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4.レコーディング

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 アイドルにとってイメージはとても大事。ある意味、イメージを売る職業ともいえる。
 どんなに歌がうまくても、イメージが悪いと売れないの。
 事務所の仕事はスケジュールを管理するだけじゃなくて、所属タレントのイメージを向上させる戦略を立てることね。
 でも、一番大事なのは知名度。知名度が低いとファンが増えないし、スポンサーとしても起用するメリットが低いでしょ。
 イメージを守りつつ、いい仕事を取ってくるのが、事務所の腕の見せ所ね。

 今日はレコーディング。
 私はブースに入って、ヘッドフォンをつけてマイクの前に立つ。
 スタッフの指示で、リズムを取って新曲を歌う。
 新しい曲はすごくいいの。アップテンポのメロディに、爽やかな夏の青空をイメージした歌詞で、海辺の風景を思い浮かべるような気持ちになる。耳に残って覚えやすい。
 ガラスを挟んだコントロールルームには、音楽スタッフに混じって事務所の社長やレーベルの役員が見に来てた。
 それだけこの新曲に期待してるってことよね。ちょっと重圧を感じる。

「はい。OKです。おつかれさま」
 スタッフのOKサインで、レコーディングは終了した。
「ありがとうございます」
 ブースを出て、スタッフにお辞儀をする。
「詩織、ちょっといいかな」
「あ、社長」
 事務所の社長に呼び止められた。
 隣には、ノーネクタイのスーツ姿をした、小太りの中年男性が立っていた。たぶん、年齢は50歳ぐらい。
 身に着けてる腕時計がいかにも高そう。一言でいうなら、ゴルフ好きのどこにでもいるおじさんかしら。ニコニコとした人の良さそうな笑顔で、私のことを見ている。
(だれかしら、この人)
 私は不思議に思った。芸能関係者だと思うけど。
「プロデューサーの先生だよ。新曲の作詞作曲をしてくださった」
「はじめまして、藤崎詩織です」
 私はお礼をいって、挨拶をした。
 社長がペコペコしてる。それだけ偉い人ってことよね。
「先生は知ってるだろ?」
「お名前はうかがって」
「おいおい、冗談だろ。大ヒットメーカーの。作詞作曲だけじゃなくて、映画やドラマの制作もしている。テレビ局の重役も頭が上がらない大物だよ」
 かなり有名な業界人みたい。私、そういうのには本当に疎いの。
 マネージャーに説明してもらった時も、名前を聞いたことがあるなと思っていたけど。

「いいよいいよ、社長。詩織ちゃんが引いてるだろ」
「面目ない。まだデビューしたばかりで、業界のことがよくわかってないんです。あとでちゃんと教育しておきます」
「ハハハ。いまどきの若い子らしくていいよ。新人はこうでなくちゃ。詩織ちゃん、すごくよかった。この曲は君のために書いたんだよ」
「とてもステキな曲をありがとうございます。コンサートで盛り上がりそう。どうして私のことを……?」
「例のグラビアを見てさ。業界で話題だよ。どこも売り切れらしい」
「そうなんだ」
 雑誌の評判がすごくいいというのは、マネージャーから聞いていた。
 それで、またグラビアの仕事が入ったみたい。
 うれしいようなうれしくないような。それだけ購入した人に喜んでもらえたってことよね。
「社長もいい子を見つけてきたね。透明感があって、まるでアイドルになるために生まれてきたような美少女だ。すごく気に入った」
 プロデューサーが、私の全身を下から上に値踏みするように眺めた。あきらかに顔じゃなくて、服の下の体を。
(なに、いまの感じ……一瞬、目つきがギラってしたような)
 思わず、全身がぞわってした。
「いまから僕と食事でもどうかな。芸能活動について、アドバイスをしてあげるよ。好きな料理はなに? フレンチ? それともイタリアン? 詩織ちゃんの好きなのをおごってあげるよ」
「お誘いはうれしいけど、今日はこの後、大切な友達と遊びに行く予定があるんです」
 はっきり断った。すごく嫌な予感がしたから。
 私、そういう勘はすごくいいタイプなの。
 それに話し方がすごくねちっこい。顔も脂ぎってるし、生理的に苦手なタイプ。うまく言葉にできないけど、アイドルオタクがそのまま中年になった感じかしら。
「し、詩織……そんなこといわずに。せっかく先生が誘ってくださってるんだから」
 社長があわてた様子で話しに割って入ってきた。
 私がプロデューサーの機嫌を損ねるんじゃないかって心配してるみたい。
 まあ、大事な取引相手だからゴマをする気持ちもわからなくないけど。弱小事務所の辛いところね。
「社長がいうなら……すこしぐらいならいいけど。今日じゃなくて、またいつか」
 私が納得したことで、社長はホッとしたみたい。

