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ボルスター
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2015 / 11 / 14
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 詩織が帰ってきたのは予定よりずっと遅くなった夜の10時近くだった。車の音で気がついた。
 携帯に連絡があるのを部屋でずっと待っていた。ただ一言「いま帰ったわよ」と詩織の声が聞きたかった。カーテン越しに詩織の影げ動くのを目で追いながら、先輩にどこまで許したか気になってしかたなかった。その場にじっとしていられないような気持ちだ。正直気が狂いそうだった。直接窓を開けて「先輩とどこに行っていたんだよ」と大声で訊こうかと思ったけどだめだった。その勇気がなかった。寝ようにもあの動画が延々と頭の中でリプレイして寝付けなかった。
 朝、どうしても詩織の口から直接聞きたいと思った。それが何度も何度も寝返りを打って導いた答えだった。顔を洗うときに鏡に映った姿は、自分じゃないみたいに老けて見えた。朝食は食べる気にならなかった。シャツに腕を通して制服に着替える。通学鞄に勉強道具をつめて少し早めに家を出ると、詩織が出てくるのを待った。
 5分、10分――。詩織はなかなか出てこなかった。きっちり7時50分に家を出るはずなのに、その日に限って20分も待たされた。

「おはよう。待たせてごめんなさい」
 詩織はいつもと変わらない笑顔で出てきた。いつもと変わらない完璧な身だしなみで学生鞄を持つ両手の指先まで隙がない。いまさっき朝シャンをしてきたみたいな雰囲気。俺は肩すかしを食らった気がした。逆に暗い声で挨拶したのが情けない。
「どうしたの、元気がないみたい。行きましょう」と、さして俺のことを気にするふうもなく詩織は歩きはじめた。
 俺はそのあとに続いた。横に並ぶ。
「ちゃんと朝ご飯は食べたの?」
「……」
「今日は夕方から雨が降るらしいわよ。傘は持ってきた?」
「……」
「ねえ、人の話聞いてる」
「聞いてるよ」
「へんなの。雨が降ったら私の傘を貸してあげるわね」
「いいよ。べつに」
「びしょ濡れで帰るつもり?」
「平気だよ、それぐらい」
「かぜをひくわよ」
「あのさ、詩織」
 歩道橋にさしかかったところでようやく切り出せた。周りにきらめき高校の生徒は他にいなかった。通勤ラッシュの車やバスが走り抜けていた。天気は詩織のいうとおり下り坂だった。
「遅かったよな、昨日」
「……」
「ずっと待ってたんだぜ、連絡。ほんとは体験授業なんかじゃなくて――」
「ごめんなさい。ちょっと気分が悪いの」
 気がついたら詩織が2メートルほど遅れていた。片手を膝について、すこしだけ青い顔色をしていた。
「お腹が痛いのか?」
「そうじゃないけど」
 そういうわりに詩織の歩みは、スカートの着心地が悪いみたいに小股気味でぎこちなかった。
「もしかして膝か足をくじいたのか」
「ううん。ちがうの」
「いいから見せてみろよ。来週はインターハイの予選だろ」
「ねえ、オーバーよ」
 周囲の目を気にする詩織をよそに俺はその場にしゃがんだ。詩織の足を診る。べつにどこかが腫れてるふうではなかった。
「おかしいな。捻挫してるわけじゃないみたいだし」
「だからいったでしょ。出る前に角で小指をぶつけただけよ」
 詩織はその場で片足をトントンするみたいにして、足がなんともないことをアピールしていた。
 すこし休んだからか顔色も良くなっていた。
「ね?」と、優しく俺を見る。
「詩織にしてはめずらしくドジだな」
「あわてて出たせいね、きっと」
「かせよ。荷物持ってやるよ」
「優しいのね、うふふ」
「たいした荷物じゃないだろ」
「ありがとう。あなたの気持ちは嬉しいけど自分で持てるわよ」
「けどさー、マンガみたいだな」
「せかしたあなたのせいね、なーんて」
 詩織は軽く微笑んでいた。
 でも、詩織の歩みはいっこうに早まる気配はなかった。
(ほんとに小指をぶつけたのか? 他の場所が痛くて歩きづらいんじゃないのか??)
 足の指以外の場所をかばっている歩き方の気がした。足首でもなく膝でもないとしたら残りは股関節ぐらいだ。
「少し休むか」
 ちょうどバス停のベンチがあった。
「だいじょうぶ」
「無理すんなよ。1時間目の授業はたしか国語だよな」
「……ごめんなさい」
「なんだよ。謝る必要はないだろ」
「ちがうの。忘れ物をしたみたい。英語のノート」
「いまから戻ってると遅刻するぜ」
「悪いけどあなたは先に学校に行っててくれる? 遅れるって先生に伝えてほしいの」
「かまわないけどさ」
「じゃあ、おねがいね」
 詩織は向きを変えると、ぶきっちょな歩きでいま来た通学路を戻っていった。

