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インナーストレングス
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2016/10/20
作:ブルー
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 まだ携帯もネットも今ほど普及していない時代――。

 スーパーで買い物をした帰り、ポツポツと雨が降り始めかと思うとすぐにザーッという本降りになった。雨はアスファルトを真っ黒に染め、逃げるようにしてコンビニに駆け込む人たちの姿があった。
「やばい、急いで帰らないとずぶ濡れだ」
 缶ビールと焼き鳥が入ったビニール袋を傘代わりにして走っていると、シャッターの下りた軒先に1人で雨宿りをしている女子高生が目に入った。
 両手で学生鞄を下げて、黒のベストとプリーツスカートに赤いネクタイをした、どこにでもあるようなブレザータイプの制服。見覚えのある髪型と横顔に思わず立ち止まった。
(あの娘は浅倉南ちゃんじゃないか)
 浅倉南ちゃんは近くの明青学園に通っている女の子で、いまや新体操界のニューヒロインとして雑誌にもたびたび取り上げられている。ふわりとしたセミロングの黒髪に愛らしい瞳、まるで80年代アイドルのように整った顔立ちをしている。均整の取れたプロポーションで、いまどきにはめずらしい清純な感じもポイントが高い。休みの日には愛用のカメラ片手に競技会場に駆けつけるなど、主に運動部系の女子高生を対象にカメラ小僧をしている私のような人間にとってまさにアイドルに等しい。
 私は偶然を装って軒下に入った。南ちゃんとの距離は1メートルほどしか離れていない。
「よく降るよね」
 勇気を振り絞って話しかけた。
 南ちゃんは、始め自分が話しかけられたのかわからなかっったように左右を見回していた。
「……そうですね」
 声もデビューしたての声優みたいに可愛い。
「靴の中もびしょ濡れだよ」
「朝の天気予報だと雨が降るなんて言ってなかったのにな」
「ゲリラ豪雨って言うらしいよ。温暖化の影響で日本も熱帯になったのかな」
「まいっちゃうなぁ。傘持って来てないのに」
「浅倉南ちゃんだよね?」
 南ちゃんは驚いた様子で私を見てきた。
「南のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も南ちゃんは有名人だよ」
「そうかな」
「1年の競技会で3位に入賞したよね。新体操の」
「あの時は友達に頼まれて助っ人で」
「普通は絶対ムリだよ。未経験者でいきなり」
 南ちゃんはまいったなぁといった様子で、頭をぽりぽりと掻いていた。
「今日は練習休み?」
「他の部が練習場を使ってて」
「アパートがこの近くなんだけど寄ってく? 当分やみそうにないしさ」
「でも……」
 さすがにかなり警戒している様子だった。
 当然だ。南ちゃんはそういう女の子でない。
「ここに立ってても足が疲れるでしょ」
「南は平気ですよ。いつも運動で鍛えてるし」
「もしかして疑ってる?」
「えーっと……」
「心配しなくても怪しくない怪しくない」
「あの、怪しい人は自分のことを怪しいとは言わないと思いますよ、南。
 ……とくに悪そうな人には見えないけど」
「善良なおじさんだよ。これも何かの縁だしさ」
「どうしようかな」
「喉渇いてない? 部屋でジュースでもご馳走するよ」
「……じゃあ、ちょっとだけ寄り道しようかな」
 私は心の中で、ヨシッ! とガッツポーズした。