 ◇ ◇ ◇

 六本木のスタジオを後にすると、その足で原宿に向かう。
 駅を出てすぐのところに立っていると、後ろから名前を呼ぶ声がした。
「光ちゃん」
 振り返ると、私服姿の陽ノ下光ちゃんが立っていた。
 白のノースリーブのシャツに、動きやすそうなデニムのパンツ。涼し気なショートヘアで、左の瞳の下にチャームポイントのホクロがある。まるで小柄な美少年みたい。
(光ちゃんって、ほんとスポーティーな格好が似合う)
 光ちゃんは、大手芸能事務所に所属している、人気急上昇中のアイドルなの。
 とあるドラマのオーディションで一緒になって、同学年ということもあり話が弾んで親しくなった。光ちゃんは隣町のひびきの高校に通っているの。芸歴は私より半年先輩。新人賞を競うライバルでもある。
 今日は、光ちゃんと原宿デートする約束なの。
「もしかして待った?」
「ううん。ちょうど私も今来たところ」
「よかった。レコーディングが押してて」
「ねぇ。早く行きましょう。向こうにクレープの美味しいお店があるの」
 光ちゃんと手を繋いで竹下通りを歩く。
 途中、スカウトの人に何度も声をかけられた。
 そのたびに、光ちゃんは慣れた様子で事務所の名前を出して断っていた。
(やっぱり光ちゃんって目立つのね。同性の私から見てもすごく可愛いし)
 私が男子だったら、絶対に光ちゃんに恋してたと思う。それぐらい可愛いの。
 こうして歩いてても、すれちがう男の人が驚いた様子で振り返る。
「みんな、詩織ちゃんに注目してる。いいなぁ」
「ちがうわよ、光ちゃんによ」
「さっきのスカウトの人も詩織ちゃんが目当てだったみたい。横目でチラチラ見てたわよ」
「光ちゃんのほうがずっと可愛いくて魅力的だと思うけど」
「私は、仲のいい異性の友達って感じでしょ。男の子は、詩織ちゃんみたいな髪が長くて清純なタイプが好みなのよ」
 クレープ屋さんで、私はストロベリーハートを、光ちゃんはバナナチョコフラッシュを注文した。
「すごく美味しいね。並んだかいがあった」
 ふたりで頬張って食べる。
 甘くてすごく美味しかった。イチゴの酸味がアクセントになって最高なの。

