだけではなく、自然と声に出してマサキの名を呼んでいた。そうすることによって、本当にマサキがそこにいて、このように粘膜の奥深くまで優しく愛撫してくれているような気になってくるのである。
「ん……、はぁ……ん!」
指を更に曲げたり、気持ち良くなれる箇所から出し入れしたりすると、愛液が止めどなく溢れてくる。一番気持ちよくなれそうなスポットを探して同じ場所を繰り返し刺激する。何度も出し入れする度に気持ち良くなれる箇所が分かってきて、指の動きは最適化されていった。
リズミカルに出し入れを繰り返すと、指先の触れる箇所から全身へと快楽物質が広がってゆく。指が飲み込まれそうな程に膣内が急激に収縮してゆき、痛いほどに締め付けられる。
「んっ、はぁっ……んんっ、あっあっ……イ、イイッ!?」
全身、特に子宮から脳天までを貫くように強烈な電流が走り抜けた。背骨が反り返り、自然とフル・ブリッジのような態勢となった。愛する男を胸に抱き、絶頂へと到達する。
「あっ……、あっ……、ああっ……、マサキ……マサキィッ……!」
時折リューネはこのように自身を慰め、溜まりに溜まった性欲を解消していたのである。しかし、この日はいつもと事情が異なっていた。
膣内の収縮がやがて収まってゆき、少しずつ引いていく快楽の波に名残惜しさを感じながら、全身から力が抜けきった気だるさと共に余韻を味わっていた。普段ならこのまま朝までグッスリと眠るところである。汗だくだが、シャワーなどは朝方浴びればよい。
こうして、このまま眠りに就こうとしていたリューネが違和感を感じたのは、自身の部屋の出入口の辺りに人の気配を感じたためであった。
いや、感じるどころではない。
人がいる。男だ。思い人、マサキ=アンドーその人が、ドアの前に立っていた。鳩が豆鉄砲を喰らったというか、寝起きに冷水を吹っ掛けられたというか、とにかく形容し難いような表情で息を呑み、その場で動けず立ちすくんでいたのである。
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