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スピリットサージ
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2014 / 06 / 27
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 経過報告1

 今日人生最悪のひどい目にあった。こうして書いてても誰かが後ろから走ってきてバットで頭をぶっ叩いて起こしてくれるんじゃないかと思う。俺と詩織の体が入れかわってしまった! (紐緒さんに言わせるとあくまでも主体は自分は何者であるかという意識なので体が入れかわったという表現が正しいらしい。被害者の俺にすればどっちでもいいし、どっちにしても大差はないと思う)ぜんぶ紐緒さんのせいだ。知っていたらあんな実験参加したりしなかった。
 手短に書こう(言いたいことは山ほどあるが俺は文章を書くのがそれほど得意ではない)。放課後、俺と詩織は彼女の実験に立ち会うことになった。話では簡単な精神波測定だったと思う。どうせ暇だったし、詩織が一緒ならという軽い気持ちだった(実験のあとで詩織と一緒に帰れるかなと期待してた)。でなければ絶対にあんな不気味な装置に座ったりしなかった。俺と詩織は科学部に準備されていた、まるで戦争映画の拷問シーンにでてきそうな鉄製の椅子に座って手足をベルトで固定されて頭に電極とコードのたくさん生えたヘルメットをかぶせさせられた。嫌な予感はしていた。俺が紐緒さんに「ねえ、これヤバいんじゃない」と言おうとしたら彼女は無言でスイッチを入れた。その瞬間、全身が痺れて視界が真っ白に染まった。

 気がつくと正面に保健室の天井があった。俺は死んだんだと思った。隣のベッドに眠っている自分が目に入ったからだ。でも、おかしかった。体がやけに軽くなって腕や手が華奢になっているのに気づいた。おまけにいつのまにか女子の制服(いい匂いのする)を着ていた。胸がたおやかに膨らんでいて、スカートから伸びた脚はバレリーナみたいにスラリとして、肌がすべすべで透けるような色白だった。まるで女の子みたいだと思った。肩には絹糸のような赤い髪がふわりと垂れかかっていた。
「俺って女装の趣味あったっけ??」と口にして声に違和感を感じた。いやに細くなっていた。でもどこかで聞いたことがある。頭をかいて自分の体を見回した。
「どうやら実験は成功みたいね」
 振り返ると制服の上に白衣を着た紐緒さんが両手をポケットに突っ込んで立っていた。それから「おめでとう。藤崎さんと体が入れかわった気分はどう」と彼女は言った。
「詩織と体が入れかわった??」と俺は聞き返した。
「そうよ。あなたはいま藤崎さんの体にいるの」
 しばらくポカーンとして「今日ってさ、7月2日だよね? エイプリールフールじゃないよね?」と俺はたずねた。
「そこの鏡を見なさい」

 ベッドをおりて鏡の前に立った。背中まで伸ばしたさらさらの赤い髪にお決まりのヘアバンド、ぱっちりとした愛らしい瞳、可憐だけどちょっと気の強そうな顔をした、アイドル顔負けの美少女がそこにいた。詩織だ。幼なじみの俺が見間違えるわけがない。横を向いたり上を向いたり、やわらかい頬をつねったりしてみた。どこをどう見ても完璧に詩織だった。もしくは詩織とうりふたつの美少女だった。歯をイーってしたり、口を大きく開けて舌を思いっきり伸ばしてみた。
「人類の夢でもある魂の起源の探索、おかげで私の理論が実証されたわ。あれは被験者の精神を電気信号に置き換えて器である肉体に移し変える実験だったのよ」
 紐緒さんは不敵に笑っていた。まるで自分の指示で泥道での匍匐前進を続ける部下達を眺めている上官みたいだった。このときほど俺は彼女のことを恐ろしいと思ったことはない。
「またまた騙されないよ」
「騙す?」
「それにしてもすごいな。この鏡。どうやってできてるの? わかった、薄型ディスプレイをはめて、あらかじめ撮影してた詩織の映像を俺の動きに合わせて映してるんだろ? その手にはひっかからないよ。こんな手の込んだドッキリするなんてどうせ好雄あたりだろ」
「私がそういうタイプに見える?」
 俺はちょっと反論に困った。たしかに彼女がそんな子供っぽいドッキリに付き合うタイプには思えない。
「冗談だろ?」
 急に寒くなってきた気がした。足場の悪い鉄塔の頂上に命綱なしで立っているみたいだった。
「どうしてそんなことしたんだよ」
「もちろん世界征服のためよ」と白衣のポケットから手を出して腕組みする。彼女はそういうポーズがよく似合うと思う。