 大雨が振る中を走ってアパートに案内した。
「ちょっとそこで待ってて」
 玄関で南ちゃんを待たせておくと私は急いで部屋に入って、散らかっていた秘蔵コレクションの数々を片っ端から押し入れに詰めた。
「上がっていいよ」
「――おじゃまします」
 部屋に入るなり南ちゃんは「あっ!」と声を発した。
 壁には、南ちゃんの等身大のポスターが所狭しと貼ってある。すべて私が競技会で撮影した写真だ。
 新体操で使うクラブやリボンを持った、レオタード姿の南ちゃんが真剣な表情で演技をしている。
「全部南の写真だ」
「自分で撮った奴なんだよ」
「もしかして南のファンなんですか?」
「ハハハ、バレちゃったか」
「それで南のこと知ってたんだ」
 南ちゃんの言葉からは驚きと用心の両方が伝わって来た。
 学校帰りにいきなり見ず知らずの中年男性に話しかけられて、部屋には自分のポスターがたくさん貼られていたら引かないほうがおかしい。
「こんなおじさんがファンで迷惑だよね」
「そんなことはないけど……」
 南ちゃんはいまにも部屋を出てきそうな感じだ。
 選択を誤ればせっかくのチャンスを逃してしまうと思った。
「これタオルね。洗ったばっかりの奴だから」
「あ、はい」
「適当に座っててよ。私はあっちで着替えてくるからさ」
 清潔なタオルを渡すと座布団を出して、脱衣所で乾いた服に着替えた。
 それから台所の冷蔵庫からオレンジジュースを出してコップに注いだ。
 横目で部屋の様子を窺うと、南ちゃんは濡れた髪にタオルを当てて拭いていた。
 その姿にすごくドキッとした。
 浅倉南ちゃんが私の部屋にいるなんて白昼夢じゃないかと思った。
「オレンジジュースで良かったかな。変な物は入ってないからね」
「変な物??」
「こっちの話ね。この部屋にお客さんが来るなんて何年ぶりかな。立ってないで座りなよ」
 私にうながされて南ちゃんは座布団に横座りをした。白いソックスの両足を崩して、ほんのわずかにスカートがめくれている。思わず女子高生らしい太ももに釘付けになった。
「どこを見てるんですか?」
「あいたたた……目にゴミが」
「大丈夫ですか?」
「平気平気。それより制服濡れてない? 使ってないドライヤーがこの辺に」
「服はそんなに」
「それはもったいない」
「もったいない?」
「そら耳かな。ジュースのおかわりならあるからじゃんじゃん言ってよ」
「あの、一人暮らしなんですか?」
「まあね。こんな汚い男部屋でごめんね」
「達ちゃんより片付いてると思うけど、南」
「達ちゃん?」
「南の幼なじみなんです、達ちゃんは」
 南ちゃんの話によると、隣の家に同い年の幼なじみが住んでいて野球部のエースで名前は上杉達也というらしい。
 私も南ちゃんに幼なじみがいるという情報はなんとなくは知っていた。
「小さい時からずっと一緒だったから」
 ずっと一緒だったから――という言い回しに思春期の女の子特有の含みを感じた。

「そういえばまだ自己紹介してなかったよね。私はT山だよ。表札に書いてあったの見たかな。年齢は南ちゃんのお父さんより下だと思うよ」
「浅倉南です。明青学園3年の」
「うんうん」
「T山さんも”タッちゃん”ですね、なーんて」
 ちょっとだけ私をからかうような口調だった。
「はじめてだよ、そんなふうに呼ばれたのは」
「じゃあ、T山さん?」
「個人的にはそっちのほうがしっくりくるかな」
「T山さんは写真が趣味なんですか?」
 南ちゃんの視線は、壁に貼られた彼女のポスターに向けられていた。
「ごめんね。無断で撮ったりして」
「南、そういうの慣れてるから」
「新体操選手だもんね」
「いちいち気にしてたら演技に集中できないし」
「写真は生きがいかな」
「生きがい……?」
「スポーツをしている女の子専門だけどね。その中でも南ちゃんは特別だよ」
「どうして南が特別なんですか?」
「それはやっぱり、すごく美人だろ」
「南がですか」
「今まで見てきた選手の中で南ちゃんが一番輝いてるよ」
 私が自信満々で言い切ると南ちゃんは少し照れた様子で視線を逸らした。
 グラスに残っていたオレンジジュースを飲み干した。
「T山さんは南のことを本当に応援してくれてるんだ」
「一番のファンだからね。南ちゃんなら今年こそインターハイで優勝できるよ」
「あんまり言われたら、南、照れちゃうんだぞ」
 照れ隠しのつもりなのか、南ちゃんは両手の人差し指で自分の頬を差して(某洋菓子メーカーのキャラクター?)冗談めかした顔真似をした。
 おそらくそれが普段着の南ちゃんなのだろう。私はこれまで新体操に打ち込んでいる時の彼女しか知らなかった。
「南ちゃんってイメージと違って意外とおちゃめなんだね」
「南のイメージってどういうのなんだろう」
「おしとやかとか、女の子らしいとか」
「イメージはイメージ、南は南だよ」
「そうだよね」
 『〇〇だぞ』という口癖といい、思わせぶりというか南ちゃんは八方美人的な部分があるように思えた。
 容姿に自信があるのはわかるが、それだけに(学校の)同性からは嫌われてそうだ。あと人見知りするタイプでないことだけは間違いない。そのおかげですごく助かった。
「仕事は何をしてるんですか?」
「普通のサラリーマンだよ。印刷関係の」
「印刷? それで写真なんだ」
「それはあんまり関係ないかな」
「ふ~ん」
「南ちゃんは将来はマスコミ関係の仕事に就職したいとか?」
「まだわからないけど」
「高校生だもんね」
「それもあるけど、いまはやらないといけないことがあるし」
 外ではまだ雨が降り続いていた。
 雨が庇のトタン屋根を伝う音が聞こえている。
「せっかくだしポスターにサインして欲しいな」
「えっ?」
「こうして本人が来てくれたんだしさ」
 机の抽斗にあったサインペンを渡すと、南ちゃんはポスター(クラブを持って、両腕を広げる決めポーズをしている)にハートマーク付きのサインを書いてくれた。
「えっへん。南の直筆サイン入りポスターだぞ」
 まるでペンで私を撃つみたいにした。
 とっても可愛いし、生き生きしている。
 さらにその場でポスターと同じポーズをしてくれた。本人は軽いノリのつもりなのだろう。
 表情や指先の握り具合までポスターと重なる。
「ちょっとそのまま」
 私は急いでカメラを取り出して撮影した。
(これこそお宝だ!)
 レオタードを着たポスターの南ちゃんと制服姿の南ちゃんが、決めポーズで並んだ構図がとても気に入った。