「私ね、ドラマの役が決まったんだ。今日はそれを伝えたくて」
「本当に!? おめでとう!!」
「主人公の妹役なんだけどね」
「妹役でもすごいじゃない。いつ放送なの。録画して見る」
「放送はまだ当分先だと思う」
「うらやましいなぁ。ドラマに出演出来て。私はオーディションを受けても落ちてばっかりだし」
「詩織ちゃんの事務所は中小だから。ああいうのは、出来レースで決まってるのよ。よっぽどのことがない限り、営業力のある大手事務所のタレントが選ばれる。いい役になればなるほど」
「そうなんだ」
「詩織ちゃんなら、うちの事務所に来てもすぐエースになれるのに」
「光ちゃんの事務所のエースは、華澄さんよね。無理よ、私なんかに。知名度も低いし」
 麻生華澄さんは、大人気の若手女優なの。ものすごい美人で、私よりもずっと大人。長い髪に落ち着いた雰囲気、あと抜群のプロポーション。年上の綺麗なお姉さんのイメージね。
 もともとは女子大生の時に航空会社のキャンペーンガールとしてデビューして、女優に転身して成功した。とくに女教師役のドラマは高視聴率を獲得した。CMにたくさん出てるし、私にとっても憧れの女優さんなの。いつか華澄さんみたいなステキな大人の女性になりたいと思ってる。
「ううん。詩織ちゃんなら華澄さんにもルックスで負けてない。清純さでは勝てると思う」
「そうかなぁ」
 お世辞だとしてもうれしい。光ちゃんはそういうのはストレートにいうタイプだから。
「じつはね、ドラマ出演が決まったのは、華澄さんにオーディションで絶対受かる方法を教えてもらったおかげなの」
「どうすればいいの? 私にも教えて」
「うーん……詩織ちゃんにはむずかしいかも」
「どうして、私には無理なの?」
「だって、詩織ちゃんは処女でしょ」
 私はクレープを食べるのを止めて、瞬きをした。
 光ちゃんの顔を見つめる。
「光ちゃんはちがうの?」
「私はとっくに経験済み。はじめての相手は仕事で知り合った業界人。年上ならエッチも上手だし、知らないことをいっぱい教えてもらえる。アイドルは、みんなだいたいそう」
「……それとオーディションが関係あるの?」
「枕営業って聞いたことあるでしょ」
「うん……仕事をもらうために、業界の偉い人と一晩いっしょにすごすことよね。もしかして、光ちゃん」
「ウソウソ。全部冗談よ、冗談」
 光ちゃんは、無邪気に笑って私の肩を叩いた。
 
「びっくりした。おどろかさないでよ。そうよね、光ちゃんが枕営業なんてするはずないわよね」
「もしもよ、もし1回エッチするだけで、ドラマの出演が決まるとしたら?」
「そんなのダメよ。絶対まちがってる。体の関係で仕事をもらうなんて。それにまだ高校生だし」
「詩織ちゃん、ぶりっ子」
「からかわないで、光ちゃん」
 私はほっぺたを膨らませてふくれっ面をした。
「ぐずぐずしてると、他の子に役を奪われちゃうのよ。そうでなくても仕事が欲しいタレントはたくさんいるし、新しい子は次々出てくるでしょ。アイドルの賞味期限は短いし、あっという間よ。デビューした年が勝負なんだから。それを過ぎたらお払い箱。埋もれたまま、芸能界から干されちゃう。売れないアイドルは悲惨よ」
 光ちゃんの言葉が胸に突き刺さる。
 芸能界は厳しい競争社会。アイドルの賞味期限がとても短いのは周知の事実なの。ファンは飽きっぽいからどんどん若い子に目移りしちゃうでしょ。
 とくに私は高校生でデビューが遅いから、この1年のうちに結果を出さないといけない。私より年下で、歌も演技もできる子はたくさんいるもの。
「なーーんて。すこしは焦った?」
「う、うん……」
「でも、気を付けたほうがいいよ。枕営業は本当にあるから。詩織ちゃんがその気になれば、すぐにドラマのヒロインになれると思う。業界人はスケベな大人ばっかりでしょ。とくに新人アイドルは狙われやすいみたい」
「初めては、好きな人に捧げたいから」
 話が生々しすぎて、クレープの味がしなかった。
 枕営業の話は、私も噂で聞いたことがある。芸能界ではめずらしくないみたい。
(不潔よね……大人ってどうして、地位やお金を使って女の子を物にしようとするのかしら)
 悲しい気持ちになっちゃう。実力で負けたのなら納得できるけど……。
 まさかこの後、自分の身にふりかかるとは、この時は夢にも思わなかったの。

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