 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 詩織が教室に姿を見せたのは2時間目の授業がはじまる前だった。体育の授業では詩織は体操服に着替えることなくグラウンドの端で見学していた。かなりめずらしい。詩織が遅刻をしたこと自体、入学して以来初だと思う。クラスのみんなも詩織が遅刻したことに驚いていた。見学する詩織の周りには心配した女子が集まっていた。俺は肝心のことを詩織に聞けなかった。教室でも他の女子が邪魔で話しかけるチャンスがなかった。

 夜、自分の部屋でぼーっとテレビを見ていると携帯が鳴った。
「俺だ俺」
「この声は好雄か」
「聞いて驚くなよ。鬼スクープだぜ!」
「好雄はいいよな。いつも幸せで」
「なにトンチンカンなこといってんだよ。http://XXXX.XXXX.XXXX を見てみろ」
「いまはそういう気分じゃないんだ。どうせ無料のアダルトサイトかなんかだろ」
「いいから騙されたと思って開いてみろって。ヤリチンの裏垢を偶然見つけたんだよ」
 その名前を耳にして俺はベッドから飛び起きた。急いでパソコンを起動した。ブラウザを開いて、好雄に教えられたアドレスを入力する。ヘッダーには先輩の愛車の画像が貼られていた。高速のサービスエリアらしき場所でタバコを片手にドヤ顔で写っている。
「眠気がぶっ飛んだか」
「よく見つけたな。以前はなかったっていってただろ」
「裏垢を探すツールって知ってるか?」
「なんだそれ」
「そういう暇なヤツが世の中にはいるってことさ。それより昨日の更新さ」
 裏返りそうなぐらい興奮した好雄の声で薄々予感がしていた。
 そこにはラブホテルのベッドに全裸で腰掛けて、片手で自分の股間をまさぐりつつ顔を横にしてヤリチンのアレを頬張る詩織の画像がアップされていた。正確には詩織らしき女子の写真だ。目の部分を中心に顔の半分を隠すモザイクがかけられていた。だが、ピンク色の唇といいわずかに濡れた赤い髪といい、昨日の今日で思い当たる節がありすぎる。
 画像には【〇〇を呼び出してひさしぶりにラブホにGO! なかなか首を縦に振らなかったがようやくOKさせるのに成功。この巨乳も俺が育てたボインちゃん。おかげでおしゃぶりはAV並み。命令すると自分でオナってオマンコをビチョビチョにするメス犬になったぜぇ!!】というコメントが添えられていた。
「俺ならもっとうまく撮るのにな。詩織ちゃんにそっくりだろ」
 携帯越しに好雄が同意を求めるように訊いてきた。
 俺は枯れそうな声で「別人だろ」と否定した。
「あいつのわけない」
「でもさあ、詩織ちゃんと同じヘアバンドしてるだろ。おっぱいもボインボインだぜ」
「他人の空似空似。本物ならうなじのところにホクロがあるからな」
「チェッ、偽物か」
「ちょっと似てるけどな。だいたい詩織がこういう写真を撮らせるようなヘマするわけないだろ」
「おまえが言うならそうなのか」
「1億賭けてもいいね」
「おしかったなあ。てっきり詩織ちゃんだと思ったんだけなあ」
「つくづく好雄はエロゲーのしすぎだよ」
「傷つくな」
「たまにはスポーツしろよ。ランニングぐらいなら付き合ってやるぜ」
 好雄はがっかりした様子だった。好雄にすれば俺が死ぬほど驚くのを期待していたのだろう。
 問題は詩織がもっとドギツイことをしていたことだ。ページをスクロールすると、詩織が槍地先輩の上になりシックスナインでお互いの性器を舐め合う写真があった。先輩は詩織のアナルに指を差し込みながらクンニしている。目にモザイクがかかっていても、詩織が本気になってしゃぶっているのがわかる。それぐらい体の芯から感じているのだろう。
 そして、ベッドに仰向けになった詩織の両膝を手で押さえて開かせ、ねっとりと濡れそぼった割れ目に先端をあてがっている。詩織は怯えた感じで両手で頭の下のクッションを掴んでいた。入り口を圧迫されてすぐにもでも入れられそうな場面だ。もう見ていられない。
(わけがわかんねえよ……簡単に体を許すような女の子じゃないだろ、詩織……)
 頭の中がぐちゃぐちゃだった。今になって思えば朝に詩織が見せた明るい笑顔も逆に不自然だ。あのときどうして気づかなかったのか。体育を見学した理由も教室で詩織に話しかける隙がなかったのもすべて説明がつく。
 これまでたくさん築いてきた詩織との大切な思い出が一つずつ音もなく崩れていく気がした。携帯をかけれるわけがない。怒りにも似た気持ちがわきあがってきた。裏切られたという気持ちだ。一方でまだ詩織のことを信じたいと思う自分もいる。詩織はまだ処女であってほしい。せめてきらめき高校を卒業するまで。詩織はこのことを知っているのだろうか。知っているわけがない。先輩には気をつけろとあんなに忠告したのに。すべて徒労だったわけだ。詩織自身が嫌いなタイプだといっていたのに先輩と寝たりしたのか、バージンなのに。俺にはあいつの気持ちがまったくわからなくなった。詩織の存在がものすごく遠くに感じられた。
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