「さすがミス明青だね」
 さらにカメラを向けると、今度は壁に寄りかかって片手を軽く前髪に触れるポーズをしてくれた。
 まるでファッション雑誌の1ページのように、何かを語りかけるような視線で私の構えるレンズをじっと見つめていた。さっきまでよりグッと大人っぽく見える。そのままブロマイド写真にしても売れそうな可愛さだった。
(やっぱりとっても画になるな。最高の被写体だよ)
 浅倉南ちゃんのポテンシャルの高さにあらためて感心してしまった。
「モデルさんみたいだね」
「それほどでも」
「もしかして撮られ慣れてるのかな?」
「あ、そうだ」
 南ちゃんが急に学生鞄を取った。
 中から”M”のイニシャルの入ったベースボールキャップを取り出し、それを斜めにかぶった。
「いいね、すごく似合ってる」
「野球部の帽子なんだぞ」
「へぇー、まるで甲子園のスタンドで応援している女の子みたいだ」
「南、甲子園に行くのが夢なの」
「インターハイじゃなくて? 女の子なのにめずらしいね」
 制服姿でベースボールキャップを被っている浅倉南ちゃんのスナップ写真を撮影した。
「この調子でもっとローアングルで――」
 調子に乗ってパンチラを狙おうとカメラを下げた瞬間、南ちゃんがいきなり私に抱きついてきた。
 かぶっていたベースボールキャップが床に落ちた。私は彼女を全身で受け止めて床に尻餅をついた。
「どうしたの、南ちゃん」
「か、雷……いま光ったの」
 遅れて屋根裏でドラム缶が転がるような音が鳴った。
「ほんとだ」
「こわい……」
「大丈夫だよ、南ちゃん。私がいるからね」
「うん……」
「南ちゃんって雷が苦手なんだね。意外だなぁ」
「……」
 私は南ちゃんの肩をしっかりと抱いた。
 華奢で細くて、温かい。その肩が小さく震えていた。
 私はむしろ彼女の髪と匂いがとても気になった。
(女子高生の匂いだ……南ちゃん、ほんと細いなあ)

 ――何分間か、雷が通り過ぎるまで南ちゃんを抱きしめていた。
「T山さん……すぎたみたい……」
「……ほんとだ」
「雨も上がったみたいだな。よしよし」
 私の腕から逃げるように立ち上がった南ちゃんは、何事もなかったよう窓の外を眺めた。
 いつの間にか窓から明るい光が差し始めていた。
 私の腕にはまだ南ちゃんの温もりと感触が残っていた。
「じゃあ、南はそろそろ帰るね」
 振り向いた南ちゃんは笑顔で私にそう言った。
「え、いきなり」
「うん。もう時間だし」
「もっとゆっくりしていけばいいのに……」
「そうもいかないでしょ。達ちゃんが心配するし。ジュース、ごちそうさまでした」
「短かったけど、南ちゃんと話せて楽しかったよ」
「そっかそっか。良かった良かった」
「また会ってくれるかな?」
「んーー」
 南ちゃんが玄関のところで靴を履いて立ち止まった。
 鞄からメモ帳を取り出して、シャーペンを走らせる。
 渡された切れ端を見ると【XXXーXXXX】と電話番号が書いてあった。
「ありがたく思え。南の電話番号なんだぞ」
「いいの!? 私みたいなおじさんに??」
「こう見えても南、人を見る目には自信があるんだから。南でよければいつでも電話してきてね」
「絶対に電話するよ」
 玄関を出る時、南ちゃんは小さく手を振ってくれた。
 私はベッドに走ってダイブした。
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