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ボルスター
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2016 / 08 / 28
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 俺は教室に1人で残っていた。
 目の前には主を失った机が寂しそうにあった。
「おーい。ここにいたのか。みんな外で待ってるぜ」
 好雄が入って来た。手には卒業証書の入った筒が握られていた。
「もしかしてどっかの女子が告白しに来るのを待ってるのか」
「ちがうよ」
「詩織ちゃんの机か」
「……」
「結局来なかったな。卒業式ぐらい登校するかと思ってたのにな」
「顔を会わせづらいんだろう、みんなに」
「もうすぐ半年か、詩織ちゃんが学校に来なくなって。連絡ないのか?」
「ああ……」
 二学期がはじまり、詩織が先輩と付き合っているという噂が学校中に広まった。そのうち不良グループとも親しくしているという出所不明の尾ひれがついて、それからしばらくして詩織はみんなの前から姿を消した。
 はじめはただの家出だと思っていたけど、1週間たっても2週間たっても詩織は帰ってこなかった。
 藤崎のおばさんは心労がたたり体調を崩して入院した。いまはおじさんが会社を辞めて看病をしている。2人とも自慢だった一人娘が居なくなって一気に老けたように思える。警察はよくある家出だとしてまったく相手にしてくれない。
「隣のクラスの奴に聞いたんだけどさあ」
「なんだよ」
「詩織ちゃん、繁華街のソープランドで働いてるらしいぜ」
「そうか……」
「知ってたのか?」
「……いいや」
「ヤリチンはどうしようもないクズだよな。就職したとかウソついてずっと遊んでたんだろ。その上闇金に手を出して、その借金のせいで詩織ちゃんが風俗で働くことになるなんてさ」
 家出した詩織は、当然のなりゆきとして先輩の部屋で同棲することになった。他に行くあてがあるわけない。
 もしかするとあの噂を流したのは先輩本人なのかもしれない。仮にそうだとしても証拠はないけど――。
 その頃、借金がとんでもないことになっていた先輩はお金の工面にかけずり回っていたらしい。後輩にも金を借りようとしていた。よくある話だが闇金のバックにはヤクザがついていて、詩織は借金の保証人代わりにさせられたわけだ。
 実は一度だけ詩織から電話がかかってきたことがあった。そのことは誰にも話していない。
「……もしもし」
「その声は詩織なのか??」
「……」
「おじさんたちすごく心配してるぞ。いまどこにいるんだ??」
「……ごめんなさい。先輩のところなの」
「すぐに帰って来いよ」
「だめなの……」
「だめって」
「ごめんなさい」
「携帯はどうしたんだ? かけてもずっと繋がらなかったみたいだけど」
「……それより……お金を貸してくれない?」
「お金?」
「うん……」
 詩織の声はか細かった。
 詩織がそんなふうにお金の無心をするなんてはじめてだった。よっぽど切羽詰まった状況なのだろうと思った。
「いくらいるんだよ」
「200万円ぐらい」
「そんな大金、俺が持ってるわけないだろ。おじさんたちに相談したらどうだ」
「……お母さんに迷惑は」
「そんなこといってる場合じゃないだろ」
「どうしよう……そのお金がないと……私、お店で働かないといけなくなるの……毎日、すごく怖い人達が先輩の家に来てて」
「相手はヤクザなのか?」
「たぶん……」
「槍地先輩は?」
「……いまは事務所……だと思う……」
「とにかくそこを逃げろよ。俺がどんなことをしてでも詩織を助けてやるからさ」
「……ずっと監視が……それに逃げたら先輩を殺すって……」
「学校はどうするつもりなんだ? もうすぐ受験だろ。このままだと退学になるぞ? それでいいのか?」
「……」
「聞いてるのか、詩織?」
「……どうしよう……私……こんなはずじゃ……
 普通に高校に通って……普通に卒業して……みんなと仲良く……春からは大学に進学するはずだったのに……
 ……どうしてなの……ぜんぶ私が悪いの……」
「詩織? おい、詩織っ??」
 返事はなくて電話は切れた。
 最後の涙ぐんだ詩織の声がいまも繰り返し聞こえている気がする。
 もしかすると詩織はヤクザに酷いことをされていたのだろうか。なんとなくそんな気がした。だから逃げたくても逃げられなかったのかもしれない。

「虹野さんもあっさり中退しちゃったし、ほんと人生ってわからないよな」
 詩織が家出したのとほぼ同時期、虹野さんは父親か誰かわからない子供を妊娠して学校を辞めていった。他にも鏡さんが騙されてAV系の芸能事務所と契約したし、清川さんは朝のランニング中の交通事故が原因で水泳がダメになり実業団への就職も破談になった。すべてめちゃくちゃだ。まともなのは夕子が春からガールズバーで働くのが決まっているぐらいだ。
「詩織ちゃんならすぐにナンバー1になるんだろうな」
「そうかもな」
「うちのスケベな教師が通って指名してたりして。オプションできらめき高校の制服や体操服も選べるのかな」
「……」
「冗談だろ。俺を睨むなよ。しかし、女は怖いよな。詩織ちゃんが転落していくのをうそ~って笑いながらネタにしてるんだぜ」
「詩織のことを妬んでた女子が多いんだろう」
「なんかブルーになったな。せっかくの晴れの卒業式だっていうのにさ」
「好雄。俺、やっぱり先に帰るよ」
「おい、打ち上げはどうするんだよ。せっかくみんな待ってるのにさ」
「そういう気分じゃないんだ」
「そうか。元気出せよ」
「ああ……」
 俺はとぼとぼと教室を後にした。
 これが見納めかと思いながら校庭を歩いていると、伝説の樹の下にカップルの姿を見つけた。
 卒業式が終わって、おそらく女子が片思いの男子を呼び出して告白をしているのだろうと思った。
 いつだったかそういう伝説があることを詩織が教えてくれた。その時の詩織の笑顔が昨日のことのようによみがえる。
 ちょっと照れくさそうに、それでいてとても幸せそうに「ねえ、とっても素敵な伝説でしょ?」と、俺に同意を求めるように尋ねていた。
 俺は「詩織はロマンチストだな」としか答えられなかった。
 詩織はすこし唇をとがらせて「残念だなぁ」とほんとに残念そうに言っていた。
 もしかすると俺たちもあのカップルのように明るい未来があったのだろうか?



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