「将来的にはこれを応用して、ロボット兵器に人間の魂をストレージするのも楽しそうね」
 片側は前髪がかかっていて見えないけど彼女の目はマジだった。
「ひどいじゃないか、無断で人体実験するなんて。モルモットかよ」
「あら、喜んで実験に参加したいと言ったのはあなただと思うけど」
「こんなことになるってわかってたら断るっつーの」
「ほんとは藤崎さん目当てだったくせに。下心丸出しの男は女子に嫌われるわよ」
「ほっといてくれ。わかったから早いとこ戻せよ」
 自分が他人の体になったというのは、自分のクラスではないクラスで授業を受けているみたいに気持ちが悪い。比喩的な意味ではなく”本当に自分の体が自分の体でないような気がする”。たぶんこれは実際になった人間でないとわからないと思う。
「残念だけど、それは無理ね」と彼女は断定的に言う。
「んなばかな」と俺はツッコミを入れる。
「計算以上の負荷がかかって装置が壊れたの。修理に一ヶ月はかかるかしら」
 まるで他人事のように紐緒さんは言った。まったく罪悪感という物が感じられない。むしろ装置が壊れたのを悔しがっているようにさえ見えた。俺は片手で額を押さえた。今からピアノでもひきそうなしなやかな細い指先の手だ。
「これはこれでいいチャンスと考えるべきね。興味深いデータが集めれそう」
「無責任すぎるだろ。学校とかどうすんだよ。詩織なら口から泡吹いてるぞ」
 半ばあきれていると背後から男の太い悲鳴が聞こえた。見ると俺の姿をした詩織が目をさまし、俺を指差して震えていた。まるで死人でも見たみたいな顔をしていた。それから真後ろに失神した。
「ほらみろ」と俺はキューティクルな赤い髪を揺らして首を横に振った。
 
 世の中にはわからないことがたくさんある。たとえばどうしてコンビニには年中おでんがあるのかとか。そういうわからないことを解明するのが科学だと紐緒さんは教えてくれた。俺にはさっぱりわからない。科学とコンビニのおでんにどういう関係があるのだろう。気絶した詩織の頬を軽くはたき、落ち着くのを待って紐緒さんの説明を聞いた。要点はこうだ。

・俺と詩織の体(精神)は入れかわっている。
・もとに戻るにはまたあの実験を受けなくてはいけないが、装置は壊れてしまった。
・修理には一ヶ月はかかる。
・この実験は秘密なので誰にも話してはいけない。

 どれもこれもウソっぽいが、紐緒さんは魚屋の店頭に並んだ鯵よりも真顔だった。詩織もそうだろうけど俺も中身が男だとバレてクラスや学校のみんなに騒がれたりするのはめんどくさい。つまり俺と詩織はみんなに黙って入れかわったまま生活しなければいけないというわけだ。まっ、一ヶ月ぐらいだからいいけどさ。そうじゃなかったら詩織は間違いなく近くの窓から飛び降りてたと思う。
 詩織は紐緒さんの説明を聞いている間ずっと真っ青な顔をしていた。ちょっとでも気を抜けばすぐまた気絶しそうな感じだった。(隣で落ちこんでいる自分の顔を眺めるのは不思議な気持ちだった)俺が「大丈夫か?」って心配しても彫像みたいに固まったまま無視だった。

 そんで帰るときにこのノートを渡された。詩織にも渡していた。
「経過報告としてこのノートにその日あったことを隠さずすべて書きなさい」
「はー、めんどくせー」
 俺が口答えをすると紐緒さんがすごい目でにらんだ。マジで怖い。ほんと科学者っていうより独裁者みたいな迫力がある。ほんと同級生かって聞きたくなる。
「なに書けばいいかわからねーし」
「なんでもいいのよ。思ったことや感じたこととかありのままに。日記ぐらい書けるでしょ。研究を進めるためには被験者の行動データも必要なの。それに誰しも自分を100%客観的に観察できない。本格的なレポートを書かせてもいいけど。愚民は愚民らしく私の研究に貢献しなさい」
「すげー上から目線だし」
「なにか不満でもあるの」
「わかったよ、書くよ」
「忘れずに提出すること。優秀な藤崎さんは安心だけど、あなたの場合には心配だわ」
 俺は彼女の前でわざと大きな息を吐いた。
「わるかったな、詩織や紐緒さんみたいに頭が良くなくて。こんな目にあったり日記書かされたり、何様だよまったく」
「もとに戻りたくないの?」
「うわ。ひでー。誰のせいでこうなったと思ってるんだ。人権蹂躙だろそれ」
「科学の発展に犠牲はつきものよ。せいぜい周囲の人間にバレないようにすることね」

 これがだいたいの顛末だ。ここまで書いてすげー疲れた。外はもうすっかり暗い。いまは詩織の部屋で制服のまま机に向かっている。いろいろありすぎて着替えるのもめんどくさい。そういえばめちゃくちゃひさしぶりに詩織の部屋に入った。子供の頃はよく遊びに来てたけど。中学生ぐらいから急に部屋に入れてくれなくなった。部屋中詩織の匂いがしている。ベッドにはぬいぐるみがあって、窓際で鉢植えの花がきれいに咲いている。さすが女の子の部屋って感じだ。カーテンまで詩織の好きな淡いピンク色になっている。その窓を挟んだ先に俺の部屋がある。
 部屋の電気は暗いままだ。でも、詩織がいるのはわかっていた。玄関まで見送った。見てるこっちが悲惨なぐらいすげー落ち込んでた。あんな俺は見たことはない。帰り道でもふらふらで俺(詩織の姿をした俺が俺の格好をした詩織を助けて……あー、もーなんだか書いてて頭がぐちゃぐちゃする)が肩を貸さないとまともに歩けないぐらいだった。(女の体だと男の俺の体がすげー重く感じた)一言も口をきいてくれなかった。まー、あたりまえかもな。詩織は俺と違って女の子だし、性格も超真面目で繊細だし、いきなり男になったらそりゃー傷つくだろう。つくづく男に生まれて良かったと思う。そうだ、あとで下着がどこにあるかクローゼットをあさってやろう。